インタビュー
小説「那由多の軌跡」刊行記念。著者の土屋つかさ氏と日本ファルコムの近藤季洋社長が,ゲームと小説それぞれの創作論を語り合う特別対談
今回,4Gamerでは,ゲーム版のプロデューサーを務めた日本ファルコム 代表取締役社長 近藤季洋氏と,小説版の著者である土屋つかさ氏に対談の場を設けてもらい,「那由多の軌跡」をテーマに,ゲーム版のコンセプトや小説版のアレンジについて語ってもらった。対談の前半では,日本ファルコムの企画開発や人材登用に対する考え方にも言及されているので,往年のファルコムファンにとっても興味深い内容ではないだろうか。
なお,星海社の最前線特設サイトでは,小説の前日譚を描いた3編の書き下ろし外伝と,本編の第3章まで読める試し読みが公開中なので,未読の人はぜひそちらも合わせて目を通してほしい。
日本ファルコム 代表取締役社長 近藤季洋氏 |
作家 土屋つかさ氏 |
「那由多の軌跡」公式サイト
4Gamer「ノベライズの“新地平”」特設サイト
最前線「ノベライズの“新地平”」特設サイト
ゲームの企画開発に直接携わらないスタッフの意見を
汲み上げる日本ファルコムの社風
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。今回は,小説「那由多の軌跡」の発売を記念した対談なのですが――。
星海社 平林緑萌氏(以下,平林氏):
本題に入る前に,実は土屋さんから,ぜひ近藤社長にお見せしたいものがあるとか。
土屋つかさ氏(以下,土屋氏):
はい。僕は一度システムエンジニア職に就いていて,そのあとゲームプランナーに転職したんです。実はその転職時,ファルコムさんにも応募していたんですよ。
近藤季洋氏(以下,近藤氏):
えっ,そうだったんですか。何年頃のお話でしょう?
土屋氏:
2004年のことです。履歴書と課題を送ったら,今度は「イース」の企画書を提出するというオーダーが来て……実はこれがその時の企画書なんですが,今となっては恥ずかしくて近藤社長にはお見せできない内容でして(笑)。
結局,ファルコムさんには就職できなかったのですが,そのあと10社くらいのゲーム会社を受けて,結果,ある会社にプランナーとして採用されました。そこで4年くらい勤務したあと,作家に転向したんです。
この企画書は,ファルコムさんから送られてきた断り状と一緒に,臥薪嘗胆のためにずっと持っています。
平林氏:
でも,土屋さんは小説版の執筆をお願いしたとき,そのことを話してくれなかったんですよ。企画がある程度進んでから「実は……」って。
土屋氏:
やっぱり,ちょっと言い出しにくかったんです(笑)。でも,そんな経緯があってのものですから,僕にとって今回の「那由多の軌跡」のノベライズは大きな仕事でした。
平林氏:
近藤社長は,土屋さんがファルコムを受けたことをご存じでしたか?
近藤氏:
いやあ,知りませんでした。ひょっとしたら,応募作品は拝見したかもしれません。ただ,当時は全部の応募作品には目を通していないんですよね。今では,ほぼ全部目を通すようにしているんですけれど。
しかし,これだけ活躍されている方を逃してしまったのは,ファルコムとしてはちょっと惜しいですね。
土屋氏:
もっとも僕は,その就職したゲーム会社ではシナリオは書いていませんでした。本格的に物語を書き始めたのは,作家として独立してからなんですよ。
近藤氏:
そうなんですか。ファルコムの場合,社内は少人数ですから,担当の職種以外のいろんな仕事をやるんです。ですからシナリオだけを手がけるスタッフは社内におらず,ほとんどがプランナー兼任という状況です。中にはシナリオを書きつつ,ゲームバランスのチューニングや,プロジェクトの進行管理を兼任するスタッフもいます。プログラマーがシナリオを書くこともありますね。
土屋氏:
メインでシナリオを書いて,ほかの仕事を兼任するんですか?
近藤氏:
むしろ職種を明確に決めず,スタッフ各自の能力に沿った仕事を割り振るんです。「あなたはプログラマーだから」というような決めつけをせずに,「これもできるんだから,ぜひやりましょう」といった感じで。いろいろチャレンジしたい人にはうってつけの職場です。
実は私自身も,入社時は企画やシナリオとは関係ない,社内のネットワークの管理をしていました。
土屋氏:
えっ,そうだったんですか? もともと近藤社長は,ファルコムさんのファンサイトを運営していたとお聞きしたことがありますけれど。
そうです。当時は大学生だったんですが,HTMLを使ってホームページを作るという課題が出たんですよ。ほかの学生は,インターネットが世間で使われ始めた時期によくあった,自己紹介のサイトを作っていたんですが,私はそれでは面白くないと考えました。そこで,たまたまPCの近くにあった「英雄伝説III 白き魔女」の情報サイトを作ったんです。
そのサイトは大学のサーバーに置いてあったんですが,個人サイトとしては大学一の閲覧数を記録したんですよ。当時はネットに関するアレコレがあまり厳しくなかったんですが,今,同じことをやったら大学から怒られるかもしれません(笑)。
土屋氏:
なるほど。ファルコムに限らず,まだ世間にファンサイトが少なかった時期のお話ですね。
近藤氏:
ボチボチ出始めた頃でしょうか。ですから,あの頃にファルコムのファンサイトをやっていたという皆さんとは交流がありました。ちょうど「オフ会」という言葉も使われるようになった頃で,実際にお会いした方もいます。
そうこうするうちに就職活動の時期になったのですが,当初はファルコムを受けることなんて考えませんでした。何しろ私は経済学部の学生でしたから。
土屋氏:
あれ,経済学部なのにインターネットを扱っていたんですか?
近藤氏:
ええ,ゼミの教授の方針で,経済活動の一環としてインターネットの研究を進めていたんです。私は,ほとんどネットばかり触っていましたけれど(笑)。
そんなこんなの経緯があって,最終的に私はファルコムに入社したわけです。
土屋氏:
ネットワーク管理部の一員として,ですね。
近藤氏:
一員どころか,一人でやれと言われました。その一環として,自社の新作をチェックするようになりました。その過程で,ただチェックするだけではなく,ゲームに対して意見を求められるんです。そこで「ああしたらいいんじゃないか,こうしたらもっと良くなるんじゃないか」といろいろ言わせてもらって,その中でゲームの企画に関わるようになっていったんです。
土屋氏:
つまりファルコムさんには,ゲームの企画開発とは少し離れた業務に携わっているスタッフの意見を,きちんと汲み上げる企業風土があると。
近藤氏:
そうです。そういった「皆でゲームを作る」という部分は,当時も今も変わらないですね。たとえば広報スタッフの意見を取り入れることもあります。
他人の意見を受け入れられる人材は
いずれ必要な技術が身に付く
土屋氏:
僕は今でこそ小説家になりましたが,かつてはゲーム業界を目指していました。近藤社長から,ゲーム業界志望者に向けてアドバイスはありますか? とくにファルコムに入社するには何が必要でしょうか。
近藤氏:
ファルコムでは,採用時点でその人が持っている技術だけで評価はしません。私個人が一番持っていてほしいと思う素養は,人の意見を受け入れる度量です。それを持っている人は,相手の立場を尊重できますし,成長できる余地があります。
もともとのスペックが高い人であれば,自分の意見に固執しても大丈夫かもしれませんが,大半の人は,自分の殻を破るためにさまざまなものを取り入れる必要があります。それにはいろんな意見に耳を傾け,自分自身を修正し,成長していくことが前提となります。
土屋氏:
なるほど。
近藤氏:
人の意見を受け入れることができれば,入社時に技術がなくとも,いずれ必要なものが身に付いてきます。ですから,ファルコムで今,シナリオを書いているスタッフは,私を始め,もともとシナリオライターを志していなかった人が多いんです。
4Gamer:
ファルコムさんでは,シナリオライターを募集することはあるんですか? とあるゲーム会社では,シナリオ専門のスタッフを雇うことはほとんどないと聞いたことがあります。と言うのは,シナリオを書き上げてしまうと,その人はもう,そのプロジェクトではやることがなくなってしまうからだとか。
ファルコムでも,基本的にシナリオライター専門のスタッフはいません。ファルコムはゲームを作る会社であり,物語だけを作っているわけではないからです。またゲームのシナリオは小説などと違いますから,やはりゲームのことを知ってほしいですね。
そういう意味では,やはりプランナーが比較的シナリオライターに近い存在ですね。ロジックを作ったり,整合性を取ったりする必要がありますから。さらにファルコムでは,新人プランナーにまずデバッグを任せます。と言うのは,デバッグの上手な人ほど,のちのちゲーム作りが巧みになるからです。
土屋氏:
そうなんですか?
近藤氏:
ええ。デバッグがうまい人というのは,まずどこでバグが出やすいか予測を立てます。そして一つバグが見つかると,同じような構成の場所に類型のバグがないか探す……と,どんどん根を伸ばすように作業を進めるんです。そしてそういった人が2〜3年後,自分で考える力が身に付いて大きく成長するんです。私達が見ているのは,そういう部分なんです。
土屋氏:
つまり論理立てて構築し,かつ人にきちんと説明できるということでしょうか。そういう点は,プログラマーも同じですよね。
近藤氏:
ええ。プランナーやシナリオライターの場合は,より多くの人に分かりやすく,受け入れてもらえることに注力しなければなりませんけれど,基本の部分はプログラマーもグラフィッカーも同じです。さらに面白いアイデアを持っていればグッドですね。
4Gamer:
ちなみにファルコムさんでは,シナリオありきでゲームを作るんですか? それともゲームシステムが先に存在する,あるいはシナリオとシステムを同時に作っていくみたいな手順を取るんですか?
近藤氏:
何を作るのか,どんなスタッフが集まっているのかによって変わります。たとえば「Ys SEVEN」の開発は,まず「何時間でも遊んでいられるパーティバトルシステム」を構築するところから始まりました。「那由多の軌跡」は,システムとシナリオの同時進行でしたね。
4Gamer:
シナリオとシステムで,やりたいことにズレが生じた場合はどうするのでしょう?
近藤氏:
シナリオの完成度を取るか,ゲームとしての面白さを求めるかという話になった場合,これはどちらも大事です。AかBどちらかを選ぶというよりは両方を活かせるCという選択肢を作って,それを選びます。
平林氏:
ゲーム版「那由多の軌跡」では,最初に見せていただいたプロット,開発中のバージョン,そして製品版と,それぞれ内容がかなり変わっていて驚いたのですが,一度でき上がったものを作り直すことは多いんですか?
近藤氏:
最後まで粘って少しでも良くしたいという人間は多いです。私自身もそういうタイプですが,今は「ちょっと待て。それをやっていたら,いつまでも開発が終わらないぞ」と止める側になりました。
実現不可能に見える課題を与えて
スタッフ各自の発想の切り替えを促す
4Gamer:
それでは,近藤社長が実際にシナリオを手がけるようになったのは,いつ頃なんでしょう?
入社から1年後,ファルコムが「英雄伝説III 白き魔女」のWindows版を作ることになり,私も当時の上司から追加のシナリオを書いてみないかと打診されたんです。それで引き受けたのですが,そのときの課題というのが「シナリオを書いて,ゲームに実装するところまでやれ。期間は1週間」という内容だったんです。
土屋氏:
それはかなり無茶な要求ですね。近藤社長は,そのタイミングでプランナーに転向したんですか?
近藤氏:
いえ,ネットワークの業務も並行してやっていました。それでも何とか課題はクリアできたんです。
土屋氏:
すごいですね。
近藤氏:
普通にやったのではまず達成は無理ですから,最初にポイントを絞り込みました。まずはゲームの冒頭にある程度大きなエピソードを追加しましょう,あとはできる範囲で加筆していきましょうと。
確か3日程度でシナリオを起こし,残りの期間で入力しようと考えていたんですが,プログラマーから「入力するスクリプトを覚えるのに1週間かかる」と言われてしまって(笑)。それで「じゃあ必要な部分だけ教えてくれ」と言って,できる範囲で演出を入れていったんです。
土屋氏:
スクリプトに触ったのは初めてだったんですよね?
近藤氏:
以前,C言語を勉強したことはあったのですが,それだけでした。
土屋氏:
それは,普通の人だと「できる範囲の演出」とか,そういう段階ですらなかったんじゃないかと……。
近藤氏:
ほかにも,実は私,エンディングの一部で絵も描いているんです。
近藤氏を除く一同:
ええーっ!
本当に当時はいろいろやりましたね。でも,最初にいろいろやってみることには意味があるんです。たとえば自分でスクリプトを入力してみると,シナリオを起こす過程で,どれだけ作業量が発生するか分かるようになります。
シナリオでは「ここで街中の人達が集まる」とサラッと書いてあるだけでも,それを実現するためには膨大なスクリプトが必要となることが想像できるようになりますから,もう少し違う演出を考えようか,となるわけです。
そういったことが,のちのちゲーム開発のさまざまな部分に生きてくるんですよね。当時の上司も,私にそのことを教えようと考えたんじゃないでしょうか。今,自分が教える立場でもそうしていますしね。
土屋氏:
やはり「1週間で仕上げろ」ですか?
近藤氏:
ええ。ほかには「30分でタイトル案を50個考えろ」とか。いろいろ発想を切り替えないと,30分で50個のアイデアは出てこないですし,実際にそういったアドバイスをしています。
平林氏:
そう言えば近藤社長が多才な人物であることを示すエピソードの一つとして,イラストレーターの田上俊介さんに「Photoshop」の使い方を伝授したと聞いたことがあるのですが。
近藤氏:
ああ,確かに線画抽出のやり方などをメールに書きました。当時の田上さんは,紙に直接イラストを描いていたんですよ。田上さんとは,「イース・オリジン」の頃,社内に常駐していただいて,机を並べて仕事をした時期がありました。懐かしいですね。
継続していく「軌跡」シリーズとは対照的に
世界観を使い切った「那由多の軌跡」
土屋氏:
「那由多の軌跡」のシナリオに,近藤社長はどのくらい関わっているんですか?
近藤氏:
私はプロデューサーとして,最初の世界観などの設定に携わっています。プランニングが終わってから,社内の優秀なスタッフに割り振っていきました。「那由多の軌跡」における私の立ち位置は,ほぼそういう感じですね。
「那由多の軌跡」のときは,“夏休み”“星と遺跡が降ってくる”というキーワードからスタートしたんです。「イース」のようにワクワクするような冒険もので,かつ「軌跡」シリーズの流れを汲むようなものを作ることができれば,ファルコムのいいところを全部詰め込めるだろうと考えました。そこにキーワードから派生したスタッフのアイデアを入れて,少しずつ形にしていきました。
土屋氏:
ゼムリア大陸とは別の世界にするということは,最初から決まっていたんですか?
そうです。ほかの「軌跡」シリーズと同じゼムリアにしたほうがいいという意見もあったのですが,敢えて切り離すからこそできるものをやろうと。またゼムリアの話はずっと続いていきますから,そこから切り取った話をやるとなると,自由にできません。たとえば,「那由多の軌跡」における「自分達の世界は滅びゆくステージにある」という表現はできないんです。
つまり「軌跡」シリーズで培ったことを練り込みはするけれど,そのうえで新しい挑戦をしたい。そのためにはゼムリアとは違う「軌跡」のラインを立ち上げなければならない。そこから「那由多の軌跡」は始まっているんです。
土屋氏:
そう言えば,何かの記事に「『那由多の軌跡』では世界観を使い切る」と書いてあった記憶があります。
近藤氏:
そうですね。ゼムリアの「軌跡」シリーズはまだまだ続きます。壮大な世界観の中,一つ一つの物語は一通りの解決を見ますが,何かしらの謎が残るというのが,このシリーズの醍醐味ですよね。
ただ私達には,それとは違うアプローチのものを作ってみたいという欲求もあります。それをぶつけたのが「那由多の軌跡」というわけなんです。続編を考えず,舞台を思いきり使い切ろうという考えが最初からありました。
平林氏:
そんなコンセプトで開発された「那由多の軌跡」ですが,今回のノベライズ企画を最初に聞いたとき,近藤社長はどう思われましたか?
近藤氏:
ぜひ読んでみたいと思いましたよ。
平林氏:
「小説にできないんじゃないか」とは考えませんでしたか?
近藤氏:
そもそもゲームにおける物語の描き方は,小説と全然違いますよね。それでも「閃の軌跡」のように,テキストを読ませるRPGならまだ近いですが,「那由多の軌跡」はアクション性が強く,かつステージ制になっています。そのうえでテキスト量を増やすと,ゲームとしてのテンポが非常に悪くなります。ですから,「イース」シリーズもそうなんですけれど,読ませるというよりは感じてもらうことに重きを置いています。
平林氏:
その一方では,「那由多の軌跡」のテキストは非常に配慮されていると感じました。細かくルビを振っていたり。
近藤氏:
そこはやはり「軌跡」シリーズで培った部分ですね。
まとめてしまうと「イース」シリーズや「那由多の軌跡」のテキストは,世界に浸ってもらうためのフレーバーテキストであることを心がけているんです。
土屋氏:
アクションメインのゲームでは,ポイントごとに強く印象付ける話運びが大事ですよね。
近藤氏:
おっしゃるとおりです。たとえば「イースI・II」なんてテキストの量は少ないのに,なぜか「シナリオがいい」という評価を受けるんですよね。あれは実のところ,シナリオではなく,世界観と設定がいいんです。シナリオの設計図としての世界観がしっかりしているので,プレイしているうちに頭の中でテキストが補完されていくんですよね。
「那由多の軌跡」でも,そういうものを目指しました。語り尽くせない行間の部分を読み取っていただく余地を残す,と表現すればいいでしょうか。ただそういった行間の読み取り方は,遊んだ方それぞれに異なります。ですから,それを土屋さんがどう読み取って,どう再現するのか楽しみだったんですよ。
アクション主体のゲームをノベライズするために
必要だったアレンジ
土屋氏:
僕は,ゲーム版「那由多の軌跡」を2クールのテレビアニメとするなら,小説版はそれを2時間前後にまとめた劇場版アニメとして組み直すことを意識しました。ゲーム版のバトル中は基本的に物語が動きませんから,そこをうまく編集して1冊の本にまとめ上げるということを大事にしています。
近藤氏:
ほかの「軌跡」シリーズをノベライズすると,ゲームの流れを踏襲せざるを得ないと思うのですが,アクションゲームの「那由多の軌跡」ではそうすると面白くないですよね。
平林氏:
ステージが変わっても,基本的には同じ流れの繰り返しですからね。新しい大陸でステージを進めて,神殿に向かうという。小説版の懸案は,まさにそこでした。
私もそこをどうまとめるのか見てみたかったんですよ。
土屋氏:
ゲーム版との一番大きな違いは,「残され島」にナユタがほとんど帰って来ないところです。
ゲームでは,体力回復やお弁当のために,頻繁に帰ってくるんですけれど,小説ではそれを描くとリズムが狂ってしまいます。そこでアーサ姉さんが最初から奈落病を患っており,しかもゲームでは存在した回復手段が使えないという設定にしました。
平林氏:
残され島に帰る回数が少なくなったので,幕間が強く生きてきましたよね。クレハに転移させられて,テラから残され島に帰ってくるところは効果的でした。
土屋氏:
もう一つは,そのクレハが冒険に同行する点です。これは当初,平林さんは反対していたんですよね。「さすがに原作を改変しすぎだろう」と。
近藤氏:
私はむしろ,「なるほどな」と思いましたけれど。
土屋氏:
ゲーム版のアクション部分では会話がないので,小説版でナユタの話相手を用意するとなるとクレハかな,という判断もありました。
近藤氏:
私個人は,小説版の冒頭部分の印象が強いです。ゲーム版にはない,ナユタとシグナが船の上で決闘をするシーンなんですけれど,ナユタがバトルに一歩踏み込めない理由が細かく描写されているんですよね。まさにナユタは,あのシーンで土屋さんが描いたとおりの人物なんですよ。
土屋氏:
そうなんですか。よかった。
近藤氏:
ただ,ゲーム版ではそこまで細かく描ききれていません。小説版として改変を加えつつも,そうしたゲーム版で描ききれなかった部分を読み取っていただけたのは,私達としても嬉しいかぎりです。非常に楽しく読ませていただきました。
土屋氏:
そう言っていただけると光栄です。
近藤氏:
もう一つ,ナユタとライラ,クレハとの三角関係もゲーム版で描ききれなかった部分です。実は先日,企画書を読み返していたときに,エンディングのところに書いてあるのを見つけました。
土屋氏:
三角関係,入れておいてよかった(笑)。
近藤氏:
ゲーム版では,クレハをもっと見せたかったんですが,現実問題としてステージとステージの間か,残され島に戻ったときにしかクレハを出せないので,物語が大きく動くときにはあまり描けないんです。そういう意味では,ナユタとの関係はもっと描ける余地があったと思います。
でも小説版では最初からクレハを描いていただけましたし,大胆なアレンジも加わっていましたから,よかったなと。
平林氏:
ファルコムさんは,そういったアレンジにおおらかですよね。私達からすると非常にありがたいお話です。
近藤氏:
ゲームと同じにしてしまうと,それ以上のものにはならないと考えているんです。ゲームで描いたものに,作家さんのスキルやノウハウがプラスされて,どういう形になるのかを見てみたいんですよ。
土屋氏:
本当にのびのび書かせていただきました。
小説版の核となるのは,ゲーム版で描ききれなかった
ナユタとシグナの友情
平林氏:
ちなみにファルコムさんの社内での小説版の評判はどうなんでしょう?
近藤氏:
すごく好評ですよ。この対談があるからということで,私の机の上にも1冊常備しておいたのですが,それを誰かが持っていってしまって返してくれません(笑)。
土屋氏:
今回は,書体も凝っているんですよね。平林さんが編集者として尽力してくれて。僕からノイズ処理でお願いしていた部分が,QRコードになっていたり。QRコードを読み取ると,正しいテキストに変換されるんですよ。
近藤氏:
すごい(笑)。
平林氏:
読者から,iPhoneだと200%に拡大コピーすると読み取れるという報告がありました。フィーチャーフォンなら,ほとんどの機種でそのまま読めるはずです。
近藤氏:
ファルコムのスタッフも,そういう遊びが大好きなんですよ。「ぐるみん」や「イース・オリジン」でもいろいろやっていましたね。
平林氏:
今回は,「ミトスの民」が星々を渡り歩いているという設定から,土屋さんと,有翼人もミトスの民の一部なのではないかと話を膨らませたんです。そう考えると,ミトスの民もかつて地球に来たかもしれない。そのとき残した文字が,今,我々の技術でQRコードとして読み取れることにしたら,「イース」と「那由多の軌跡」がつながる感じが出るんじゃないかと。
近藤氏:
ちょっとゲームプランナーっぽい発想ですね。
土屋氏:
ゲーム版では,ミトスの民がどこから来たのか説明されないですよね。そこで小説版では,明確に書き記してはいませんけれど,宇宙を旅する大船団があり,「テラ」はその中の一つの船であるということを匂わせています。そこからQRコードまでイメージをつなげました。
平林氏:
ほかにも書体ではいくつか挑戦しており,たとえばナユタの一人称の区切りではこの記号,ノイは別の記号,シグナはまた別の記号といったようなことをやっています。
近藤氏:
まったく気付きませんでした。
平林氏:
気付かれないようにやっているので大丈夫です(笑)。当初,土屋さんの原稿では全部同じ区切り記号を入れていたのですが,ちょっと凝ってみようかなと。
尾谷おさむさんのイラストも,いい雰囲気に仕上げていただきましたよね。
平林氏:
尾谷さんはもう一枚,ライラを描きたかったとおっしゃっていましたよ。
土屋氏:
尾谷さんも僕も平林さんもライラが好きなんですよね(笑)。
平林氏:
ところでファルコムさんは,「那由多の軌跡」の続編は作らないんですか?
近藤氏:
作りたいとは思っていますけれど,直近の予定はないです。繰り返しになりますが,そもそも続編のことを考えない作り方をしていますから。
平林氏:
仮に作るとしたら,ナユタ達がテラに乗ってほかの星に行く,という感じですかね。
土屋氏:
それはもう違うゲームですよ(笑)。
近藤氏:
そう言えば「那由多の軌跡」も夏休みというところから,七夕の織姫と彦星をヒントに,当初は地球に近づいてくるテラをナユタが望遠鏡で覗いているところで終わるというプロットだったんですよ。そこからずいぶん変わりましたが。
土屋氏:
ゲーム版では,そこから長い後日談が始まるのですが,小説版ではそこは書いていません。ぜひゲーム版で楽しんでください。
平林氏:
小説版も最初はもう少し短くなる予定だったんですけれど,結果,かなり分厚い本になりましたね。
土屋氏:
途中で書きたいことが増えちゃったんですよね。
近藤氏:
読んでみると,とても丁寧に作られた本だと分かりますよ。ゲーム版で描ききれなかったキャラクターの心理描写も,ゲーム版のファンが違和感を覚えない形でアレンジされていますし。
平林氏:
ナユタとシグナの“男の友情”もよく描かれていますし。
近藤氏:
最初の決闘が,ラストにつながるんですよね。
平林氏:
そうなんです。だからこそ,中盤でマスターギアを奪うシーンが生きてくるんです。
土屋氏:
小説版を貫いているのは,ナユタとシグナの友情なんです。僕としては一番注力した部分なので,ぜひそこに着目して読んでください。
平林氏:
その一方で,アーサの日持ちのするお弁当とかもきちんと描いていたり。あと本当は博物館も入れたかったんですけれど……ヴォランス博士は最後に何とか出てきます。
土屋氏:
最前線特設サイトには,小説版の前日譚となる書き下ろし短編が掲載されていますが,ヴォランス博士やオルバスが登場しますよ。
平林氏:
ああ,オルバス! 小説版ではオルバスをどう扱うか頭を悩ませましたね。彼はナユタとシグナより強い存在ですから,へたに扱うと話が成立しなくなってしまうんですよね。
近藤氏:
そこはゲームも同じですよ。「イース」シリーズで,いかにアドルからドギを引き離すか,「軌跡」シリーズだと,いかにカシウスを足止めするか,いつも頭を捻っています。
平林氏:
小説版ではオルバスには怪我をしてもらいました。達人が怪我をしてもおかしくない状況を作り出すために,3回くらい書き直しましたね。小説ではビジュアルがないぶん,より不自然さが出ないようにする必要があるんです。
土屋氏:
そういう意味では,剣劇の部分も,きちんとナユタやセラムみたいなキャラが,身の丈に合わない剣を振り回しているような感じを出そうとしましたね。
平林氏:
小説だと,細かくリアルに描写しようとすると,逆に「こんな動きはできないんじゃないの」となることも出てきてしまうんですよ。
近藤氏:
ゲームだと,作り手と受け手の間に,ある種の暗黙の了解のような独特のルールが生まれますから大丈夫ですけれど,小説はそうじゃないですからね。
4Gamer:
さて,いつまでもお話を聞いていたいところですが,お時間が来たようです。最後に土屋さんと近藤社長から,小説版「那由多の軌跡」に興味を持っている人に向けて,メッセージをお願いします。
土屋氏:
本当に時間をかけて丁寧に書き上げた小説です。ゲーム版を遊んだ人に読んでいただきたいのはもちろんですが,そうでない人も小説を読んでからゲーム版を遊ぶと,さらに面白くなると思います。両者の違いを楽しんでいただきたいです。
近藤氏:
最初に読んだときの感想は,ほどよくアレンジがなされているので,ゲーム版を遊んだ人も新鮮に楽しめるというものでした。ゲーム版を作った私達でも違和感のない,丁寧なアレンジになっており,非常に嬉しいです。
とくにナユタとシグナの間の感情の推移や,ライラ,シグナ,クレハ,ナユタの4人の関係は,ゲームではなかなか表現できなかったので,今回,土屋さんに書いていただけてよかったです。私達が企画段階で考えていたことが実現できていますので,ぜひゲーム版のファンの皆さんにも手に取っていただきたいです。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
『那由多の軌跡』 原案:日本ファルコム 著者:土屋つかさ イラストレーター:尾谷おさむ 出版社/レーベル:星海社/星海社FICTIONS 価格:1365円(税込) ISBN:978-4061388642 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
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