連載
クィアゲーマー魂の1本:第3回は古怒田望人/いりやさんと「ポケモンSV」。規範を逸れた表象と,クィアな日常との関係
本企画「クィアゲーマー魂の1本」は,さまざまなクィアゲーマーに毎回1本のゲームを取り上げてもらい,その表現がどのように自身を支えてきたかを綴ってもらう,不定期のエッセイ連載だ。ひとりのクィアの視点を通じて,既存のゲームに対する新しい見方や関心を育ててもらえたら,望外の喜びである。
第3回はレヴィナス研究者でありクィアである古怒田望人/いりやさんが登場。700時間以上を費やしたという「ポケットモンスター スカーレット・バイオレット」のクィアな=「横滑りする」魅力を,存分に語ってもらった。
ボクについて
ボクは「男にも女にもありきれない」ジェンダークィアとして日々を生きている,クィア(※)な存在だ。
※ここで言う「クィア」とは,規範的なジェンダー,セクシュアリティから逸脱する存在に加えて,何らかの「そうであるべき」という規範性から横滑りする存在をも意味する。確かに「クィア」という言葉がゲイ・レズビアンを意味する言葉に限定される文脈は存在するが,本稿では,「クィア」という語が,ゲイ・レズビアンという意味を越えて,様々なマイノリティを包摂する言葉として拡張される文脈を取り入れている。
出生時に「男」という性別を割り当てられたけれども,その「男」の囲いに生きづらさを感じて女装をするようになった。けれども,女装をするようになると今度は「女」という囲いが待っていた。
「男」の囲いの中でも,「女」の囲いの中でもうまく息をすることができなかったボクには,「男/女」という二元論の檻から逸脱するジェンダー・アイデンティティである「ジェンダークィア」という名前がしっくりくるようになった。今も日々,「男にも女にもありきれない」というもどかしさ,ままならなさを,心身で表現するようにしている。
そんなジェンダークィアなボクが,その日々を共にしているゲーム,「ポケットモンスター スカーレット・バイオレット」(2022年,以下「ポケモンSV」)を今回は紹介したい。
「ポケモンSV」との出会い
ボクは幼いころはよくゲームを遊んでいたのだが,研究者を志し始めた18のときから一昨年の冬まで10年以上もの間,ゲームから離れていた。ゲームをする時間で研究の時間が潰されてしまうのが惜しいと思ったからだ。
しかし,バーチャルライバーである壱百満天原サロメさんの「ポケモンSV」実況を視聴したのがきっかけとなり,むくむくとポケモンを遊びたい欲が出てくるようになった。そしてとうとう,去年の1月にNintendo Switch Liteと「ポケットモンスター スカーレット」のソフトを購入した。2002年発売の「ポケットモンスター ルビー・サファイア」以来のポケモンである(レジ系統を集めるのに苦戦した記憶だけが残っている)。
ボクが久しぶりに遊ぶことにしたゲームを「ポケモンSV」に決めた理由の一つには,同作に含まれているクィアフレンドリーな要素があった。まずはその点について言葉にしてみたいと思う。
クィアフレンドリーな服装とキャラメイク
「ポケモンSV」の主人公は,パルデア地方の学園の生徒となり,「宝探し」という課外授業のためにパルデアの各地を冒険することになる。そう,主人公は学生なのだ。学生という設定を聞くと,少し身を引いてしまうクィアな人々もいるのではないだろうか。
例えば,学校によって定められる制服は「男/女」の区別を可視化したものが多く,クィアな人々にとって居心地が悪いことがある。ボク自身も中学に上がったとき,男女の区別が詰襟とセーラー服によって可視化されたことが,とても嫌だと感じて不登校になった。では,「ポケモンSV」の学生服はどうなのだろうか。
「ポケモンSV」の学生服はとてもニュートラルにできている。男女に違いはなく,パンツスタイルがメインだ。シルエットラインも体型をあまり強調しない作りになっており,男性性や女性性が過度に表現されることはない。ジェンダークィアなボクにとって,この制服で学生生活を送るのはとても安心できるものだった(ちなみに,ボクは特にブルーベリー学園の秋服が好き。セーラー服を中性的にアレンジした感じがよい)。
「ポケモンSV」がクィアフレンドリーである要素は,制服だけに限られない。それはキャラメイクにも表れている。例えば,どちらの性別でアバターを選んでも,好きな髪型にすることができる。男の子のアバターを選んでも三つ編みにできるし,女の子のアバターを選んでもツーブロックにできる。
髪型を変化させてゆくことが,自分が伝えたい,表現したいジェンダー・アイデンティティに繋がるように,髪型はクィアな人々が生きてゆくうえで欠かせない生存戦略の一つだ。「ポケモンSV」は,そうした生存戦略をゲームの世界でも可能にさせてくれる作品になっている。
ライバルとのクィアな関係性
「ポケモンSV」のクィアな要素はキャラメイクだけにもちろん留まらない。その世界に登場するキャラクターたちにもクィアな側面が垣間見られる。今度はその部分を見てみよう。
ポケモンの世界には,ポケモンのチャンピオンを目指す主人公に合わせて,同じようにチャンピオンを目指すライバルキャラが登場する。共にポケモンを育てるライバルと共に競い合う設定はおなじみのものだが,「競争」という概念が軸になってしまったとき,どうしても既存の競争主義的な男性社会を反映するモデルになりがちだ。
「勝つか,負けるか」,その二択でしか他者と関係できないコミュニケーションは,窮屈なものではないだろうか。そんな中で,「ポケモンSV」に登場する主人公のライバル,ネモの存在は特異な位置を占めている。
というのも,ネモはすでにパルデア地方のチャンピオンなのだ。それゆえ,主人公と競争主義的に競い合うという設定が,ネモとの関係性においてはあまり見受けられない。
ネモは若くしてチャンピオンになり,他者から距離を置かれてしまっているが,彼女と「対等」にポケモンバトルをすることのできる相手として主人公を見出し,そのチャンピオンまでの道のりに伴走する。
もちろん,ポケモンバトルには「勝ち負け」の概念が存在するのだが,ネモと主人公との間のバトルは,むしろ,お互いを対等な存在として承認し合うための行為になっている。
主人公がパルデアのチャンピオンになった後,ネモは主人公に対して「わたしのライバルになってください」と言うのだが,ここでの「ライバル」は,競争関係にある相手ではなく,自分と歩みを共にしてくれる他者だと言えるだろう。
打ち負かす相手とは違ったネモとのライバル関係の形は,既存の競争主義的な男性社会とは別の仕方で他者と関わるクィアなありようを映し出してくれているように思う。
また,ネモとのライバル関係を女の子の主人公の視点で見たとき,そこには女性と女性の間のシスターフッドやクィアな関係性を読み込むことが可能だ。
実際,武田綾乃氏による「ポケモンSV」の短編小説「きみと雨上がりを」(2023年)や,この小説を映像化したYOASOBI「Biri-Biri」(2023年)のミュージックビデオでは,ネモと女の子の主人公との親密な関係性が丁寧に描かれている。女の子の主人公を選んだ場合,異性がライバルになることが多いポケモンシリーズの中で,「ポケモンSV」でのネモとの関係性はクィアな側面を含んだ関係性だと言える。
クィアなキャラクターたち
クィアな存在はネモだけではない。「ポケモンSV」では,パルデアのチャンピオンになるストーリーに加えて二つのシナリオが用意されているが,それらのシナリオにもクィアな側面が見受けられる。
「レジェンドルート」と呼ばれるシナリオでは,主人公の先輩であるペパーが,ケガをした自分のポケモン,マフィティフを,ヌシポケモンたちが食べている秘伝スパイスで元気にしようとする物語が描かれる。
ペパーは,スカーレットではシングルマザー,バイオレットではシングルファーザーの家庭で育っており,一人親の日常がけっこうリアルに語られる。一人親の家庭もまた,支配的な家庭像から逸脱するクィアなものだろう。
というのも,社会の規範的な家庭像は,家父長的な家庭において父と母がともに存在する家庭像であり,シングルの家庭は,家族の「そうであるべき」という社会的な規範から横滑りしたものだからだ。
そして,「ポケモンSV」の物語の結論部では,このペパーと親との関係性にフォーカスがおかれることになる。ボク自身,一人親の家庭で育った身で,ペパーにはどこか感情移入してしまう部分があった。
三つ目のシナリオ「スターダストストリート」は,学校で困りごとを起こしているとみなされる集団「スター団」を解散させようとする物語だ。だが実際には,スター団は,いじめられていた子どもたちが,いじめっ子たちに抵抗するために結成されたものであることが,シナリオが進むにつれて明らかにされる。
スター団は,いわゆる「ロケット団」のようにポケモンの社会で悪を意図的になそうとする集団ではなく,むしろいじめという悪に抵抗する集団である点で,ポケモンのヴィランの位置づけからずれている。
しかし他方で,学生服を改造したりして,「ポケモンSV」のメインキャラクターたちが営む典型的な学生生活を拒否している点で,「ポケモンSV」の「こうであるべき」という姿から逸脱してもいる。悪の集団にも,典型的な集団にも包摂されがたいスター団のありようは,ある種の「こうであるべき」という姿から逸脱したクィアな存在だとみなすことが可能だ。
確かに,「スターダストストリート」では最終的に,スター団は学校に所属する集団としてノーマライズさせられることになる。
それでも,エンディング後にいじめられていて送ることのできなかった学生生活を送っているスター団の面々を見ると,逸脱した存在が悪として単に処罰されるのとは異なった,クィアな人々が生きる日常のようなものが垣間見られると感じた。クィアな存在であっても平凡な日常を過ごしていい,そんなことも「ポケモンSV」は伝えてくれているのではないだろうか。
クィアなポケモンたち
ここまで「ポケモンSV」のキャラについて書いてきたが,本作の目玉はなんといっても400種類を超える多種多様なポケモンたちである。その中でも,ボクがお気に入りのクィアなポケモンを三匹紹介したい。
これらのポケモンたちは,「オスかメスか」というポケモンに向けられる規範的なイメージから逸脱するような振る舞いや姿をしている点でクィアな存在である。
まずは,マスカーニャ。「ポケモンSV」の初期ポケモンのうちの一匹,くさタイプのニャオハの最終進化形だ。図鑑に「マジシャンポケモン」という表記があるように,トリッキーで妖艶な振る舞いをするのがよい。
他方で,能力の素質は物理高速アタッカーであり,殴って戦うという自身の見た目や振る舞いに反したギャップのある戦い方も魅力的だ。
次は,バクフーン(ヒスイのすがた)。「ポケモンSV」の前作,「Pokémon LEGENDS アルセウス」(2022,以下,「アルセウス」)の中での初期ポケモンの一匹,ヒノアラシの最終進化形だ。
バクフーンと言えば「ポケットモンスター 金銀」(1999)に登場した初期ポケモンを想像するかもしれないが,このバクフーンは,そのリージョンフォームである(タイプもほのお単体からほのお・ゴーストの複合タイプに代わっている)。
少し猫背気味に歩く姿,アイシャドウをまとったかのような瞳,戦闘になるとゆらゆらと幽霊の魂のように揺らめく首元の炎,どれをとっても男性的/女性的という二元論では言い表せないクィアさをもっている。このバクフーンと旅をしたいがためだけに「アルセウス」を遊んで,「ポケモンSV」の世界にも連れてきたほどに好きだ。
最後に,オオニューラ。こちらも「アルセウス」から登場した,マニューラのリージョンフォーム(タイプもあく・こおりからどく・かくとうへと大きく変化している)である。
クィアカラーである紫を基調としたデザイン,アイシャドウがかった瞳,しゃなりしゃなりと動く普段の振る舞いとバトルになった時の大胆なモーション,特性「かるわざ」を活かした物理高速アタッカーでありながら専用わざ「フェイタルクロ―」で相手を異常状態にするトリッキーな戦い方など,挙げればきりがないほどに魅力的なポケモンだ。ボクが今絶賛ドはまりしているランクバトルで,相棒として活躍してくれている。
「ポケモンSV」とのクィアな日々
ボクの「ポケモンSV」のプレイ時間は約700時間だ。その大半は色違い厳選(注1)とランクバトルに使われている。
(注1)色違いとは,通常出現確率1/4096という低確率で出現するポケモンのカラーヴァリエーションのこと。「ポケモンSV」ではこの色違いの出現確率を上げる方法がかなりあるので,挑戦するハードルは低めである。
特にランクバトルはボクの日々の生活の一部になっていると言っても過言ではないくらいだ (ランクバトルを始めたのは,サロメさんと同じにじさんじ所属のバーチャルライバー・笹木 咲さんのランクバトル動画から)。ポケモンのランクバトルとは,インターネットを介して世界中のトレーナーとバトルし,ランクを上げてゆく競技である。
確かに,ランクバトルは勝ち負けを競い順位を争う競技である点で,既存の競争主義的な社会を反映したものだし,ボク自身ランクバトルで勝ち負けにこだわっていないといったら嘘になる。その意味でランクバトルの枠組みそのものは,既存の男性中心主義的な社会を反映した構造に留まっている。
ランクバトルの競技性が惹きつけられるものであることは否定できないのだが,ボクにとってはその競技性よりも自分を惹きつけるものがあるからランクバトルを続けている。それは「ポケモンSV」のストーリー本編を遊ぶだけでは味わえないもの,自分の思考を規範的なジェンダーのしがらみから逸らしてくれるその気散じさだ。
対戦でどうやってうまく立ち回るか,どのポケモンを活かして育成するか,流行りの構築,育成はなんなのか,そういった「ポケモン事」に思考を動かしている時間は,日々衝突するジェンダーのしがらみから自分を切り離してくれる。
自らをジェンダークィアであると位置づけるとき,ボクらはどうしてもジェンダーの問題を考えずにはいられない。それは重要なことだ。しかしながら,ジェンダーのことだけで日々が埋まってしまうと息がしづらくなるのも事実である。
「ポケモンSV」がジェンダークィアのボクに何よりも与えてくれているのは,現実のジェンダーの問題から一歩距離を置いて,ポケモンという存在に思考を集中させてくれる時間なのだ。
そして,「ポケモンSV」をプレイしている間,ボクがジェンダーについて問題にせずに済んでいるのは,この作品が,キャラメイクからシナリオ,個々のポケモンのデザインに至るまで,様々な点でクィアな側面を含んでいるからだろう。
多くのポケモンがオス・メスに明確に分かれている点など,今後の変化に期待したくなるところもあるが(一人のジェンダークィアとしては,もっと積極的に「性別がない!」というポケモンが増えてくれたらうれしいと思う),「ポケモンSV」はボクが自然とジェンダークィアなままで遊ぶことのできる作品なのだ。この「ポケモンSV」とのクィアな日々を,ボクはこれからも大事にしてゆきたい。
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(C)2022 Pokémon. (C)1995-2022 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.
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