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PlayStation Mobileとは何だったのか。スマートデバイスとインディーズ開発者取り込みを狙ったSCEの敗因を西田宗千佳氏が分析
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印刷2015/03/25 00:00

業界動向

PlayStation Mobileとは何だったのか。スマートデバイスとインディーズ開発者取り込みを狙ったSCEの敗因を西田宗千佳氏が分析

 PlayStation Vitaと共に発表され,ソニー・コンピュータエンタテインメントのスマートデバイス戦略において一翼を担うはずだった「PlayStation Mobile」が,期待に応えることなく2015年7月に終了する。「漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち」や「PlayStation 4ができるまで -日本発売までの367日間」(※いずれもAmazonアソシエイト)の著者であるフリーランスジャーナリストの西田宗千佳(にしだ むねちか)氏に,同社がPlayStation Mobileに込めた狙いと,それがなぜ失敗に終わったのかについてを語ってもらった。

2015年3月24日時点でのPlayStation Mobile 公式Webサイト
画像集 No.002のサムネイル画像 / PlayStation Mobileとは何だったのか。スマートデバイスとインディーズ開発者取り込みを狙ったSCEの敗因を西田宗千佳氏が分析
 2015年3月11日,ソニー・コンピュータエンタテインメント(以下,SCE)は,「PlayStation Mobileでのコンテンツ配信を7月15日で終了する」と発表した(関連記事)。
 PlayStation Mobile(以下,PSM)は,「PlayStation Suite」として2011年1月に発表されたSCEのアプリケーションプラットフォームで,コンテンツ配信がスタートしたのは2012年10月のことだった。それから2年半ほどの期間で,PlayStation Vita(以下,PS Vita)向けを中心に423タイトル(※2015年3月24日時点)のアプリが登場してはいたものの,結局,強い盛り上がりは作れないまま,ビジネスを終了することになる。

 では,PSMのことを知っていたゲームファンはどのくらいいるだろうか? PS Vitaのゲームを毎週熱心に追いかけていたような人でないと,「知らない」人の方が多いのではないだろうか。PSMの問題点はまさにそこにある。最後まで問題点を明確に改善できず,また,初手からの戦略のブレが解消できなかったからこそ,PSMはメジャーなプラットフォームになれずに消えていくことになるのだ。
 本稿では,そもそもPSMはなぜ生まれたのか? そして,本来の狙いはどこにあり,それがどうなってしまったかを総括してみたい。今回の失敗を分析することが今後の「コンシューマ機とスマートデバイス」の関係を考える上で,なかなか示唆に富んでいると,筆者は感じているからだ。


PS Vitaとともに生まれた,SCEの「モバイル戦略の武器」


PlayStation Meeting 2011で発表されたPlayStation Suite。発表を担当したのは,スクリーン手前に写っている平井一夫氏(当時SCE社長)だった
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 PSMがPlayStation Suiteと言う名前で発表されたのは,2011年1月27日のことである(関連記事)。この日,SCEは「PlayStation Meeting 2011」と題した戦略説明会を開催し,次世代に向けたモバイル戦略の発表を行った。ここでPlayStation Suiteとともに発表されたのは,開発コードネーム「NGP」(Next Generation Portable)と呼ばれていたPS Vitaであり,つまり,PlayStation Suiteは,PS Vitaとともに,SCEのモバイル戦略の一翼を担う存在という位置づけだったのだ。
 ちなみに,計画を主導した当時のSCE社長は,現ソニー社長兼CEOである平井一夫氏である。

 当時から現在に至るまで,携帯型のゲーム専用機プラットフォームを持つ企業にとっての課題は,スマートフォンやタブレットなど,「汎用OSを使うスマートデバイスとの競合について,どう対策するか」ということだった。
 やり方は2つあり,1つめは,主に操作性と画質面における「ゲーム特化型設計」による差別化だ。王道ではあるが,それだけで戦えるものでもない
 そこでSCEの採った2つめの策がPlayStation Suite,後のPSMだったわけだ。PSMの考え方は,増え続けるスマートデバイスの中に「PlayStationプラットフォーム」を作ってしまう,というものだった。

 当時平井氏は,筆者とのインタビューにこう答えている。「最大の魅力は,あえてAndroidの世界にPlayStationが出て行く,ということ。世界中に何千万台とあるAndroid対応のハンドセット(スマートフォン)の数を生かそうと考えている」(平井氏)。
 つまりSCEはこの時点で,PSMという仮想マシンプラットフォームを開発し,それをAndroidとPS Vita上で展開することにしたのだ。これがプラットフォームとして機能し,それに向けたゲームを開発してもらえるようになれば,Androidスマートフォンが増えれば増えるほど,SCEがビジネスを展開できる相手が増える。スマートデバイスの数にゲーム専用機で対抗できないならば,取り込んでしまおうという戦略に出たのである。
 リリース当初,PSMが対応するプラットフォームはAndroidとPS Vitaのみ(※後にPlayStation Vita TVが追加された)だったが,SCE内部ではPlayStation 3(以下,PS3)への対応も検討されており(関連記事),また,Android以外のOSに対応することすら,否定されるものではなかった。

 PSMの提供と同時に行われた重要な施策が,デベロッパとの関係の見直しだ。スマートデバイス向けのアプリストアでは,旧来からあるゲームメーカーだけでなく,個人や小さなチームによるデベロッパ,つまりインディーズゲーム開発者の動きが活発だった。小規模なアプリが増えることになるスマートデバイス向けでは,彼らの協力が欠かせない。
 AppleやGoogleが個人の開発者にもアプリストアでのビジネスを開放したように,SCEもPSMで,個人開発者へと門戸を開いた。これが「PlayStation Mobile Developer Program」である。Web経由で誰もがデベロッパ登録を行え,最終的にPS Vitaで動作するゲームの販売を行えるようになる。
 ライバルであるスマートデバイスのやり方にならい,彼らの懐に入り,スマートデバイスまでを取り込もうという戦略が,PSMの本質であった。


当初から続いた「ボタンのかけちがい」

インディーズゲーム開発者を引きつけられず


Xperia Playはゲームパッドを装備していたAndroidスマートフォンで,PSM対応がウリのひとつだった
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 前段の説明に違和感を覚えた人がいるかもしれない。「あれ,確か最初は,初代PlayStation(以下,PS1)のゲームがスマホで動くって話じゃなかったっけ」と。
 そのとおり。PSMが発表されたイベントでも,PS1用のタイトルを遊べることが強調されていた
 実際にPSMが搭載されたソニーの第1世代AndroidタブレットであるSony Tabletシリーズ(2011年9月発売)では,「I.Q FINAL」や「みんなのゴルフ 2」など,少数のPS1向けタイトルが遊べることがアピールされていた。2011年3月に世界市場で発売され,日本で同年10月にNTTドコモから登場したキーパッド搭載スマートフォンである「Xperia PLAY SO-01D」も,PSMに対応し,PS1用のタイトルの一部をダウンロード購入できていた(※4Gamerでは英国版Xperia PLAYでPS1タイトルをプレイしてみたこともある)。

 しかし,PSMにPS1用タイトルのエミュレーション機能はない。PSMとPS1のエミュレーション機能は,まったくの別物なのである。
 当初の説明では,「PSMとは,PS1に近い仮想プラットフォーム」だと思われていた。だが,実際には異なっており,PSMはPSMという,きわめて独立性の高いプラットフォームとして設計されたものだ。PS1のエミュレーションは別途用意され,PSMの課金認証プラットフォームを共有していたにすぎない(関連記事)。
 実際,SCE関係者は,後になって,「当初PS1のエミュレーションがアピールされたのは,人々の注目を引きつけることと,Xperia Playのように,エミュレーションを軸に開発されていた機器との整合性を取ることが目的だった。PSMはPSMであり,エミュレーションから離れていくのは規定路線だった」と筆者に説明している。

 考えてみれば分かることだが,より高い性能を持った現在のスマートデバイス上で,わざわざレガシーなPS1の環境を仮想的に実現する意味はあまりない。「昔のゲームを提供する」という意味では価値があるかもしれないが,それはすでに「ゲームアーカイブス」という仕組みで,PS3やPlayStation Portable,そしてPS Vita上で実現されている。そもそも物理ボタンのないスマートデバイス上では,単純なエミュレーションを提供したところで,ゲーム専用機と同じ快適さが実現できないのも分かりきっていたことだ。

リリース当初,PSMは「PS1世代のゲームをプレイできるプラットフォーム」として期待された
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 だが,当初の報道や機器の特徴から,人々はPSMに「PS1のエミュレーション」を期待した。しかし,それが満たされることはなく,PSMから出てくるのは,スマートデバイス用アプリと大差ないもので,そうしたアプリの登場速度と量は,満足いくものとは言い難かった。
 ゲーム開発者から見れば,PSMはAndroidの上にある「別のストア」であり,「別の環境」のようなものだ。Android向けに作れば,PSMへの対応を考える手間もなくビジネスができる。「なぜ,わざわざOSの上に仮想マシンの層を重ねなければならないのか」というのが本音であったろう。開発は面倒になり,動作も煩雑になる。魅力を感じないのも無理はない。

 PS Vitaが世界中でヒットしていたのであれば,また話は違っただろう。しかし,PS Vitaの市場が伸びたといえるのは日本くらいのもので,Android向けにゲームを制作している開発者達を引きつけるだけの求心力を持つには至らなかった。PSMに取り組む開発者は日本やアジアが中心であり,SCEの読み通りに数を増やすことはできなかった。

 そして2014年8月,SCEは,PSMを「Android 4.4.3以降には対応させない」と発表した(関連記事)。これで,実質的にAndroidを軸にした「広い展開」は終焉を迎え,PSMは,PS Vita用のインディーズゲーム開発者向けプラットフォームへと姿を変えることになった。
 PSMがPS Vita“専用”になってしまうのなら,そこにはもはや「仮想マシンプラットフォーム」の意味はない。PSMには,PS1エミュレーションから仮想マシンであることの意味まで,さまざまなボタンのかけ違いがあり,それを是正しないまま進んでしまったことが,プラットフォームとしての不幸を招いたのである。


Unityとインディーズの変化で価値を失ったPSM


 先述したとおり,PSMが仮想マシンプラットフォームとして規定された理由は,なによりもスマートデバイスを含む幅広い機種で動かせるようにするためだった。だが狙いはもうひとつある。開発の効率化だ。
 PSMは,開発言語としてC#を採用していた。SCEがC#を採用した理由は,プラットフォーム依存度が低く,仮想マシン向けのアプリ開発に適切であったことである。それに加えて,ゲーム開発で非常によく利用されているC++などに比べてモダンな開発言語であるため,大学生を中心とした,今日的なプログラミングを学んでいる最中の人々には魅力的に映るだろう,という狙いがあった。

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 その狙いは必ずしも当を得ていたわけではないようだが,結果的に「開発難易度の低下」と「効率化」には寄与した。これには,Unity Technologies製のゲームエンジン「Unity」が急速に広がっていったことも影響している。
 UnityはC#(またはJava Script)でコーディングするため,PSMと非常に親和性が高く,SCEもUnityとともに,PSM向けの開発環境整備に力を注いだ。その結果,「Unity for PlayStation Mobile」が提供されるなど,PSMはUnityと密接に関係したプラットフォームになっていった。

 他方で,Unityの普及やインディーズゲーム開発者の増加は,PSMの位置付けそのものを怪しくしてしまった。
 クロスプラットフォームのゲーム開発環境であるUnityが整備されていった結果,スマートデバイスやPC,ゲーム専用機のそれぞれに向けて,Unityで開発したゲームを展開する難易度が下がったのだ。Unityの存在はPSMを身近なものにした一方で,PSMの存在価値も失わせてしまった。

 そんな状況が進みつつある頃,SCEではPlayStation 4(以下,PS4)の開発計画が進んでいた。PS4では,PCに近いアーキテクチャが採用されたことと,「Steam」などのプラットフォームで活躍するインディーズゲーム開発者を取り込むことなどを目的に,PS3時代とは異なる体制が敷かれた。インディーズゲーム開発者が,据え置き型ゲーム機向けにネイティブコードで書いたゲームを提供して販売することが,現実的になってきたのである。

 2011年末,SCE社長に就任したAndrew House(アンドリュー・ハウス)氏は,「AndroidのデベロッパをどうやってPSMに引きつけるのか」という筆者の質問に対して,次のように答えている。「差別化要因はストアそのものだ。残念ながらAndroid Market(現Google Play)は混乱しており,いいもの・正しいものを区別するのが難しい。良いストアを提供することで選択肢を示せる」。
 PSMにおいて,この論は成立しなかった。だが,PS4やPS Vitaのインディーズ系ゲームでは,PCやスマートデバイスよりも注目を集めやすいことが評価されている。PS4向けにインディーズゲーム開発者を取り込む計画を立案する過程では,PSMのデベロッパプログラムで得られた知見も活用されているようだ。だから,「PSMの存在は無駄ではなかった」とも言えるだろう。逆にいえば,もはやPSMにこだわる理由もない,ということでもある。

 最後に,契約形態の変化について述べておこう。
 現在,SCEのインディーズゲーム開発者向け契約は,PSMにおけるデベロッパ契約のように「個人がメールアドレスひとつで登録できる」という形にはなっていない。PSMの終了とともに,個人がSCEのゲーム機向けタイトルを提供する枠組みはなくなる。インディーズ契約とはいえ,契約の対象となるのはSCE対「企業」という,法人としての契約が求められる。

 しかし,だ。いまや法人化はそれほど難しくない。スマホアプリ創成期と異なり,インディーズ系といっても,全くの個人が作ったアプリを,個人のままで販売する例は減った。インディーズの意味は「メジャーな企業による大規模開発ではない」という程度のものになり,小さなチームや個人が「企業として継続的に手がける」ものになりつつある。「誰でもその場でデベロッパ」というPSMの利点は,重要視されなくなったわけだ。

 PSMはいびつで,不思議なプラットフォームだった。プロジェクトとしては明確に失敗といえる。PSMに賭けたデベロッパや,PSM向けゲームを買ったゲーマーからすれば迷惑な話だ。だが,スマートデバイスやインディーズゲームのビジネスが変化していく中で,SCEがPSMから学んだものは小さくない。PS4以降のSCEの体制には,そうした教訓が生かされているのではないだろうか。

西田宗千佳
フリーランスジャーナリスト。普段は電気かデータが流れるものについて,節操なく取材記事を執筆中。4Gamerではお初となります。今後も折に触れて書くようになるかもしれませんので,よろしくお願いいたします。ソフトの善し悪しについての論評は,その道のプロの方々にお任せします。

PlayStation Mobile 公式サイト


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