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Access Accepted第750回:期待作から一転,疑惑の作品となった「The Day Before」
開発が発表されたとたん,まともな情報もないまま「Steamで最も期待されているゲーム」にもなった,MMO型サバイバルアクションの新作「The Day Before」。何度かの発売延期の上,タイトルの商標登録違反としてSteamストアページも非公開になっているというのが現在の状況だが,かねてよりゲームコミュニティからは「そもそもこのゲームは存在しないのではないか」という疑念が向けられている。本作のこれまでと現状について,ここでしっかりとまとめておこう。
“最も期待されるゲーム”の凋落
2021年1月に開発が発表された「The Day Before」は,病原菌の蔓延によって人々が狂暴なゾンビとなり,文明が崩壊してしまったアメリカ東海岸でのMMO型サバイバルアクションだ。プレイヤーは事件を直接目撃することのないまま目を覚ましたばかりの生存者となり,都市部や郊外を自由に散策して貴重な物資を探し,ゾンビや他のプレイヤーと戦うほか,セーフゾーンで自分の砦作りも楽しめるという。開発は,ロシアのヤクーツクを拠点にするFntasticというメーカーで,パブリッシャとして同じロシア系(本拠地はニュージーランド)のMYTOMAが提携を果たしている。
「ARK: Survival Evolved」や「Day Z」など,サバイバルアクションゲームはPCやコンシューマゲーム機における人気ジャンルの一角を担っている。そんな中,「The Day Before」は発表と同時に人気を獲得した。発売予定は当初の2021年第2四半期から2022年第2四半期へと延期されることが発表された後も,Steamではウィッシュリスト上位にある「Starfield」や「S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl」といった大手の人気作を抑えて1位を獲得。2022年には,さらに発売の延期が発表されたものの,2023年3月1日という具体的な発売日がアナウンスされたことで,年末に「ホグワーツ・レガシー」に抜かれるまで,1年以上にわたって「もっとも期待されているゲーム」であり続けた。
2023年に入り,1月4日にはCES 2023の開催に合わせて,NVIDIA GeForceのYouTube公式チャンネルでRTXデモとして「The Day Before」のゲームプレイ映像が公開されたが(外部リンク),その数週間後に3月1日から11月1日の発売延期がアナウンスされたことで(関連記事),それまでくすぶっていたゲーマーたちの不満と疑念が一気に噴出することになる。
プレオーダーで得た資金は有効に活用されているのか,現時点でRTXのデモになるほどの綺麗なグラフィックスをMMOゲームとして維持できるのか,そもそも本当にゲームは開発されているのか……など,この1か月ほど,ゲーマーコミュニティは「The Day Before」の話題で持ち切りだった。
まずゲームは開発されているのかいないのか。あくまで筆者の個人的な判断として思うことを書いておくが,開発元のFntasticは,エドワルド・ゴトフツェフ(Eduard Gotovtsev)氏とアイセン・ゴトフツェフ(Aisen Gotovtsev)氏の兄弟により2015年に設立されたメーカーで,これまでにいくつかモバイル向けゲームアプリを開発しており,2021年末にもMYTOMAから「Propnight」というアクションゲームをリリースしている。ゲームデベロッパとして活動をしていること自体は間違いない。
公開されているゲームプレイトレイラーに関しても,目ぼしい作品に対して資金の援助や専門のエンジニアを送り込んでグラフィックスの改善を支援するなどの活動をしてきているNVIDIAが関わっているものであり,まさかメーカー側から送られてきた映像をそのまま使っているとは考え難い。こういった理由で,筆者個人としては「ゲームが存在しない」とまでは思えない(ゲームは存在する)というスタンスを取る。
“ゲームは存在しない”と疑われることになった最大の原因は未熟なマネージメント
これまでの2年間にわたり,Fntasticは「The Day Before」の進捗状況についてほとんど語って来なかった。大手のAAAタイトルであれば情報をほとんど出さないこともあるのだが,公式ブログやDiscordなどで定期的に情報を共有することで,ファンの期待と信頼を高めていくというのが最近のゲーム業界の定石となっている。
Fntasticも,2022年春にはゲームメディアのIGNと提携したイベントを盛り上げるため,ゾンビが暗がりで呻いているシーンだとか四駆が湿地帯を走るシーンなど,短いクリップを配信していたが,具体的にゲームプレイやMMOらしさを感じさせるコンテンツは皆無。その後は「わが社のボランティア文化」と名付けられた,従業員やコントラクターには十分な給料を支払わなくても良いかのような誤解を与えるメッセージを2022年6月に公開したり,今年1月にも「Fntasticの生活」と題した,開発者たちのヤクーツクでの生活風景といったゲームとは関係のない映像を公開したりと,どこかゲームに対して真摯ではない印象ばかりが残るゲーマーも多かったはずだ。
そのため,インフルエンサーやメディアの中には,公開されている数少ない映像を解析し,「The Day Before」のスクリーンショットやキーアートが,「ディビジョン」や「The Last of US」,「MudRunner」,そして「バイオハザード」といった「他作品のものをトレースしただけではないか」と思えるほどカメラアングルや雰囲気が似ていると分析する人が出てくる。さらにはマズルフラッシュがシミュレートされていないことや,マップ中に散らばるゴミや家具の多くに商用アセットが使われていたことなど,公開されている範囲のゲームのクオリティの低さが度々指摘されるようになった。
商用アセットについては,そうした商業目的で販売されているので問題があるわけではなく,例えば「PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUND」でもアーリーアクセス版リリース当初は大きく批判されていたものの,時間が経つにつれて自前のアセットへと置き換えられ,ゲームのクオリティが高められていった経緯がある。こうした点についても後々改善されていく余地があるものだが,不満を持つ者が真摯に語れば,ゲーム開発が進んでいないというコミュニティの不安を強固にするには十分だろう。
また,1月末に発売延期がアナウンスされた際,「The Day Before」のSteamストアページが非公開になったことについて,当初Fntasticは「ちょっとしたテクニカルな問題」としていたものの,その後は「The Day Before」という商標の取得申請を行っていなかったため,先に申請を行っていた第3者に対して侵害の申し立てを行っていたことが明らかになっている。その商標は2021年1月の「The Day Before」制作発表以降に取得されたものだという。Fntastic側が確認もしておらず,これを知ったのが2023年に入ってからだったというのも驚きだが,その後も,何の手も打たないままでいた結果,Steamストアページの非公開という係争に発展してしまったことになる。
ちなみに,この商標を獲得したのはカレンダーアプリを運用する韓国のデベロッパだ。その社名もアプリも,「TheDayBefore」という名称で,その商標はアプリが公開された2019年の時点で取得されている。要するに,スペースで文字が離れた「The Day Before」も,社名との混同を避けるために商標として取得したのだと考えられる。PC用ゲームとモバイルアプリでは直接的な利害関係が認められないとはいえ,こういった経緯を見る限り,Fntacticが制作発表以前やその後に,商標取得に向けて動いていたとは正直,想像し難い。公式Twitterで「我々は戦います。力は真実にある。」と宣言しているFntacticだが,どこか虚しく聞こえてしまう。
2月3日には,「ゲーム開発は行われている」ことを証明するため,10分に及ぶゲームプレイトレイラーが公開された。2人組のプレイヤーが郊外住宅地からビルの並び立つ都市部へと潜入していく様子を映したもので,ナレーションなどの解説はない。
現状,その映像も商標侵害の申し立てで削除されてしまっているが,その内容はざっくりと言うと7分ほどはキャラクターが歩き回っている場面で,2分ほどはウォークベンチやインベントリーのチェックなど二次画面を見ている時間,残りの1分にも満たないほどの時間がアクションという内訳だ。このアクションも,3か所で直進してくる同じようなゾンビを4体ずつ,比較的遠くから銃でキルしていくというだけで,とてもじゃないが,“見ごたえのある”とは言えないものだった。
11月の発売になったことで9か月ほどの猶予を得たことになる「The Day Before」だが,名称問題の解決は当然のこととしても,それまでに完成度の高いゲームに昇華することができるのだろうか? そもそも,11月に完成できることの根拠はどこにあるのか? 願わくば,ゲーマーコミュニティから押し寄せる疑惑をバネに,しっかりと定期的な情報公開をしてくれることに期待したいところである。
「The Day Before」公式サイト
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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