連載
青春は優しいだけじゃない。「放課後ライトノベル」第99回は『ふたりの距離の概算』が気になります!
気がつけば,今年もあっという間に上半期が過ぎ去ってしまい,クールが変わって新アニメの時期ですが,皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
しかし,最近は時間の流れを早く感じるというか,アニメ見て,ゲームやって,漫画や小説読んでたら,あっという間ですよ。そんなことを思いながら,以前この連載で紹介した『フルメタル・パニック!』の賀東招二がシリーズ構成を務める,TVアニメ「氷菓」の原作を読み返していたら,作中の年代が2000年になっているのに気づき,思わず「うわあ」と声が出てしまいました。もうそんなに時間経ってるの……2000年ってまだ20世紀じゃないですか……。
というわけで,今回の「放課後ライトノベル」では,『氷菓』を始めとする〈古典部〉シリーズの5作めにして最新作,『ふたりの距離の概算』を紹介しましょう。ちなみに今なら期間限定で,京都アニメーション描き下ろしリバーシブルカバーになっています。お得だね!
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●省エネ少年と好奇心旺盛な少女の出会い
なるべく労力を使わない生き方を尊び,部活動にもこれといった関心を持たない省エネ少年の折木奉太郎(おれきほうたろう)。しかし,神山高校に入学した彼はOGである姉から,存続の危機に瀕する古典部への入部を命じられてしまう。姉の命令には逆らえず,誰もいない部室をプライベートスペース代わりにするのも悪くないと考えた奉太郎だが,彼が部室に足を運んでみると,そこにはすでに先客の少女がいた。彼女の名前は千反田(ちたんだ)える。
彼女の前で,身の回りの謎に関するいくつかの閃きを披露してしまった奉太郎は,やがて千反田から,ある相談を持ちかけられる。それは33年前,彼女の叔父が関わっていた古典部にまつわる事件の秘密を解明してほしいというものだった。
かくして奉太郎は,彼のモットーとは裏腹に,旧友でありデータベース役を務める福部里志(ふくべさとし)や,幼い外見に反して刺々しい性格の伊原摩耶花(いばらまやか)と共に,学校内で起こるさまざまな事件に首を突っ込むはめになってしまう。
●新入部員の謎を解き明かすため,奉太郎は走……らない?
そんな奉太郎も,古典部のみんなで文集を作ったり,映画研究会の撮影を手伝ったりしているうちに,2年生へと進級する。
新年度における最初の大きなイベントは,新入生勧誘週間。50を超える文科系部活が存在する神山高校では,新入部員を集めるのもひと苦労。名前からは活動内容がよく分からないうえ,奉太郎にまったく勧誘する気がないこともあって,当然古典部に新入生など入るはずがない……と思いきや,ひょんなことから一人の一年生・大日向友子(おおひなたともこ)が仮入部することになった。
大日向の仮入部後,みんなで奉太郎の誕生日を祝ったり,大日向の従兄が新たにオープンする喫茶店を訪れたりと,良い関係を築いていたように思えた古典部の面々だが,本入部を目前に控えた5月,大日向はやはり入部はしないと言って,古典部から去ってしまう。千反田は,なぜかそれを自分の責任だと思い込み,一方,大日向は「千反田先輩は菩薩みたいに見えますよね」という意味深な言葉を残していた。果たして,2人の間に何があったのか?
そして,入部届け提出の締切日に開催された全校生徒が参加するマラソン大会で,ゴールに着くまでに大日向の心変わりの真相を突き止めようと考えた奉太郎は,ほかの部員から事情を訊くためにコースをだらだら歩いたり,ベンチで休んだりしながら,あとからスタートする千反田たちが追いついてくるのを待ち構える。実に省エネだ!
●すっきりとした解決と,ほろ苦い結末の味わい
普段からとことん省エネ主義を貫いている奉太郎だが,そんな彼のスタイルを覆すのが,千反田の「わたし、気になります」という言葉。純粋な好奇心から発せられるこの言葉によって,奉太郎は毎度毎度,日常に潜む謎に挑戦するはめになるというのが,このシリーズの特徴だ。しかし,今回の奉太郎は千反田と新入生の大日向のことを思ってか,自発的に大日向が辞めると告げた理由を見つけ出そうとする。
そうした事情もあって,千反田が奉太郎に次々と疑問を投げかけるいつもの展開とは異なり,本作は奉太郎がマラソン大会で推理をしながら走る(?)現在パートと,大日向と出会ってからの出来事を回想する過去パートが交互に展開される体裁になっている。
過去パートでは,「新歓中の製菓研究会に見られる不自然な点」や「自宅を訪れた古典部の面々に対する,奉太郎の隠し事」といった,こまごまとしたエピソードが描かれ,その一つ一つが独立した短編のようになっているが,それらに隠された伏線を重ね合わせることによって,ラストで一つの鮮やかな答えが導き出される巧みな構成となっている。
だが,謎が解き明かされることで,すべての問題が綺麗に片付くかというと,そうではない。たとえ秘密が明らかになっても,それが生まれるに至った事情を解決することはそう簡単な話ではないのだ。物語のラストで里志は奉太郎に向かって言う。
「僕達は所詮、高校生だ。学校の外には手を伸ばせない。ホータロー、最初からどうしようもなかったんだよ」
そうしたほろ苦い,一抹の余韻を残していくのが〈古典部〉シリーズのもう一つの魅力だ。また本作では,大日向の問題に自分から踏み込んでいったりと,奉太郎にも成長の兆しがはっきりと見える。今後シリーズが進んでいくにつれて,奉太郎がどう成長し,古典部メンバーの関係にどのような変化を生じさせていくのか。ぜひ,シリーズの続きを楽しみに待ちたい。しかし,シリーズの第1巻が2000年か……2000年ねえ……(遠い目)。
■古典部じゃなくても分かる,米澤穂信作品
米澤穂信は今回紹介した〈古典部〉シリーズの1作め『氷菓』で,第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受賞し,2001年にデビュー。初期には,ユーゴスラビアから来た少女・マーヤと高校生たちの交流を描いた『さよなら妖精』や,小市民を目指しつつも,どこかうまくいかない高校生2人組を描いた〈小市民〉シリーズなど,高校生を主人公にした青春色の強いミステリーを主に手がけていたが,その後は犬捜し専門の探偵を主人公にした『犬はどこだ』,SF的設定を取り入れたパラレルワールドを描いた『ボトルネック』,高給に釣られて集まった人々によるデスゲーム『インシテミル』など,常に新しい作風に挑戦している。
『折れた竜骨』(著者:米澤穂信/東京創元社)
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そして2010年には,12世紀のヨーロッパを舞台に,魔術と剣の世界に推理を持ち込んだ意欲作『折れた竜骨』を発表。魔術と推理という相反する組み合わせでミステリーとして成立するのかと思う人もいるかもしれないが,本作は見事,第64回日本推理作家協会賞を受賞いる。
また作者がゲーマーであることもよく知られており,「タクティクスオウガ」の大ファンでもある。そう考えて読むと,『折れた竜骨』の世界観は「タクティクスオウガ」を彷彿とさせるものがあるし,また手がける作品の大半で女性キャラが妙に強かったりするのも,カチュア姉さんの影響だったりするのかもしれない。というわけで,米澤穂信ファンは「タクティクスオウガ」をプレイして,「タクティクスオウガ」好きは米澤穂信を読んでみよう!
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