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[CEDEC 2011]やがて据え置き型コンシューマ機はなくなり,すべてモバイル機になってしまうのか。「ゲーム開発マニアックス〜グラフィックス編」レポート
高い3D性能を持つスマートフォンの普及やPlayStation Vitaの登場など,ゲームプラットフォームとしてのモバイル機への注目が高まっているが,果たしてどのようなことが話し合われたのだろうか。概要を紹介しよう。
モバイルグラフィックスのハードウェア&ソフトウェア関係者がパネリストに
登壇した5人のパネリストは,いずれもモバイルグラフィックスに携わる方々。冒頭ではそれぞれのパネリストの紹介も兼ね,各社の製品などが紹介された。
大渕氏によるとPICA200は,OpenGLなどで使われるシェーダのアルゴリズムを部分的にハードウェア化して高速化,低消費電力化を図ったものであるようだ。ただし「固定ハードウェアではなくコンフィギュアラブル」(大渕氏)とのことで,ある程度プログラマブルな部分を残しながらハードウェア化した製品だろう。長年,ASICなどを得意分野としてきた,日本らしいグラフィックスアクセラレータといえるかもしれない。
最後に紹介された新井氏は,パネリストの中ではただ一人となるソフトウェアエンジニア。新井氏はPCおよびPlayStation 3,Xbox 360に対応するゲームエンジン「OROCHI」の開発を手がけており,現在は「OROCHIのPlayStation Vita対応を進めているところ」だそうだ。
デスクトップグラフィックスと同じレベルを目指す,モバイルグラフィックス
以上のパネリストがモバイルグラフィックスについてのディスカッションを行ったわけだが,西川氏は最初の論点として,果たしてモバイル機に高いグラフィックスクオリティが必要なのかという疑問を投げかけた。PCやコンシューマ機向けのゲームがモバイル機でプレイできること自体は,現在そう珍しいことではない。では,そこまでする必要があるのかというわけだ。
この疑問について多くのハードウェアベンダーは,「必要である」とする。例えば小川氏は「PowerVRを搭載するタブレットでは,すでにHD出力を可能にしているし,Unreal Engineのようなゲームエンジンを使えば,ハイレベルなグラフィックスの制作が可能」と語った。NVIDIAも同意見で「PC向けのゲームがそのままモバイル機でプレイできることが,NVIDIAのゴール」(テシェーラ氏)。「小さいディスプレイだとしても,720P,さらにフルHDゲームグラフィックスになっていくし,そうすべき」(ザン氏)とする。
続いて西川氏は,「取材をしていると,モバイル機向けのSoCでGPGPU的なことをやると,各所でほのめかされる」と話題を振った。4GamerでもARMがオリジナルGPUコア「Mali」でOpenCLのサポートに乗り出そうとしていることをレポートしたが,こうした動きはモバイルグラフィックスにどういう影響を与えるのだろうか。
その一方,レイトレーシングのアクセラレーションを行うOpenRLについては,PowerVRがそのサポートを打ち出したものの,「OpenRLのサポートはいつになるか分からない。まず開発環境を整えて,最終的にはSoCに入っていくという流れ」(小川氏)とのことで,口ぶりからは,PowerVRでレイトレーシングアクセラレーションを行えるようになるのはかなり先になりそうだったが,プロジェクトとしては進行しているらしい。
NVIDIAも「(Tegraシリーズには)今後さらにGeForceの技術を落としこんでいくので,CUDAも将来Tegraで使えるようになる。OpenCLはもちろん,CUDA上で動いているレイトレーシングエンジンOptiXなどもTegraで使えるようになる」(ザン氏)ということで,PowerVRなどと同じ方向に向かっていると考えてよさそうだ。
となると,モバイル機で据え置き型コンシューマ機やPCと同じゲームが同じクオリティで動くようになるわけで,ゲーム開発が簡単になる部分もある。だが,マルチプラットフォーム対応のゲームエンジン開発を手がける新井氏は,その状況に対して懐疑的だった。
「これは,ゲームの多様化にも関わってくることで,果たして複数のプラットフォームで同じゲームが動くのが正しいことなのだろうか? モバイル機と据え置型コンシューマ機で差別化を図らないと,ゲーム業界が縮小するのではないかという懸念を持っている。OROCHIでは,それぞれの棲み分けを大事にするため,モバイル機と据え置き型機を二つのチームが別々に担当している」(新井氏)。
確かに,プラットフォームの特性を生かしたゲームタイトルの存在は,ゲームの進歩にとって必要なことかもしれず,新井氏の意見にも納得できる。
これからのコンシューマ機はどうなる?
とはいえ,グラフィックスに差がなくなってくると,いずれ据え置き型のコンシューマ機は必要なくなる可能性がある。「形態として,据え置き型がなくなって携帯型だけになるんじゃないだろうか?」と西川氏は問いかける。
それに対して,大渕氏とザン氏は肯定的だ。「究極的にはそうなる方向だと思う。半導体技術が進めば消費電力も下がり,(据え置き型と携帯型の)境界が分からなくなってくる。モバイル機にHDMIがついてくれば,状況はさらに進むはず。流れとしては,据え置き型とモバイル型で同じグラフィックスコアを使っていくほうが,自然だと思っている」(大渕氏)と,合理性からいって両者は融合すると予測する。
NVIDIAのザン氏はさらに,タブレットのメインストリームがTegra 2を搭載していることから,すでに現状はそうなっているとする。「HDMIで大きな画面に出力できる携帯型が多くなる。BluetoothやUSBもサポートしているので,もはや融合しているのではないだろうか」(ザン氏)。
だが,据え置き型のコンシューマ機がなくなるという予測に,新井氏は懐疑的だ。「国内では据え置き型の売上が伸びないという話があるが,海外では依然として伸びている。日本と海外では,住宅事情やゲームのプレイスタイルが異なるので,据え置き型の需要は当分はあるだろう」(新井氏)とした。
また,大渕氏も「ライトマップの更新など,リアルタイム性が必要とされないものについては,クラウドに投げてしまう可能性がある」という見方を披露した。
一方,小川氏はゲームではあり得ないと断言。「ゲームにはリアルタイム性が要求されるので,当分クラウドはないだろう。むしろ,ハイエンドグラフィックスがクラウドの影響を受けるのではないか」(小川氏)とした。重いグラフィックス処理をクラウドに任せれば,ハイエンドグラフィックスのあり方が変わっていくというわけだ。
このほか,先頃ソニーから発表された,立体視をサポートするヘッドマウントディスプレイが将来のモバイル機のデザインとしてあり得るかといった話なども飛び出し,興味を持って来場した人にとって,示唆に富んだセッションだったのではないだろうか。
いずれにせよ,さまざまな理由から,モバイルグラフィックスは急激なピッチで進化を続けており,今回のセッションで語られたように,現在のPCや据え置き型コンシューマ機と変わらないレベルに到達するのも,そう遠い日ではないだろう。ゲームプラットフォームとしての注目度もきわめて高く,今後,さまざまなタイトルがモバイル機でプレイできるようになるはずだ。そのとき,PCや据え置き機ではどのようなゲームが登場しているのか(あるいは,登場していないのか),そのあたりも興味深い。
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