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[CEDEC 2015]第3のブームにある人工知能はゲームに応用できるか? 自然言語処理の専門家が課題とアイデアを語る
そこで本稿では,そうしたAI分野のセッションから,静岡大学情報学部准教授の狩野芳伸氏による「自然言語処理を中心とする人工知能技術の現状とエンターテインメント業界における応用の可能性」と題したセッションの概要をレポートしたい。
ブームと暗黒の時代を繰り返した人工知能研究
狩野氏は,人工知能研究を専門とする研究者で,詳しくは後述するが,人工知能で東大合格を目指す「Todai Robot Project」に携わっている人物だ。さまざまなメディアに登場しているので,その名に覚えがある人もいるだろう。
狩野氏はまず,AI研究の過去を振り返り,「AIの研究はブームと暗黒の時代を繰り返してきた」と語る。かつて,AI研究には2度のブームがあったが,どちらも一過性のもので終わってしまったというのだ。
なぜそうなったのか,狩野氏は2つの理由を挙げる。
1つめは「成果が陳腐化してしまう」というもの。たとえば,1980年代の第2次ブーム――産官学共同で「第5世代コンピュータ」プロジェクトが行われた――の成果である「積み木の操作」にしても「当時としては,バランスが崩れないように計算して積み木を積むというのは画期的だったが,今やっても,誰も感心してくれない」(狩野氏)という具合に,成果が発展していくことなく陳腐化してしまったのだ。
もう1つは,画期的な成果を挙げても,それが知能とはみなされなくなる「人工知能効果」という理由があるそうだ。
たとえば,1997年にIBMが開発したスーパーコンピュータ「Deep Blue」が,チェスの世界チャンピオンを破って話題となったが,狩野氏は,「それは知能の本質ではない,と否定されてしまった」と述べる。
そもそも,知能という言葉の定義が曖昧だったりもするので,AIの研究で何かの成果が出ても,「そんなのは知能じゃないよ」と否定されてしまえば,それまでという面があるわけだ。
そして,現在は3度めのAIブーム。さまざまな企業や研究機関が手がける「ディープラーニング」(機械学習,深層学習とも)や,テレビのクイズ番組でクイズ王に勝利したIBM製のコグニティブ・コンピューティングシステム「Watson」といった華々しい成果が喧伝されてはいるものの,狩野氏は過去のブームのように,成果が発展せずに一過性に終わってしまうことについては懸念しているそうである。
そうした現状で狩野氏が目指しているのは,「人間と自然に会話できるAI」であるという。人間が会話や文章で使う言葉を解釈する自然言語処理は,会話できるAIに向けた基礎となる技術だ。東大に合格するロボットのプロジェクトも,狩野氏が自然言語処理研究の一環として取り組んでいるものである。
このプロジェクトでは,大学入試センター試験の7科目に挑戦するのだが,各科目ごとに異なる担当者が割り当てられており,狩野氏は社会科のテストに対応したシステムを開発したそうだ。そして,担当科目の模擬試験にそれぞれのシステムが挑戦したところ,他のシステムを上回る偏差値56という結果を記録したそうである。「偏差値50が受験者の中央値なので,人並み以上」(狩野氏)の成績であるというわけだ。
世界史の問題をどう解いたのか,概要をかいつまんで説明しよう。
センター試験は選択問題なので,「以下の文から誤っているものを選べ」という設問があれば,設問の中からキーワードを抽出する。そして知識ベースを参照し,不自然なキーワードがある文を誤っている文として選ぶ方法を使ったそうだ。
こうした処理を実現するには,単純にデータベースを参照する――要は暗記――だけでは不可能で,設問の構文解析や意味解析といった自然言語処理が必要になる。
自然言語処理と知識ベースを用いた解答システムといえば,先の名前を挙げたWatsonが有名だ。狩野氏の開発した社会科解答システムもWatsonに似た手法が使われていると考えていいだろう。
ちなみに,Watsonで採用された「DeepQA Architecture」というシステムは,筆者が以前にレポートしているのだが,そのWatsonについて狩野氏は,「新しいものは何もない」と言い切っている。
構文解析や意味解析といった処理には,今では有償無償を含め非常に多くのツールが使えるので,Watson的なシステムや,狩野氏が開発した社会科解答システムのようなものは,既存のツールの組み合わせでも作れてしまうそうだ。だが,実際にはそう簡単ではないと,狩野氏は述べる。理由はいろいろあるのだが,たとえば,適切なツールを探すのがそもそも大変だったり,見つけてきたツールの出力形式と入力形式が合わないといった問題があるそうだ。
そこで狩野氏は,「Kachako」というフレームワークを開発しているそうだ。Kachakoは,前述のような問題をクリアした各種のモジュールから構成される,自然言語処理+エキスパートシステムのフレームワークであるという。IBMが開発した非構造化データ(※整理されてないデータ)解析用のフレームワーク「UIMA Framework」をベースに実装されているそうで,各パーツを組み合わせていくことで,目的の解答システムを構築できる。
モジュールの組み合わせは多数あるが,Kachakoは,可能な組み合わせを自動生成して開発の支援を行ってくれるほか,機械学習やチューニングといった作業を支援する機能も実装されているという。
Kachakoは今後,オープンソースのプロジェクトとして公開する予定だそうだ。日本語に対応できるこの種のツールはなかなか入手しにくいので,興味がある人は公式サイトをチェックしておくといいだろう。
AI研究の成果をゲームにどう応用するか?
さて,ブームに乗ってさまざまなAIが開発されているが,狩野氏が目指している人間と自然に会話できるAIは,もう存在しているのだろうか? 狩野氏は「まだ存在していない」と否定的だ。
いろいろと華々しい成果が宣伝されていて,たとえばWatsonも,子供と会話できるロボットへの応用といったことが試みられている。しかし狩野氏は,現状のAIは「少し長く会話してみれば,不自然さが露呈する」と断じている。先のKachakoも,将来的には会話できるシステムを目指しているものの,課題はまだ多いという。
話題のディープラーニングも,それを発展させて会話ができるようになるかというと,狩野氏はやや否定的な見解を持っているようだ。脳のネットワークがどうなっているのかといった知能の背後にあるものが,ほとんどわかっていないからだという。会話の背後には,知能や意識といったとらえがたく,そもそもよく分かっていないものがあり,それが分からない以上,会話できるレベルの知能を生み出すのは難しい,ということかもしれない。
とはいえ,現状のAI研究でも,多数の成果が挙がっているのは事実である。
さて,講演の最後に狩野氏は,AI研究をゲームに応用するアイデアを披露していた。
その1つとして挙げられたのは,脳画像解析技術を手がけるアラヤ・ブレイン・イメージングという企業が提供している,脳のMRI画像から人の気質などが分かるというサービスだ。脳画像の解析結果をスコアリングすると楽しいのでは,というアイデアを狩野氏は提示していた。
そのほかにも,市販されている脳波検出デバイスを使って,プレイヤーの状態をゲームにフィードバックするというアイデアも披露された。狩野氏によると,量産すれば2000円程度で実現できそうなUSB接続タイプのヘッドフォン型デバイスが開発中だそうで,こうした安価なデバイスが普及すれば,たしかにゲームへの応用もできるだろう。
狩野氏は,その応用例として,RPGの呪文を挙げていた。ゲームの場合,呪文は何かのイベントで習得するとか,成長にともなって獲得するというパターンが多いものだが「実際の呪文はそんなものではないだろう」と狩野氏は指摘する。そこで,脳波検出デバイスを使い,プレイヤーが何かを思い浮かべるとゲーム中で呪文が繰り出せるというふうにすれば,リアリティが増すのではというアイデアが示された。
最後に提示されたアイデアは,狩野氏の専門分野である自然言語処理の応用だ。プレイヤーと会話できるNPCがその好例だろう。狩野氏は,ゲーム業界との接点があまりないが,声をかけてもらえれば共同で研究したいと呼びかけていた。ゲームという限られた世界における会話なら,エキスパートシステムのような記述が応用できるので,自然な会話ができるNPCは,そう遠くない将来にも実現する可能性があるかもしれない。
ちなみに,狩野氏が開発しているKachakoもゲームに応用できる可能性を持つフレームワークであるとのこと。オープンソースとして公開すると同時にサポートを行う法人の設立も準備しているそうだ。こうした新しいAIを応用した技術が,将来のゲームをより面白くしてくれることを期待したい。
静岡大学情報学部 狩野研究室 公式Webサイト
CEDEC 2015 公式Webサイト
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