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「黒川塾 五十五(55)」聴講レポート。水口哲也氏がキューエンタテインメント時代,そしてクリエイティブとビジネスを両立させた現在を語った
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印刷2017/11/24 14:45

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「黒川塾 五十五(55)」聴講レポート。水口哲也氏がキューエンタテインメント時代,そしてクリエイティブとビジネスを両立させた現在を語った

 トークイベント「エンタテインメントの未来を考える会 黒川塾 五十五(55)」が,2017年11月22日に東京都内で開催された。同イベントは,メディアコンテンツ研究家の黒川文雄氏が,ゲストを招いて,ゲームを含むエンターテイメントのあるべき姿をポジティブに考えるというものである。

メディアコンテンツ研究家 黒川文雄氏
画像集 No.001のサムネイル画像 / 「黒川塾 五十五(55)」聴講レポート。水口哲也氏がキューエンタテインメント時代,そしてクリエイティブとビジネスを両立させた現在を語った

 今回の黒川塾のテーマは,「水口哲也 エンタテインメントの未来を語る-2」。ゲームクリエイターの水口哲也氏が,「黒川塾 五十三(53)」(関連記事)に続いて登場し,セガから独立して現在に至るまでの自身の活動や,今後のクリエイターのあり方,クリエイティブとビジネスの両立に対する持論などを語った。本稿でその模様をレポートしよう。

水口哲也氏
画像集 No.002のサムネイル画像 / 「黒川塾 五十五(55)」聴講レポート。水口哲也氏がキューエンタテインメント時代,そしてクリエイティブとビジネスを両立させた現在を語った

 トークはまず,水口氏がセガから独立した2003年頃の話から始まった。当時の水口氏は,自身と会社の方向性が違うと感じており,自分のやりたいことを貫くのであれば,独立するしかないと考えていたという。
 会社という後ろ盾がなくなることについては「本当にやっていけるのだろうか」という不安もあったそうだが,独立すること自体に迷いはなかったそうだ。

 そして水口氏は,仲間とともにキューエンタテインメントを立ち上げる。初期のスタッフは4〜5人だったが,自分達が生活していくために,アイデアを早急に形にする必要があった。

 時を同じくして,ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)がPlayStation Portable(PSP),任天堂がニンテンドーDSを発表した。
 これらのニュースは,「Rez」「スペースチャンネル5」の流れを汲んだ,音楽とゲームを融合させたコンテンツを作りたかった水口氏にとって,朗報だったとのこと。というのも,この二つのゲーム機にはイヤホンジャックが付いており,どこでも音楽とゲームを楽しめるという水口氏のビジョンにマッチしていたからである。

 水口氏は,「例えば電車の中で,ヘッドフォンで音楽を聴きながらノリノリでPSPのゲームを遊んでいる人がいるとする。そのゲームとはどんなものだろう」と思考をめぐらせ,「Rez」のようなディープな体験ではなく,「もっとカジュアルに,いつでも始められて,いつでも止められるようなゲームがふさわしいのではないか」という結論に至ったという。

 そこで出てきたのが,パズルゲームというアイデアだった。その時点ではパズルを組み合わせると効果音が音楽になり,さらにその音楽とビジュアルが連動するというイメージだけで,詳細はまったく詰めていなかったが,「イルミネーション」と「音楽」から「ルミネス」というタイトルを決めたとのこと。
 なお水口氏の場合,このようにタイトル名が先にできることはまれで,普通は最後の最後に苦労して付けることが多いそうだ。

 並行して水口氏は,やはり独立したばかりの桜井政博氏と「どんな面白いことができるだろう」と話していたそうだ。その中に「ニンテンドーDSの下画面をスタイラスペンを弾くと,上画面に花火が打ち上がるようなパズル」というアイデアがあり,それがのちに「メテオス」に発展していくわけである。

 さらに水口氏は,当時バンダイ(現バンダイナムコエンターテインメント)の役員だった鵜之澤 伸氏に,「ルミネス」のプレゼンテーションをする機会を得る。鵜之澤氏は「Rez」のファンで水口氏の新作にも興味津々だったそうだが,「PSP向けの音楽とパズルを融合したゲーム!」「タイトルは『ルミネス』!」と来て,「詳細は何も決まっていません!」という内容のプレゼン資料に拍子抜けしていた……というエピソードは,以前のインタビューにもあるとおりだ。

 それでも鵜之澤氏は,「ルミネス」と「メテオス」の2タイトル分のプロトタイプを作るための資金援助を快諾したとのこと。

 加えて,まだオフィスのなかったキューエンタテインメントのスタッフが,カラオケルームを借りてそれらのプロトタイプを開発したというエピソードも明かされた。当時はレンタルオフィスもメッセンジャーソフトも今ほど一般的ではなく,4〜5人が共同作業できて,かつ安く使えるスペースというとカラオケルームくらいしかなかったのである。

 またPSPやニンテンドーDSの実機もまだなかったため,プロトタイプは実機のスペックを予想しつつ,PCを使って開発していたとのこと。とくに「ルミネス」は,発売日(2004年12月)の数か月前になって,ようやく実機を使った本開発に着手したという。

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 さて「ルミネス」は,海外ではUbisoftからリリースされている。バンダイから資金援助を受けた以上,本来であれば海外でもバンダイ系列の流通を使うのが筋だが,そうならなかったのにも水口氏の思惑が働いていた。

 当時の水口氏は,何かクリエイティブな展開を企画するたびに,いちいちバンダイから許諾を得なければならない状況になるのは好ましくないと考えていたそうで,ロイヤリティなどの面で譲歩しても構わないと粘り強く交渉し,「ルミネス」のプロデュース権を獲得したという。

 この背景には,企業に所属したり,資金援助を受けたりしてコンテンツを作ると,その権利が100%企業のものになってしまう状況を何とかしたかったという水口氏の考えがあったとのこと。そしてこの考え方こそが,このトークの後半で水口氏が語ったクリエイティブとビジネスの両立につながっていくのである。

 その一方で,「ルミネス」の海外展開は決して順風満帆ではなかった。水口氏自らプロトタイプを使って海外のゲーム企業各社にプレゼンして回ったのだが,返ってきたのは「パズルゲームのマーケットは『テトリス』以外,アメリカにはない」「パズルゲームはコアゲームになり得ないので,我々のテリトリーではない」「そもそも音楽ゲームのマーケットがない」という冷たい反応だったという。

 そんな冷遇の中,Ubisoftだけが「面白そう」と手を挙げ,結果として「ルミネス」はアメリカとヨーロッパを中心にワールドワイドでヒットし,100万本以上のセールスを記録した。さらにそのわずか数年後,アメリカで「Guitar Hero」シリーズなどの音楽ゲームが大ヒットするのだから皮肉なものである。

 また「ルミネス」に使われる音楽のほとんどはキューエンタテインメントの内製だが,水口氏は「キーとなるようなパンチのある曲が足りない」と考えていたという。同時に,パズルゲームの常識を壊すべく,ステージが進むにつれてストーリーが進行し,音楽とビジュアルがそれに沿って変わり,最後に感動を与えるようなことができないかとも考えていたとのこと。

 そうした考えを実現するアイデアが浮かんだのは,友人達と行った沖縄。星空の下,海辺でバーベキューをしたり,音楽に合わせて踊ったりしているところにMONDO GROSSOの楽曲「Shinin'」が流れたとき,「この感じからゲームが始まるといいかも」と直感し,「サンセットからスタートし,夜の間ずっと続くパーティーや夢のようなものがあり,最後に太陽が昇ってきて視点が引いていき,地球が見える」といったストーリーのイメージが湧いてきたという。
 そして東京に戻った水口氏は,さっそく関係者と交渉。「Shinin'」は「ルミネス」の最初のステージを飾る楽曲となったのである。

 トークの中盤以降は,セガから独立したあとの資金繰りなど,ビジネスにも話題が及んだ。キューエンタテインメントは上記のとおり少人数でスタートしたが,「ルミネス」や「メテオス」のヒットにより,100人近くの社員を抱えることとなる。そんなときに起こったのが,2008年のリーマン・ショックだ。当時キューエンタテインメントは,アメリカの企業と契約して二つのプロジェクトを進めていたが,リーマン・ショックの影響で立て続けにキャンセルとなってしまったという。

 「社員を食べさせるために何とかしなければ」と焦った水口氏は,会社のキャッシュフローを心配しつつ,徹夜で企画を考えたり,方々でプレゼンしたりするうち,精神的にも肉体的にも追い詰められた状態となってしまう。当然まともな生活が送れるはずもなく,食も乱れ,最後には痛風を発症し病院に運ばれる結果となった。

 そんな過去を振り返り,水口氏は「お金のストレスと,クリエイティブで生ずるストレスは違う。後者は何か納得できるが,前者は本当に厳しい」と話す。そして「会社が潰れるかもしれない,100人の社員の人生はどうなる,と考えていくうち,クリエイティブとは全然違うことを考え始めて,全体的な力が落ちてしまう」と説明し「その頃からクリエイティブとビジネスの両立,クリエイティブに携わりながら,いかにして無理をせずに経済を回すかを考えるようになった」と振り返った。

 結局,キューエンタテインメントはファンドから資金を調達することとなるのだが,その見返りとしてファンドから成果を求められるため,会社の方向性が変化してしまう。
 水口氏は「そうじゃないんだよな」「これでいいのかな」と思いつつも「NINETY-NINE NIGHTS」などの企画開発に携わっていたが,最終的に自身の中で折り合いが付かなくなり,2011年10月発売の「Child Of Eden」PS3 / Xbox 360)を最後に,キューエンタテインメントを辞めることとなった。

 「Child Of Eden」を作り終えた当時の水口氏は,自身のクリエイティブに行き詰まりを感じていたという。とくに3D表現においてその傾向が強く,3D映像を使ったミュージックビデオを作ったり,ライブをやったりして楽しむ一方で「結局,映像は四角い画面の制約から逃れられない」とも感じ,「しばらくクリエイティブから離れよう」と考えたそうだ。

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 そんな折,水口氏に慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科から特任教授として講義をしてほしいとの依頼が来る。黒川塾53で披露したように,ゲーム開発にワークショップの手法を持ち込んでいた水口氏は,学生に自身の考え方を教えるのも悪くないと思い,引き受けることにした。

 水口氏はその講義で,ゲームデザインには「欲求のチューニング」が必要だと説明しているという。すなわち,「ゲームには人間の本能や欲求を再設計している部分がある。人間が面白い,気持ちいいと感じるときには,裏側に欲求の琴線に触れる何がきちんと存在する」とし,「ゲームデザインは,それが途切れないよう最後の最後まで引っ張っていく必要がある」とのこと。

 それでは人間の欲求をどうやってゲームデザインに織り込んでいくか。水口氏によると,欲求は因数分解できるとのことで,例えば「スペースチャンネル5」であれば,最終的な欲求は主人公・うららの抱く「宇宙で一番の人気レポーターになりたい」だが,ゲームを始めたばかりのプレイヤーはなかなか共感しにくい。

 そこで,どうすれば最終欲求に近づくことができるか分解して考えていくと,まず人気レポーターになるには高い視聴率を取る必要がある。しかし,「視聴率を取りたい」という欲求もまたプレイヤーは共感しにくい。そこでさらに「人類を救いたい」「人類を救うためにダンスで宇宙人に勝ちたい」と分解を重ねていく。そうやっていくうちに,全体のイメージが固まっていき,またそれに合う演出やキャラクターが出来上がっていくという。

 また,敢えてプレイヤーの欲求に応えないことが必要になる場合もあるとのこと。例えば,うららは「男性に媚びない」という一面を持っており,例え下着が見えてしまっても「いや〜ん」みたいな反応ではなく,むしろ「見たいならどうぞ」くらいの態度を見せる。この背景には,多くの男性が抱くであろう欲求に敢えて応えないことにより,女性にもゲームを遊んでほしいという水口氏の思いがあるそうだ。
 水口氏は以上をまとめて,「こうした欲求のチューニングは,ゲームに限らずメディアデザインの根本」と表現していた。

 実際,水口氏は学生向けの講義に留まらず,さまざまな企業から招聘され,欲求を可視化するワークショップを行っていたとのこと。例えば,とある家電メーカーでは新しいスマートフォンをデザインするにあたり,まずデザイナーなどスタッフ30名くらいから「こういうデザインにしたい」「顧客にこういう機能を使ってほしい」などの欲求をすべて書き出してもらい,その中から共通する部分を示していくといったことをやったという。
 そのほか,この手法を使って広島の筆職人や九州の果物農家などが大手通販サイトで個人ショップを始める際のコンサルティングを手がけたこともあったとのこと。

 こうしたクリエイティブとコンサルティングを一体化させた仕事は,水口氏にとって非常に面白い経験で,刺激にもなったが,その一方で「自分には,実際に手を動かして何かを作るほうが向いている」と再認識したという。

 そんな水口氏がクリエイティブの現場に戻る直接のきっかけとなったのは,2014年にキューエンタテインメントが買収されると聞いたことである。このままだと「ルミネス」が人手に渡ってしまい,そのまま塩漬けにされる可能性があると危惧した水口氏は,知人であるモブキャスト代表取締役の藪 考樹氏と共同で権利を買い取ることとなった。これが,モブキャストからスマホゲーム「LUMINES パズル&ミュージック」iOS / Android)がリリースされた経緯の一つである。なお,ほかのプラットフォームにおける「ルミネス」の展開は,水口氏に任されているそうだ。

 また「Rez Infinite」に関しては,それ以前にセガと「Rez」の権利に関して交渉したとき,「一番思いを持って作った人に任せるのがいいから」と許諾を受けていたそうである。
 なお「Rez Infinite」にて追加された新ステージ「Area X」は,1年半もの期間をかけて構想していたとのことで,その中にはゲームプレイと連動する「シナスタジアスーツ」のアイデアもすでに含まれていたという。

 現在,水口氏はEnhance Games(米国法人)とレゾネアという2つの組織で代表を務めており,どちらも自身で資金繰りまで手がけている。
 Enhance Gamesは,新しいIPの開発,マーケティングおよびプロモーション,資金調達,そして開発したゲームなどの販売に特化しており,クリエイターは所属しない。つまり,現在のハリウッド映画の制作システムでいうところの配給会社にあたる。

 もう一方のレゾネアは,逆にクリエイターが所属するスタジオだが,一人一人が社員ではなく独立した組織になっており,税金の納付なども個人で行っているという。水口氏によると,このシステムによってスタッフそれぞれにオーナーシップの概念が生じるため,結果として無理のない生活を送りつつ,より優れたクリエイティブを目指すというコミットがなされるとのこと。さらにレゾネアのクリエイターには,それぞれが手がけたタイトルにロイヤリティが生じた場合,レゾネアを辞めても支払われる。

 また一人一人が自分自身を管理するため,管理職やマネージャーといったポストがなくなり,その分のコストが一人一人に還元されるというメリットもある。
 水口氏は「モチベーションとお金,仕組みはセットである」とし,「このセットを作れたら,プロジェクトはだいたいうまく行く。全員が誇りを持ってプロジェクトに取り組むので皆の顔つきが変わるし,仮に売れなかったとしても,いいものを作れる」と話していた。

 トークの最後の話題は,水口氏の今後の展開について。水口氏はVR以前には戻りたくないそうで,「『やっぱりVRの時代じゃなかった』という話になるなら,しばらくほかのことをやりつつ,次のVR台頭を狙います」と語った。

 また,映像表現はVRによって四角い画面から解放されたわけだが,それはスタート地点でしかなく,この先ARやMRを含めて,バーチャルと括られているものが現実世界と融合するのは明らかであると断言。続けて「10年くらいあとから始まる変化は,スマホが人々の生活に浸透したというようなレベルではなく,気がついたら全然違う世界にいるくらいのものになる。例えば自動運転が普通になれば,家を持たずクルマの中で生活する人も出てくるだろう。そうなると,そうした人に向けたサービスも登場する。黒川塾のようなセミナーを,クルマで移動しながら聴講する人もいるかもしれない。そういう変化が,あと10年くらいで一気にやって来る」と予想して,トークをまとめた。

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