インタビュー
任天堂の青沼英二氏に聞く,「ゼルダの伝説 風のタクト HD」と「ゼルダの伝説」シリーズ――「僕がこだわるのは,“ユニークな体験ができるゲーム”ということだけ」
4Gamerでは,青沼氏がこのリメイクに一体どんな思いを寄せ,さらに次の作品や,「ゼルダの伝説」シリーズ全体にどんな愛着を持って開発に臨んでいるのかについて,詳しく聞く機会を得た。ここでは,その模様をお届けしよう。
「ゼルダの伝説 風のタクト HD」公式サイト
Wii Uならではの「ゼルダ」シリーズの魅力。
それを伝えるために「風のタクト」を選んだ
4Gamer:
本日はよろしくお願いいたします。
今回,このインタビューの前にHD版をプレイさせていただいて思ったのは,オリジナルが11年も前の作品であるにも関わらず,古さを感じさせないということでした。
でしょ?(笑)
最初にこれをリメイクすると決まったときに,僕も同じ気持ちになりました。10年以上前の作品なので,正直「今作ってもなぁ」とも思ったんですが,サンプルの絵を見せてもらうと,全然古さを感じなくて,「これは価値のあるものができるな」と確信したんです。
4Gamer:
過去の「ゼルダの伝説」シリーズをリメイクするとしても,候補はいくつもあると思うんです。その中から,なぜ,風のタクトを選んだんでしょうか?
青沼氏:
昨年,Wii Uというハードが発売されて,ゼルダシリーズの新作をこれから作っていこうとなったときに,過去のシリーズを新ハードに置き換えたらどうなるかという検証をしたんです。実はこういう検証自体は,新ハードが出るごとにやっているんです。
過去作品のすでに存在しているモデルやテクスチャーをそのまま使って,Wii UのHD画質に置き換えてみたときに,どんな絵が出せるのだろう? と。今回は「トワイライトプリンセス」「スカイウォードソード」,そして「風のタクト」をHD化したものを,デザイナーに作ってもらったんです。
4Gamer:
風のタクト以外は,Wii以降の比較的最近の作品ですね。
青沼氏:
そうなんです。だからトワイライトプリンセスとスカイウォードソードの2作については,HDになって高精細でクッキリと見えるようになっただけだったんですが,風のタクトの場合はHDにすると,全然違うもののようになった感じがしたんです。
オリジナルは「触れるアニメーション」というところを目指して作っていて,HD化によってそこにさらなる魅力が足されたような気がしたんですね。
4Gamer:
分かります。別物にはなっていないんですけど,オリジナルの良さと新鮮さがバランス良く同居している印象を受けました。
青沼氏:
ええ。それを単なる検証結果にしておくのはもったいないと思ったんです。そこで開発プランを検討してみると,僕が考えていたよりも少ない時間で完成させられると,スタッフから言われたんです。
新作を作り終えるまでにはすごく時間がかかりますが,それまでWii Uにゼルダがないのは僕としても寂しいんですよね。そこで,“Wii Uならではのゼルダ”として,風のタクトはいいものになるし,いち早く届けられると確信して,HD版を作り始めました。
4Gamer:
なるほど。
青沼氏:
それともう一つ,風のタクトはオリジナルをリリースしたあとに,「前半は良かったけど後半は……」という評価もいただいていたんですね。当時,ゼルダシリーズでは私も初めてのディレクションで,ゼロからゲームデザインをしたタイトルでもあったので,もう少しこうしたかったという部分も残っていたんです。
もしリメイクをするのであれば,そういうところにも手を付けられる,という思いもありました。
4Gamer:
ということは,開発期間はそれほど長くなかったんですか?
青沼氏:
はい,半年ぐらいです。ただ,開発は大変でした。当時とはハードの違いももちろんありますしね。また,アニメーションのように見せるトゥーンシェーディングという技法がありますが,あれも当時は確立された技術があって作っていたわけではなく,スタッフ全員が手探り状態でやっていたものだったんです。
4Gamer:
2000年頃はトゥーンシェードの技術を,各社が採用し始めた頃でしたよね。
青沼氏:
そうなんですよ。ゲームでもほぼ初めて採用する技術でしたから,最初から完成形がはっきりと見えていたわけではないんですね。
当時のリードデザイナーが東映アニメーションが好きで,その頃のアニメーションの雰囲気を再現すべく全体を設計していったのですが,実際にそれを画面に映し出すには,今までとまったく違う考え方で作っていかなくてはならず,たくさんの試行錯誤がありました。
当時あの映像をゲームキューブで表現するには,ハードのスペックに限界がある中で,それをオーバーするぐらいの気持ちで作っていて,ある意味ギリギリのところで完成していたんです。それをWii Uで再現することに対しては,やはり時間がかかってしまいましたね。
4Gamer:
HD版の画面を見てみると,グラフィックスの高精細化だけではなく,アスペクト比が4:3から16:9になったことで,同じシーンでも左右の情報量なども変わっていますよね。それによって世界の広がりが見えるようになりました。
青沼氏:
海の水平線の広がりが違いますよね。当時僕らが思い描いていたのは劇場アニメーションのシネスコサイズだったんですが,TVでは,どうしたって4:3の比率しか出せなかったので,もっと広々とした世界を見せたいという葛藤がありました。
そういう意味で今回のリメイクでは,あのときに思い描いていたものがやっと実現できるようになって,「そうそう,こうしたかったんだよ」という言葉がスタッフの間でやりとりされて,楽しみながら作れましたね。
4Gamer:
16:9にしたことで,技術的に難しかった点などはありますか?
青沼氏:
技術的なことではないんですが,4:3だと,16:9の画面の左右の部分は映っていないわけですよね。当時はゲーム中のドラマを作るときは,映ってほしくないキャラクターを脇にフレームアウトさせたりしていたんですが,それが16:9になると見えちゃうということが生じてしまったんです。
4Gamer:
フレームアウトしてくれない,と(笑)。
青沼氏:
ええ。いくつかのシーンでは,いるはずのないキャラクターが映ってしまっていて,実写のドラマを作っているように感じたこともありました(笑)。もちろん最終的には,ちゃんと調整しています。
ただ画面を16:9にした恩恵はすごくあって……やっぱり海ですよね。
4Gamer:
船での移動は,本当に気持ち良かったです。
青沼氏:
船を操作して周りを見ると,いろんなものが視界に入ってくるでしょ? 道しるべの無い海で目指すものを見つけて移動する遊びが,非常に楽しくなったと思いますね。
あとは巨大なボスとの戦いもそうで,広い画面のほうが迫力が増しますから,コントローラを使って戦う感覚も,当時より手応えが増していると思います。
4Gamer:
実際に最初のダンジョンのボス(ゴーマ)と戦ったときは,迫力に驚かされました。
青沼氏:
昔は画面から見切れていたぐらいの大きさでしたからね。それがフルで入ってきたときは本当に大迫力で,やってよかったと思いました。
ゲームキューブでできなかったことが
Wii Uでできるようになったのは本当に嬉しかった
4Gamer:
そんなアスペクト比やカメラなども含め,移植作業というのはどのような形で行われたのでしょうか?
基本的にモデルには手を加えていません。モデルの精度を上げて,つるつるしたものにすると,当時の手描きアニメーションの雰囲気が損なわれてしまいますからね。そこで,モデルはそのままに,テクスチャを高精細なものにして,さらにシェーダという,世界を作るための絵作りのシステムを使って,影をしっかり落とすということをしています。
ですから,大もとの絵作りやプログラムなどは当時と同じことをやっていて,細かな材料をブラッシュアップしていく作業でした。その結果,オリジナルをご存じの人にも,オリジナルがHDになって再現されているという感覚で見ていただけると思います。
4Gamer:
実はこのインタビューに来る前に,ゲームキューブ版を遊んでみたんですが,寄りの絵は今見てもそれほど遜色はない半面,遠景をぼかす処理が,今の基準だとちょっと厳しかったです。
青沼氏:
精度が出せなかった当時は,なんとか遠近感を出すために,奥をぼかして見せていたんですが,そうするとぼけてほしくないものまでぼけてしまって,その度合いの調整が難しかったんです。
でも今回は,奥をぼかすことなく距離感の精度が出せるようになったので,クッキリ見えていながら奥行きを感じられるものになっています。
4Gamer:
航海中の背景のオブジェクトの見え方や,天候が変わったときに海の色が変わる瞬間に空気の質感すら変わるような感覚があって,とても驚かされました。
青沼氏:
背景の色の変化の度合いも,昔は幅が持たせられなかったので,海の色もパキパキッと変わっていく印象でしたが,今回はじわっと変わっていく感じを出せるようになりましたね。デザイナーはモデル一つ一つを見せることよりも,世界全体の空気感をどう見せるかにこだわっていました。それができるようになったのが嬉しいですよね。
4Gamer:
風のタクトはとくに,空気感が評価されましたからね。
青沼氏:
リアルな世界の空気感というのは,言ってみれば現実をどこまで反映できるかということで苦労するんですが,風のタクトは嘘の世界です。その中でのリアリティが何なのかというと,「想像」だったり「肌で感じる何か」だったりするわけですから,クリエイターとしては自分が感覚として持っている何かをぶつけることができるんですね。だからこそ,掘り甲斐のある課題だったのではないかと思っています。
ただ,その領域まではさすがに僕も手は出せないですから(笑),すごくアバウトな指示しかできなくて。そこに「らしさ」を反映させていくのがデザイナーの仕事なので,そういうところは今回かなり頑張ってくれましたね。
4Gamer:
青沼さんの満足いくものになりましたか?
青沼氏:
はい,思っていたよりもずっといいものができたと実感してます。
4Gamer:
風の表現などは,当時からよくできていると思いました。
青沼氏:
あれは風を実際に描いてますからね(笑)。風を表現するときは,普通は服を揺らしたりするのですが,まさかああいう表現でくるとは僕も思っていませんでした。でも風を描くことで,アニメーションであるということがはっきりしてくるわけです。
開発の途中ぐらいだったかな,風が線で描かれて,リンクが風の吹いている方向を向くという描写が入ったとき,「おっ,すげー風を感じる!」って感動したんです。あれは嘘の世界の中で,風という目に見えないものを感じてもらうにはどうすればいいか,苦心した結果,生まれたものなんです。
4Gamer:
HD化されたところで,言ってしまえばただの白い線なのに,なぜか「風だ!」という不思議な感触を味わいました。
青沼氏:
あれはただの白い線ですけど,3D空間に縦横無尽に描かれていますから,きっと,周りの世界の精度が上がったことと相まって,より臨場感のあるものに感じられるようになったんでしょうね。HD化にあたって,世界の精度が上がったからこそ,嘘の世界でも自然の存在感を,以前よりもきちんと表現できた実感があります。これだけでも,HDにした甲斐があると思うんです。
- 関連タイトル:
ゼルダの伝説 風のタクト HD
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