インタビュー
Steamでの販売が開始された「ファントムブレイカー:バトルグラウンド」の盛 政樹プロデューサーへインタビュー。氏が考えるマルチプラットフォーム展開とは
紆余曲折を経てたどり着いたSteamでの配信
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。バトルグラウンドがPCに移植され,Steamで配信開始となりましたが,まずはそこに至るまでの経緯から聞かせてください。
あくまで個人的な意見としてですが,2011年に本作を企画をしたときから,近い将来パッケージ販売の限界が来ると感じていたということがまずあります。
4Gamer:
限界,ですか。
盛氏:
はい。まずパッケージのゲームをお店で売っていただくことが少しずつ厳しくなってきていると感じました。ちょうどその頃に発売した「バレットソウル -弾魂-」も,好評で店頭消化率もほぼ100%だったんですが,在庫を抱えるリスクがあるからか,お店からの再注文が全くなくて,プレイヤーのお手元に届きにくかったんです。もちろんお店の事情もすごくわかりますし,営業努力も足りなかったと思いますが……。
4Gamer:
メーカー側もある程度のオーダーが集まらないと追加生産の発注ができないでしょうし,厳しいですね。
盛氏:
もう一つ,単純に海外市場の広がりやダウンロード販売にすごく将来性を感じていたので,手っ取り早くワールドワイドに展開できる手段として,Steamには魅力を感じていました。
4Gamer:
以前から参入を考えていながら,実行が今になってしまったのはなぜでしょうか。
盛氏:
僕自身はすぐにでも参入したかったんですが,MAGES.にとってPCゲームを世界に向けて売るということ自体が初めてのことでしたし,Steamという市場がどんなものかもよく分かっていませんでしたから,なかなか踏み切れなかったというのが正直なところです。
4Gamer:
確かに,最近こそ日本のパブリッシャも増えつつありますが,数年前までSteamは“洋ゲーを買うところ”というイメージが強かったですし,その判断は難しかったかもしれません。
盛氏:
また,弊社はどちらかといえば,時間をかけてそれぞれのプラットフォームに展開していくという売り方をしていますから,セールで一気に売るような,Steamのやり方とは合わないのではないかという懸念もありました。
4Gamer:
そういった不安要素がぬぐえなかったと。ただ,今回のバトルグラウンドの配信は,Steamのみですよね。御社のPCゲームダウンロード「Magino Drive」で配信しないのはなぜでしょうか。Steamほどの規模ではないとはいえ,そういった不安要素があればなおさら,自社サイトのほうがいろいろとやりやすいのではないかと思えるのですが。
盛氏:
ええ、僕としてもMagino Driveを活性化するには独占的なコンテンツやオリジナルのSteamタイトルを開発していくことは必須だろうと考えて,Magino Driveの上の人間に提案したんですが,断られてしまいまして(笑)。
4Gamer:
えっ,それはなぜですか。
盛氏:
あまり詳しくは聞きませんでしたが,おそらくうちの看板であるアドベンチャーゲームのラインナップを先に充実させたかったんじゃないかと思っています。
4Gamer:
それを受けて,Steamだけで出そうということになったんですか。
盛氏:
僕は割と素直なので(笑),「いらない」と言われたらあきらめます。ただ,その顛末があったことで,僕の心の中で改めて盛り上がってきてしまいまして,Steamで発売するためにアレコレと動くようになりました。ちょうどそのとき,Steamの運営会社であるValveと業務提携しているデジカさんと知り合って,このバトルグラウンドの話を持ちかけたところ,好意的な返事をいただいて,最終的に協業という形で出すことが決まりました。
4Gamer:
そんな紆余曲折があったんですね。
盛氏:
本当に,ここまで長かったです(笑)。
4Gamer:
社内的に引き下がったのは素直かもしれないですが,最終的にSteamで出してしまうあたり,盛さんは,実のところ相当頑固なんじゃないでしょうか(笑)。
Steamでは不公平感を生まない販売を目指す
4Gamer:
そうやってSteamでリリースされたバトルグラウンドですが,内容は基本的にこれまでXbox 360やPS Vitaで配信されたものと同じとのことですね。パワーアップ版という位置づけの「ファントムブレイカー:バトルグラウンド オーバードライブ」(以下,オーバードライブ)が発表された後に,あえて無印バトルグラウンドを出す狙いはどこにあるのでしょうか。
盛氏:
オーバードライブは,PS Vita版バトルグラウンドを出すときに「PS4でも出してください」と依頼していただいたソニー・コンピュータエンタテインメントさんへの恩返しという意味で,パワーアップ版という独自仕様なんです。
4Gamer:
なんというか,この業界ではあまり聞かないような,義理堅いエピソードですね。
盛氏:
そこは素直な僕ですから(笑)。それに「欲しい」と言ってもらえるのであれば,一生懸命頑張りますよ。それと,Steamではリスクを避けたかったという理由もあるんです。オーバードライブをPCで出そうとすると,開発費も上乗せになりますから。それをSteamで販売して,万が一あまり売上がかんばしくないという結果になったら,「Steamだから売れない」ということになって,その後タイトルがリリースされないということにもなりかねませんから。
4Gamer:
なるほど。参入第一弾としての気を使ったという感じですね。
盛氏:
ええ。まずはリスクが少なく,開発もこなれた無印のバトルグラウンドを,Steamの市場を探るという目的も込めて投入して,手応えを感じたら本格参入しようということですね。
4Gamer:
まだ配信から間もない段階ですが,Steamのページに投稿されたコメントを見る限り,反応はかなりいいようですね。
盛氏:
おかげさまで予想以上の手応えです。現段階ではオンライン機能や,Xbox 360とPS Vita版に配信されたDLCなどは入っていない状態なんですが,これだけ好評なら,追加を本気で考える必要がありそうです。
4Gamer:
この反応は予想していましたか。
会社には「絶対に行ける!」と話していましたが(笑),実際には僕にもわかりませんでしたね。特に,セールでしか買ってもらえないのではないかという不安があったんですが,フタを開けてみるとことのほか好評で,今は(上に対して)ドヤ顔ができます(笑)。
4Gamer:
海外と国内で,プレイヤーの反応に違いはあるのでしょうか。
盛氏:
Xbox 360版の頃からそうなんですが,海外のほうが評価が高い傾向があります。
4Gamer:
これはあくまで個人的な印象ですが,海外のPCゲームのプレイヤーには,オープンワールドのRPGや多人数対戦のFPSといった超大作を,グラフィックスやフレームレートにこだわってプレイするという,“コアプレイヤー”のイメージがあるんです。バトルグラウンドは,ドットグラフィックスのベルトスクロールアクションという,それらとはある意味で対極にある作品なので,海外のほうがいいというのは意外です。
盛氏:
僕の印象ですと,日本のほうが,超大作を購入する傾向にあるように思えます。安心感があるからなんでしょうね。
4Gamer:
知らないタイトルに手を出してがっかりするのは避けたい,という部分はあるかもしれません。
盛氏:
また,海外では「●ドルでこの内容だったら買い」といった,“費用対効果”に着目したレビューをよく見かけます。だからインディーズゲームのような,いわゆる小品でもきちんと評価をしてもらえると感じます。
4Gamer:
なるほど。その価格についてですが,盛さんは,Steamでの配信開始に当たって,ご自身のブログに「日本と海外で価格の差が出ないようにしたい」と書かれていましたよね。一口に同じ価格と言っても,為替レートなどの要素もあって,いろいろな考え方ができると思うので,詳しい話を聞かせてください。
盛氏:
レートなどの要素を意識したものではないです。Steamのタイトルの中には,海外プレイヤーへの販売価格が50ドルなのに,国内では7000〜8000円といったものがありますよね。そこにローカライズなどのコストがかかっていればまだ分かるのですが,もとから日本語対応しているのに価格が跳ね上がっているとなると,なぜ? となりますよね。
4Gamer:
はい。そういった理由の分からない価格差は作らないと。
盛氏:
ほかにも,日本のパブリッシャのゲームなのに日本で買えないとか,ローカライズされていなくてもいいから安く手に入れたいのに,リージョン規制で高い日本語版しか買えないなどといった,不公平感を生むような売り方はしたくないんです。
4Gamer:
それを聞いて安心しました。
盛氏:
せっかく参入したからには日本もフェアにと,デジカさんにも無理をお願いしています(笑)。もちろんデジカさんも日本でSteamを普及させたい思いがありますので,そこの意思疎通はできていると思います。
出せると思ったゲームが出せなくなる事情
4Gamer:
バトルグラウンドは,Xbox 360,PS Vita,PCという順番でリリースされていますが,なぜこの発売順になったのかを教えてください。
盛氏:
Xbox 360を最初に選んだのは,当時から作り慣れていたプラットフォームだったことや,Xbox LIVEアーケードというワールドワイド展開ができる地盤もあったことが理由です。このタイミングでPCでも発売したかったというのは,冒頭でお話しした通りです。
次のPS Vitaは,ちょうど「共闘」が盛り上がっていた時期で,バトルグラウンドでも顔を突き合わせたマルチプレイがやれたら面白そうだと。これも先ほど話しましたが,SCEさんがPS4版ともども「欲しい」と言ってくれたのが大きかったですね。
4Gamer:
プラットフォームによって開発の難しさに違いはあるのでしょうか。以前ほどではないという話を聞きますが。
盛氏:
難しさというか,それぞれに苦労があるんですが,本作に限っては,PS Vita版でのローカライズが難航しましたね。
4Gamer:
具体的にはどんなところでしょうか。
SCEE(Sony Computer Entertainment Europe)さんのローカライズルールが非常に厳しかったんです。例えば表示言語をフランス語に切り替えたら,画面に現れる言語の全てをフランス語にしなくてはならない,といったように。デザイナ−が作った文字まで変えなければならなくて,かつそれを僕たちがローカライズを予定していた5か国語全てに対応させなければならないとなると,途方もない手間がかかってしまうんです。
4Gamer:
英語と日本語の混在が当たり前になっている自分達からすると,ちょっと信じられないですが。
盛氏:
ええ。かといって,それらのデザイン文字を,もともとハードウェアに用意されているフォントに置き換えると味気ないものになってしまいますから,最終的にヨーロッパ版は言語を英語だけにしてしまったんです。なので,日本版や北米版はフランス語表示ができるのに,ヨーロッパ版は英語しか表示できないという,おかしなことになってしまっています。
4Gamer:
何というか,さきほどの「日本のゲームが日本で買えない」という話に通じるところがあるように思えるのですが。
盛氏:
もちろんSteamで配信されているバトルグラウンドは,そういった制約なく5か国語に対応できました。
4Gamer:
そのほかにSteamで配信するメリットを感じたことはありましたか。
盛氏:
Steamのちょっと特殊な立ち位置による展開のしやすさは感じましたね。
4Gamer:
特殊な立ち位置ですか。
盛氏:
はい。とくにコンシューマゲーム機やハードメーカーさん自体の熱狂的なファンの方々は,マルチプラットフォーム展開に対して,すごく神経を尖らせていらっしゃるじゃないですか。
4Gamer:
ああ……。
盛氏:
僕達はサービス業ですから,ビジネス上,開発上の制約などに縛られつつもそうした声を聞き流すことはできません。ですから,どうしても慎重に動かざるをえなくなるんですが,Steamという市場は少し特殊なようで,ここで展開することに対しては,ネガティブな話が出てこないような雰囲気があるんです。
4Gamer:
なるほど,そういう意味で特殊な立ち位置と。
盛氏:
もちろんそういった声だけでなく,それぞれのプラットフォームにはそれぞれの事情もありますから,その部分でも縛られないSteamは,開拓しておくべき市場と思ったんです。もちろんベストなのは,すべての機種で同時に,かつ同じ内容で出すことなのですが……。
4Gamer:
御社の代表取締役社長である志倉千代丸さんが,今年初めにTwitterで移植の話題に触れて,「あえて極端な言い方をすれば」と前置きしたうえで,「思いつく限り全てのハードでプレイ環境を整える事が“ベスト”だと思っています」と書かれていました。それは盛さんも同じですか。
盛氏:
理想としては多くの人に遊んでもらいたいので,考え方は同じです。ただ僕が手掛けるタイトルは,弊社のメインコンテンツとなるアドベンチャーゲームとは位置づけが少し違っていますので,マルチで発売するかどうかはもちろん,手掛けているゲーム自体が本当に発売されるかどうかもわからないので,事前にマルチで発売しますとは発表できないんですよね。今回のPC版バトルグラウンドも,昨年秋以降にようやく出せることが決まったぐらいでしたし。
4Gamer:
移植とはいえ,リリースまで時間がないタイミングですね。
盛氏:
確実に発売するというところにたどり着くまでは,もちろん「これを出します」とは言えませんし,それを匂わせるようなことも言えません。個人的には絶対出せると思っていても,「いらない」の一言で,それがひっくり返ることだってあるので……。「これを遊ぶためにハードを買ったのに! マルチなら最初から言ってくれ!」といった意見をいただくと辛いのですが。
4Gamer:
出すと言ったうえで出ないとなると,いよいよ大問題ですからね。
盛氏:
そうなんですよね。
4Gamer:
盛さんの作品で,これは出すと決めていたのに,結局出せなかった作品はあるんですか。
盛氏:
そりゃありますよ。山ほどあります(笑)。
4Gamer:
それは例えばどういう理由で出せなくなってしまうんでしょうか。
盛氏:
普通は前作や同じタイプのゲームの売れ行きなどを考慮して出せなくなるようなことが多いですね。あと,自信を持って面白いと作っていたのに,土壇場になって,面白くないので出すのをやめたことがあります。
4Gamer:
え……。
盛氏:
ゲームって時間をかけて調整すれば,それなりに面白いものにはなるんですよ。ただ,場合によっては,その「面白い」にたどり着くまでにかなりの時間がかかるなって予感がする時があります。
過去には数年かけて開発したのに,出したとしてもペイできるかどうか分からないのであきらめたタイトルもあります。例えばシューティングですと,ただでさえ市場が縮小傾向にあると言われている中で,ヘタな物を出してシューティングというジャンルの評価を下げたり,市場そのものを壊したりといったようなことはしたくないですからね。
展開次第ではSteam先行配信のタイトルも?
4Gamer:
盛さんはご自身のブログで,このバトルグラウンドがSteamで売れたら,次はシューティングを作りたいというお話をされていましたね。
盛氏:
シューティングも含めて,新作は出したいですね。先ほどお話したように,Steamはマルチプラットフォームの選択肢の中でも出しやすいので,どのタイミングになるかはわかりませんが,バレットソウルをはじめとする過去作品のSteam化なども視野に入れて,検討していきたいです。
4Gamer:
Steam先行配信になる可能性もありますか。
盛氏:
そこは今後の売れ行きや市場次第だと思います。今後国内で据え置き型のゲーム機がさらに厳しくなるようなら,その可能性もあるかもしれません。でも僕らとしては,日本の市場を大事にしたいからこそ,コンシューマゲームを出し続けているので,そうならないようにがんばっていきます。
4Gamer:
国内で据置機が元気がないというのは,作り手として実感されていますか。
盛氏:
スマートフォンのゲームが台頭して,それに押されているという印象はありますが,僕自身は,ゲームというものを一般的に広く認知されるような文化とは考えていなくて,それほど悲観はしていないんです。
4Gamer:
広く認知されない文化ですか。もう少し詳しい話を聞かせてください。
盛氏:
ゲームは映画などとは違って,楽しむ本人が自分で正しく操作できるようになって初めて面白いと思えるという,一定以上のスキルが求められるエンターテイメントなんですよね。それを老若男女に分かってもらうというのは難しいと思うんです。
であれば,それを享受できる世代や客層というのは自ずと決まってきて,そこにマッチするゲームを出していくのが,僕としては最善だと。
4Gamer:
広く浅くではなく,狭く深く,というイメージですね。
盛氏:
バトルグラウンドも,面白いと思っていただける層に行き渡って満足してもらい,その結果利益が出るなら,それでいいと思うんですよね。
僕はMAGES.の中でも独立部隊なので,売れ筋は科学アドベンチャーシリーズに任せて(笑),自分ができることをやっていこうと。
4Gamer:
ちなみに盛さん以外に,MAGES.でSteam向けの開発に携わっている方はいらっしゃいますか。
盛氏:
今のところは僕だけですが,浅田(浅田 誠氏)がやりたいという話をしていました。彼がどういう形で関わるかはまだわかりませんが,このバトルグラウンドも含め,今後の展開がうまく推移していくようであれば,僕以外の開発者も関わってくるようになると思っています。
4Gamer:
分かりました。では最後に,Steamへの思いや今後の展開などについて,読者にメッセージをいただければと思います。
盛氏:
ようやくSteamに参入ができまして,予想以上の高評価をいただきましたことをまずは感謝したいです。今後至らないという点については,アップデートで対応しますし,追加機能なども前向きに検討していく予定です。
Steamでは,ゲームの販売ページから飛べるフォーラムに意見を書き込めて,作り手がそれにすぐレスポンスできますから,積極的に意見を寄せていただければと思います。
今回のSteam参入を足がかりにして,さらにがんばっていきますので,応援をよろしくお願いします。
4Gamer:
期待しています。ありがとうございました。
「ファントムブレイカー:バトルグラウンド」公式サイト
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