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[GDC 2017]トレーサーのカミングアウトは計画的だった。「Overwatch」のリードライターが語る,世界規模で考えるストーリー作りの秘訣
2001年の「Diablo II: Lord of Destruction」に,ゲームデザインのインターンとして参加して以降,これまで数多くのプロジェクトに関わって来たChu氏。2014年の「Diablo III: Reaper of Souls」以降は,いわゆる“Team 6”と呼ばれるOverwatchの第6開発部門に所属し,本作の世界観を練り上げてきた。
Warcraftシリーズの“アゼロス”,Diabloの“サンクチュアリ”,そしてStarcraftの“ディメンション”と,ゲーム世界のバックストーリー作りでは膨大な経験を持つBlizzard Entertainment。そんな同社が,既存のファンタジー世界にとらわれず,ユニークな世界観をというコンセプトで始まったのが,「地球」を舞台にしたOverwatchなのだ。
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Overwatchの物語の根底にある「指導原則」
Chu氏は,Overwatchの企画が進められる中での基本アイデアとなった,「8つの指導原則」を紹介した。これは同氏が,新たに開発に参加するデベロッパにもビジョンを共有しやすいよう,まとめたものだという。
1) 理想化された未来(An Idealized Future)
「我々は,未来に存在し得る世界を構築する。現存する国家や都市,そのモニュメントや歴史をベースにしながらも,我々が理想的なゲームを生み出す可能性を担保するために,柔軟性を残しておく。」
2) キャラクター作り(Building Characters)
「ヒーローは,このゲーム世界の中心的存在である。我々は,それぞれのキャラクターがユニークで,視覚的にもダイナミックな多様性を重視する。プレイヤーは,キャラクターを見ただけで,このキャラクターがどのように世界に馴染むのかを,理解できなくてはならない。」
3) 世界的な多様性 (Global Diversity)
「我々は,ゲーム世界が“世界規模”であり,かつリアルなものと感じられるよう,作り上げる。世界中の場所とさまざまな人種によって世界の多様性を表現し,文化的・人種的なステレオタイプへ挑戦する」
4) 恥ずべきほどの楽しさへの傾倒 (Shameless Fun)
「Overwatchは楽しいゲームでなければならない。ヒーロー達の存在感と能力は,その効果的にも視覚的にもスケールが大きいものである。ゲーマーは,彼らをとおしてゲームを楽しみ,興奮できなければならない」
5) サプライズとインスピレーション (Surprise and Inspire)
「我々のヒーローとその物語は,ゲーマー達が驚くほどインスピレーショナルなものでなければならない。このゲームを開発する目的は,ヒーローに助けられるゲーム世界の人々のごとく,ヒーロー達の言動にプレイヤーが共感できることにある」
6) ゲームをやり込むことへの報酬 (Reward Investment)
「Overwatchのストーリーは,通常のシングルプレイヤーゲームの体験で得られるようなものであってはいけない。プレイヤーの振る舞いによってストーリーが生まれると同時に,ゲーム以外のコミックスや短編映像をとおして,プレイヤー達がのめり込めばのめり込むほど,このゲーム世界の在り方が理解できるようになる」
7) プレイヤーに対する信頼 (Trust Your Audience)
「我々は直接的にミステリーを提示せず,プレイヤーがゲームをとおして得た,ストーリーに対する理解や,ゲーム世界の結論を尊重する。自分自身で考えてもらうことで,彼らがより熱中できるよう誘導する」
8) 常に簡潔に(Keep It Simple)
「“単純さ”が,Overwatchユニバースの第一の信条であること。すべての機会において,簡潔にまとめようと努めなければならない。プレイヤーが複雑さに拘束されることなく,ヒーローやゲーム世界の格好良さにフォーカスできるよう常に意識する」
世界の多様性を象徴する作品へ
Chu氏は指導原則の最初の3つ――「理想化された未来」「キャラクター作り」,そして「世界的な多様性」について,さらに細かく解説した。
ゲーム世界
「Overwatch」の世界は,2016年の現在からおおよそ30年後に勃発した「オムニック戦争」からすべてが始まる。Chu氏が“楽観的な未来”と呼ぶロボット工学の発展により,人間をサポートするために生まれたロボット”オムニック“。それが反乱を起こしたのがオムニック戦争で,そのロボット達に対抗するために生まれた人類側の精鋭集団が”オーバーウォッチ“である。ゲームの舞台となるのは,そこからさらに30年後――つまり2070年代という設定になっている。
ただ,「未来の地球」と一言で言っても,単に現実世界をベースにするだけではつまらないし,文化的な問題で訴えられるようなことも起こりえる。一方「空想上の地球」とした場合は,クリエイターが自由に創作できる半面,あまりに現実と乖離してしまっては意味がない。
Overwatchの開発チームは,実際に「ロンドンの未来の地名」を100種以上もブレインストーミングしてみたそうだが,「ロンドン」という名前に勝てるものは何もなかったとChu氏は語る。そこで,「ロンドンにあるキングスロウ」や「東京のハナムラ」といったような,双方を折半したマップの名称ができあがっていった。このように,Overwatchのストーリーは,現実の延長戦上に”あるうる“かもしれない設定で形作られている。
ヒーロー
アナウンスされたばかりの新ヒーロー“オリーサ”を含めて,現時点で24名存在するOverwatchのヒーロー達は,月面基地で生まれ育った知性のあるゴリラ“ウィンストン”を除き,その出身地は世界各国に散らばっている。しかしプレイヤー達は,自国が出身のヒーローを贔屓にするわけでもなく,そのアビリティや性格,ヒーローになるまでのバックストーリー,例えば「DJのルシオ」や「忍者のハンゾー」といった,キャラクターそのものの文化的特性を愛している。
実際,ファラーとアナの親子関係や,ハンゾーとゲンジの兄弟関係,さらにはアナとウィドウメーカー,もしくはソルジャー76とリーパーのライバル関係といったように,それぞれのキャラクター達がゲームコンテンツ内外で複雑に絡み合うことで,そのストーリーは生まれていく。
オーストラリア出身のジャンクラットとロードホグは,実はロードホグのほうが年齢が高く,まだオムニック戦争で地球が混乱する前の世界を知っている。対してジャンクラットは,オーストラリアが原子力発電所の爆発で荒野となってしまってから育ったので,戦争前の美しい世界を知らない。そうした悲哀がしっかりと描かれている。
こうした“ダイバーシティ(多様性)”は,Overwatchに限らずゲーム産業においての大きな焦点にもなっているが,Blizzard EntertainmentはOverwatchにおいて,人種や性別といった問題に真向から取り組むことを信条の1つに入れている。言い換えれば「人を傷付けないステレオタイプの模索」とでも表現すべきだろうか。
例えば最近リリースされたコミック第10号「Reflections」では,トレーサーの過去についてが描かれている。雪のロンドンを疾走しているアートが表紙に使われているが,これは「自分の才能を駆使して戦っている」のではなく,「クリスマスの買い物を忘れで焦っている」というお茶目さである。しかも,そのクリスマスプレゼントを渡す相手はトレーサーの女性コンパニオンであり,Blizzard EntertainmentはトレーサーをLGBT(性的マイノリティー)として描いて見せた。そしてこれは,計画された“発表”であったという。
コミック第10巻となった「Reflections」。何のために慌てているのかと思いきや…… |
「Reflections」の中で,LGBTだとカミングアウトしたトレーサー |
とはいえ「Overwatch」のストーリーや設定は,そのすべてがあらかじめ決まっていたわけではない。ほかのゲームなどと同様,社内に抱えた「ゲーム世界歴史家」のサポートにより,後付けされたものも少なくないそうだ。
これについて,Chu氏は「ゲーム・オブ・スローンズ」の原作小説「氷と炎の歌」で知られる著名なファンタジー小説家,George R. R. Martin氏の格言を引用しつつ,Blizzardのストーリー開発手法をこう表現した。
「ライターには2種類の人がいます。建築家と庭師です。建築家は,先にいくつかの部屋を用意し,どんな形の屋根にするか,排水管や配線の位置などまですべて決定してから建築に取りかかります。対して庭師は庭に種を撒きますが,どんな木の種を植えたのかは理解していても,どんな木に育つのかまでは分からない。どんな枝ぶりになるのかを,成長を見守りながら理解していきます」。
Blizzard Entertainmentは「Diablo」シリーズでも,第1作の成功を受けて,整合性を考えつつストーリーにさまざまな肉付けが加えられていった。Overwatchの開発チームも,そうしたBlizzard Entertainmentの伝統を受け継ぎつつ,今後も“多様性”という信念を貫き通していくのだろう。
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(C)2015 BLIZZARD ENTERTAINMENT, INC.
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