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展示会に出展する際の試遊バージョンにはどのような準備が必要か。かつて「FEZ」の開発に携わったスタッフによるセッションをレポート
このイベントでは,開発者向け技術カンファレンスのGame Industry Conferenceも併催されており,3日間にわたって100以上のセッションが実施された。2時間以上のワークショップも複数実施されるなど,聴講者にとっては贅沢なカンファレンスだった。
本稿では,そんなセッション群の中から,「Exhibition Mode: How to prepare your game for exhibitions」(展示会に向けたゲームの準備の仕方)の聴講レポートをお届けしよう。講演を行ったのは,かつて「FEZ」(PC / PS4 / PS3 / PS Vita / Xbox 360)の制作に携わったShalev Moran氏だ。
「Poznań Game Arena」公式サイト
「Game Industry Conference」公式サイト
最初にMoran氏は,普通にゲームをプレイする状況と,展示会でプレイする状況はまるで異なることを強調。環境が異なればゲームの遊ばれ方は変わるし,プレイヤーの振る舞い方も違ってくる。そのため,試遊できるゲームを出展する場合,展示会向けに最適化(最低でも適応化)する必要があるという。
言われてみれば当然のことなのだが,ゲーム制作でいっぱいいっぱいになっているチームは,このことを見落としがちなのだとか。
それでは,自分の所持する端末でゲームをする状況と,展示会で試遊する状況では何が違うのだろうか。Moran氏は比較すべきポイントとして,「Continuity(継続性)」「Time(時間)」「Attention(注目度)」「Privacy(プライバシー)」の4つを挙げた。
・Continuity(継続性)
継続性については,プレイヤーがそのゲームを何回遊ぶか,と考えると分かりやすい。自分の持っているゲーム機であれば何回でも遊べるのに対し,展示会では往々にして1回しかプレイする機会がないものである。同様に,同じ人が何度もブースを訪れてプレイするようなことはまず起きないので,展示会では一度しかプレイしてもらえないものだと考えるべきだとした。
・Time(時間)
自分が持っているゲームの場合,飽きるまで好きなだけプレイできる。区切りとなる1つのセッションが短いゲームもあるが,ゲームを続けるか止めるかはプレイヤーが自由に決められるので,何度もプレイし続けることが可能だ。
一方,展示会ではプレイする時間は非常に限られている。来場者は会場でやりたいことがたくさんあるし,プレイの途中で友人に呼ばれるなど用事ができることもある。結果として,プレイ途中で放棄されることは決して珍しいことではないという。
ちなみに,時間に制限があるというのは,出展側にも言えることだ。商談が発生したり,取材に対応したり,ほかの開発者と会ったりというように,常に出展したゲームに張り付いていられるわけではない。
・Attention(注目度)
一般的に,自分の端末でゲームを遊んでいるときは,そのゲームに集中している。モバイルゲームでは比較的注意力が散漫になるが,それでも多くの場合は,最低限ゲームの画面に注目しているといえる。
一方,展示会では,プレイヤーはゲームに集中して(できて)いないのだという。イベント会場では常に何かが起きているし,ブースにギャラリーがいることもあり,プレイヤーが集中しやすい環境とは言えない。そのため,ゲーム内の文章などが読み飛ばされたり,そもそも気付かれない可能性があるとのこと。
・Privacy(プライバシー)
一般的に,据え置き型ゲーム機やPCで遊ぶ場合,自分がゲームを遊ぶ姿を他人に見られることを意識する人は少ないだろう。モバイルゲームの場合は,他人にゲームを遊んでいる姿を見られるが,ゲーム画面まで見られることは少ないはずだ。つまり,自分がどんなゲームをどう遊んでいるかについて,プライバシーは成立しやすいと言える。
一方の展示会においては,そのようなプライバシーは成立しにくい,もしくは存在しないことが多い。ゲームを遊んでいる姿もプレイ内容も,自分以外の来場者にさらされて注目されるものだ。もちろん,出展側が宣伝目的でそのように意図している事情もあるが。
・できるだけ多くの人に,ゲームのアイデアを明確に把握してもらう
・(出展者を含めた)すべての人に,楽しい時間を過ごしてもらう
・出展者は別のことを話せるように,ゲームのことはゲーム自身に語ってもらう。
これらを実現するために,展示会向けの特別な試遊バージョンを作るうえで,「Precision(精度)」と「Stability(安定性)」が重要だとMoran氏は語る。
ゲームで最も中核となるアイデアやシーン,ステージ構成などが体験できるシーンからゲームをスタートするようにセッティングしておくことが大事だという。「このゲームでは何ができるのだろう?」とプレイヤーに探させるのは,あまり望ましい状況とはいえないわけだ。
また,そのゲームにおける「2つ目」のメカニクスは,可能なら試遊バージョンでは省いてしまうのも手だという。ゲーム制作者は,自分が作ったものすべてが素晴らしいと確信しているし,そのすべてを体験してほしいと思いがちだが,こと展示会においては,それがプレイヤーの欲求と一致するとは限らない。
試遊バージョンでは,内容を制限してゲームの中身を提示するとともに,それ以上にどんな広がりがあるのかヒントを与えるのだとMoran氏は語った。
プレイする時間は,ゲームが1区切り付くまでにかかる時間(セッションタイム)を意識することも重要だ。Moran氏は,これは当然短いほうが望ましいが,それだけでなく,セッションタイムの長さと内容の配分を設計しておくことも重要だとした。
なお,チュートリアルについてだが,その必要性は一概には決められないという。例えば,横スクロールのアクションのように,一般的に浸透しているジャンルであれば,チュートリアルを用意しなくてもいいことがある。ゲームイベントに来るような人であれば「なんとなく」遊び方を理解できるので,彼らのリテラシーに任せてしまってもかまわない。
一方,ルールが直感的に分かりづらかったり新しいコンセプトのゲームだったりする場合は,チュートリアルが必須と言える。
ループは,アーケードゲームのようにゲームが動き続けるのがいいとMoran氏は語る。そのために用意すべき要素は「自動的なリスタート」だ。
前述したとおり展示会では,ゲームが制作者の意図しない場所で放置されることがある。シューティングゲームなどでは,放置されればいずれゲームオーバーになるが,アドベンチャーゲームのように操作しない限りその画面で止まったままのゲームもある。
ゲームオーバーになったり,一定時間操作が行われなかったりしたら自動的にタイトルに戻る機能を用意すれば,途中で放置されたゲームをいちいちスタート画面に戻す作業を行わなくて良くなる。
加えて,「目立つリスタートボタン」を用意するのも重要だという。展示会では,ゲームから離脱するポイントの一つに「難しくて先に進めない」状況が挙げられる。プレイしていた人が立ち去ったあと手軽にリスタートできないと,後ろで見ていたギャラリーがプレイを始められず,一緒に去っていく可能性が高いとのこと。
というのも展示会では,「他人がゲームをプレイするのを見ているだけ」という人が必ず存在する。理由はともあれ,こういったギャラリーは「あなたのゲームに興味を持っている群衆の一人であり,大事に扱わねばならない」とMoran氏は述べた。
大画面のディスプレイやポスターなどを用意して注目度を高めたり,あるいはギャラリーに配布するちょっとしたお土産品を用意したりと,プレイヤーとギャラリーを同時に楽しませるような工夫をすると,展示会では高い効果を得られるとした。
最後にMoran氏は,自身が制作に関わった「FEZ」が展示会で「しくじった」ケースケースを紹介した。
FEZは,一見すると2Dのゲームに見えるが実際には3Dのマップで,プレイヤーがカメラを回転させることでアングルやマップの形状が変わり,先に進めるというシステムになっている。
システムの斬新さで高い評価を得た「FEZ」だが,イベント出展時は手痛い失敗をしたとMoran氏は語る。当時は,セッションタイムを15分と想定し,良くできているのでぜひ見せたいとデザイナーがリクエストしたオープニングに5分,変わったシステムのゲームであることから,普通の2Dゲームに5分,FEZ特有のシステムを体験するのに5分という3つのパートで設計された。
しかし,実際の展示会では,オープニングや普通の2Dゲーム部分だけプレイしたところで立ち去ってしまうプレイヤーが続出し,一番のウリになる最後の5分間をアピールできなかったのだそう。
Moran氏の講演内容は,言われてみれば当然なことばかりではあるが,実際にイベントなどでゲームを試遊すると,その当然なことができていないケースも少なからずある。とくに,セッションタイムが長過ぎるのが顕著な例だ。
筆者のようなメディア側の人間なら,取材ということで多少目をつぶってでもプレイするが,一般の人には十分にリーチできないまま終わってしまうだろう。
各種イベントなどでゲームの試遊バージョン出展を考えている人は,本稿で挙げられた注意点を振り返って,制作時の参考にしてほしい。
(C)POLYTRON CORPORATION
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