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分業化を行うことで,コンセプトの迷走を防ぐ。「DELiGHTWORKS Developers Conference アートから受け取るグラフィックス」をレポート
アートとグラフィックスを分けることで,コンセプトの迷走がなくなる
ゲームのグラフィックスは,まずアートワークという形でコンセプトが作られ,これをゲーム機やスマートフォンの実機グラフィックスに落とし込んでいく。多くの開発現場では混ざりがちになるアートワークとグラフィックスの仕事だが,ディライトワークスでは「DELiGHT Art Works」(以下,DAW)「DELiGHT Graphic Works」(以下,DGW)の2つの部門に分割した。当初は不安視する声もあったものの,実際はアートワークとグラフィックス,それぞれの担当者がやるべきことが明確化するメリットがあったのだという。
分割の理由について田口氏は,「2つの仕事が混ざっているとアートワークが都合によって変えられていき,最初に目指した原点(コンセプト)が変えられていく」ことを挙げる。
例えば,開発の過程において,画力に優れたスタッフが“1枚の絵としてはうまいが,ゲームのコンセプトから離れた絵”を描いてしまうと“こっちの絵の方がカッコイイ”となって最初に目指したのとは別のものになってしまうのだ。
開発が進むにつれ,当初のコンセプトとのズレは蓄積されていき「あの時に描かれた絵は上手だったけれど,ゲームのコンセプトとは別ものだったんじゃないか」と現場が混乱することもあるのだという。
ゲームを料理作りに例えて田口氏は,アートワーク(DAW)の仕事は“料理の種類を決めること”,グラフィックス(DGW)は“調理器具や食材を選ぶこと”だと語る。この例えに従うなら,前述したアートワークとグラフィックスの迷走は,料理を作りながら,あちらのメニューがいいのではないか,いや,こちらがいいのではないかと議論するようなもの。確かにこれでは,できてくる料理が別物になってしまうだろう。
DAWの仕事は,いい絵を描くことではなく,プレイヤーにどう感じてもらうのかを決めること。ゲームのアートが目指すべきところを短い文章で提示し,単語を取捨選択することでコンセプトを固め,これを共有するためにイラストを描くのだという。
こうして決まったコンセプトを実現するための道を模索するのがDGW。モデリングやアニメーション,背景,エフェクトや演出など各セクションにおいてそれぞれに協議し,ツールやエンジンの選定を行う。コンセプト通りに実機へ実装できることはなく,DAWとDGWは多くの意見を交換しながらゲームを作り上げていくのだという。
コミュニケーションの混乱を防ぐため,制作進行との分業を行う
一般的な開発体制でよく起こりがちな例として,開発が進むにつれ,実機上でうまくグラフィックスがコンセプトを実現できないなどのトラブルにより,状況は混沌としていくことがある。もちろん,課題の解決のために各部門が集まりミーティングが行われるのだが,状況を整理し,解決の糸口を見つけることは難しい。なぜならば,部門のリーダーとなる優秀なクリエイターが,必ずしもチーム管理の才能を併せ持つわけではないからだ。
チームの管理を優秀なクリエイターに任せることで業務の負担も増え,クリエイターの時間が無くなるうえに、セクション間の問題も増えていくのだそうだ。
混乱の中ではスタッフ達も疲弊していき,チーム全体の士気が落ち始める。そして誰かが「このゲーム,ヤバいんじゃないのか?」と口に出してしまうと,これをきっかけにネガティブなムードが伝染していく。田口氏はこれを「混乱したチーム社会を支配する,最も強い力であり,プロジェクトをおかしな方向へと進めてしまうもの」であるとして警戒しているという。
課題が積み重なった状況とコミュニケーションの混乱によって士気が低下し,すべてが良くない方向へと向かう。スタッフがこれを自覚し,口にすることでその傾向が加速する。つまりはあらゆるプロジェクトがこの空気に支配される可能性があるわけだが,DGWでは制作進行チームを置くことによってこれを防いでいる。
制作進行とはアニメ業界では一般的な職種で,スタッフ達の作業状況を確認・把握して納期に間に合わせるためにスケジュール管理を行う。DWGでは,制作進行のスタッフがさまざまなチームに行き,ひたすらに進行状況を聞いて回り,タスクの管理をすることにより,部門のリーダーはスペシャリストなクリエイターとしての任に集中できるというわけだ。
そのうえで,制作進行と開発部門に上下があるわけではなく,管理と開発という異なった職種であり,制作進行とは“タスク管理をしてくれるありがたい人達”であることを周知しているという。上下ではなく分業というわけで,実に分かりやすい。
制作進行の仕事には“問題点を聞き出してプロジェクトマネージャーに報告する”ことも含まれる。制作進行はスケジュール管理に集中し,問題の解決は,その能力を持つ人に任せるわけで,これも分業的な考え方といえるだろう。
色あせない「楽しかった記憶」を創るため,ゲーム開発という大変な仕事で頑張る
ゲームのグラフィックスを開発していくうえでは,“アートのコンセプトを実現すること”と“実機での処理を重視すること”をしっかりと分けていくことが重要である,と田口氏は語る。
アートコンセプトのように美しいグラフィックスは,実機で再現することが難しい。逆に,実機へ実装することを重視すると,グラフィックスの見た目はアートコンセプトから離れていく。状況に応じて,見た目と実装のどちらを優先すべきかをハッキリ決めていく必要があり,そのうえでもDAWとDGWを分けるディライトワークス流は有効なのだという。
もちろん,いきなり理想の形ができるわけではない。チームの士気を上げるため,いくつか段階を刻んでプロトタイプを作っていく手法が採られる。プロトタイプ作りのうえでは「仮」という言葉がよく使われる。「ここに入っているイメージは仮です」とか「仮実装のものです」というおなじみの言葉だが,田口氏が携わる仕事ではこうした言い方は厳禁なのだとか。
仮のものですと言ってしまうと,実際は進んでいない仕事が進んでしまっているという錯覚が生まれるため,必ず完成までのパーセンテージで表現するように命じているそうだ。これにより,「実際の完成度」と「どこができていないか」が,あらためて認識できるのである。
それでもゲームのコンセプトや目指すべきところを見失いかけることはあるが,そうした時は原点をあらためて問いかけるという。最後に田口氏は,「クリエイターはお客様を満足させるために,日々ものを考えて作り,形にしていくことが重要である。それは大変ではあるが,クリエイターはお客様の記憶の中に“楽しかった記憶”を植え付けることができるやりがいのある仕事だ。日々進化していく技術の中で、ゲームそのものは色あせていくが,“楽しかった記憶”は色あせることがない。その記憶を創るクリエイターの仕事もまた楽しいから,今後もただ純粋に,面白いゲームを創ろう。」と思っていると,ディライトワークスの理念をかけて講演を締めくくった。
「ディライトワークス」公式サイト
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