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[CEDEC 2023]バンダイナムコスタジオのコンポーザーが,ゲームを音楽的に演出するインタラクティブミュージックを作曲面から解説
本セッションには,バンダイナムコスタジオ 制作部サウンドユニットの北谷光浩氏が登壇し,ゲームの音楽演出手法として普遍化しつつある,インタラクティブミュージックの作曲面に関する解説を行った。
インタラクティブミュージックの基礎知識
インタラクティブミュージックとは,例えばRPGをプレイしていて,フィールド探索中に敵と遭遇してバトルに移行するときに,BGMがフィールド用の楽曲からバトル用のそれにシームレスに遷移するような手法を指す。北谷氏によると,この手法はゲームに適応した音楽の表現方法だという。
北谷氏は,ゲームにおいては,映像に合わせて盛り上がりや盛り下がりを音楽で演出するという,映画などでは当たり前に行われていることが困難であると説明。と言うのも,例えばモンスターを討伐するイメージのかっこいい決めフレーズを入れて作曲したとしても,プレイヤーがその決めフレーズに合わせて都合よく敵を倒せるとは限らないからだ。そうした課題を解決するために,インタラクティブミュージックが役に立つとのこと。
またインタラクティブミュージックには,音楽の切り替わりによって没入感が損なわれないようにする効果もある。北谷氏は,ある音楽からまったく別の音楽に切り替わると,強い区切り感が生まれるとし,プレイヤーの意識を不用意に引き付けてしまって,没入感を奪ってしまうことがあると説明した。
さらにインタラクティブミュージックを導入することで,ゲームならではの音楽演出のアイデアが生まれる可能性もあるそうだ。たとえばキャラクターを操作したとき,足音の代わりにドレミファソラシドの音階が鳴って,それがBGMと合わさって一つの音楽になるとしたら,それは映画などにはないゲームならではの演出になりそうだと北谷氏は語った。
続いて,ゲームをプレイ中にどのようなきっかけで,音楽がインタラクティブに変化するのか,代表的なパターンが挙げられた。本セッションでは探索とバトルの切り替わり,制限時間が近付いたとき,ダンジョンの奥に進むにつれて,バトルに勝利したとき,敵や自分のHPに応じて,メニューの種類に応じて……というパターンが挙げられたが,北谷氏によると,ゲームによってさまざまなので,これといった決まりはないという。
また,作っているゲームの仕様を把握しておくと,「こういうきっかけで,こんな感じに音楽が変化したら良さそう」といったことが考えやすいそうだ。
それらさまざまなきっかけによって,音楽のどんな要素が変化するかというと,音楽の三大要素である「メロディ」「ハーモニー」「リズム」に加え,「テンポ」「拍子」「楽器の編成」「曲の展開」「エフェクト」などがあるとのこと。本セッションでは動画を使って,ハーモニーを変えて雰囲気を変えたり,曲の展開を変えてサビに向かって盛り上がる感じにしたりといったように,要素を変えることで音楽から受ける印象が変化することが示された。
また変化する要素によって,大きく二つの手法があることも紹介された。一つは「縦の遷移」,言い換えると「アレンジの変化」で,ハーモニー,リズム,楽器編成などが変化するという。逆にテンポや拍子,尺などは変化しない。もう一つは「横の遷移」,言い換えると「曲の展開の変化」で,すべての要素を変化できるそうだ。
なお,何をもって「縦」「横」なのかというと,楽譜の上では楽器ごとの五線譜が縦に並び,左から右へと横軸で時間が進んでいるところから来ているという。
そのほかエフェクトによる変化やテンポの変化もあるが,北谷氏によると,これらは作曲というよりも音響技術的な話になるとのこと。
縦の遷移は,例えば楽曲がバンドアレンジから,何かのきっかけ──ゲームの遷移命令によって,ストリングスアレンジに変化するようなケースを指す。雰囲気はかなり変わるが,メロディやハーモニーの進行は変わらないので,音楽の流れが維持されていることを感じやすいという。北谷氏は,「音楽の流れはそのままに,パートのレイヤー構成がクロスフェードして入れ替わるという手法」と説明した。
また縦の遷移には,遷移命令があってからすぐに変化し始められるという特徴もあるそうだ。何をどう入れ替えるかはケースバイケースだが,コンポーザーのセンスが出る部分なので,工夫のしがいがある部分だと,北谷氏は話していた。
横の遷移は,曲の展開の変化──つまりポップスにおけるAメロ,Bメロ,サビのようなものだという。ただし,ポップスと違うのは,ABそれぞれの区間は基本的にループしていて,ゲームから遷移命令があって初めて次の展開へ行くというような変化をする。
北谷氏は,残っているHPに応じて形態を変化させるRPGのボス戦を例に挙げ,ボスが第一形態の間はA区間を同じ音楽がループし続け,ボスのHPが一定まで削られて第二形態になると,それをきっかけに音楽がAからBへと遷移し,より盛り上がった激しい雰囲気に変化すると説明。さらに第二形態との交戦中はB区間をまたループし,HPを削りきってボスを倒したとき,Bからエンドへ遷移して気持ちよく音楽が終わるとし,「このように,ゲームの状況に応じて横の時間軸で曲を展開させていく手法。音楽の流れを一気に変えることができるので,ドラマティックに盛り上げたいときに向いている」と表現した。
また,縦の遷移の変化が音量のクロスフェードだったのに対し,横の遷移の変化は,あたかも最初からそういう曲だったかのような移り変わりをする。北谷氏によると,「まるで楽譜を切り張りしてつなげたかのように,音楽的に自然な遷移ができることも横の遷移の強み」とのこと。
しかし横の遷移には,難しい点もある。というのも,音楽には拍や小節といった時間を支配しているルールがあるからだ。したがって,ゲームから遷移命令が出たからといって,すぐに遷移してしまうと音楽のルールから外れ,破綻してしまう可能性が生じるというのである。
そこで横の遷移では,小節の区切りやメロディの区切りなど音楽的にキリのいいところまで待ってから遷移するという制御が行われるという。これにより,音楽が破綻せずに次の展開につながると,北谷氏は語った。
ただ,音楽的にキリのいいところまで待っているということは,遷移命令が出てから実際に遷移するまでに遅延が生じているということでもある。たとえばテンポ120,8小節刻みで区切りを設けたとしたら,最大16秒の遅延が生じてしまう。ゲーム中の16秒間というとかなり状況が変わる可能性があり,明らかに音楽の変化が遅いと感じられるだろう。さらに遅延が小さいときもあれば,大きいときもあるという,予測できないブレも生じる。北谷氏は,「時間にシビアな演出では,横の遷移を使用するのは少し厳しい」と指摘した。
そうした時間にシビアな演出で横の遷移を使うには,たとえば1小節をより細かく区切ると,遅延もブレも小さくなるという。しかし細かく区切られた楽曲は,基本的に単調になりやすく,聴いていて飽きやすいというという欠点があるそうだ。
単調になる欠点を補うための,BとAの間にB'(プリエンド)を挟む手法も示された。ここで言うB'とは,メロディらしいメロディがない,同じ音形の繰り返しのようなもので,細かく区切っても比較的違和感なくエンドにつなげられるようになっている。例えば上記のボス戦の例では,HPを残り10%まで削った段階でB'に遷移し,ボスを倒したらエンドへ遷移すると,小さな遅延で自然な流れを作り出せるというわけである。
作曲の舞台裏
続いて,北谷氏が作曲した2曲を例に,どんな狙いでインタラクティブミュージックを取り入れて,どんな工夫をしたかなどが紹介された。
1曲めは,「BLUE PROTOCOL」のフィールドとバトル間で遷移するBGMである。同作では,敵とプレイヤーのレベル差によってBGMの演出を変えているとのことで,敵のレベルがプレイヤーと同等以上の場合は,まったく別のバトルBGMに切り替えて緊張感を演出しているそうだ。同時に,戦闘が始まったという通知機能を担っているという。
また,敵のレベルがプレイヤーよりもかなり低い場合は,完全なBGM切り替えだと緊張感が少々過剰になり,また通知機能の必要性も薄いので,さりげない変化でバトルの雰囲気を演出しているとのこと。
このBGMでは縦の遷移を用いており,リズム楽器とピアノの変化で疾走感や厚みをプラスし,メロディと金管楽器はあえて変えずにキープしたという。さらにストリングスの低音を変えて,和音の変化で緊張感のある響きを出したとのこと。北谷氏は,「変化させる要素と変化させない要素を,メリハリを付けてコントロールすることで区切りを感じさせずに,バトルの雰囲気をさりげなく演出できたのではないか」と話していた。
加えて,このBGMにはランダム制御の仕組みも入れているそうだ。と言うのも「BLUE PROTOCOL」のフィールドはかなり広く,探索や採取の滞在時間が長くなりがちで,ずっと同じBGMだと飽きられやすいとのこと。そこで6種類の伴奏,8種類のメロディ,4種類のピアノフレーズを用意することで,150とおり以上におよぶランダムな組み合わせBGMを実現したそうだ。北谷氏は「似たような雰囲気の組み合わせも存在するので,必ずしも数字どおりではないが,長時間のフィールド滞在でも飽きにくいランダム性は達成できたのではないか」とコメントした。
2曲めは,「エースコンバット7 スカイズ・アンノウン」(PC / PlayStation 4 / Xbox One)における,ミッション中のインゲームからカットシーンに切り替わる際のBGM演出である。北谷氏によると,とあるミッション中,カットシーンでライバル機の登場が示されるのだが,そのBGMにはインゲームの緊張感を持続しつつ,盛り上がりを演出することが求められたとのこと。例えばカットシーンに入ったら別のBGMに切り替える手法を採っても良かったのだが,プレイヤーの気持ちが途切れたり,緊張感の維持が達成できなかったりする可能性があったそうだ。そこで,カットシーンに同期したシームレスな盛り上がりを作り出すべく,インタラクティブミュージックを使うことにしたという。
そこで1小節をさらに8分割することで,遅延を最大0.15秒に抑えることにしたという。ただ,それだけでは音楽的に破綻する可能性があるため,A'とBの間にA''という短いパーツを作り,遷移を細かく場合分けしたそうだ。その結果,遅延0.2秒以下の遷移を実現したとのことで,北谷氏は「作るのがすごく大変で,コストもかかったんですけど,無事カットシーンにバッチリ同期した盛り上がりを作ることができた」と話していた。
インタラクティブミュージックの課題
本セッションで示された上記の事例などを踏まえて,北谷氏はインタラクティブミュージックの課題として「気付かれない変化」「音楽の魅力との両立」「コストの重さ」の三つを挙げた。
まず,「気付かれない変化」について,北谷氏は「インタラクティブの遷移のクオリティが高くて,自然であればあるほど変化に気付かれにくい傾向がある」とコメント。その一方で,インタラクティブミュージックを用いず普通に音楽を切り替えた場合に,「音楽と音楽の切れ目が悪い意味でプレイヤーの意識を持っていって,没入感の妨げになった」「ゲームと音楽のテンションが合わなくて,いまいち気持ちが盛り上がらなかった」といった状況が生じる可能性を指摘し,「こういったデメリットをインタラクティブミュージックが改善できているなら,気付かれなかったとしても効果的であると言えるのではないか」との見解を示した。
一方,変化に気付かれたほうがいいケースもあるとのこと。それは前述したとおり敵と遭遇しバトルが始まったときなど,ゲーム中に何か変化があったことを通知したいケースや,BGMに合わせて足音が音階を奏でるといったケースである。
インタラクティブ性と「音楽の魅力との両立」は,主に横の遷移にまつわる課題だという。北谷氏は横遷移インタラクティブがやりやすい楽曲の特徴として,「テンポ・調性(キー)が一緒」「リズムやハーモニーの変化が少ない」「展開が少なく抑揚が少ない」「メロディがない,もしくは主張が弱い」の四つを挙げ,「音楽的な魅力を追い求めると,インタラクティブに不都合が生じてしまうというトレードオフの関係になりやすい」と指摘した。
また縦の遷移についても,横の遷移と比較すれば制限は少ないが,それでも複雑な曲はアレンジの変化のための差分を作るのが大変で,作曲上考えることが増えるので,音楽としての魅力はある程度出しにくくなると語った。
それではどうやってインタラクティブ性と音楽の魅力を両立させるかというと,プリエンドなどの手法を活用したり,「エースコンバット7」の事例のようにコストと執念で実現するほかないというのが,北谷氏の見解である。
また音楽的な魅力を押し出したい場面なら,あえてインタラクティブミュージックを使わない判断も重要とのこと。場合によっては,ゲーム側が音楽に合わせて進行するのもアリだが,使える状況が限られるうえ,サウンドのスタッフだけで決められることではないので,実現はなかなか困難だろうとも話していた。
「コストの重さ」に関しては,バンダイナムコスタジオのコンポーザーにアンケートを取ったところ,以下のスライドのような結果になったという。北谷氏は,インタラクティブミュージックのコストについて,「決して安くないし,仮に2倍のコストをかけても2倍の演出効果があるわけではない。費用対効果はよく考えたうえで使う必要がある」と語った。また「せっかくコストをかけて作るので効果が高い場面で使いたい。そのためにBGM全体を見通しての設計が大事」とも話していた。
さらに,将来的にはAIの活用にも期待したいとのこと。例えば,コンポーザーが作曲した音楽をAIに学習させると,自動でさまざまなアレンジを生成したり,遷移に必要なプリエンドを自動で生成すしたりできるソリューションがあれば,より少ないコストでインタラクティブミュージックが実現できると考えているという。そのようにAIを活用することで,コンポーザーがインタラクティブを意識する必要がなくなれば,音楽の魅力とインタラクティブ性の両立もできるのではないかと,北谷氏は展望を語った。
アンケート実施と結果
北谷氏が,バンダイナムコスタジオのコンポーザー業務体験者14名を対象に行った,インタラクティブミュージックの作曲に関するアンケートの結果も,以下のように示された。
セッションの最後,北谷氏はインタラクティブミュージックを,あらためて「大変な面もあるが,うまく使えば魅力でやりがいのある演出の手法」と表現。「個人としても取り組んでいくが,今まで以上に広く活用されていることを願っている」とまとめていた。
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