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たった2人で作ったゲーム「Chameleon Run」がApple Design Awardを取るまで。そして,取ってから
例えば,パズルゲームで色違いの宝石を並べて消すようなシステムを作った場合,人によっては色の違いがあまり分からないこともあるので,宝石の形を変えておこうといった話だ。
クロアチアで開催中の「REBOOT Develop 2017」でもこの点は注目されており,「Chameleon Run - How to Make a Game About Colors if You Are Color Blind」と題されたセッションが行われた。
……のだが,フタを開けてみるとアクセシビリティに特化したセッションというよりは,スマートフォンで有料アプリを作って売るというところに重点が置かれたセッションになっていた。とはいえ,これはこれで参考になる知見も多かったので,ざっくりとレポートしたい。
「REBOOT Develop 2017」公式サイト
「Noodlecake Studios」公式サイト
40時間で作られた最初の「Chameleon Run」
「Chameleon Run」を作ったのはHyperbolic Magnetismというチームで,メンバーは2人。まさに最小のチームだ。彼らは「Chameleon Run」までに2本のゲームを作ってきたが,どちらもセールスはぱっとしないか,あるいは制作者自身「イマイチかも」と感じるような完成度だったという。
とはいえIlavsky氏はゲームジャム(短い時間でゲームを完成させるイベント)が大好きで,これまでも数多くのゲームジャムに参加してきた。「Chameleon Run」も,ゲームジャムから生まれた作品だったという。
Ilavsky氏がゲームジャムで「Chameleon Run」を作った背景には,文字どおり「事故」が絡んでいる。ゲームジャムの直前にIlavsky氏は左手を骨折してしまった。つまり彼は,40時間という時間制限だけでなく,片手でゲームを作るというハンデまで負ってしまった。
そこでIlavsky氏は「40時間で,片手で作りきれるゲーム」の基本コンセプトとして,ミニマリズムに徹することを選択した。
「Canabalt」との最大の違いは,足場の色だ。キャラクターが走っていく足場には2色あり,プレイヤーはキャラクターの色を入れ替えることで,足場とキャラクターの色を同じにしていかなければならない。違う色の足場に着地すると即,ゲームオーバーだ。言葉にするとちょっと分かりにくいかもしれないが,実際に写真を見てもらえば「なるほど」と納得できるはず。結果として,実に洗練された作品になったわけだ。
コピー品の登場とレッドオーシャン問題
さて,実際のところこの「Chameleon Run」は,40時間で作られたゲームとは思えないほど良くできており,評価も高かった。その結果,あまり起こってほしくないことが起こった。コピー品の流布だ。
驚くべきことに,あくまでプロトタイプでしかない「Chameleon Run」が世間に公表されると,すぐにそのコピー品がネット上に出現した。しかもその第1号は,ソースコードをまるごと盗用し,「色をちょっと変えただけ」のシロモノだったという。この流れは衰えず,Ilavsky氏が把握しているだけでも5つのコピーが登場したという。なんともお寒い話だ。
上が原作,下が最初の盗品 |
こんなコピーゲームも登場 |
とはいえ,コピーや盗用だけが問題ではない,とIlavsky氏は指摘した。
現代のモバイルアプリマーケットには,大量のゲームが溢れている。iOSに限っても,アクティブなゲームアプリは77万本以上。2016年12月には毎日2843本というペースでゲームアプリが増大した。ちなみにこの勢いは急激に減退しており,現在は1日400本程度にまで落ち込んでいる。もちろん,それでも異常なほど多いのだが。
しかも人気ゲームアプリのほとんどは基本プレイ料金無料になっており,有料アプリでゲームとなると,それだけで埋もれる危険性を秘めている。
果たして,この過酷すぎる市場で,どうやったら自分のゲームを差別化できるのか。この壁は,コピー問題よりずっと分厚いとIlavsky氏は語った。
自分にできることをする
プロトタイプから製品を仕上げるに当たり,Ilavsky氏はまず見た目の改善から手をつけることにした。つまりグラフィックスによって差別化しようとしたわけだ。
しかしIlavsky氏はプログラマーであり,アート方面は得意ではなく,3Dモデリングに精通しているわけでもない。彼はゲームタイトルのとおり,主人公キャラとして試しにカメレオンをモデリングしたが,カメレオンを違和感なく走らせたり,ジャンプさせたり,まして死ぬモーションを入れたりすることなど「まるで無理だった」(Ilavsky氏)。
というわけで,キャラクターを再びただのボックスに戻した。
一方,プログラマーであるIlavsky氏は,たとえキャラクターは作れなくても,技術的な工夫ならできるという自信があった。そこで彼は,画面に奥行き感を与えるべくシェーダを改善し,モバイルゲームとしてはハイクオリティだが,多少古い機種でも動く「空気感」を作ることに成功したという。
この試みはうまくいき,Ilavsky氏はキャラクターがジャンプする瞬間や着地の瞬間といったタイミングで,ちょっとした演出を入れることにも成功する。
かくして「これで印象的なゲームになった!」という自信を高めたIlavsky氏は,ほとんどゲームをやったことがない奥さんに最新バージョンをプレイしてもらった。その結果,奥さんは実に冷静に告げたという。「四角形の主人公じゃ駄目でしょ」。
ゲーマーなら,主人公がただの四角形であることが売りの一つになったインディーズゲームのあんな名作やこんな名作を持ち出して反論したくなるが,Ilavsky氏はこの批判に対して素直に「やっぱりこれじゃダメだ」と反省した。そして苦労の末,自分のできる範囲でがんばったキャラクターが生まれたという。
色弱対策をする意味は?
さて,ここでいよいよアクセスビリティの問題となる。このあたりについての知識がある人ならご存知のとおり,現在,一般的には色覚異常に含まれる色弱だが,そこにはいくつかの種類がある。そのうえで,より重要な指標となるのは,実に即物的な話だが「いったいどれくらいの割合で色弱者がいるのか?」という点だろう。
人口の0.0001%くらいを占めるケースをフォローするのは,理念としてはかくあるべしとは思うものの,制作予算などのことを考えると,Ilavsky氏らのような小規模チームにとっては厳しい。
色弱の種類。ちなみにIlavsky氏はDichromacy傾向だそうだ |
さて,この問題にどう対処するかという点についてIlavsky氏がとった解決法は,よく知られている。「出力されている画面が,さまざまなレベルの色覚異常の人にとってどのように見えているか」を示すWebサービスの利用だ。この対策は定番中の定番だが,さすがに定番となるだけのことはあって,かなり有効だったという。
とくに「Chameleon Run」の場合,ゲーム中で重要なのは2色だけというのも大きい。つまり,プレイヤーがそれらの2色を見分けられるように配色すればいいのだ。この「ゲームデザインの段階で,見分けねばならない色数を絞っておく」のは,ほかのゲームでも有効な良いアイデアだと言えるだろう。
難度を上げつつ,下げる
その上でIlavsky氏はさらなる差別化に挑んだ。
当初からIlavsky氏は,「Chameleon Run」を超高難度ゲームにしたいと思っていた。これは,そういうゲームが流行しているからだけでなく,あっという間に遊び尽くされてしまうことを避けるためでもある。なにしろ彼らは2人でゲームを作っており,DLCや追加コンテンツを提供したくとも作業量には限界があった。
この方針に沿ってIlavsky氏は,プレイヤーの行う2つのアクションを調整していった。
まずジャンプについては,二段ジャンプのほか,ボタンを押している時間に比例して高くジャンプする「スーパーマリオ」型ジャンプなど,一般的なジャンプに加えて,落下中でもジャンプが始められるという仕様にした。
これによりプレイヤーは,穴に落ちたことに気づいてからでもリカバリーできるし,一度落下を始めてから,途中でジャンプすることをステージクリアのための技術として使うこともできる。
色変えについては,着地してから0.1秒は床と自機の色が一致していなくても死なない,という猶予時間が与えられた。0.1秒とは短く聞こえるが,「6フレームの猶予がある」と考えれば,かなりゆるいことが実感できるはずだ。
ゲームクリアを優先したいプレイヤーは後者を選べばいいし,あくなき限界への挑戦をしたいプレイヤーは前者を選べばいい,という仕掛けだ。
同時に,一定の課題をクリアしないとアンロックしないギミックなども追加され,やりこんだ人にはさらに高いハードルが用意されるようにも作られている。
「チュートリアルではプレイヤーにミスをさせろ」
もう1つ,興味深い差別化として,チュートリアルの完成度を高めるというものがある。Ilavsky氏はチュートリアルの大原則は以下の3つであると述べた。
- プレイヤーは文字を読まない。絶対に読まない
- チュートリアル中にミスしたら,即座にキャラクタを殺してもう一度トライさせる
- 基礎的な操作は何度か繰り返させて,きちんと理解させる。偶然成功したものを「成功しましたね」と承認しない
一番上については言うまでもなく,そのとおりだ。ここで興味深いのは2番めだ。
Ilavsky氏は,「チュートリアルで失敗したら自機を殺すのは,ペナルティとして重すぎると感じるかもしれない。だが何をしたらミスなのかを明示し,素早い繰り返しで『何をすべきか』をしっかり学ばせたほうが,何をしたことによってうまくいったのかを曖昧にしたまま先に進ませるよりはずっといい」と指摘した。
ここで重要なのは素早い繰り返しだ。ただし,いちいち「チュートリアルステージに失敗しました。最初からやり直しますか?」というメッセージが出てきてYesを選ぶと再開できるようなものは論外だという。これはもう,直感的に理解できる。
さらに「Chameleon Run」のチュートリアルでは,一度操作に失敗したら,次回以降では,学んでほしい操作が発生するところがスローモーションで表示されるという工夫を施している。単に「死んで覚えろ!」というだけでなく,こうした細かなケアが同時に存在することで,チュートリアルの完成度がさらに上がるのだ。
最大瞬間風速で「Minecraft」も超えた,が……
このようにして完成した「Chameleon Run」は,Ilavsky氏が信頼するカナダのパブリッシャに渡り,リリースを迎えた。製品となった「Chameleon Run」はApp StoreのEditor's Choiceにも選ばれ,有料ゲームカテゴリでは最高2位まで上昇した。
「Chameleon Run」はメディアの注目も集め,またAppleのゲーム開発者会議WWDC(Worldwide Developers Conference)ではDesign Award 2016を獲得。これまでに40万〜50万本が売れ,「今週の無料アプリ」になったときは,1週間で380万本がダウンロードされたという。
この大成功はAndroid版でも続いた。Android版では有料アプリのカテゴリで1位の座に躍り出て,念願だった「Minecraft」超えを果たしたのだ。
しかし,Android版から得られた収益は驚くべきことに「1000ドル以下」でしかないとIlavsky氏は言う。Androidで動いている「Chameleon Run」の99%は海賊版だというのだ。このためIlavsky氏は「次回作を作るときは,Android版は作らない可能性が高い」とコメントした。
ゲームジャムの作品を盗まれることから始まった「Chameleon Run」のサクセスストーリーだが,そのオチが海賊版の氾濫というのは,なんとも言えない。古いゲーマーなら,このあたりの対策が難しいのは知っていると思うが,なんとか少しずつでも状況を改善していきたいものだ。
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Chameleon Run
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(C)2016 Noodlecake Studios
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