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[インタビュー]西 和彦氏に聞く「次世代MSX」とは何なのか――目指すのは,ユーザが自分で作り出す“遊び”の世界
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印刷2023/06/17 10:00

インタビュー

[インタビュー]西 和彦氏に聞く「次世代MSX」とは何なのか――目指すのは,ユーザが自分で作り出す“遊び”の世界

 Microsoftとアスキー(当時)によって制定された「MSX」規格最初のマシン「ML-8000」が三菱電機から発売されたのは,今から40年前である1983年のこと。

 日本をはじめ,世界各国(とくに北米や欧州の8bit PCの進出が鈍かったソビエト連邦や中東など)で一世を風靡したMSXシリーズだが,家庭用コンピュータやゲーム機が高性能化していく1990年代に姿を消していった。2006年にFPGAでMSX2を再現した「1chip MSX」関連記事),2020年にスペインのデベロッパによるRaspberry PI 3B+ベースの「MSXVR」が発売されるなど,復古の動きもあったが,いずれも小規模なものに留まっている。

 Microsoftは事業形態が変わり,アスキーの法人的な系譜であるエンターブレインと,名称的な系譜の1つであるアスキー・メディアワークスはKADOKAWAに吸収されて実質的に消滅。KADOKAWAグループのメディア総研・角川アスキー総合研究所と,ドワンゴの技術書レーベル・アスキードワンゴは現存しているものの,往年のファンでさえ“新たなMSX”は望むべくもないと思っていただろう。

 しかし2021年,アスキー出版創業者の1人であり,MSXの立役者でもある西 和彦氏が,かねてより考案していた“次世代MSX”に「もうすぐ」と言及したこと(関連記事)から,状況が大きく動き始めた。第1弾製品である,中国のベンチャー企業が開発したマイコンボード「M5Stack」をベースとしたMSX0マシン・「MSX0 Stack」クラウドファンディングを123%でサクセスしたうえ,巷ではファンメイドの拡張ハードすら発売されている。

※2023年6月17日19:13頃追記:クラウドファンディングのプレッジ発送に関する記述の誤りを修正しました。

 ただ,次世代MSXとして,IoTデバイスである「MSX0」の他,単独のコンピュータである「MSX3」,スパコンである「MSXturbo」が計画されており,しかも各機種で複数形態の製品がリリースされることが予定されていたりと,プロジェクトはまだ始まったばかり。そこで今回,その詳細をうかがうべく西氏へのインタビューを行った。

 詳細とは言ったが,ただ発表済みの情報を掘り下げる話ばかりでは面白くない。そうならないために,かつてMSXユーザであり,西氏が検討しているという「MSX3を用いたシンセサイザ」についても深掘りできそうで,かつMSX市場にいろいろな影響を与えたカシオ計算機との縁があったりもする人物をお呼びした。COSIO氏である。そんな感じでお届けしよう。

黎明期からコンピュータサイエンスに携わってきた西 和彦氏。現在は特定非営利活動法人IoTメディアラボラトリーの特別顧問を務める
画像集 No.013のサムネイル画像 / [インタビュー]西 和彦氏に聞く「次世代MSX」とは何なのか――目指すのは,ユーザが自分で作り出す“遊び”の世界


アスキー立ち上げとMSXの始まり,その舞台裏


4Gamer
 まず基本的なところで,昔のMSXに関するお話をうかがわせてください。そもそも1977年にアスキー出版を立ち上げたきっかけは何だったのでしょうか。

西 和彦氏(以下,西氏):
 当時,(月刊)「I/O」って雑誌に携わっていたんですよ。そこでは皆が仲間だと思ってやっていたんですけど……
(※第三者に関する言及を多分に含むため割愛)
 「チンピラがたくさんいる」と言われてね(笑)。

4GamerCOSIO氏
 (爆笑)

西氏
 それで僕と,塚本(慶一郎)と郡司(明郎)の3人は怒って辞めちゃって,アスキー出版を立ち上げたんだ。

4Gamer
 人間関係的なところが要因だったんですか。媒体の方向性ではなく?

西氏
 いや,それもある。「I/O」は言ってみれば“お子様ランチ”だったわけですよ。悪いとは言わないけど,あそこではコンピュータはオモチャだった。でも,僕はコンピュータは“メディア”だと思ってたから。
 初期のコンピュータは,数字を扱うだけの計算機でした。でも,扱えるものがアルファベットやカタカナ,そして漢字に広がっていくと,計算機以上の使い方ができるようになると考えていたんですよ,

4Gamer
 Microsoftと関係したことなども,そういったメディアとしての発展を見込んでのことだったのでしょうか。

西氏
 いや,Microsoftには,BASICを買付けに行ったんです。「TK-80」(※1)にBASICを乗せて汎用的なコンピュータにしたかったんですよ。それでいろいろ話していたら,他にもいろいろ売ろうという話になったわけです。
 今はM5にBASICを載せているから,やっていることは全然変わってない(笑)。

※1 1976年に日本電気(NEC)が発売したワンボードマイコン。開発トレーニングキットとして発売された。基本的な入出力が備わっているうえ比較的安価(8万8500円。消費者物価指数に基づいて概算すると,現在の15万円程度)。

COSIO氏
 そこからMicrosoftの副社長(ボードメンバー兼新技術担当副社長)になられたんですよね。

西氏
 普通の副社長は誰でもなれるよ(笑)。
 アメリカの会社って,日本の部長ぐらい副社長がいるんですよ。営業担当の副社長,企画担当の副社長といろいろあって,そのうちの新技術担当の副社長だったんです。まあ,本社のボードメンバーはなかなかなれないけどね。

4Gamer
 MSX規格の開発を始めた背景は,どのようなものだったのでしょうか。

西氏
 当時,NECや日立,沖電気などが「うち用のBASICを作ってくれ」と言ってきたんですが,そのたびにコマンドを増やしてくれ,プリンタをサポートしてくれ,ターミナル用だからRS-232をサポートしてくれと.いろいろ言ってくるわけです。毎回ちがうBASICを作ってたけど,ものすごく大変だから,ひとつの規格を作ってIBM PCと一緒に売っていこうと思ったんです。そういったところから,標準化したのがMSXでした。

4Gamer
 構想的にはIBM PCとMSXのハイローミックスだったんですか?

西氏
 IBM PCは16bitで,1000ドル以上(※2)したんですよね。ハイローというか,手に取りやすい安いPCもやろうと。その安いPCの中でも決定版を作ろうとしたのが,MSXだったんです。

※2 1981年に発売されたIBM PCこと「IBM 5150」初代機は,Intel 8088,16KB RAMを搭載し,1565ドルだった。ただし,これはローエンド構成であり,64KB RAMと5.25インチFDDを搭載した2880ドルのモデルや,それに単色ディスプレイ(グリーン)を同梱した3005ドルのモデルが人気を集めたらしい。

COSIO氏
 実際,僕が物心ついた頃,家にあったPCがMSXでした。それを使っていた僕の父親は,MSXを価格破壊してしまったカシオに勤めていたんですけど(笑)。

西氏
 おかげで5社ぐらい撤退しましたよ(笑)。
 でも,それで良かった……とは言えないんだけど,たくさんあり過ぎても駄目だからね。結局のところ,3社ぐらいがバランス良かったんじゃないかな。松下とソニーとカシオ……その頭文字を取って,MSXじゃなく“MSC”にしようかと思ったこともあったくらいです。

COSIO氏
 ちなみに僕が持っていたのは「MX-10」(※3)だったんですよ。MSXって,最初からSSG音源(YM2149)を積んでいたのがすごいですよね。PC-98って最初のやつは音源ボードが付いていなくて。

※3 1985年発売,価格は1万9800円。前世代機・PV-16の仕様を概ね引き継ぎつつ,低価格化したもの。なお,PV-16のベースとなったPV-7は,最初期MSXマシンが軒並み5万円以上の価格だった時代に2万9800円という価格で登場したカシオ初のMSXマシンで,産業能率大学が主導する学習用コンピュータ「SPC mk-II」として採用されたりもした。

4Gamer
 あくまで計算機の延長線上なんですよね。beepしか出ない(笑)。

西氏
 だから,コンピュータはメディアでなきゃいけないんだよ。

COSIO氏
 だけどMX-10ってキーボードがゴムで。今思うと,なんでアレでゲームやプログラミングをしていたんだろうっていう(笑)。

西氏
 酷いよね。せめてマトモなキーボードにしてほしかった(笑)。
 と言っても,これ(MSX0 Stack / M5Stack用のキーボード)もゴム製なんだけど。今はPCからリモートできるから,これで良いかなと。

写真中央がキーボードを装着したMSX0 Stack。この状態でも,左のソニー「HB-101」(持参した筆者私物)とのサイズ差は比べるべくもない
画像集 No.002のサムネイル画像 / [インタビュー]西 和彦氏に聞く「次世代MSX」とは何なのか――目指すのは,ユーザが自分で作り出す“遊び”の世界

COSIO氏
 こんなに小さいと,何でも組み込んで作れそうですよね。

西氏
 それを目指しています。あとゲームもできるようにしないといけないから,カートリッジを挿すためのアダプタも作ってね。
 昔のゲームだけでなく,新しいゲームを作ってもらうために,(インタープリタの)BASICと,BASICコンパイラと,Cのツールをバンドルして。MSXのソフトを作ってもらおうと思っています。

COSIO氏
 そのあたりが今回お聞きしたかったことで,今はIoT系のデバイスっていろいろあるじゃないですか。PICやAVRとか,Raspberry PiやArduinoとか(※4)。
 その実装原語はCだったりPythonだったり,複雑な言語なんですよね。でも,僕は「BASICでやるのが一番ハードルが低い」と思っていて。でもBASICを動かせるデバイスって,たぶん他に無いですよね。

※4 PIC(Peripheral Interface Controller)はMicrochip Technologyが製造・販売するマイコンで,AVRはAtmelが製造していたマイコン。Raspberry PiはARM搭載,ArduinoはAVR搭載のシングルボードコンピュータ。

西氏
 BASICだけだと実行速度が遅いですからね。なので,まずBASICコンパイラを搭載することにして,これで10倍は速くなります。それと,Z80の次に出たR800(※5)というのがあるんですが,そのクロックを700MHzにして。それらで1000倍速くなるんです。

※5 アスキーが開発し,アスキー三井物産セミコンダクタ(当時。現ネットワークバリューコンポネンツ)から1990年に発売されたZ80互換の16bitプロセッサで,動作周波数は7.15909MHz。MSX turbo R(FS-A1ST / FS-A1GT)に採用されたが,VDPがボトルネックとなり真価を発揮できないまま当時の市場から消えていった。ちなみに,これ自体がZ80換算で10倍速駆動が可能なので,上記の計算は「Z80搭載のMSX〜MSX2+と比べると1万倍速い」とも言える。

西氏
 BASICが1000倍速くなったらどうなるか。マシン語に勝てるんですよ。

4GamerCOSIO氏
 (爆笑)

西氏
 今までのプログラムを横滑りさせて動かせる環境としても必要性があるわけです。IoTの言語としてはそれで十分ですし,ゲームを作る言語としても使えますよね。それに,全部のハードで同じプログラムが動くって,良いじゃないですか(笑)。
 まあ,CもPythonも悪いとは思ってなくて,MSX3ではPythonもやろうと思っています。

COSIO氏
 今はオブジェクト指向がやっぱりメインですからね。

西氏
 あとね,「MSX0Pro」っていうのもあるんですけど,これが速い。これだと,さらに100倍速くなる。

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COSIO氏
 CPUは今どきのやつですよね。ARMですか?

西氏
 32bitのARMが2つ入っていて,FPGA(Field Programmable Gate Array)で16bit R800の700MHzが入ってる。

COSIO氏
 IoTで何かしようと思っても,Arduinoとかは案外ハードルが高いですけど,それがBASICで手軽にできるのは良いですね。

西氏
 そうです。そうじゃないと,みんな使わないよ。僕の知ってる人だとね,Arduinoを買いました。箱を開けました。マニュアルを読みました。やめました。……これ,多いよ。

COSIO氏
 本当,そこはハードルが高いですよね。僕の父親はエンジニアだったので,「Arduinoでこういうの作れない?」みたいな相談をしたことがあるんですが,「俺はArduino全然分からない」って言われましたから。

西氏
 Arduinoも悪くないけど,どちらかと言うとプロ向けだから。BASICは古い言語だけど,一番分かりやすい。使いやすいし,行単位で実行できるからステッピングデバッグもやれて,リアルタイムでコマンドを打つこともできる。

COSIO氏
 僕もBASICを学んで,そのあとQuickBASICやVisual Basicに行って,それからCに行くんですけど,Cへの移行がけっこう大変でした。オブジェクティブっていう概念を捉えるのが大変で,そこがハードルだと思うんですよ。

西氏
 それはプロへのハードルで,一般の人はその前で良いと思うんだよね。

COSIO氏
 僕みたいな“なんちゃってソフトウェアエンジニア”でも,IoTデバイスを作れそうな気がしてきますね。

西氏
 そう,作れます。 

4Gamer
 何かしら作りたいものの構想ってあるんですか?

COSIO氏
 そのアイデアはまだ無いんですけど(笑)。

西氏
 いきなり何作るかなんて,ゼロから考えても思い付かないよ。“Lチカ”みたいなところから始めて,その次は気温と湿度だとか,少しずつ広がっていく。
 とりあえず買ってみて,ゲームやってさ。そのうち,なんか付属のセンサーを指してみたら温度を取得できたりして,それをグラフ化してみて,そんな感じだよ。
 すごいよ。24時間の温度グラフなんて,昔はプロの計算機でないとできなかったけど(※6),今はちょちょいのちょいだから。

※6 岩手大学が1971年に農林省から請け負った「256点空間温度計測装置」の開発は,約100万円の予算で,コンピュータを手作りするところから始まったという(関連記事)。

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4Gamer
 物理的に拡張しながらの試行錯誤は,ソフトウェアの中でプラグインを抜き挿しするよりも,直感的で身につきやすいですよね。 

西氏:
 そうです。それに,ファミコンのボタンを100万回押してもプログラミングはできないけど,パソコンのキーボードを1万回叩けばプログラムを作れる。なのに,昔はファミコンとMSXを比べられてね。「MSXはボロだ」とか「ポンコツだ」とか山ほど言われてねえ。辛かったよ。

COSIO氏
 まあ8bitのコンピュータという意味では同じですからね(笑)。

4Gamer
 当時はゲーム機やコンピュータ自体が,あまり理解されていなかったと思うんですよね。それに,ゲーム機側も「ファミリーベーシック」(ファミリーコンピュータ用の周辺機器)とか「SC-3000」(セガ初の家庭用ゲーム機・SG-1000の上位機種)とか,パソコン的な一面を持とうとしていましたし。

COSIO氏
 でもファミリーベーシックは,結局ファミコンの中で閉じちゃうんですよね。プログラミングしても画面に何かを表示させて終わりだったり。コンピュータなら,プリンタに出力したり,センサーをつなげたりできるんですけど。

西氏
 だからファミリーベーシックは売れなかったと思うんですよ(※7)。

※7 ファミリーベーシックの販売台数は,一説によると約40万台。割と多いようにも思えるが,日本で約2000万台,世界で約6200万台を出荷したファミリーコンピュータ/NES(Nintendo Entertainment System)の周辺機器が,国内のみの展開に留まって40万台である。ゲームフリークが「クインティ」の開発に活用するなどポテンシャルはあったのだが,一般のユーザがそこまで使いこなせるものではなかった。

西氏
 僕らが作れば,もっと良くなってたと思うんだけど。マスコミに“敵同士”ってイメージを付けられちゃったからねえ。

COSIO氏
 まあ,マスコミはそういうの好きですよね。

4Gamer(※マスコミ):
 ですよね。


脱線話――ファミ通が任天堂のものになっていた可能性


西氏
 でもね。山内(溥)のおじいさんには,ずいぶん可愛がってもらったんですよ。アスキーの経営が傾いたとき「ファミ通,買うたろか?」と言ってもらったりね。

4GamerCOSIO氏
 (爆笑)

西氏
 当時の年商は40億だったから,その額なら良いですよって言ったんだよ。でも,あの人は「20でどや?」と言ってきてね。間を取って「30なら」と応えたら,「ワシは25しか出さへんよ」って。
 ケチやな〜〜ケチぃ〜〜〜と思ってね,結局は価格で合意しなかった。浜村(弘一)ごと売り飛ばしたろかと思ってたんだけど。

4Gamer
 そうなっていたら,我々(※編集とカメラはエンターブレイン出身)はここにいなかったかもしれません(笑)。

COSIO氏
 ファミ通の方向性も変わっていたでしょうね。PCエンジンとかPlayStationとかの雑誌もある中で,ファミ通って中立的なイメージがあったんですけど,誌名が「ファミコン通信」に戻っていたかも。


肝心要のプラグアンドプレイとBASIC


4Gamer
 MSX規格の特徴のひとつが拡張性の高さですが,そういった仕様にしたのはどのような理由からだったのでしょうか。

西氏
 原点的な考え方はプラグアンドプレイ(※8)。その名前ができる前に,プラグアンドプレイをやったわけ。

※8 例えば電灯のプラグをコンセントに挿し込めば灯りが点くように,「挿すだけで使える」設計のこと。コンピュータの機器接続で用いる言葉としてはWindows 95の機能(Legacy Plug and Play)から広まったが,同様の設計自体はMSXの他,Amiga(Autoconfig)やNuBusなどで,1980年代から存在していた。

COSIO氏
 父親がカシオでエンジニアをやっていた頃,部屋にはZ80につながるセンサーがいっぱいあったんですよ。詳しくは覚えていないんですけど,MSXにつないで何かやっていたんだと思います。

西氏
 電波新聞社が,そういうセンサーキットを出してましたね。
 それを使った人は気付くわけですよ。「いろんなセンサーがつながるにはつながる。でも,プログラムを書かんとセンサーが動かん」と。でも,センサーごとにプログラムをいちいち書いていたら大変だよね。その時点で半分以上の人が使うのをやめてしまう。
 ユーザーが一番楽なのは「挿し込んだら動く」ということですよ。だから,センサーをつなげると,ドライバもインストールされるようにしようと思った。それがプラグアンドプレイ。
 MSXと同じようなコンピュータで,ソードの「m5」(※9)があったけど,それはROMを動かせるだけでI/Oはつなげられなかった。

※9 1982年に4万9800円で発売されたホームコンピュータ。Z80を搭載していることや,カートリッジでソフトが供給されたことなどはMSXに似ている。なお,PV-7に関して「SPC mk-II」として採用した旨を先述したが,その先代にあたるのがこのm5の廉価版である「m5 Jr.」。
 ちなみに,タカラ(現タカラトミー)が1982年に発売したゲームパソコン「M5」は,m5の筐体プリントや同梱物を変更しただけで,実質的に同じもの。


COSIO氏
 どういう信号を送ったらいいか分からないから,プログラムのしようがないですよね。オシロスコープを使って解析するしかない(笑)。

西氏
 そう,TIのやつ(※10)もそんな感じだったね。

※10 Texas Instrumentsから1981年に発売された「TI-99/4A」。ホームコンピュータとしては初めて16bit CPUを搭載,音声合成機能をモジュールで追加可能,外部機器のプラグアンドプレイに対応……と革新的ではあったが,ソフトウェアやハードウェアの仕様が非オープンだったため,シェア争いに敗北した。トミー(現タカラトミー)の「ぴゅう太」は設計が極めて近い実質的な兄弟機。

西氏
 それが駄目だったとは言わないけど,僕らはプラグアンドプレイで“コンピュータを便利にしたい”と思っていたんだよね。だから,今でもMSX0でプラグアンドプレイをやってる。

COSIO氏
 MSX0にはGrove(※11)のセンサーがつながるんですよね。

※11 中国・Seeed studio(深圳矽递科技)が開発・販売しているセンサーモジュール群。

西氏
 それを使って,どんなプラグアンドプレイができるか。今,僕の頭の中はそればっかり(笑)。

COSIO氏
 サーボモーターをつないで動かしたりも?
 
西氏
 それもやってますよ。この辺に,かわいそうなモーターの残骸があったような……。

かわいそうなLEGO(Technic) 5292番の「RC Race Buggy Motor」
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COSIO氏
 これまでは,簡単なやり方でもArduinoを使う必要がありましたけど,それがBASICで使えるわけですよね。

西氏
 そう,Arduinoの開発システムをいじらなきゃならなかった。動かしたいのはモーターなのに!

4Gamer
 いわゆる「欲しいのはドリルじゃなくて穴」ですね。

COSIO氏
 しかもArduinoのGPIO(General Purpose Input/Output)からモーターを駆動するボードを自分で作らなきゃいけない。既製品もあったりはしますけど。
 MSX0を調べていたら,その辺りを知って久しぶりに電子工作をしてみたくなったんですよ。小型コンピュータと言ったらRaspberry PiとArduinoが二大巨頭ですけど,それに続く勢力を狙えそうですよ。

西氏
 そんなに大それたことは思ってないんですよ。一番は,IoTのセンサーとプラグアンドプレイ。手軽に動くのが良いですよね。東大で5年間研究して,それをIoTの進展にとっての鍵だと強く思うようになったんです。
 なのに,BASICは60年前の言語だからダメだとか言う人もいるんですよ。
 でもスパコンなんて,今でもFORTRAN。70年前の言語だよ。まして日本語なんて1200年前!
 だから古いとか新しいとかじゃない,“手軽に使える”っていうのが,今のコンピュータにおける新しい価値観じゃないか。そう思ったりもしている。

COSIO氏
 その時々で使いやすいものを選べるように,いろいろな選択肢はあった方が良いですよね。

西氏
 Arduinoは出版も悪いんだよ。本当の初心者向けに分かりやすく書いた本があるかといったら,そんな本は売れないから出ないわけです。
 それでさ,デアゴスティーニのやつみたいに,MSXで毎月何かが届くのをやりたいんだ。バージョン1は“ゲームを作る”,バージョン2は“IoTをやる”。

COSIO氏
 月刊MSX(笑)。

西氏
 MSX0ベースで3回くらい,MSX3ベースで3回,そしてMSXturboで1回。決め打ちで!

COSIO氏
 あと,昔のMSXで良かったのが,スペックが全部公開されているところだと思うんですよ,例えばメモリアドレスが分かるので,マシン語でそこにアクセスできて,画面の描画を直接行えたり。そういうリファレンスみたいなものを出される予定ってあるんですか?

西氏
 それも誰かに出してほしいね(笑)。
 そこまでやってる時間が無いんだよ。最近は朝起きてから夜寝るまで,MSXと破産のことをずっと考えてるから。



「次世代MSX」を実現に向けて動かし始めた経緯とは


4Gamer
 「次世代MSX」の構想は前々からあったそうですが,近年になって製品化に動き出したのは,なぜなのでしょうか。

西氏
 僕はIoTメディアラボラトリーの前,東大でIoTの研究をしていたんですよ。でも65歳で定年になりましてね。
 国家公務員だから……酷くない? それで泣きながら出ていったんだよ。

COSIO氏
 今だと再雇用があったりしないんですか?

西氏
 70歳まではゴミ掃除とかで残してもらえるんだけど,そんなん嫌やんか!
 だから,ラボごと全部出てって,ここで店を開いたんですよ。やるとなったら,これで食べていかないといけない。なので「作って売っていこう」と,そんな感じなんですよ。

COSIO氏
 逆に,大学に在籍していたら製品を開発してもなかなか売り出せないですよね。

西氏
 生協でしか売れないね(笑)。
 最初のDEVCON(関連記事)は東大の教室でやったんだけど,そしたら東大から「商売すんなら外でやれ」と言われたんですよ。本郷ではダメだって。やっぱ酷くない?

COSIO氏
 なかなか難しいところですよね。大学の体制というか……外の企業と組んだりしないと。

西氏
 我々みたいなアングラ企業はダメなわけ(笑)。 
 大学で金儲けしてもええやんって,そう思うんだけどね。

4Gamer
 「MSX0 Stack」のクラウドファンディングはサクセスしましたけど,次の「MSX0 Stick」が遅れているとか。

西氏
 センサーが決まらないんですよ。10種類入り,20種類入り,40種類入り,80種類入りとあって。40種類のは既存のセットを流用するんだけど,プラス40を何にするか。
 あとね,MSX0 Stickは使ってみて分かったんだけど,電池がすぐなくなる。だから2200maのバッテリーも用意した。
 さらに小さい「MSX0 Stamp」も作っていて,それは海洋堂のフィギュアに入れちゃおうと思ってるんですよ(関連記事)。

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40種類のセンサーが入ったセット
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開発中のMSX0 Stampと,バッテリーを装着したMSX0 Stick(中央)

COSIO氏
 Stampの小ささだったら,なおさら何にでも入りますよね。夢が広がるなあ。

4Gamer
 個人的には,これと加速度センサーやジャイロセンサーを使って「HaritoraX」「mocopi」みたいな物を,より安価で作れたらVR方面で需要があるんじゃないかと思っていたりします。

COSIO氏
 ヤマハの「Miburi」(※12)が復活できるかもしれない。

※12 1995年に発売された,“センサーの付いたウェア”を用いて演奏する電子楽器。音階を演奏できる「S3」(34万円)と,パーカッション主体の「R3」(基本セット:24万5000円)といった2種類が発売された(公式の紹介動画)。

西氏
 いろいろ遊べますし,80種類もセンサーを扱ったらね。もう,即就職できるよ! 今はもう,「Pythonでプログラムを書けます」と言っても,それだけじゃ選ばれないからね。

COSIO氏
 Pythonは需要がありますけど,そのうえでコンピュータだけでなく,センサーやデバイスも使おうっていう発想になるかですよね。今はハードウェアエンジニアがいないので,僕の父親もカシオを退職して「ゆっくり過ごしたい」と言っているんですが,いろんなところから「設計してくれ!」って声を掛けられるそうです。

西氏
 「手に職がある」って強いんだよ。でも,ファミコンのボタンばかり押していた人が何の職があるか。それはファミ通とかのライターになるしかない。

COSIO氏
 それ,この人です(笑)。

4Gamer
 シバくぞ?(素)
 まあ,今だとプロゲーマーやストリーマーみたいな道もあったりはしますが,それはそれで狭き門ですしね。

西氏
 プロゲーマーなんか1万人に1人とかでしょ。この行き先の無さはね,いかにゲーム雑誌がゲームユーザを使い捨てにしてきたかですよ。

4GamerCOSIO氏
 (爆笑)

西氏
 でもね。このセンサーを使えるようになったら,ものすごく世界が広がるよ。
 子供は,コンピュータで温度を測りたいとか明るさを測りたいとか,山ほど考えるんだよ。でも,「できない」と思ってだんだん夢を捨てていく。もったいない!
 だから,プラグアンドプレイのセンサーをつないで,いろいろ試していくことこそ,“究極のゲーム”だと僕は思っています。あともう1つ,ゲームの入力がボタンじゃなくて,速度だとか音だとかに変わったら,楽しいと思いません? 

COSIO氏
 今だと加速度センサーが入っていたりもしますけど,メインではないですからね。

4Gamer
 仕様に引っ張られて,本末転倒な「コントローラの機能を使うためのゲーム」になっていたりもしますよね。その一方で,今の子供達は「Minecraft」で作ることを楽しんでいたりもしますから,「センサーで遊ばせる」でなく「センサーで遊ぶ」になったら使い方が変わってくる気はします。

COSIO氏
 Minecraftにしても画面の中で完結する遊びですけど,それが物理的なものとして作れたら,すごく勉強になると思います。

西氏
 お風呂が沸いたのを知らせるシステムを作って親に褒められたとか,そういう経験がエンジニアになろうとする動機だったりするんだよね。そんな経験を家庭でたくさんできるようにしたい。

COSIO氏
 そういうのって,今だとちょっと遠ざかってますよね。

西氏
 PlayStation 5を買っても,そこで終わりなんだよ。LEGOやMinecraftみたいなものを,電子工作とあわせて工作一般に広げられたら,もっと楽しい遊びになると思ってます。

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「MSX3を使ったシンセサイザ」とは?


4Gamer
 Twitterでお話されていた「MSX3を使ったシンセサイザ」という構想について,詳しくお聞かせください。

西氏
 まず,「MSX Audio Engine」というのがあるんですよ。これはMIDIを使えるFM音源なんですが,それを10台くらいスタックして,強力なシンセサイザーを作りたいんです。


COSIO氏
 音源としてはFMがメインになるんですか? 今だと,だいたいソフトウェアで音源を実装しますから。それにスタックするというのも意外です。

西氏
 “FMの次世代”の,ごっついシンセサイザを作りたいんだよね。ハードウェアのイメージとしては,FPGAでシンセサイザを作って,切手みたいに並べるんですよ。
 16個も並べたらね,すごいよ? VOCALOIDでも何でもできるよ。

COSIO氏
 通常の発想で言うと,SHARC DSP(※13)を使うという選択もあったと思うんですけど。

※13 米・Analog DevicesのDSP(ざっくり言うと単純計算向きのCPU)で,「Super Harvard Architecture Single-Chip Computer」を略した名称。ノイズキャンセリングやミキシングといった音声処理に長けており,オーディオ機器やカラオケ機器,電気自動車のESS(エンジン音合成システム)など,さまざまな用途で使われている。

西氏
 SHARC DSPは,音声合成というか,音場に向いているからね。
 なんか知らんけど,映画用に1個20万円とか30万円とかの,高価なデコーダのアンプがあるじゃないですか。でも,DSPの基板で済むなら,それが良いでしょ(笑)。

COSIO氏
 DSPは基本的にコンボリューション計算に強いですからね。だから全部はDSPでやらずに,音源の生成はFPGAがやって,フィルターの部分をDSPがやるわけですか。確かに,理にかなっていると思います。
 フィルター処理ってCPUに載せると,けっこう大変なんですよ。だからファミコンやPlayStationみたいな昔のゲーム機にはフィルターが付いていなくて,それがシンセサイザーとの決定的な違いだったりするんですけど。

西氏
 ゲーム機の音は下品だよな(笑)。

4Gamer
 “ワイルド”なんです(笑)。

COSIO氏
 昔のゲーム機はオシレーターの音がむき出しなんですよね。アナログフィルターを付けると,単純に部材の値段が上がりますし,制御ラインも作らないといけないから,どんどんコストが上がっていく。そこで「それだけの効果があるの?」って言われたら「無くても良いっすかね〜」みたいな。
 PS2以降になると,「そんなのソフトでやればいいじゃん」ってなるんですけど,その頃になると「フィルターってどうやったら作れるんですか?」とか言われて。

西氏
 デジタルフィルターのアルゴリズムを実装するだけで大変だよね。実装して,効率よく動かすだけでも一週間くらいかかるよ。
 だから,誰かの書いたフィルターを持ってきて自分のプログラムに使わないといけない。でも,それも嫌じゃん(笑)。

COSIO氏
 今はもう「フィルターが要る」という概念すら無くなってきていて,「WAVファイルを再生すれば音は鳴るでしょ? それで何が不満なんですか」みたいな。WAVの音楽感を表現するためのものがフィルター処理なんだよと(笑)。
 まあ,サウンドミドルウェアでフィルター処理をやってくれたりもしてくれるんですが,ソフトウェア実装なのでハードウェアのシンセサイザーとはちょっと違うんですよ。
 MSX3にフィルターが載るなら,それは(単なる音源でなく)「シンセサイザーが載っている」のと一緒なので嬉しいですね。僕の夢は自分でハードウェアのシンセサイザーを作ることなんですけど,そのFPGAとDSPで組んでみたい気がしてきました。

4Gamer
 どういう物になるんでしょうか。KORGの「OPSIX」みたいな方向性ですか?

COSIO氏
 FM音源なのかは悩みどころですけど(笑)。

西氏
 まあ,いろんな面白いことができると思うよ。でも「シンセサイザー作りたい」と言ってもね,ただ考えているだけじゃ何もアイデアなんて出てこなくて,それは実際に触っていくうちに湧いてくると思う。
 やっぱり紙に書いて想像するだけじゃ設計はできないよ。想像力の限界があるもの。

4Gamer
 作りながらのスクラッチ&ビルドでこそ見えてくるものってありますよね。

COSIO氏
 それに,思い付くようなシンセサイザーって,もうだいたい出ているんですよ。その中で,この機能と,あの機能が両方入っていたら良いなと思ったりして,そこで「じゃあ自分でやってみるか」ということになってくるんじゃないかな。

 

ゲーマー的に期待したいのは,やっぱりゲームの対応


4Gamer
 我々はゲームメディアですので,やっぱり気になるのがゲームへの対応です。読者にも気になっている人は多いかと思うのですが,その辺りはどのような構想があるのでしょうか。

西氏
 その辺は主にD4エンタープライズさんに任せています。FPGAだから,MSXだけじゃなく他のハードもエミュレーションできるんですよ。それらのソフトを提供するのに,良い場所にいるのがD4エンタープライズ。

COSIO氏
 ファミコンのソフトが動いたりもできなくはない(笑)。

西氏
 ファミコンをサポートするかは分からないけどね。いろいろレトロコンピュータを買ってる人もいるけど,一台買って全部エミュレーションしちゃえば良いじゃん?
 でも奴ら,Switchに尻尾振ってるから!(笑)

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 D4エンタープライズは本日,Switch向けレトロゲーム配信サービス「プロジェクトEGG for Switch(仮)」の開発が始まったことを発表した。Switch版プロジェクトEGGでは,現在PC向けにサービス中の「プロジェクトEGG」で配信しているタイトルを,可能な限り配信していくという。

[2023/03/24 12:53]

COSIO氏
 今のプラットフォームとしては,Switchが一番売れてますからね。

西氏
 そう。だから,そういうのと競争はしない。したってダメなんだよ。
 昔のROMを持っている人は吸い出して遊べばいいけど,そんなもん持ってない若い人はEGGにお金を払ってダウンロードしてさ。ダウンロードしちゃえばこっちのもんだから。

画像集 No.003のサムネイル画像 / [インタビュー]西 和彦氏に聞く「次世代MSX」とは何なのか――目指すのは,ユーザが自分で作り出す“遊び”の世界

COSIO氏
 「X68000 Z」とはコンセプトからして別なんですね。

西氏
 あっちはあっちでやりゃええよ。ユーザのカテゴリが全然ちがうと思うしね。

COSIO氏
 そうなんですか?

4Gamer
 あくまで感覚的なところですが,ハードを叩き回すのがMSXユーザ,ソフトウェアを使い倒すのがPC-88やPC-98ユーザ,それらの中間がX68000ユーザという雰囲気ですね。遠くはないものの,別ではあります。

COSIO氏
 僕もPC-98からの流れでWindowsのソフトシンセに行ったので,確かにそうかもしれないですね。

4Gamer
 ゲーム開発に向けたサポートなどは検討されているのでしょうか。

西氏
 MSX3からどんどんやっていく。MSXやMSX2のゲームを作れるツールを,タダでアップしていこうと思っていて。
 「吉田工務店」「吉田建設」「吉田コンツェルン」(※14)っていうソフトがあったんだけど,ああいう感じのを。

※14 開発:MSXマガジン編集部,販売:アスキーでリリースされた,ソフトベンダーTAKERU専売のソフト。順にMSX2向け(1988年),MSX2+向け(1989年),その機能強化版(1990年)。ちなみに開発者の吉田哲馬氏は,MSX2用ソフト「アクションRPGコンストラクションツール Dante 2」にも携わっており,シリーズ的な系譜は現在の「Maker」(ツクール)シリーズに受け継がれている。

4Gamer
 コンストラクションツールですね。

COSIO氏
 その実装言語もBASICなんですか?

西氏
 まだ決まってないけど,これもBASICが良いと思っているんだ。

COSIO氏
 UnityはJavaとC#で,Unreal EngineはC++なんですよね。コンストラクションは手軽なんですけど,中身を書こうと思うとハードルがちょっと高いので,そういうものをBASICで書けたら,ハードルがけっこう下がる気がします。BASICだったら僕も使えますし。

西氏
 Cなんて思い出すだけで時間が経っちゃうよ(笑)。
 BASICなら,うまくいけば機器の接続くらいは3時間くらいでやれちゃうわけだ。

COSIO氏
 CやPythonって,基本的にはAPIを叩く言語なので,APIリファレンスを見たり,関数の仕様を調べたりしないといけない。これに時間がかかるんですよね。
 BASICはコマンドが限られているので,基本的なものは丸暗記できちゃうんですよ。だから,書きたくなったらリファレンスを見ずに書けるのがBASICのいいところです。やろうと思えばマシン語にもアクセスできますし。

4Gamer
 私は昔,ちょっとJavaエンジニアをやっていましたが,BASICの開発もやってみたくなってきますね。「プチコン」シリーズは工夫しようと思うと微妙にハードルが高いので,プレイ専用になっていたのですが。

西氏
 Javaより簡単だよ(笑)。

COSIO氏
 プチコンだと,Joy-Con以外のセンサーはつなげられないですしね。

4Gamer
 3DSがマジコンで大きな打撃を受けた経緯はあるにしても,Switchはユーザの遊ぶ余地が狭い閉鎖的な設計だと,個人的には感じるところで。

西氏
 あくまで任天堂はビジネスとしてやっているわけだ。それはそれでしょうがないし,批難はできない。でも,自分で蓋を開けて,ハードを切り刻んで何でもできるのがMSX。なんでもどうぞ!

4Gamer
 近年のインディーズゲームのイベントって,当然ながらSwitchなどに進出するタイトルが花形で,MSX向けのゲームを出展されている数名の方々は“奇特な趣味人”的な雰囲気でしたが,そのバランスも変わってくるかもしれないですね。

西氏
 MSXの新しいハードって,ほとんど誰も作ってこなかったけど,MSX3がバーッと売れたら,ソフトの市場も復活すると思うんですよ。
 というか,ゲームメーカーがゲームを作って売るというビジネスモデルだけでなく,面白いものを作りたいと思う人が手軽に作ってすぐ発表できる,そういう新しい楽しみ方が増えると思うんです。

COSIO氏
 MSX3なら,インタフェースのレベルからゲームを開発できますよね。今のコントローラって,結局のところは「販売されているものに自分が合わせないといけない」じゃないですか。

4Gamer
 インディーズのロボットゲームには,未だ「鉄騎」のコントローラが使われていたりしますからね。それを自分で作れる。

西氏
 自分が好きなようにできるって良いよね。

COSIO氏
 語弊を恐れずに言うと,僕らは任天堂が「十字キーとボタンで操作しろ」と言うから,それで遊んでいるわけですよ。

西氏
 それがIoTの時代では多様化するんだよ。指にはめたり,手を振ったりすることで操作できる。

COSIO氏
 シンセサイザーの世界でも,鍵盤を“使わされている”んです。MSXのシンセサイザーに関しても,そこに期待したいですね。鍵盤じゃなくても良いんです。

西氏
 ただ,やっぱり「MSXはゲーム機なのか?」とは言っていきたい。ゲームもできるけど,IoTもできる。それをしっかりやりたい。

4Gamer
 いわゆるゲーム機ではなく,もっと広い意味での「遊び」を実現するためのマシンという感じですよね。

西氏
 ゲーム機って,どんどん複雑になっているでしょ。
 でもUnityとかUnreal Engineとか,すごく複雑なツールを使って景色を綺麗にしても,結局やることはボタンを押して敵を殴ってでしょう。あれ,おかしいと思うんだよね。
 僕らの時代のケンカはね,山ほど口上を述べてから始まるわけ。でも最近の子供達のケンカって,すぐ殴るんですよ。なんでかって,ゲームですよ。すぐにボタンを押さないと負けるって学んじゃっているんだよ。

4Gamer
 ゲームのせいで短絡的になるというのは,私は立場的にも主義的にも賛同はしかねますが,それはそれとして現代のコンテンツはグローバルなのに個人で完結できるものが多いので,個人のエゴが押し出されやすくなっている印象はありますね。だからこそクリエイターが個人活動できていたりもするわけですが。

西氏
 なので,それが悪いと言うつもりも無いんだけどね。そこに新しい楽しみ方を持ち込みたいじゃない。
 実現できるのは,やっぱりインターフェイスじゃないかと思っているんですよ。IoTのインターフェイスを使うことで,今までとはちがう新しい遊びを作れるんじゃないかと。

MSX0 Watch」など,さまざまな形態での提供が検討されている
画像集 No.010のサムネイル画像 / [インタビュー]西 和彦氏に聞く「次世代MSX」とは何なのか――目指すのは,ユーザが自分で作り出す“遊び”の世界 画像集 No.011のサムネイル画像 / [インタビュー]西 和彦氏に聞く「次世代MSX」とは何なのか――目指すのは,ユーザが自分で作り出す“遊び”の世界


「MSXturbo」とは――“MSXスパコン”ってマジ?


4Gamer
 現状,露出情報が比較的少ない「MSXturbo」ですが,どのようなものになるのでしょうか。

COSIO氏
 turboっていうのは,スパコンなんですよね?

西氏
 イメージとしては,グラフィックスボードにたくさん入っているCPUを,メインにしちゃうんですよ。NVIDIAのグラボってGPUが1万個も入ってるんですよ(※15)。じゃあ,それがメインCPUでいいんじゃないかと。

※15「GeForce RTX 3080 Ti」のCUDA Core数は10240基(関連記事)。

4Gamer
 今はシンプルな処理速度の面でCPUよりもGPUの性能が求められがちで,ある意味“仕方なく”使っている場面もありますけど,それを元に戻すような感じですか。

西氏
 それでさらに,1万GPUも載せるんだ。ものすごいことができるよ。

4Gamer
 そう言われて思いつくのは,AIでの利用ですね。あるゲーム会社の人から,情報機密性に関する懸念でChatGPTの利用が規制されているという話を聞いたのですが,そういったシステムが簡易でも社内で完結できたら,助かるところは多いのではないかと。

西氏
 Microsoftはそのうち,GPT-4をオープンソースにすると思うんだよね。便利さでズブズブにして,抜けられないようにしようと考えているはず。

COSIO氏
 BingでGPT-4をめっちゃ推してますしね。規格化して,1つのプラットフォームにするというのはMicrosoftがやりそうな気がします。

西氏
 絶対やるよ。それで,差別化して「こっちに来い」っていう企業も出てくる。でも,そういう競争も付き合ってられないからね。
 そんなことよりIoTをしっかりやる。ゲームプラットフォームだったり,バーチャルリアリティだったりも含めてね。個人のレベルでいろんなものが作れるのって,すごく良いでしょう。MSXturboなら,今までだったらあり得ないようなことができますよ。

4Gamer
 今後について,どのような展開を予定しているのでしょうか。MSX3は遅れるとのお話もありましたが。

西氏
 クラウドファンディングは,MSX0だけで6回やろうと思っています。MSX3は,考え中のやつも含めて5回。MSXturboは3回

MSX3の第2弾として予定されている,カートリッジタイプのMSX3。これを下のHB-101や1chip MSX(こちらも筆者私物)などに挿し込めば,マシンをMSX3として利用できる
画像集 No.012のサムネイル画像 / [インタビュー]西 和彦氏に聞く「次世代MSX」とは何なのか――目指すのは,ユーザが自分で作り出す“遊び”の世界

※記事掲載時点で最新の予定は以下の通り。

COSIO氏
 やっぱりスパコンはハードルが高めなんですか。

西氏
 1台500万円の機械を100台売らなきゃいかんのよ。5億円のクラウドファンディングだよ!
 ファンディングのプラットフォーム的にやれるのか分からないけど,募集期間も1年で考えています。

COSIO氏
 スパコンって基本的には1000万円とか1億円とかのオーダーなので,500万で使えるスパコンを買えるなら,会社やってたら確かに1台くらい欲しくなりますよね。

西氏
 そう,ベンツ一台分の値段でスパコンが手に入るんですよ。
 任天堂はそのうち,次のSwitchを出す……名前は「スーパーSwitch」だと僕は思うんだけどさ。略して「スースイ」ね。でも,2万円とか3万円とかのハードでやれることなんて,限度があるじゃない。
 MSXturboにPCI-Expressのスロットがあったらさ,誰だって(GeForce RTX)4090を挿したくなるでしょう! 今は高いけど,次のやつが来たら安くなってヤフオクとかメルカリとかに出るわけですよ。それを買えばいい。
 それに,普通のスパコンはFortranなんだからさ,MSXturboもBASICでコロっと動くんじゃないかな。

COSIO氏
 BASICで動くスパコンなんて無いですからね。スパコンのハードルも一気に下がりますよ。しかもMSX0で作ったコードがそのまま動くわけですから。

4Gamer
 最後に,読者へのメッセージをお願いします。

西氏
 とりあえず……買ってみてくれ!
 一台買ったら,すごくイマジネーションが広がるよ。実装も簡単にできるしね。

画像集 No.001のサムネイル画像 / [インタビュー]西 和彦氏に聞く「次世代MSX」とは何なのか――目指すのは,ユーザが自分で作り出す“遊び”の世界



 筆者は取材の前,「次世代MSX」を定義するものが何なのか,正直なところつかみあぐねていた。旧MSXをエミュレーションするM5Stackなのか。M5Stack向けのBASIC実行環境なのか。外部モジュールを付け外しできるプラグアンドプレイ構想なのか。マイコンからスパコンまでの共通規格なのか。

 しかし,話をうかがって感じたのは,そういった条件すべてを包括しつつ,それらに依存しない,いわば「概念」のようなものということだ。「ミニ系ゲーム機」「M5Stackを使った電子工作」「ArduboyやPlaydateなどの小型ゲーム機」といった特定の視点から追うだけでは理解しきれず,全体像を把握してから構成に気付く,一種のパラドキシカルな概念だ。

 そこから考えると,SNSなどで散見する「次世代MSXは何をするものなのか,よく分からない」といった声への答えも分かりやすい。「何をしても良いので,その答えは無い」のだ。西氏はSNSや他誌のインタビューなどで「MSXはゲーム機ではない」と,たびたび言及しているが,それも否定ではなく「MSXはゲーム機“としての価値だけ”ではない」マシンと捉えるべきだろう。単にゲームを卑下しているなら,カートリッジのアダプタなど作らないはずだ。

 次世代MSXは,ゲーム機として使っても,電子工作に勤しんでも,プログラミングを楽しんでも,データの解析にぶん回しても,楽器として使っても,昔のMSXが復活したと思っても,新しいコンピュータの様式だと思っても良い。むしろ,その多様性こそ「かつてのMSXの延長線上にあるもの」と言える。

 あえてゲームメディアとしての見方で言えば,まとまった数の「BASICを動かせるハードウェア」が出回ることになるため,ソフト市場としての魅力を少なからず見出だせるのも興味深い。ユーザが限定的なPlaydateとも,ファンコミュニティでの活動に留るプチコンなどとも異なる,未知のプラットフォームが現れるわけだ。

 ハル研究所の「PasocomMini」関連記事)やX68000 Zには「あの頃のマシンを改めて扱える」面白みがあるが,次世代MSXが目指すのは未知の世界だ。そのため「これは絶対に成功する」とも,「往年のファンが楽しめる」とも言えない。ただ「未知だからこその面白さは絶対にある」とは言える。最初から見えている“答え”に飛びつくのではなく,自分自身にとっての“答え”を探し求める人ならば,次世代MSXハードを買って後悔することは無いだろう。いろいろと触っているうちに,自分だけの“遊び”が見えてくるはずだ。
  • 関連タイトル:

    MSX 3

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