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eスポーツには,楽しくゲームを伝える“名人”が必要。高橋名人誕生秘話も語られた「高橋名人が語る昔と今のTVゲーム業界」レポート
もはや説明は不要かもしれないが,高橋名人は1980年代から現在まで,長くゲーム業界で活躍を続けている人物だ。ファミコンブームの頃はハドソン(当時)に所属し,現在はMAGES.のゲームプレゼンテーターかつドキドキグルーヴワークスの「代表取締役名人」を務めている。
ファミコンブーム当時はハドソンの宣伝部社員でありながら高い知名度と人気を誇り,“高橋名人”として親しまれた。同社主催のゲーム大会「ハドソン全国キャラバン」において,1秒に16回もボタンを連打する“16連射”を披露する高橋名人は,子供達のヒーローだったのだ。広い意味ならプロゲーマー(ゲームのプレイを通じて収入を得る人)の元祖的な存在であると言ってもいいだろう。
講演では,高橋氏がハドソンに入社し,“高橋名人”になったいきさつを中心に,名人が現在のeスポーツ文化に対してどのような見解を持っているのかが語られた。
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ファミコンブームと高橋名人の誕生
1959年に北海道札幌市で生まれた高橋氏は,短大を退学してとあるスーパーマーケットに入社。そこで「スペースインベーダー」ブームの洗礼を受け,マイコン(現在でいうPCのこと)に興味を持つ。当時は高価だったMZ-80Bと周辺機器を購入し,活用しなければもったいないということで,プログラミング言語BASICのインストラクターに転職。その後,友人の誘いでハドソンに入社するに至った。札幌の地元企業ということでハドソンを選んだはずが,入社3日で辞令も無しにいきなり東京へ赴任させられたそうで,いろいろと大らかな時代だったようだ。
そして1983年にはファミコンが発売され,ハドソンは初のサードパーティとしてゲームを発売することとなった。初回作の「ロードランナー」と「ナッツ&ミルク」は発売後2日で市場在庫が無くなるほどの人気を博した。当時のハドソンには増産するためのキャッシュが無かったため,社長が個人担保で金を借りてその費用に充てたという。
さらにゲーム人気の高さを受けて漫画雑誌とのタイアップを企画し,「週刊少年ジャンプ」「月刊コロコロコミック(以下,コロコロ)」「コミックボンボン」に話を持ちかけたところ,コロコロのみが反応したことから協力体制がスタートした。好調なハドソンだが,「バンゲリングベイ」では,自機のラジコン操作が理解されずに批判を受けることになった。一方,ハドソンの社内では当時ラジコンが流行しており,「バンゲリングベイ」の操作も「ラジコンの練習になる」と好評だったそうだ。
高橋氏は1985年にコロコロ主催のイベント「コロコロまんが祭り」に出演することになり,これが“高橋名人”が生まれるきっかけとなる。イベントには2000人もの親子が訪れ,そのうち200人が終了後にサインを求めたため,急きょサイン会が開催されたという。この人気を受けて,全国を巡るゲーム大会「ハドソン全国キャラバン」が企画され,高橋氏は“高橋名人”としてキャラバンに参加することになったのである。
ちなみに「コロコロまんが祭り」では,告知記事に「ファミコン名人がやってくる!」というコピーが使われていた。高橋氏が原稿をチェックした段階では「ハドソンの高橋さんがやってくる!」という当たり障りの無いフレーズだったため,発売後の雑誌を見て非常に驚いたという。コピーを「ファミコン名人〜」に差し替えた人物こそが“高橋名人”の間接的な生みの親とも言えるだろう。
ハドソン全国キャラバンでは,高橋名人が驚異的な連射を披露。イベント後に“16連射”の公式名称が付けられた。16連射は高橋名人の代名詞となり,映画「GAME KING 高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦」では,「連射でスイカを割る」というシーンも登場することとなった。
当時は朝6時に起きて会場の設営を行い,15時に終了してから移動と片付けをし,21時に反省会を開き,その後は大会に使うコントローラを掃除して午前1時頃に就寝する……という毎日を繰り返していたそうだから,いかに多忙であったかがうかがえる。TV番組「おはようスタジオ」では高橋名人の出演コーナーを見て遅刻する子供が増えたため,出番を早くするという措置がとられるほどだった。高橋名人を主人公にした漫画が連載され,ゲームやアニメの主人公となり,さらに主題歌も歌う……と人気は過熱。睡眠時間は2時間ほどになったうえ,160日連続で勤務することもあったという。
その後,高橋名人はPCエンジン用ソフトのマニュアル作成などの仕事に携わるようになり,マスコミへの露出は減っていくのだが,ここで有名な「死亡説」「逮捕説」が流れることとなった。死亡説はすぐに否定できたものの逮捕説は根強く残り,「詐欺罪」(16連射はウソだった),「薬事法違反」(16連射はドーピングだった),「傷害罪」(ファンと握手する際,すごい握力で怪我をさせた),「脱税」(有名人ならやっているだろう)と,ファンのあいだでいろいろな罪名が流れたそうだ。
eスポーツには“名人”が必要
続いてのテーマはeスポーツについて。国内のeスポーツには「賞金問題」「スポンサー」「プロライセンス発行の見えにくさ」「プロゲーマーの地位向上」「オリンピック正式種目化を目指して」「引退後のセカンドキャリア」といった課題がある,と高橋名人は指摘する。
●賞金問題,スポンサーについて
よく知られるとおり,一般的に日本のeスポーツは海外よりも賞金が低い。これは「刑法賭博罪」「景表法(不当景品類及び不当表示防止法)」「風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)」があり,“入場料を賞金に充てられない”“パッケージ価格の20倍を越える賞金が出せない”“ゲームセンターが賞金を出せない”という制限があるからだ。現在は,ゲームとは無関係なスポンサーから出資を受けてこうした制限を回避する手段が取られているものの,高橋名人は「こうした点をなんとかしないことには,プロゲーマーが国内のみで食べていくのは難しい」と現状を総括した。
●プロライセンス発行の見えにくさ
現在はJeSU(一般社団法人日本eスポーツ連合)が独自基準でプロライセンスを発行している。これについて高橋名人は,一般の人からは見えにくいが,「プロゲーマー」という職業を認知してもらうためには,プロライセンスの発行自体は必要であると考えているとのこと。
●プロゲーマーの地位向上
一般人への認知はまだまだ低いため「マスコミは,世界大会で勝つなどした人をもっと大きく紹介してほしい」と高橋名人は提言する。一般のスポーツでは,功績を挙げた選手をマスコミが取り上げることにより,一般プレイヤーが憧れるという図式が成立している。「マスコミが選手の功績を報じることで,プレイヤーの目標となる人が出てくれば,子供の憧れにもなり,そこで初めてプロゲーマーという職業が確立される」と,認知度向上の必要性を説いた。
●オリンピック正式種目化を目指して
eスポーツをオリンピックで正式種目にしようという機運が一部で高まっているが,高橋名人は「個人の考えとしては,オリンピックはかなり難しいのではないか」と語る。一般のスポーツはどこかのメーカーが作った商品ではないが,既存のゲームを取り上げるうえではどうしてもゲームメーカー名がついて回るため,これが正式種目化の妨げとなるという考えだ。高橋名人は「IOC(国際オリンピック委員会)主導のもとで競技用ゲームを作り,ゲームメーカーは協力するものの,名前を出さないといった形ならいけるのではないか」と語った。
●引退後のセカンドキャリア
ゲーム会社の営業職から宣伝部へ異動し,現在は「ゲームプレゼンテーター」として活躍する自身を例に挙げ,「セカンドキャリアはあらゆるプロスポーツ選手にまつわる問題だし,人にはいろいろな生活がある。今回挙げた中では一番軽い問題ではないか」とのこと。
最後に高橋名人は「プロゲーマーとは“ゲームがうまい人,大会で強い人”というイメージがあるが,ゲームを紹介したり,プレイを通して楽しさを知らせてくれる人もプロゲーマーだと思います。私もゲーム大会ではスコアだけを追求するのではなく,あえて見せ場を作って面白さを伝えようとしましたし,こうした取り組みを行うのが“名人”だと思います」と,広義におけるプロゲーマー論を語り,イベントを締めくくった。
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