イベント
[AnimeJapan]スタジオジブリが磨き続けてきたアニメ制作ソフト「OpenToonz」とは何か。オープンソース化を実現したドワンゴが語る,その狙い
これは先日発表され,講演当日の2016年3月26日に配布が開始された2Dアニメーション制作ソフト「OpenToonz」の概要を紹介するというもの。同ソフトは,スタジオジブリの劇場作品で長らく使用されてきた「Toonz」をベースに改良が施されたもので,この度開発元であるDigitalVideoをドワンゴが買収したことにより,オープンソース化が実現したという経緯がある。
登壇したのはドワンゴの技術コミュニケーション室 室長を務める清水俊博氏と,東京大学大学院情報学環 助教の岩澤 駿氏,そしてスタジオジブリのエグゼグティブイメージングディレクターの奥井 敦氏の3名で,講演ではそれぞれの立場から,Toonzのオープンソース化についての意気込みが語られた。ゲームとはやや別ジャンルの話題ではあるが,興味深い部分も多かったので,本稿ではその内容を紹介していこう。
「OpenToonz」公式サイト
映像表現の研究開発とアニメの制作現場つなぐエコシステム
ニコニコ動画やニコニコ生放送といったWebサービスで知られるドワンゴだが,そういったサービスを実現する裏には,同社が行っている映像に関するさまざまな研究開発がある。そういった研究の成果は,もちろん既存のサービスに活かされているわけだが,それをよりオープンな場で活用したいというのが,本プロジェクトの発端なのだそうだ。
一方でアニメ制作の現場では,映像の研究開発にコストを割く余裕はない。スタジオジブリでは,ソフト開発エンジニアを雇って社内で使うツールの開発・メンテナンスを行っているが,こうしたことができるスタジオはなかなかないだろう。そのため,既存のソフトウェアに可能な範囲で,なんとか工夫をしながら作品を作っているというのが実情である。
ドワンゴの狙いは,この苦しいアニメの制作現場と,映像表現の学術研究を行う大学や企業とをOpenToonzによって結び,新しいエコシステムを生み出すことにあるという。研究によって生まれた最新の映像表現が,すぐに最新のアニメに反映され,より良い作品が生まれる。こうしたサイクルを加速させるために最適なのが,誰もが無償で利用できるオープンソース化と,それに付随するオープンソースコミュニティの力というわけだ。
氏は2014年3月までスタジオジブリが社内で使用するソフトウェアを開発・メンテナンスしていた人物であり,今回のプロジェクトにおいては,ドワンゴと東京大学による共同研究に,開発メンバーの一人として参加しているという。
氏はまず,近年のアニメ制作現場で起こっているさまざな変化について説明を行った。作画作業のデジタル化はもちろんのこと,3DCGと2D作画の融合や制作環境の高解像度化などがその代表例だ。そうした変化に追随するための強力なツールとなりえる本プロジェクトは,アニメ業界にとって大きな意義があるものだと氏は語った。
OpenToonzの特徴は幾つもあるが,その中でもとくに大きいのは日本でも有数のアニメ制作スタジオであるスタジオジブリで,その前身であるToonzも含めて20年にも及ぶ使用実績があることだ。OpenToonzの前身となったToonzは,1995年の「もののけ姫」の一部のシーンから使用され,さらには2010年の「借りぐらしのアリエッティ」以降では,ジブリの制作環境に合わせて改良が加えられた「Toonz Ghibli Edition」(以下,Ghibli Edition)が用いられている。OpenToonzは,最新のToonz 7.1をベースにこのGhibli Editionに加えられたカスタマイズを統合,さらにエフェクト効果を外部プラグインとして読み込む機能が追加したものとなる。
またOpenToonzには,スタジオジブリで使用されているスキャンツール「OpenToonz GTS」(以下,GTS)が同梱されている。OpenToonz自体は作画から撮影まで,アニメ制作における実作業をすべてデジタルで行える統合環境だが,制作の現場では,作画までは紙と鉛筆のアナログ作業でまかなう現場も少なくない。スタジオジブリはまさにその典型で,その後の仕上(彩色)の工程に進むためには,紙に描かれた動画をスキャンしてデジタルデータに変換する必要がある。それを担うのが,このGTSである。
エフェクトプラグインについて,少し詳しく紹介しよう。
注意深くアニメ作品を見ていると分かるように,我々が目にするアニメの映像には,さまざまな特殊効果がかけられている。深夜アニメのサービスシーンでお馴染みとなっているお風呂の湯気などもその一つだし,少し古いアニメであれば画面に光が差す“入射光”も,よく見られる表現だった。
OpenToonzでは,こうした特殊効果をプラグイン化し,新しい効果を簡単に追加できるようになっている。またプラグインを開発するためのSDKがドワンゴから提供されており,最新の映像表現を比較的簡単に取り込めるとのこと。またドワンゴの開発チームによるエフェクトプラグインがすでに幾つか公開されており,OpenToonz利用者はこれを自由に作品に用いれる。またソースコードも付属しているので,プラグイン開発のサンプルとして参考にすることも可能だそうだ。
「Toonz Ghibli Edition」が生まれた経緯
スタジオジブリにおけるデジタルによる映像制作は,「もののけ姫」(の一部のシーン)が最初だったと先に説明があったが,実はそれ以前の「平成狸合戦ぽんぽこ」や「耳をすませば」でも,デジタル作画は用いられている。しかし,その当時は外部のプロダクションに依頼する形だったそうで,そこで良い感触を掴んだことで,ジブリ内にデジタル部門が設けられることになった,というのが正確なのだそうだ。
さて,ではどの部分からデジタルに移行するかだが,ここでジブリは仕上から先の工程をデジタル化することにした。アナログで彩色されたセルを取り込み,撮影のみをデジタル化することも考えたが,簡単に色を塗り分けられるデジタルは,仕上作業と相性が良いだろう,という判断である。
そこで,仕上から先の作業が行えるソフトウェアを探してみると,候補となるソフトが3つ見つかった。うち2つがToonzを含むラスター系で,残る1つはベクター系(描線をベクトルで表現する形式)のソフトだったそうだが,このうちベクター系の1つは早々に候補から外れることになる。アナログのシーンとデジタルのシーンが混ざったときに,違和感が出てしまうからだ。
残る2つのラスター系ソフトのうち,どちらを選ぶかを決定づけたのは,実作業時のPC負荷だった。劇場映画のクオリティ――今でいう2K解像度でのデジタル作画は,20年前の当時のPCではかなり高負荷な作業であり,それがストレスなく行えたのはToonzだけだったそうだ。
こうして採用が決まったToonzだったが,その選択は正解だったようで,もののけ姫では見事にアナログシーンとデジタルシーンを違和感なくつないだ映像が完成した。この結果をもって,スタジオジブリでは次回作「ホーホケキョ となりの山田くん」から,Toonzによる完全デジタル作画に移行することになる。
しかし,何もかも順風満帆ではなかったそうだ。ToonzはVer.4.xから5.xへメージャーバージョンアップが行われるにあたって,ベクターの導入が行われた。しかし,ジブリではベクターを一切使用せず,ラスターデータのみで作業を行っているため,これは不要な機能である。
そこでジブリは,開発元であるDigitalVideoと交渉を行い,社内用のカスタマイズ版Toonzを,自社でメンテナンスしていくことを決意する。これが今回のOpenToonzにも統合されている「Toonz Ghibli Edition」だ。ちなみに岩澤氏は,このときからジブリに参加し,以降の開発とメンテナンスを担当したとのことである。
奥井氏によると,Ghibli Editionは基本的に長編アニメを制作するスタジオジブリに特化したものとのことで,一般的なアニメスタジオで使うには,ハードルが高い部分も少なくないという。OpenToonzとして公開するにあたり,それを下げる努力をしているが,それでもまだ足りないと感じているとのこと。
また,スタジオジブリでは今もGhibli Editionで制作を行っているが,現在普及しているほかのアニメ制作ソフトと比べると,エフェクト関連が弱いのは認めざるをえないとのこと。そのためにOpenToonzではプラグイン機能が追加されており,オープンソースコミュニティの手によって,これが強化されることを期待していると語り,講演を締めくくった。
なお,AnimeJapan 2016ののKADOKAWAブースの一角では,スタジオジブリの制作スタッフによるOpenToonzによる仕上や撮影の実演が行われているとのこと。実際にOpenToonzを触ることもできるそうなので,興味のある人は同ブースを訪れてみるといいだろう。
「OpenToonz」公式サイト
- この記事のURL: