連載
Access Accepted第730回:Steamで猫フィーバーを巻き起こした「Stray」。発売直前からバズるまでの過程を紹介
サイバーパンクな世界に迷い込んだ猫を操作するアドベンチャーゲーム「Stray」が,Steamで“猫フィーバー”を巻き起こしている。これまで8年ほど活動してきたパブリッシャの記録を塗り替えるほど,評価も売り上げも順調な本作。発売直前からSNSでバズっていくまでの過程を紹介しよう。
我輩は,猫である
サイバーパンクな世界に迷い込んだ猫を操作するアドベンチャーゲーム「Stray」(PC / PS5 / PS4)が,Steamで“猫フィーバー”を巻き起こしている。2022年のSteam市場はほとんどの週で単価の高いハードウェア「Steam Deck」(国内未発売)がトップセラーの位置を占めていたのだが,記事執筆時点でこれに代わり1位を奪取。また,発売直前の7月初日時点のウィッシュリストでも1位を獲得,リリース直後の同接プレイヤー数も5万人を超えるなど,大きなムーブメントを見せている。
これは,Annapurna Interactiveという,インディ専門のパブリッシャにとっても大事件だった。業界アナリストのBenji-Sales氏(同氏Twitter)によると,これまで同社が手掛けたタイトルの最大同接記録は「Twelve Minutes」の8021人だったという。レビュー数で見るとそのTwelve Minutesが5400件ほどだったが,本作は初日だけで1万5000件を超えたほど。“同社設立以来の大ヒット”となった本作が,多くのゲーマーにとって「何か伝えたくなるゲーム」であったことは間違いない。
人気となった理由はいろいろあると思うが,その最大の理由は「操作する主人公が猫」というところにあるだろう。もちろん,この猫はめちゃくちゃリアルに動く。開発を務めたのは,「開発メンバーより彼らが飼っている猫の数の方が多い」というBlueTwelve Studio。猫のリアルな動きは当然のこと,廃墟と化した未来世界の描写からも,彼らのとてつもない力の入れようが感じられる。
ノラネコを主人公とした「Stray」の最新トレイラーが公開。サイバーパンクな世界でネコの身体能力を活かして旅をしよう
Annapurna Interactiveが自社イベントを開催し,フランスのBlueTwelve Studioが開発を進める「Stray」の最新動画を公開した。ロボットが人間のように暮らす「サイバーシティ」を舞台に,主人公のノラネコが忍び足やダッシュ,ジャンプといったネコならではの身体能力を活かして,家族探しの旅に出るという。
主人公の猫のアクションは多彩の一言。爪とぎや毛づくろいといったまさに猫らしいアクションはもちろん,アンドロイドにすり寄って愛嬌を見せたり,壊れかけのアンドロイドを猫パンチで破壊できたりもする。しかしこの主人公の猫はどこまでいってもふつうの猫で,戦闘能力は低いし,人間的な思考をすることもない。猫アクションを使って,パズルを解くこともあるが,これもあくまで“猫の好奇心”の範ちゅうとして分類される。
名もなき“ふつうの猫”が主人公なことが,本作を非常にユニークなものにしている。ゲームというインタラクティブメディアでは,操作する主人公に対し,感情移入をすることが多いが,本作の主人公である猫は,プレイヤーが“愛でる存在”であり,「机の上のものを倒してしまう,どん臭さが愛くるしい」とか「高いところから落ちて足を引き摺ってるのがかわいそう」といった視点が常に介在し,プレイヤーと主人公の間には一定の距離感が保たれている。
本作をプレイした人で,「少しでも早く家族のいる地上へ帰りたい!」と一人称的な感情移入をする人は少ないだろう。本作は廃墟と化した地下世界と,そこに散りばめられた人間社会が崩壊した理由を,猫の視点を通して“観察”していくゲームなのだ。
猫本人にとっては人類滅亡の理由や過去の遺物になど,何の興味もないだろう。むしろ,記憶にこだわるお供のドローンB-12や,地上に戻ることが生きる目的となっているクレメンタインらアンドロイドの人間性のほうが強調されている印象が強い。
ゲーム内容と広報戦略が合致し,大きなムーブメントが生み出された
「ウィッシュリストでトップに」→ 「Steamのトップセラーを獲得」→ 「パブリッシャにとっての最大ヒットに」という流れからも,2022年を代表するインディ作品となるはずのStray。しかし今回,筆者が連載のネタとして本作を取り上げた理由はそれだけではない。ゲーマーの間でバズるまでの過程がよく見えた作品でもあったからだ。
Twitterでは発売より,ハッシュタグ「#Stray」などで掲載されるツイートが増え,プレイヤーの飼い猫がスクリーンに映し出される本作の猫に反応する様子を収めた映像で溢れた。外の雨を眺めるだけの猫たちや,猫の鳴き声に反応する監視カメラ,さらにアンドロイドたちの猫に対するちょっとしたリアクションといったゲーム内の出来事が多くのファンのお気に入りとなった。「おっさんならプレイしろ」というミームも登場し,これまで髭やらタトゥーやら,タフさがアピールされてきた欧米のトレンドとは一線を画す盛り上がりを見せている。
パブリッシャのAnnapurna Interactiveも,開発元のBlueTwelve Studioも,ヒットの予兆を捉えて,“薪をくべる”準備を整えていたフシがある。プロデューサーのSwann Martin-Raget氏は,主人公のモデルになったという自分の愛猫“Murtaugh”(マーター)の写真を「PlayStation.Blog」で公開し,SNSにおける「愛猫紹介」ブームのきっかけを作った。
しかし,よく考えれば,マーター君らがモーションキャプチャ用のマーカーを付けてゲームに出演しているわけもなく,そのアニメーションはサードパーティのPassion Republic Gamesが担当していることはエンドクレジットからもわかる。マーター君らを紹介することが猫好きゲーマーたちの心をくすぐる広報の一環なのは言うまでもないだろう。
Annapurna Interactiveは,本作の発売と同時にコラボ商品をアナウンスしており,ペット商品専門販売サイト「Your Cat Backpack」では,サイバーパンク風のネオンサインをイメージした出窓付きバックパックと,同じく本作にインスパイアされたハーネスの販売を開始。さらに,カリフォルニアのベイエリアを中心におしゃれなタピオカティショップとして知られる「Boba Guys」との提携で,ロゴ付きTシャツが販売され,こちらはすでに完売しているとのことだ。
さらに本作は,社会貢献にも役立っている。例えば,保護猫の里親探しを行う団体「Crits4Cats」は,いつもなら猫たちの様子をTwitchでライブ配信しているのだが,現在は本作のプレイ実況で,募金集めを行っている。
また,Annapurna Interactiveもリリースに合わせ,動物愛護団体「Nebraska Humane Society」のオンラインチャリティイベントを協賛し,5ドルの寄付で本作の無料コード抽選券1枚を配布するキャンペーンを実施した。このイベントは数時間の短いものだったが,7000ドルほどの募金があったという。
本作が人気を博した理由が「操作する主人公がリアルな猫」であったことに疑いはないが,バズるための広報戦略が見事にマッチした作品でもあると,これまでを見てきてそう思う。結果論になるかもしれないが,本作のゲーム内容がSNSで定期的にバズっている動物たちの癒し映像に相通じるものだったことは大きな要因の一つだったろう。プレイヤーたちが共有する“かわいい動物を愛でたい”という感情がうまく周囲に伝播し,ムーブメントを作り上げたゲームと言えるのかもしれない。
「Stray」公式サイト
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
キーワード
(C)2022 BlueTwelve Studio Ltd. Published by Annapurna Interactive under exclusive license. All rights reserved. Annapurna Interactive Privacy Policy & EULA