連載
【山本一郎】「パルワールド事件」と,そこで起きてることを理解するための「補助線」
新しくiPhone 15に買い換えたらいきなり落として破損させてしまい,Apple Careのお姉さんに嫌な顔されながらも新しい機体に転生して帰ってきたという年始を迎えておりました。ちくしょうめ。
そんなどうでもいい話はさておくとして,この2024年1月にリリースされたポケットペアの「Palworld / パルワールド」(PC / Xbox One / Xbox Series X|S 以下,パルワールド)が世界でバカ売れして覇権ゲーになったということで,いい意味でも悪い意味でも騒動になっています。
金融屋的には,このポケットペアを創業した人物は,580億円のハッキング被害を受けた仮想通貨取引所の「コインチェック」を創業した経歴を持っていて,「これは何かやってくれるだろう」と思っていたら案の定という感じで,良い方向で期待を裏切ってくれたと言えます。
何しろ2024年2月1日現在で,ワールドワイドで1900万人のプレイヤーがいるという話です。俺たちのセガが2023年になぜか買収したRovioの「アングリーバード」は,世界的大ヒットになって10年かけて50億DLだったことを考えると,ビジネススケールとしてはそれを上回るスタートダッシュになったということになります。
同じく世界的タイトルになって覇権ゲー状態に(一瞬)なった「PUBG:BATTLEGROUNDS」は,(モバイル版込みだと)生涯売上が約1.3兆円(90億ドル)を超えたとされているので,おそらくこの「パルワールド」が目指す世界線は,「後続タイトルが出て抜き去られる前に,うまく生き残ってブランドタイトルとして確立させられるかどうか」になるでしょう。この界隈の話は後述します。
「パルワールド」,総プレイヤー数が1900万人を突破。最大同時接続者数は200万人で,Steam史上2位の記録
ポケットペアは本日,アーリーアクセス版をリリース中のサバイバルクラフトゲーム「Palworld / パルワールド」のPC(Steam)版とXbox版を合わせた総プレイヤー数が1900万人を突破したと発表した。Steam版の最大同時接続者数は200万人に達し,これはSteam史上2位の記録となる。
外部サイト:コインチェック、仮想通貨580億円消失のその後(日経ビジネス)
関連記事:セガ,「アングリーバード」などを展開するRovio Entertainmentの買収を発表。買収規模は約1000億円
他方,本件についてはあからさまな「ポケットモンスター」のパクリが指摘され,問題視された結果,続発する完全なポケモンのMODの配布コミュニティがまず血祭りに挙げられるというボヤが発生しました。
「パルワールド」のプレイ動画がたくさん上がっているのを観ても,遠目どこかで見たことのあるキャラクター達が,狩りをするプレイヤーに滅多切りにされボコられボールをぶつけられ爆殺されたりしているのを見ると,可愛かったポケモンをゲームシステム上許され得るゲーム的手法で虐殺することにカタルシスを感じるゲーマーに,熱狂的支持を受けているようにも見受けられます。
暖かい世界観で大事に育ててきた「ポケットモンスター」のブランドを,インディーの皮を被った新興プレイヤーに蹂躙されている格好であり,公式でのコメント掲載はさすがに拒否されましたが,ポケモンの公式アナウンスには踏み込んだ発言があって「ですよねー」感を強く覚えます。
外部サイト:他社ゲームに関するお問い合わせについて(ポケモン)
ほぼ名指しで「パルワールド」に関する問い合わせが来ている旨を明記したうえで,「パルワールド」に対してポケモンのいかなる許諾も行っていないとし「ポケモンに関する知的財産権の侵害行為に対しては、調査を行った上で、適切な対応を取っていく」と牽制しており,プレイヤーコミュニティで出回るポケモンMODの配布だけでなく,「パルワールド」上でのポケモン類似キャラクターの創成に対する牽制もしている格好です。
また,社是も踏まえて「弊社はこれからもポケモン1匹1匹の個性を引き出し,その世界を大切に守り育て」るとしており,そういうニセモンなキャラクターをAIで大量生成したりゲームシステム上安易に攻撃して殺して首を晒して飾ったりできるようにはしませんよという,ブランドがもたらす社会的価値に言及しているのは重要なことだろうと思います。
この「パルワールド」については,至るところでパクリ論争が当然起きていますが,売上について言うと初動の約4割ほどが中国本土,四分の一くらいがアメリカ/カナダの北米市場,そして欧州が10%ほどと見られ,その売上の大半が海外で産出されている作品になっています。
日本の国産ゲームで,海外向けに覇権ゲーをブチ上げられるのはとても珍しいことです。その点ではポケットペアの評価は単純な“売り上げ”というよりは,ユーザーベースの確保という意味で非常に価値があるわけで,この手の客層が喉から手が出るほど欲しいマイクロソフトが,やけに良い提携内容でポケットペアとパートナーシップを組み,丸抱えに近い条件でプレスリリースしたのも頷けます。
Here's @GameDiscoverCo's estimates of Palworld owners on Steam by country, from our latest newsletter: https://t.co/aqCvnUj0Bz pic.twitter.com/tXZdARJJnL
— GameDiscoverCo (@gamediscoverco) January 24, 2024
ただし,前述した2017年リリースの「PUBG」もそうですが,ゲームシステムに関して著作権で守ることが困難であることを踏まえれば,日本や米欧で不正競争防止法的なアプローチで差し止めをできるか検討するくらいしかなくなります。
FPSについては,「PUBG」が切り開いたバトロワジャンルが大人気を博し,その地平線でプレイヤーが爆増して市場が急拡大すると,中国の「荒野行動」(Knives Out)を筆頭に,アメリカで「Fortnite」(フォートナイト),同じくアメリカで「Apex Legends」(エーペックスレジェンズ)など,まったくの類似タイトルが参入してきて,さらにユーザー数を増やして拡充することになりました。
他方,システムとパクリの関係は,ジャンルがプレイヤーに愛されて市場が広がっていけばWIN-WINですが,どうしても構造的な問題があります。
特徴的なのは,2018年に中国本土でもリリースされたカプコン「モンスターハンター:ワールド」です。世界で1000万本以上売ったタイトルですが,中国の大手IT企業テンセント社が運営するゲームプラットフォーム「WeGame」で発売された5日後,中国当局によって販売が突然停止される事態となりました。
外部サイト:「モンスターハンター:ワールド」、中国での販売が停止(GAME Watch)
最初は「中国当局のゲーム関連行政はまぁ理不尽だからなあ」と様子見の雰囲気が広がっていたものの,その後続々と「モンハンパクリゲーム」が大量に中国でリリースされ,北京中娯在線網絡科技(JOYCHINA)の「HUNTER BLADEーハンターブレードー」などは「これもうモンスターからモーションまでほぼ完全にモンハンでやんすね」という状態でした。当局云々という説明はどうなったのか,あれは嘘だったじゃんということで,結局モンハンのニセモンが氾濫することになり,外から見ているこちらが心配になるレベルでパクったタイトルが中華市場を占有してしまったのです。
で,ゲーム業界的には「そういうマジモンのパクリや模倣はやめましょうね」という流れになり,特に操作系やゲームシステムに対して知的財産的にどう押さえるかが重要な課題となりました。ゲームと著作権という観点では,最近ではコナミの「パワプロシリーズ」の育成システムをシステム的に模倣したとして,Cygamesの「ウマ娘 プリティーダービー」を特許権侵害で約40億円規模の訴訟に至りました。
ゲームシステムに関する知財を押さえる動きには賛否あるとはいえ,先進性のあるゲームシステムの模倣に対して権利主張する動きは,任天堂による「ぷにコン訴訟」でコロプラ社が33億円の和解金を払って決着した件も含めて,水面下では相当いろんなことが起きています。
関連記事:KONAMI,「ウマ娘 プリティーダービー」をめぐりCygamesを提訴。特許権侵害による訴訟提起
関連記事:コロプラ,任天堂との特許権侵害訴訟で和解。今後のライセンスを含む和解金として総額33億円を支払う
その間隙を突いて「キャラクターはあくまで意匠権・商標権でしか守られていないのだから,似たようなキャラクターを出して世界観をパクっても大丈夫じゃないか」とArk系ジャンルとポケモンらしきものを魔合体させて世に出したら大当たりしたのが「パルワールド」ということになります。
これがゲーム制作方面を震撼させたのは,「そういうことをやったら,パクリとして訴えられたり,サービスの差し止めを喰らうなどして面倒なことになる」という当然である自制の部分と,「そのような本格的なパクリが許される状況になるならば,それこそディズニーやマーベル,ほかの人気作品のキャラクターを模倣して『そのものじゃありません』と強弁すれば結構できちゃうんじゃないか」というモラルの部分とが,ごっちゃな感情になってしまっていることです。
「パルワールド」が許されてるんだから,他社キャラクターや世界観を流用して流行りのシステムに乗っけてインディーとして売ればいいんじゃないか? みたいなタイトルが続発することを懸念するわけですね。
さらに,前述しましたが売れているのは「主に海外で」というのがミソです。特にSteamを運営しているValveが本件について頭を抱えている問題が2つあって,1つが「この前,生成AIの利用によるゲーム制作を解禁したばかりなのに,いきなり覇権ゲーが生成AIによるキャラクターパクリを疑われる作品になってしまった」ことと,もう1つが「Steamのゲーム配信パートナー契約は,ユーザーがコンテンツをダウンロードした地域が係争地となること」です。
SteamでAI技術を使用するコンテンツがリリース可能に
Valveは本日,SteamでのAI技術を使用したコンテンツに関するポリシーを変更し,AI技術を使用するコンテンツの多くがリリース可能になると発表した。開発者は,どのようにAIを使用しているのか説明が必要となり,開示情報の多くはゲームのSteamストアページにも掲載される。
ポケットペア社は,生成AIを使って「ポケモン」キャラクターを模倣したわけではないという釈明をしたという話が界隈で流れています(本件に関しての取材申し込みは,ポケットペアに2度拒否されています)。生成AIを使ったことを否定する記事も出ていますが,実態や真偽はともかく,5年後でも10年後でもポケットペアの当時の社員が「社長からパクれと言われて作りました」とか証言しちゃうと一気にお問い合わせが行くリスクがあるやつです。
また生成AIの教師データの扱いの適法性は,事後でも問題視されるという法改正がアメリカでも欧州でも起きていますので,ポケットペアはもの凄くデカい法的リスクを抱えたまま,マイクロソフトの支援を受けながら爆走していくわけです。
外部サイト:「AI: the world is finally starting to regulate artificial intelligence ? what to expect from US, EU and China’s new laws」(The Conversation)
おそらく任天堂はそこまでやらないと思いますが(任天堂を含め,いわゆるゲーム業界でポジションのある人たちが「パルワールド」のモラルのない制作手法に怒っているのはそこかしこから聞こえてきます),例えば本当に行儀の悪い中国の会社だったりしたら,パクられたほかの大手ゲームデベロッパーがよくやる手段と同様にアメリカ各州やカナダ,中南米,欧州にいる各国で複数のゲーム配信差し止めと損害賠償請求の訴訟が起きることになります。
アメリカや欧州でサービスしようとしたけど,著作権侵害で秒で配信差し止めになる中華コンテンツは,2023年の1年だけで(知ってるだけで)20件以上あります。ので,もっとあるかもしれません。Valveのあるワシントン州もそうですが,突き詰めれば判事や陪審が「そのキャラクターが,登録されている意匠や先行作品で抑えられている権利物と同じように見えるかどうか」が勝負になってしまうため,昨今中国系企業の北米展開タイトルで販売中止や差し止めが乱発しているのも,そのような事情であると言えます。
2022年には,コーエーテクモゲームスが中国のBekko.comブランドで展開していた,杭州绝地科技股の「我が天下」「戦国布武〜我が天下戦国編〜」「三国炎血伝」のタイトルに対し,著作権,著作隣接権と著作者人格権で賠償を求め勝訴的和解となっていますが,このあたりもまた,ある意味「制御できるタイミングで,太らせてから召しあがる」スタイルではないかとも思います(国内事案ですが)。
任天堂が今回の「パルワールド」を押さえに行く場合は特に「訴えてはみたもののうっかりミスって,パルワールドみたいなパクリなら法的にまあいいんじゃね,と裁判所に認められてしまったら大変なことになる」というリスクを伴いますから,いずれにせよ,すぐには動かないでしょうし,もっとユーザーさんの利益になる方法を考えることでしょう。
関連記事:コーエーテクモゲームス,中国・杭州绝地科技股份有限公司を相手とする著作権侵害訴訟で和解
それであるならば,今回「パルワールド」が覇権を取ってジャンルの裾野が広がることを念頭において,来年なりに数年後なりに,ポケットモンスターシリーズ公式または純正の「ああいうゲーム」を出して一緒にジャンルに乗っかるぐらいしか(世界同時多発的に差し止めをしない限りは)方法がなくなってしまっているともいえます。
そして,ポケモンや任天堂からすれば完全に売られた喧嘩である以上,高品質なものを,ユーザーコミュニティに開放できるような仕組みで,廉価で出すんじゃないかと期待しています。どうせ自分たちの主戦場のジャンルではない,と割り切れれば特に,公式でちゃんとした「ポケモン」キャラクターズが総出演している作品になるでしょうし,ジャンルもきっと,もっと盛り上がることでしょう。
繰り返しになりますが,ゲーム業界も制作一本当たりの費用が高騰してきたこともあり,生成AIを使った類似品や模倣がある意味当然の技法になっていくのは,技術革新がここまで進んでいる以上は仕方がないものと私は思います。
ただ一方で,それが許される世界線になってしまうと,自らが創作物を産み出すわけではないパブリッシャーが低コストで,他社作品を教師データにして生成AIで創作物を寄せ集め,それっぽい広告をばら撒いて売るなんてことができてしまいます。それは本来の意味で,不正競争抑止政策の一丁目一番地のことだよなあ,と思います。
目下,日本でも文化庁を中心に生成AIに関する規制に関する議論が進んでいますが,著作権法30条にまつわるアプローチは世界的に見ても超絶緩い規制であることを考えると,いくらロビー会社が政治家や官僚に「生成AIで日本は稼げるようにしましょう」と囁きかけても限度があるのではないのかとも思います。
何より,我が国は身銭を切り徹夜してでも,同人活動を含めた創作に従事する人たちがたくさんいる中で,丹精込めて作ったイラストをミリ秒で剽窃される仕組みが許されて有利なはずがないのです。
外部サイト:生成AIと著作権めぐる「考え方」案 文化庁が意見公募開始(朝日新聞デジタル)
PDF:私的使用目的の複製に係る権利制限について (規定の趣旨・概要,これまでの改正経緯,諸外国の状況)(文化庁)
その点では,今回の「パルワールド」が強烈なセールスを打ち立てた結果として,もちろんそういう当たりを作れたことは拍手喝采するべきです。それをじっと見ながら,コンテンツ産業界隈として,また政府筋として,どういう教訓を得て,何が公平で,納得できて,透明なのかをきちんと審議し,着地させて法制化させることが求められています。
また今回は,ゲーム業界全体が特に本件に対する口ぶりは重く,みんな渋い顔をしているんですが,とりあえず覇権ゲーが日本で立ち上がって海外からガッツリと売上が取れてるんですから,そこはポケットペアを褒め讃えましょうよ。万が一やらかしてしまったら叩けばいいのであって,そこは360度どっからでも,手のひらをくるんくるん自在に返せる修業が必要です。
今後とも,よろしくお願い申し上げます。
- 関連タイトル:
Palworld / パルワールド
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