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原田勝弘氏が鉄拳シリーズを通して,格闘ゲームの歴史と未来を語った基調講演をレポート[CEDEC 2024]
格闘ゲームの約30年におよぶ歴史や,eスポーツとしてもプレイされるようになっている現状,そして気になる未来が語られた講演の模様をレポートしよう。
「鉄拳」シリーズ ポータルサイト
海外で高く評価される鉄拳シリーズ
原田氏は,鉄拳シリーズの紹介から講演を始めた。
鉄拳シリーズの世界累計販売本数は5800万を超えており,「世界で最も売れている3D対戦格闘ゲーム」となっている。2024年で初代「鉄拳」の稼働から30周年を迎える息の長いシリーズだけあって,「最も長く続く3D格闘ビデオゲームシリーズ」「最も長く続くビデオゲームの物語」など,ギネスに認定された記録も多く,ギネスの公式サイトで「TEKKEN」を検索すると1232件もヒットするとのこと。
人気格闘ゲームとしてゲーマーなら知らない者はいないほどの存在になっている鉄拳シリーズだが,日本で生まれたにもかかわらず,日本での売り上げは全体の3%ほどしかない。ヨーロッパが40%,北米が24%を占め,中東やオセアニアの割合も日本より大きいという,完全なワールドワイド型のタイトルとなっている。
鉄拳プロジェクトの戦略
鉄拳シリーズは,なぜ世界中で評価される対戦格闘ゲームとなったのか。原田氏からその戦略が語られた。
●テクノロジードリブンな描画手法や360度の3D空間を使った遊びの軸
鉄拳が生まれたのは,3Dグラフィックスの黎明期。その時代は,ポリゴンでできた人を動かすことですら高度な技術だったため,鉄拳も自然とテクノロジードリブンなものになっていったという。
鉄拳は3D格闘ゲームだが,そのルーツは2D格闘ゲームにある。だが,最近は2D格闘ゲームであっても3Dグラフィックスを採用するものが多く,見方によってはその境界が曖昧になりつつある。
これについて原田氏は「どう定義するんだ? というところはあるんですけれど」と前置きしつつ,「表現よりは,中の作りの違い」だとした。
具体的に挙げられたのが,「背景の作り方」と「3D座標に基づくヒット判定」だ。
まずは背景の作り方について。状況によってカメラがさまざまな方向に動き回る3D格闘ゲームの場合,背景はプレイヤーが意識していないところまで作る必要がある。
講演では「鉄拳8」(PC / PS5 / Xbox Series X|S)のニューヨークステージが例として紹介された。下の画像がそれだが,ゲーム中で対戦キャラが動き回るスペースは黄色の部分のみ。もちろんそこから遠くなるほどに細かい描写は減っていく傾向はあるが,それでもかなりのクオリティだ。
これらの背景は人の手によって作られているため,開発にかかる費用と期間はかなりのものになる。初期のシリーズ作品では映画の書き割りのような1枚絵で処理していたが,「鉄拳4」あたりから背景のコストが上がり始めたとのこと。
原田氏は「金かかってしょうがないですよねー」とぼやきながらも,「物理演算を含めた構造体として,AIで簡単に作れる日が来ないかな」と,AIによる背景作成への期待を語った。
座標に基づくコリジョンやヒット判定にも,2Dと3Dで大きな違いがある。
2D格闘ゲームの場合,カメラに対してのXとYで示される座標によって,「当たっている」「当たっていない」が判定される。言葉を変えると「平面での処理」になり,原田氏によると「非常に正確」なものであるという。
一方の3DではXとYに加えてZが加わるわけだが,その処理は軸が1個増えるといった単純な話ではない。ヒット判定ひとつをとっても,「アニメーションのフレームを軌道でつなぐような形」のラインを三角関数の浮動小数点による演算で導き出すことが必要になるという。
だが,この浮動小数点による演算は,使用するCPUによって結果に若干の誤差が出る。それが3D格闘ゲームでは「当たる」「当たらない」という,ゲームにおける決定的な差になってしまうことがあるのだそうだ。
そのため,さまざまなプラットフォーム向けに展開されている近年の鉄拳シリーズでは,“数値を丸める”処理をして,ネット対戦で有利不利が生まれないようにしているとのこと。ただし,このズレは完全に解消できるわけではないという。
あるとき,同じアーケード版で,まったく同じ状況から技を繰り出しても結果が異なるという不具合が発生したため,よく調べてみると,その筐体が置かれているゲームセンターの電源が不安定だったため,演算結果に誤差が発生していたそうだ。
鉄拳シリーズは,こういった繊細な処理と向き合い続けており,コリジョンやヒット判定の手法も常に改善し続けていると原田氏は語った。
●コミュニティを育てる,コミュニティの変化を常に意識する
鉄拳がコミュニティを重視してきたことを説明するにあたって,原田氏は「日本と海外のゲーム業界におけるヒエラルキー」を表す図を提示した。それが下の画像だ。
日本では版元・パブリッシャを頂点とし,底辺にファンコミュニティが位置している。海外では逆にファンコミュニティが頂点,底辺がパブリッシャとなっている。海外ではユーザーによる集団訴訟が珍しくなく,メディアの記事も掲載前のメーカー監修は不要(日本の場合,発売前タイトルのレビューや開発者インタビューなどを中心に,掲載前の監修が必要とされる場合がある)で,流通や小売店は返品制度を活用したり,マークダウン(値下げ)を要求したりできる力を持っている。
そして,パブリッシャは「巨悪の象徴」「諸悪の根源」という扱いだそうだ。
この図を踏まえると,海外においてファンコミュニティを重視するのは,ある意味自然なことと言えそうだ。原田氏によると,ファンコミュニティが持つ力はインターネットやSNSによってさらに大きくなっているという。
ファンコミュニティ自体も,地域によって違いがある。歴史的に見ると,日本やアジアはアーケード拠点型で,欧米を中心とした海外はLANパーティーや地域大会を中心にコミュニティが形成されてきた。
鉄拳は20年以上前から主に欧米で開かれているコミュニティの大会をサポートしている。数十人規模の大会に開発者が赴いて筐体や基板をセットアップすることもしていたそうだ。
そういった大会が,今では数千人規模のエントリーを誇る規模となっている。原田氏は,少しずつ大会の規模が大きくなっていく様子を写真で見せながら,「コミュニティをサポートして育てることの大切さを実感しているところです」と感慨深げに語った。
ただ,こういった活動は社内外からの評価を得ることが難しく,苦労は多かったようだ。原田氏は,最近になってeスポーツに参入してくる人や企業にも思うところはあるようで,参加者が徐々に増えて,そこにキーワードができて爆発した結果,到達している場所であることや,鉄拳の開発チームが裏方として地道に活動してきたことが理解されていないと訴えた。
●ビジネスモデルの変革と価値の変化を見据え,コンテンツ内容を変える
続いて,原田氏は「ビジネスモデル側がゲームコンテンツとゲームの構成を変える側面は無視できない」と語り,それに鉄拳がどのようにして対応してきたかを説明した。
鉄拳が誕生したアーケードゲーム全盛期の1990年代後半からゲームセンターの減少が始まったことを知っている人は多いだろう。欧米ではその傾向が顕著で,2004年11月リリースの「鉄拳5」は「アメリカには100台しか売れないみたいな世界」(原田氏)だったという。
その一方でインターネットは普及の途上にあり,家庭用ゲーム機も含めてオンライン対戦など夢のまた夢といった時代でもあった。そのため,名だたる格闘ゲームシリーズが2000〜2010年の間に消えてしまっている。原田氏はここを「暗黒時代」とした。
その後,ネット環境の整備が進み,常時接続が一般的になる2011年以降の「新時代」に向けて,鉄拳シリーズはアーケードから家庭用ゲームへと軸足を移していったのだが,アーケードゲームの「100円で3〜5分」「勝てば継続」といったビジネスモデルを家庭用ゲームに持ち込めないのは明白だ。
鉄拳シリーズはその初期から,家庭用ゲーム機版にキャラクターごとのムービーを収録するなど,ビジネスモデルに合わせた仕様を取り入れていたが,それを発展させ続けて,“おまけ”的なものを“ほぼメインコンテンツ”としていく方向性を打ち出した。
シリーズのファンならご存じだろうが,横スクロールアクション的な「鉄拳フォースモード」や,キャラクターたちがボウリングをプレイする「鉄拳ボウリング」といったものだ。
また,PlayStation 2版「鉄拳5」には,アーケード版「鉄拳」の1〜3に加えて,シューティングゲームの「スターブレード」まで収録されている。
かなり破天荒な施策の数々だが,こういった努力の甲斐があってか,鉄拳は暗黒時代を乗り切り,「世界で最も売れている3D対戦格闘ゲーム」として今に続いている。
●「多国」「多地域」「多人種」「多思想」にターゲットする
鉄拳シリーズをプレイしたことがある人なら,参戦キャラクターを見ただけで「多国」「多地域」「多人種」「多思想」が感じられるだろう。原田氏はその狙いを説明するために,「層」と「域」というキーワードを提示した。
「層」は,地域性や国境を越えるもの。例えば「アニメ好き」の人は,さまざまな国にいる「層」として,ナショナリズムなどに関係なくマーケティングできる。宗教も,国境に関係がない道徳的思想の「層」だ。
「域」は特定の地域や国を指すもので,単一民族国家と多民族国家,言語の違いなどが分かりやすい例になる。こちらはデザインに与える影響が大きくなるとのことだ。
鉄拳では,こういったところから“逆算”してキャラクター設計を行うこともあるという。もちろん「層」または「域」だけで作られたキャラクターはないが,その割合は大きく異なるとのことだ。
ゲームのリリース後はプレイヤーの属性ごとのキャラクター使用率データを分析し,その後のマーティングに生かしているという。
●クリエイティブだけでなく「届ける=パブリッシング&マーケティング」を考える
原田氏は,この業界に長くいる人であれば「あるゲームジャンルの生き残り(勝者)がゲームの面白さやシステムの評価のみで決まる」とピュアに信じている人はいないと分かるでしょうと語った。
一定以上のクオリティを持ったゲームであれば,成功と失敗を分ける要因としてはパブリッシングやマーケティングの割合が大きくなるというわけだ。
そして,パブリッシングやマーケティングには,「スポークスマン」「透明性の確保」「マーケティングのストーリーとバジェット計画」が重要になるという。
最も知られた鉄拳のスポークスマンはやはり原田氏ということになると思うが,鉄拳では「誰が何を発信するか」を意識しているとのこと。近年は,何かが起こったときに沈黙していることが良くない結果につながることも多いので,スポークスマンの重要性は高まっている。
そして,良いことも悪いことも基本発信したほうがいいとのこと。このゲームが売れている/売れていない,この要素は受けない/受けたなどを,しっかりとコミュニティに伝えることが必要になる。
そして,「バズをどう作っていくか」といった部分でも,開発側がどれだけ素材を提供できるかで変わってくるため,鉄拳では開発メンバーもそこまで意識しているそうだ。
対戦格闘ゲームの未来
気になる対戦格闘ゲームの未来について,原田氏は3つのポイントで語った。
1.新しいコミュニティ形成
近年リリースされている格闘ゲームの多くでは,プレイヤーが集うオンラインラウンジが実装されている。これについて原田氏は,ほかのタイトルを見て慌てて作っているといったものではなく,各タイトルの開発者が持っていた意識や構想が,環境の整備によって実現した結果だと解説した。
原田氏は「僕の勝手な夢」と断りを入れつつも,このラウンジをタイトルで分断されているものではなく,共通のものにできないだろうかと話した。まさにゲームセンターや大会のように格闘ゲーム好きが集まり,そこから筐体に座って対戦する……といった空間を作れないかというわけだ。
2.アーケード&ローカル対戦の呪縛から解き放たれた世代
原田氏は,現在人気の格闘ゲームの多くが1990年代に端を発していることを指摘し,「完全新作の格ゲーを作るとしたら,当たり前なんですけど,根本的な作りから変えます」と語った。
原田氏が現在の格闘ゲームにおいて,大きな問題と考えているのが遅延だ。下の画像に描かれているように,ネット接続だけでなく,コントローラと本体間,本体とディスプレイ間など,ありとあらゆるところで遅延が発生している。
鉄拳を含む現在の格闘ゲーム開発は,売れたタイトルのテイストを保たなければならない呪縛があり,そこから逃れられなくて苦しい思いをすることもあるという。
これからの完全新作は,そうった呪縛なしに,アニメーションの作りから格闘ゲームとしてのテンポといったものまで含めて,現在の格闘ゲームにある要素を全部見直したほうが絶対にいいと原田氏は訴えた。
3.AIの進化によって変わるもの
前述のように,原田氏は背景の作成におけるAIの活用に期待していたが,ここで語られたのはプレイヤーAIだ。
鉄拳シリーズはプレイヤーの癖を学習するAIを搭載しているが,原田氏は鉄拳プレイヤーの弟を亡くした方から「弟のAIを残せませんか」という依頼を受けたエピソードを交えつつ,人の想いや人格的なものがAIの形で残せると説明した。
また原田氏は,格闘ゲームの面白さの1つが「同じくらいの腕前の誰かと競い,成長したい」と感じるところにあると指摘する。それを踏まえて「切磋琢磨できる相手って,必ずしも本当に人間である必要あるのか」と語り,進化したAIはいい役割を果たすのではないかとした。
こういったAIは格闘ゲームに限らず,MMORPGのパーティやギルドのメンバーでも活用できるという。メンバーに人とAIが見分けがつかない形で交ざっていて,プレイヤーたちを自然と物語の世界に誘ってくれるような未来に期待しているそうだ。
原田氏は講演の最後に「定年まで10年もないのに,未来を語るのはどうなんだ」としつつも,「ゲームの発展を願っていますし,その礎みたいなところをサポートできたら」という思いを語り,「今後ももうちょっとだけ頑張っていきたいなと思っております」と結んだ。
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TEKKEN™8 & (C)Bandai Namco Entertainment Inc.
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