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大人が楽しむ文化祭!? セガ社内で行われたゲームジャムの模様をレポート
ゲームジャムというのは,簡単に言えば「数人のメンバーで構成されたチームが規定時間内(24〜48時間程度)でゲームを1本作る」というイベントである。
一般的に,ゲームを作るには短くても数週間,長いときは数年という時間がかかるものだし,それに関わる人数も非常に多くなる。ゲームというものは,コンピュータテクノロジーはもちろん,グラフィックス,音楽,シナリオ,ユーザーインタフェース設計などが複雑に絡み合った,総合エンターテイメントなのだ。
だがゲームジャムでは,そういった“常識”に反して,場合によっては1人が1〜2日程度でゲームを作り上げる。しかも,イベント開始の段階では「どんなゲームを作るのか」すら決まっていないことがほとんど。ゲームジャムは,企画会議からスタートするのだ。
言うまでもなく,そこで作られた作品は,必ずしも面白いとは限らない。それどころか,完成しないこともしばしばだ。ゲームジャムは,その本義から言うと,作ったゲームの完成度を競うものではない(完成するに越したことはないが)。
ではいったい,ゲームジャムは何のために開催され,参加者はそこに何を求め,そして何を得るのだろうか?
この答えは,一つには決めがたい。ゲームジャムは「これ」という定形のフォーマットがあるわけではなく,先に「ゲームの完成度を競うものではない」とは書いたが,なかにはゲームの完成度を競い,優れた作品には賞金が出るようなものもある。ゲームジャムごとに,目的も異なれば,期待される成果も異なるのだ。
そんななか,2014年11月1日と2日の2日間に渡って,セガ社内でゲームジャムが開催された。これはいわば社内サークル活動であり,セガの業務と直接関係するものではないのだが,ではなぜ普段からゲーム制作に携わっている人達が,2日間の鉄火場に敢えて挑むのだろうか。その理由を見つけるべく取材してみた。
チームごとに異なる機材でテーマに挑む
今回のゲームジャムは「ゲームジャムのテーマを決める」ところからスタートした。なんとも大胆である。
参加者はそれぞれ「こういうテーマのゲームを作りたい」というテーマを提示し,それを一覧にしてプリントアウト。張り出されたものから,「これが良い」と思ったテーマに参加者が1人1票を投じ,多数決によってテーマが選定される。
これによって決まったのは「無限ループ」。いかようにも解釈できるテーマである反面,意図的にそう作らなくては無限ループ構造は生まれないわけで,なかなか面白いテーマと言えるだろう。
このテーマをもとに,企画会議がスタートした。3つのチームが,それぞれの「無限ループ」を考えていく。
だがここにはもう一つ,別の要件が加わっていた。参加者の一部には,新しい技術的課題にチャレンジするべく,特定の機材やゲームエンジンを使って開発を行いたいという要望を持った人もいたからだ。
今回のゲームジャムでは,Oculus Riftのほか,トビー・テクノロジーの協力により,視線入力装置「Tobii EyeX」が提供されていた。視線入力装置は,「人間が何を見ているか」を調査する機材としては安定した実績を出しているが,ゲームコントローラとして何ができるかは現状,ほぼ未知数と言っていい機材だ。
結局,今回の3チームは,1チームがTobii EyeX,もう1チームはOculus Rift,最後の1チームはUnreal Engine 4を使うという方向性に落ち着いた。本稿では便宜上,それぞれEyeXチーム,Riftチーム,UE4チームと呼ばせていただく。
ちなみにUnreal Engine 4は比較的高いPCスペックを要求するため,UE4チームは事前にゲームジャムでUnreal Engine 4を使ってみたい人を募集し,人数分のハイスペックマシンを集めていたそうだ。
UE4以外のチームは,ゲームエンジンにUnityを使用。UnrealEngineは前回,Unityは第1回から協賛として提供してもらっているそうだ。
では3チームが会議の末に作った企画案を紹介しよう。
まずEyeXチームは,俗にいう中二病テイストにあふれるダンジョン突破ゲームを構想。「俺の視線に秘められた力が……!」という文法である。なるほど。
続いてRiftチームは,最近流行の「壁ドン」がテーマ。運命の恋人に壁ドンされるのが目的で,Riftを利用して臨場感あふれるをシチュエーションを再現するのが目標となる。
ちなみにこのチームには女性社員が2名参加していて,うち1名はゲーム制作部門以外の所属(総務関係)だった。
最後にUE4チームは,Unreal Engineらしく(?),FPSライクなゲームの企画をプレゼンした。画面上に現れる食べ物を次々に食べて(撃って)いって,どんどん自分が進化していく……という内容のようだ。
企画が決まり,13時頃からいよいよ開発作業の開始となった。
ゲームジャム終了予定時刻は翌日の19時。残り30時間でゲームを1本作る,修羅場の幕開けである。
技術を持たないメンバーの参加がゲームジャムを面白くする
さて,ゲームジャムについて必ずといっていいほど出てくる疑問は,「ゲーム制作に寄与できる特別なスキルなんて何もないけど,参加していいの?」というものである。
結論から言うと,確かに参加者がそういう人ばかりになったらゲームジャムは破綻するだろうが,各チームに1人混じっている程度なら何の問題もないし,スキルがなくても活躍できる場面はある。
というのも,ゲームジャムでは,ある程度まで動くものが出来上がってくると,それを客観的な目で検証できる人が必要になるからだ。時間に追われながら,ときには慣れない機材や仕様に苦労しながら夢中になってゲームを作っていると,作業している本人が気づけなかったり,見落としてしまったりといったポイントが多く出てくるのである。
例えばタイトル画面からゲームを開始するにあたって,マウスクリックでゲームを開始できるように作ったとする。この実装に対して「『クリックでスタート』みたいな表示がないと分からないです」という,客観的な視点からの指摘ができる人間が必要というわけだ。
また,プログラミングなどの技能を持たない人にも,できる仕事は意外とあったりする。例えばゲームの素材となるさまざまな資料(ファンタジー世界なら武器や防具のイメージグラフィックス,現代ものなら衣服や背景画像のイメージ素材など)を集めるのは,ネットで検索ができる人なら可能な仕事だ。
限られた制作時間において,こういった「30分あればたいていの人ができる作業」を,プログラマやコンポーザーといったスキル持ちがやってしまうのは,非常にもったいないのである。
「誰が・どんな仕事を・どれくらい・どのように」やるかの分担(あるいは誰かが早期に仕事の全貌を把握して,メンバーにうまく割り振っていくこと)は,ゲームジャムにおいて必須の作業だ。普段の開発業務であれば管理職が行うこのような仕事を,実務職が体験できるというのも,ゲームジャムの利点の一つ。その意味では,技術を持たないメンバーの存在が,この分担の重要度,ひいてはゲームジャムの意義を高めるといってもいいかもしれない。
完成が見えた? 中間発表
夜を徹しての作業(と言っても終電で帰宅する参加者が大半で,完全泊まり込みは少数派とのこと)が続き,日付も変わって11月2日の昼。「ここまでゲームが完成しています」という,中間発表の時間となった。
EyeXチームは,迷宮を模した3D画面(といっても完全な一本道で,「扉のある部屋がひたすら連続している」状態)のどこかにある鍵を「視線」で拾って,扉を「視線」で開ける,というゲームに仕上がっていた。だが画面上には鍵だけではなく,なぜか寿司も配置されている。寿司を「見て」しまうと,なんとなく寿司が食べたくなってゲームオーバーだ。
言葉でいうとそれほど難しくなさそうに思えるが,この「見たらアウト」というのは,意外と厳しい条件である。というのも,「画面のココを見たらアウト」という情報は,「見る」ことでしか把握できないからだ。しっかり見てしまったら,アウト。しかしどこが危険かをある程度まで把握しておかないと,うっかり見てしまってアウト。この無茶な条件で,ちゃんと寿司を避けて鍵を取れる人間はいるのだろうか……。
Riftチームは,「3Dスキャンによって作られた人体モデルが,画面の奥から走ってきて壁ドンする」「その人物に壁ドンされたくなかったら,首を横に振って回避」というところまで作りこんできた。ゲームのステージも,学校の廊下・階段・墓地の3つが完成済み。
設定としては「運命の恋人に壁ドンされるまで,転生を繰り返しながら無限に出会っていく」というものらしい。「誰が運命の恋人か」のヒントが提示されたり,そのヒントと3Dモデルが一致するシステムの組み込みはこれから,という状態だ。
実際に体験してみると,独特の迫力がある。試遊した参加者の中には「怖い」という感想を書いた人もいたくらいだ。
メンバーいわく「最も大事なところ」の作り込みも進んでおり,後ろを振り向くと(Oculus Riftなのでゲーム内で「振り向ける」),ちゃんと壁がある。壁ドンされるゲームなのだから当然とはいえ,確かに重要な作り込みだ。
操作方法が「頷く」「首を横に振る」となっているところもポイント。HMDの問題である「コントローラで操作しようとすると,手元が見えない」問題も克服されている。
UE4チームは,FPSとしての骨格が完成した状態での中間発表となった。骨格と書いたが,モロFPSである。企画段階では,画面上の食べ物を食べていくとあったが,ここでは弾を撃ちまくって食べ物を破壊していくという構造となっていた。
面白いのは,そうやってどんどん食べ物を食べていくと,自分が成長していくという点だ。成長と書いたが,本当に「自分が大きくなる」のである。このあたり,Unreal Engine4のライティング効果などが生かされており,確かに「自分が大きくなってる」感覚が,自然に伝わってくる。
ちなみにそうやって大きくなって次のステージに進むと,今度は椅子やソファを「食べる」ようになる。食べ物とはいったい。
終了間際のプレッシャーを乗り越えて完成した作品の出来は
昼の中間発表と,その後の試遊&食事を終えて,開発はいよいよラストスパートに入った。残り時間は,6時間ちょっと。どのチームも,「ちょっとした不具合」が強烈な心理的プレッシャーになっていく。
これもまた,ゲームジャムの特徴の一つである。普段の開発においては,ちょっとした機材のトラブルが起こっても,小一時間ほどネットを検索すれば,何かしらの対策や解決法が見つかる場合がほとんどだ。
だがゲームジャムにおいては,この“下駄”が効かない。残り時間6時間でゲームを完成させなければならない状況では,1時間もかけて検索などしていられないのだ。このことは,開発者として自分が「どういう分野に弱いか」「何が分かっていないか」を再認識できる,いい機会になるという。
そしてどのチームでも,このあたりから,最後のブラッシュアップを見据えたミーティングが始まる。残り時間で,何ができて,何が無理なのか。今あるものを,どうしたらより良くできるのか。チーム内部でアイデアを出し合い,最善を探していくのである。
「ビルドが通らねえ!」「そっちは古いファイル!」「そこは俺が何とかします!」といった,横で聞いていても胃が痛くなるワードが飛び交うなか,時間は刻々と過ぎていく。
そしてついに,11月2日19時。ゲームジャム終了の時刻を迎えた。
果たして3チームが作ったゲームは,どう仕上がったのだろうか。最終発表である。
最初の発表となったのはEyeXチーム。
まず根本的な問題となっていた「画面内に鍵が出てこないことがある」という不具合を解決した。そして,「ごく短時間であれば寿司を見ても大丈夫」という仕様と,「序盤のステージには寿司が出てこない」というレベルデザインによって,ゲームの理不尽な難度を調整していた。
これに加えて,まず「ゴルゴン」というギミックも追加されていた。これは部屋の真ん中にある回転する彫像で,この彫像と「目が合う」とゲームオーバーになってしまう。プレイヤーはゴルゴンがこちらを見ている間は,視線をそらさなくてはならない。
また「透視」ギミックも追加された。鍵が箱の中に入っている場合,片目を閉じることで箱の中を透視し,中の鍵が取れるという仕掛けだ。
非常に高い完成度となった本作。「視線でコントロールする」という概念を逆手に取って,「見ないことが求められるゲーム」を企画した段階で勝利だったと言えるだろう。
「片目を閉じる」というアクションがうまくできないプレイヤーのために,目を隠す秘密兵器を準備 |
赤い像がゴルゴン。こちらを向いているときに画面を見ているとゲームオーバーだ |
Riftチームは,「運命の恋人に会うまで何回もループする」というアドベンチャーパートの組み込みが終了。
「最初に運命の恋人の特徴が1つ,ヒントとして与えられる」「運命の恋人に壁ドンされる前に一生が終わった場合,ヒントが1つ増えてさらにループ」という,ゲームの全貌が完成していた。
また試遊時に問題とされた「壁ドンの姿勢で突っ込んでくる3Dモデルの,手がグローブみたいで嫌だ」というわりと重要な問題(カメラで撮影したものを機械的にモデル化しているので,指先のような細かい部分の表現があまり綺麗になっていなかった)も解決されていた。
本作は,最終発表に来場した女性社員にも大変好評だったのが印象的だった。この企画は,チームに入った女性2人が「自分達が欲しいものを作ってもらう」という経緯で生まれたのだが,実際に完成したものが,一定の普遍性を持っていたというのは,とても面白いところだ。
UE4チームは,「自分がどんどん大きくなる」スケール感を,さらに拡大。中間発表では,壁に囲まれた閉鎖空間で弾を撃つゲームだったものが,最終段階ではその壁を乗り越えるようになったのだ。
また,「食べ物」として登場するものも,最初は寿司や肉だけだが,ステージが進むとソファや植木になり(ここまでは中間発表と同じ),次はビルを食べ,最後は宇宙で惑星を食べるようになる。
面白いのは,その「惑星を食べる」サイズまで大きくなってもなお,最初のステージとシームレスにつながっているということだろう。これは技術的に見ていろいろな可能性を感じさせるし,同時にこのレベルでのシームレスな構造がゲームエンジン上で作れてしまうというのも興味深い。
ゲームジャムは大人の文化祭
かくして盛況のうちに幕を閉じた今回のゲームジャムだが,取材して痛感したのは,「やはりプロはすごい」ということだ。
冒頭でも紹介したように,一般的にゲームジャムにおいては,ゲームが完成するとは限らない。また完成したとしても,「ゲームジャムですから,まぁこんな感じですよね」という留保が必要となる作品が多い。
だがさすがはセガと言うべきか,今回のゲームジャムでは3チームがいずれもゲームを完成させただけでなく,ゲームとして「なるほど!」と思わず膝を叩きたくなるような作品を作った。
筆者は「これはゲームジャム慣れしている人が多いからに違いない」と真っ先に考えたのだが,セガの社内ゲームジャムは,毎回半分くらいが初参加で,今回もその例に漏れないという。さらに,ゲーム制作の実務経験がない参加者もいたのに,この成果である。
もちろん,中にはゲームジャム経験が豊富な参加者もいて,そういった人がリーダーとなって制作を進めているというのは大きい。だがそれを差し引いても,「プロってすごいな」と言わざるを得ない成果なのは間違いないだろう。
最後に,社内でゲームジャムを行うメリットを主催者に聞いてみたところ,面白い話を聞けたので,記事のまとめとして紹介しよう。
昨今の大規模なプロジェクトだと,開発者はゲームの極めて限られたパーツだけを延々と作り続けることが多くなる。例えば,MMORPGの武器だけをひたすら作り続けるといった具合だ。そういう作業はとても大変なのだが,そうやって“エキスパート”になると,社内で「武器ならあの人に任せたい」となってしまい,気がついたら武器しか作らない日々になってしまう,ということもあるのだそうだ。
ゲームジャムは,制作の最初から最後まで,一貫してゲーム制作に携わることができ,「ゲームを作りたい」という思いを,最初の段階から大きく変えることなく叶えることができるというわけだ。
そしてその過程で,例えば普段はゲーム制作に関わらない人の視点や,違う分野で仕事をしている人の技術や発想を間近に見られるので,社内の横の連携も良くなるという。
なるほど。ゲームジャムは「意図的な修羅場進行」という,客観的に見れば「なんで好き好んでそんな苦行をするの?」と思えてしまうイベントかもしれないが,この苦行は,必ずしも成果を求められない。そういう意味では,「文化祭の展示物を徹夜で仕上げた」高校時代の思い出にオーバーラップするとも言える。
今回はセガ社内のゲームジャムを紹介したが,ゲームジャムは全国各地で頻繁に開催されており,プログラミングなどの技術がなくても参加できるものが多い。腕に覚えがある人も,ない人も,ゲーム制作を擬似的に体験できる場として参加してみてはいかがだろうか。
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