テストレポート
「PlayStation VR」分解レポート。PSプラットフォーム初のVR HMDは,工業製品として美しい
ゲーム業界の巨人であるソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下,SIE)がVRゲームへの取り組みを本格的にスタートさせたとあって,一般メディアをも巻き込み初日から話題沸騰……などということは,ここであらためて繰り返す必要もないだろう。
4Gamerでも,発売に合わせて,「使ってみた」記事などをいくつか掲載済みだ。
- PlayStation VRをさっそくセットアップしてみた。その手順を写真付きで紹介
- 今日から遊べるPlayStation VR用ゲーム系コンテンツを,これまで掲載してきた体験レポートで一気に振り返る
- 今後リリースされるPS VR対応タイトルから10本の注目作を紹介。FFやバイオハザードなどの人気シリーズから,奇抜な設定の意欲作まで多彩なラインナップ
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- 必須のカメラから専用ヘッドフォン,スタンドや保護シートまで。PS VR対応周辺機器&アクセサリーをまとめて写真で紹介
では,PS VRとは実のところ,いかなるハードウェアなのだろうか。入手した個体を概観するだけでなく,分解も試みたので,今回はその結果を基に,PS VR内部の秘密をいろいろ推測してみたいと思う。
仕様と接続周りをおさらい
こちらからアドバイスできることがあるとすれば,「セットアップ時は“お店”を広げることになるので,十分なスペースを確保しておきましょう」くらいだろうか。
下に示したのは,マニュアルに沿った接続イメージを連続写真的に用意してみたものだ。まず「プロセッサーユニット」(型番:CUH-ZVR1)と(テレビや液晶ディスプレイなどといった)ディスプレイデバイス,PS4とPlayStation Camera(以下,PS Camera)を接続したら,あとはケーブルの番号順に接続して,最後にヘッドマウントディスプレイ(以下,HMD)をプロセッサーユニットにつなぐという流れになる。
途中でプロセッサーユニットの向かって右側を「かしゃっ」と奥へずらすことになるのだが,これで主電源が入るとか,そういうことはないので,おそらく接続手順を分かりやすくし,かつ,実際の使用時にケーブルの端子を隠して見栄えをよくするためのギミックではないかと考えている。
さて,実際に装着するHMDだが,2014年のGame Developers Conferenceでアナウンスされて以降,熟成に熟成を重ねての発売となっただけに,少し触っただけでも機能性の高さを感じられる作りになっている。
接眼部分の遮光用ラバーパッドは十分な深さがあり,筆者のようにメガネを常用している人でもそのまま装着できるのは素晴らしい。
PS CameraからHMDのポジションを検出するためのLEDは前面部と後頭部にあるが,この位置もいろいろ改訂のうえ,現在に至っている。
以上,外観を眺めるのはこれくらいにして,さっそく分解に入ろう。
※注意
ゲーム機およびゲーム機用周辺機器の分解はメーカー保証外の行為です。分解した時点でメーカー保証は受けられなくなりますので,本稿の記載内容を試してみる場合には,あくまで読者自身の責任で行ってください。分解によって何か問題が発生したとしても,メーカーはもちろんのこと,筆者,4Gamer編集部も一切の責任を負いません。また,今回の分解結果は4Gamerが入手した個体についてのものであって,「すべての個体で共通であり,今後も変更はない」と保証するものではありません。
分解容易なプロセッサーユニットだが若干の謎も
物理的な分解難度だけで言うなら,プロセッサーユニットの分解は非常に容易だ。前段でも出てきたスライドする機構を外して,ビスを外すだけで内部へアクセスできる。ユーザーに分解を思いとどまらせるようなシールや特殊仕様のビスはないが,そもそも「PS VRを分解しよう」などというユーザーがいることはSIEとして想定していないのかもしれない。
筐体を開いたところ。シールドと小型のファンが見える |
ビスを外すとシールドを外すと基板を拝める。実にシンプルだ |
ヒートシンクのサイズは実測で60(W)
下がその写真だが,部品面で一際目を引くのは,シリコンダイが剥き出しになったLSIと,周囲を囲む4枚のメモリチップだろう。なんとなく超小型PS4っぽい印象を受ける。
「MSP-01」というシルク印刷の入った基板の部品面。基板形状はご覧のとおりのL字型だが,最も長い部分で図ってみたところ,サイズは135(W) |
こちらはパターン面 |
「ARMADA 1500 Pro 4K」という製品名も持つ88DE3214は,Android OSを活用したマルチメディア処理用セットトップボックスなどが主なターゲットとなるプロセッサだ。Marvellの製品情報ページによると,「Cortex-A9」CPUコアを4基と,米Vivante製の組み込み向けGPUコア「Vega 1X GC3000」を集積したSoCで,製品名からも想像できるように4Kディスプレイをサポートしており,3840
ちなみにSIEは,PS4から送られてくる3Dサウンドデータを2chステレオヘッドフォンで正しく聞こえるようバーチャルサラウンド化演算処理を行ったり,「シネマティックモード」時に普通の映像信号(=HMD向けではない映像信号)からHMDの両眼用の映像を作り出したり,PS VRの「ソーシャルスクリーン」機能を実現したりするのが,プロセッサーユニットの役割だとしている。
いまさらっと流したが,シネマティックモードとは,Blu-ray Discの映像ソフトやPS VR非対応の従来型ゲームタイトルをPS VRで楽しむためのものだ。これを実現するためには,二次元の普通の映像からPS VRの両眼用の映像を作り出す必要があるが,その処理をプロセッサーユニットで行っているわけである。
一方のソーシャルスクリーン機能は,PS VRでプレイ中の画面を,テレビなどのフラットディスプレイに映して第三者も楽しめるようにする機能だ。
そもそも,PS4からPS VRへ出力される映像は,HMD側の光学系に合わせて歪んでいる。なので,ソーシャルスクリーン機能を実現するためには,プロセッサーユニット側で「VR向けの歪んだ画像からフラットディスプレイ向けの画像を作り出す」処理が必要になるわけだが,CEDEC 2015でSIEが行った説明によれば,ソーシャルスクリーン専用の映像を表示するときはPS4側でH.264でエンコードし,USBインタフェース経由でプロセッサーユニットへ送信するとのことだった(関連記事)。なので,そうして送られてきた映像に対して,88DE3214側のデコーダを活用しているということになるはずだ。
K4G2G1646Q-BCMA |
ADV7625 |
部品面ではあと2つ,HDMIポートから伸びるパターンにつながっているチップも目を引くが,これらは米Analog Devices製の双方向HDMIトランシーバ「ADV7625」である。
プロセッサーユニットは,HDMI端子としてPS4からのディスプレイ入力とHDMI向けの出力,ディスプレイ向けのスルー出力を備えているので,これら3ポートを2基のADV7625で受け持っているのだと思われる。
ちなみに,前述のシネマティックモードを実現するためには,SoCがHDMI経由で映像を受け取り,加工してHMDに出力する必要がある。実際,88DE3214は4系統のHDMI入力をサポートしており,ADV7625を通じてPS4から送られてくる映像を取り込むことができる仕様なのだ。
結果,シネマティックモードでは映像を加工するために1フレームの程度の遅延が発生する可能性はある。ただ,VRコンテンツではない以上,シネマティックモードにおいて遅延は許容範囲だろう。ただし,ゲームプレイをしようとすると,遅延が気になる可能性はある。
ここで目につくのは,88DE3214のちょうど裏側あたりにある,Samsungロゴ入りのチップだが,これは容量4GBのMLC NAND型フラッシュメモリ「KLM4G1FE3A-F001」である。88DE3214のファームウェア格納用という理解でまず間違いない。
ただ,この88E8080を何に使っているのかは分からない。
もちろん,ごく普通に考えるのであれば,「HDMIはバージョン1.4以降においてHDMIケーブル経由でイーサネットの信号の送受信を行えるようになっているから,PS4とプロセッサーユニットが通信を行っており,そのために88E8080を用意している」ということになるだろう。
しかし,HDMI経由のイーサネットは規格上,Fast Ethernet,つまり100Mbps止まりで,Gigabit Ethernet(=1000Mbps)対応である必要がない。また,メインのSoCである88DE3214はFast Ethernetの物理層と論理層,それにGigabit Ethernetの論理層を集積するとのことなので,わざわざPCI Express接続のコントローラを外付けするまでもなくイーサネットに対応できるはずだ。
付け加えるなら,「PS VRがイーサネットを使っている」という話も,これまで筆者は聞いたことがなかったりする。
前述のとおり,SIEはPS VRのソーシャルスクリーン機能における動画伝送にUSBを使っているとしていたが,ひょっとするとその仕様が最終製品では変更になり,何らかの形でイーサネットを使う形に改められたのかもしれない。あるいは意地悪な見方をすれば,先の説明自体が誤りだったという可能性もゼロではないだろう。
……と,いろいろ妄想がはかどるわけだが,現時点で確たる情報はない。現時点では「88E8080には謎がある」ということでいいような気もする。
なお,ほかにも部品面,パターン面にはいくつかチップがあるが,それらは表面実装のロジックICや電源といったものであり,主要な機能とは関係がなさそうだ。そのため,「プロセッサーユニットは,MarvellのSoCを中心としたデバイス」という理解でいいだろう。
実を言うと,過去のPlayStationシリーズの伝統から,「中身はSIEロゴ入りのASICで固められているのでは」と考えていたのだが,SIEロゴ入りの詳細不明なチップは,蓋を開けてみれば1つもなかった。なので,個人的には少々肩透かしを食らった感じもある。
付け加えると,基板にもSIEのロゴはない。基板のアートワークからにはPS4を彷彿とさせる部分があるので,開発にSIEの手が入っていることはまずもって確実だと思うが,これまでのSIE(あるいは旧ソニー・コンピュータエンタテインメント)の製品構成からすると,やや異質な印象を受ける基板だとは言えるだろう。
価格以上にコストがかかった印象の機構を持つHMD本体
続いてはHMD側の分解である。HMDは一見,分解する手がかりがなさそうなのだが,飾り板の取り外しを取っかかりにして進めていくと,存外,簡単に分解できた。
ただ,念のため述べておくと,HMDの分解はまず間違いなく不可逆だ。一度分解したが最後,100%元通りにすることは不可能と断言できるレベルである。
分解を進めるにあたっては,PS Cameraを用いたポジション検出用であるLEDを囲む,白い反射板4枚を取り外す。この反射板はけっこう凝っていて,全部同じ形状ではなく,左右でそれぞれ異なる形状だった。
これを外すとビスにアクセスできるようになるので,それを外す。すると,前面カバーをごっそり取り外せるようになる。
奥に見える基板へアクセスするにあたっては,これら部材一式を取り外す必要があるわけだ。
LEDモジュールを搭載した部材一式を外すと,HMD側のメイン基板(らしきもの)にアクセスできるようになる。
プロセッサーユニットから伸びているケーブルとの接続インタフェースである,少し変わったコネクタや,有機ELパネルとつながているフラットケーブルを外して,ビスを抜けば,基板が外れてきた。
ここまで来るとヘッドバンドとHMDユニットを切り離せるようになる。HMD本体下のボタンとつながっているノッチを引き上げ,バンドを引っ張れば簡単に抜けてしまう。
HMD本体下のボタンとプラスチックパーツでつながっているノッチを引き上げ,バンドを引っ張れば,バンドは簡単に取り外せる |
金属製ののバンド台座を外すと,その下にセンサーユニット(が載っている基板)があるのを確認できる |
あとは,ビスを抜くだけで有機ELパネルユニットも簡単に外れてくる。
有機ELパネルのスペックは,サイズが5.7インチ,解像度が1920
さて,そのパネルをまじまじと見てみると,中央に実測1〜1.1mmほどの隙間があり,パネルが両眼用に分かれているのが分かる。内部的に960
一方のレンズユニットは,プラスチック製の枠に凸レンズが埋め込んであり,両者を,透明度の低い半透明プラスチックで分けたような格好になっていた。
SIEによると,PS VRにおいても,市場で先行する「Rift」や「Vive」と同じく,PS4側(=GPU側)で,光学系に合わせた「歪んだ映像」を作って光学系の歪みを打ち消し,正常な映像にする手法を採用しているとのこと。なので,RiftやViveと同じ,レンズ1枚からなる光学系構成というのは,説明どおりといったところである。
なお,HMD本体側に残るパーツはセンサーユニットのみで,ビスを外せば簡単に取り出せる。
念のためヘッドバンドもばらしてみたので,こちらは写真中心でその様子を示しておこう。
PS VRの場合,装着時の本体左側側面から後方をケーブルが“這う”ので,それと重量バランスを取って相殺するための錘ということなのだろう。細かいところではあるけれども,しっかりと設計してあることが読み取れる。
以上,分解はここまでとなる。細かなプラスチック製パーツがこれでもかと組み込んであり,構造もかなり複雑だ。おそらく組み立て工程もかなり複雑だろう。
専用設計だと思われる有機ELパネルも含め,これを単体税込5万円以下で市販できるというのは,正直,驚きである。それだけ出荷台数を見込んでいるのではないかと思うが,同時に,ほとんど利益は出ていないのではないか,という気もする。
HMD本体側の構成部品は不明なものが多い
最後に,前段で先送りにしたHMD本体側の基板類を見ておこう。まずはメインと思しき基板からである。こちらでは以下,先ほど外した2つの接続端子があるほうを「部品面」,反対側を「パターン面」と呼ぶ。
メイン基板の部品面。型番は「MSH-01」のようだ。長い部分で計測して,実測基板サイズは85(W) |
こちらはパターン面 |
上の基板写真で部品面の左上に見える,「24C16L」と印刷されたチップは容量16KbitのシリアルEEPROMだが,何に使っているものなのかは分からない。USBのベンダー/プロダクトID格納用などに使われることが多いので,その用途かもしれない,といったところだ。
一方のパターン面側だと,最も大きなLSIは「Nuvoton」ロゴ付きの「NUC123SD4SN3」だが,これはNuvoton Technology製のマイクロコントローラである。汎用の(=何にでも使える)コントローラなので,用途は推測するほかないが,LEDの制御や,もしかすると加速度&ジャイロセンサーの前処理,さらにUSBを通じてPS4にセンサーデータを送る処理などを行っている可能性がある。
次に大きいチップ「WM1801G」は,Cirrus Logic(旧Wolfson Microelectronics)製のオーディオCODECなので,これは,インラインリモコン部などのサウンド周りを担当しているはずだ。
NUC123SD4SN3 |
WM1801G |
センサーユニットが載るサブ基板上のパーツは詳細不明だ。額に接する側には人体を感知する赤外線センサー,裏側には加速度およびジャイロセンサーを載せているのではないかと思われるが,メーカーや仕様は分からない。
VRがどうとかは別にして,純粋に工業製品として魅力的なPS VR
というわけで,1台お釈迦にしつつ中身をチェックしてきたが,総じて作りはかなり複雑で,コストがかかっていることを窺わせる。HMDの構造が複雑なだけでなく,専用の有機ELパネルを搭載しており,さらにプロセッサーユニット側は,それだけでAndroid向けゲームをさくっと動かせてしまうくらいのスペックを持ったプロセッサだったりするわけで,これが税込5万円以下(※2016年10月15日現在,PS VR単体版)なのだから,ハードウェアとして買い得感が高い製品だと言える。
もちろん,プレイしたい対応ゲームがなければ,いくら買い得感があっても無用の長物ではあるのだが,VR対応のHMDというより,純粋に工業製品として,魅力的な価格設定であるように思う。
いずれにしても,SIEがかなりの物量を投入し,本気でPS VRを開発,製造していることは,実機を見る限り間違いない。SIEのVRに賭ける情熱は本物だと信じるに十分な完成度の,第1世代VR HMDである。
SIEのPS VR製品情報ページ
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※2016年10月15日0:00時点でAmazon.co.jpでは転売業者扱いの製品しかないので,注文にあたっては気を付けてください。- 関連タイトル:
PlayStation VR本体
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