インタビュー
[SPIEL'19]インディーズボードゲーム開発会社King Racoon Gamesに聞く,ドイツにおけるインディーズボードゲームの今
初出展のときには「ドイツではSPIELに一度だけ出展して,それで個人的な夢を叶えて満足したり,あるいはまったく売れないという現実に挫けたりして,商業的なボードゲームの世界から去っていくインディーズデザイナーがたくさんいる」とデザイナー自らが語っていたが,「Tsukuyumi」とそれを出版するKing Racoon Gamesはその最初の関門を乗り越えたと言っていいだろう。
そんなKing Racoon Gamesは,SPIEL'19にも大きなゲームを2つ,試遊可能な状態で展示していた。彼らは今どんなゲームを作っているのだろうか。また彼らが現状の成功を得るために,どんな秘訣があったのだろう。
King Racoon GamesのCo-Founderであり,同社のビジネス面を采配するMaxine Metzger氏に聞いた。
4Gamer:
ブースを拝見すると,新しい作品が最低でも2つは進行中のように思えます。現在制作が進んでいるプロダクトについて教えてください。
Maxine Metzger氏(以下,Matzger氏):
ブースに持ってきているのは,制作進行中のタイトルのうちごく少数です。今回試遊できるのは2作品ですが,これ以外にもたくさんのゲームが作られようとしています。また新製品としては,「Tsukuyumi」の小型拡張セットがあります。
4Gamer:
昨日ブースをうかがったときはマップが一枚展示されていて,「これはどういうゲームなのか?」と聞いたら「Felix(TsukuyumiのデザイナーでKing Racoon Gamesの創設者であるFelix Mertikat氏)しかそのゲームがどんなゲームになる予定なのか知らないんだよ」と言われました(笑)
Metzger氏:
そういうフェイズの作品はいくつもあります(笑)。今回ブースで試遊できる2作品に限って話をしますと,まず最初の作品は「TDO」というものです。「Titan Defence Organization」で略してTDOですね。
4Gamer:
あちらに見える,大きなミニチュアをマップにするものですね。
Metzger氏:
その通りです。ゲームの設定としては,人類は自業自得の結果として,Titanと呼ばれる外宇宙から飛来する怪獣の攻撃を受けています。これに対して人類は防衛策を講じなくてはならないのですが,とはいえそんな怪獣と戦うとなると膨大な予算が必要です。
かくして考案されたのが「外宇宙からやってくる怪獣と,その怪獣から地球を守る戦士達の戦い」をリアリティショウとしてテレビで放映し,その収益を使って防衛予算を確保するというスタイルです。この番組の名前が「TDO」というわけです。
4Gamer:
なるほど。ということはプレイヤーは,ただ怪獣と戦うだけではいけないわけですね。
Metzger氏:
全員で協力してTitanと戦って倒すのは大前提ですが,とはいえ「フォー・ザ・チーム」を真の意味で徹底してしまうと,プレイヤーにとってはマズいことになります。
プレイヤーの背後にいるスポンサーに対してメリットを提供しなくてはならないわけですから,ここぞという場面では自分ひとりが,戦闘スーツに描かれたスポンサーロゴをテレビのど真ん中で見せねばなりません。
怪獣は倒さねばならないが,それを通じてお金も稼がねばならない。これが「TDO」においてプレイヤーが抱えるジレンマとなります。
4Gamer:
面白そうです。ところでマップが3Dのボードですが,これは製品版でもこうなる予定でしょうか。
Metzger氏:
製品版にはこの3Dのマップを付属させる予定です。また現状ではプレイヤーのコマは紙製ですが,これもミニチュアにしたいと思っています。もちろんTitanには複数のタイプがいますので,それぞれに応じて異なった「マップ」を用意します。
4Gamer:
壮大な計画ですね。
Metzger氏:
はい。ですので現状,パブリッシャないしパートナーを探しているところです。もうひとつは,ファンタジー世界が舞台の「Path of Darkness」です。かつてこの世界は,天使によって守られていました。ですがそこにDemonが侵入してきて,Angelを封印していったことで,この世界は人間にとって大いに危険な土地となってしまったわけです。
かくしてプレイヤーはパーティを編成し,天使を解放するべく戦うことになりました……というのが本作のバックストーリーです。
4Gamer:
プレイヤーがキャラクター1人を扱うのではなく,パーティ1つをコントロールするわけですね。
Metzger氏:
そうです。パーティを構成するキャラクターには,悪魔と戦うための戦士はもちろん,航海するためのナビゲーターなどたくさんの職業があります。彼らをうまく使っていくことが重要になっていくゲームですね。
4Gamer:
なるほど,鉄板で面白いコンセプトですね。とはいえ似たような感じのゲームは結構見受けられるかなと思います。本作のもっとも大きな特徴は何でしょうか。
Metzger氏:
VP(勝利得点)の管理ですね。本作においては,プレイヤーは自分自身のVPを見られません。原則として,プレイヤーは誰が何点のVPを得ているかが分からないんです。
ですが,自分の隣りにいるプレイヤー1人のVPだけは,知ることができます。というのも,各プレイヤーは自分の隣にいるプレイヤーのVPを紙に記録していく係でもあるからです。
かくして本作は,誰がどれくらいリードしているのか分からない,とてもスリリングなゲーム展開となります。Path of Darknessも出版するためのパートナーを探していますが,数社に興味を持っていただけている状態ですね。以上がこのブースで試遊できる新作2つの紹介となります。
4Gamer:
ありがとうございます。さて,少し方向性の違う質問なのですが,かつてMertikat氏に「ドイツでプロのボードゲームデザイナーになるのは大変か?」と聞いたところ「大変だ」という返答が返ってきました。あれから2年経って,状況は変化しましたか。
Metzger氏:
大筋で言えば変わっていません。やはりまだまだ大変ですね。とくにKing Racoon Gamesの場合,作っているゲームがいささか冒険的というか,はっきり言えばちょっとクレイジーなところがあります。そのためドイツのパブリッシャからは,これらのゲームを出版するのはあまりにリスキーだと判断されがちなんです。
これは私見ですが,ドイツのボードゲームパブリッシャは冒険を嫌う傾向を強く感じます。これまでにヒットしたことがあるメカニズムやテーマのタイトルが好まれるんです。
なので自分達が作っているようなゲームを出版したいとなると,国際的な協力を求めるしかないところがありますね。
4Gamer:
なるほど。具体的にはどのような国のパブリッシャと話し合いが持てていますか。
Metzger氏:
現状ではフランスとアメリカですね。ただ,これはちょっと面白い愚痴になってしまうんですが,King Racoon Gamesはほかのゲームデザイナーからは「ゲームの開発もするし,パブリッシュもする会社だ」と思われているようなんです。なのでドイツのインディーズボードゲームデザイナーの方が,このブースに「僕のゲームを出版したいんだけど」と相談に来てしまうことが結構あるんですよね。
4Gamer:
パブリッシャが商談に来たかと思ったら,デベロッパが来ちゃったという。
Metzger氏:
もちろん弊社ではパブリッシュ業務はしていませんので,「うちはそういうことはしていないんです」とお断りすることになるんですが。このあたりの情報を広めていく必要もあるなと感じています。
4Gamer:
「Tsukuyumi」は昨年からSPIELの会場あちこちにあるショップで購入できますから,パッと見た感じ「あのゲームはパブリッシャを得たんだな」と思ってしまいますよね。
それで実際に箱を見てみると「King Racoon Games」とだけ書かれているわけですから,「なるほどあそこはパブリッシャでもあるんだ」と思うのではないかと(笑)。ところでKing Racoon Gamesがパブリッシャとしての仕事に乗り出す可能性はないんですか。
Metzger氏:
検討しなかったと言えばウソになりますが,「無理だ」という結論に至りました。パブリッシャという仕事は,よりビジネスサイドをしっかりと見られる人間が必要です。私達が,ボードゲーム市場におけるしっかりしたビジネスマンであろうとするには,ちょっとデザイナー志向が強すぎるんです(笑)。
4Gamer:
なるほど,それはブースを見ていても非常に説得力があります。
Metzger氏:
すみません,ちょっと話が逸れました。ドイツでボードゲームデザイナーになるという件ですが,ドイツには今お話したように「ゲームデザイナーになりたい人」はたくさんいます。
でもプロになるのは大変です。また,あくまでファンとして,自分が好きなゲームを作っていたいという人もたくさんいます。
それと「どうしても自分のゲームを商業出版したい」と思った人が,自分で会社を作って,ゲームを1つだけを出版して,それでその人にとっての商業的なゲーム出版は終わりというケースも少なからず見られます。
4Gamer:
なかなか大変な状況ですね。ところでSPIELの会場を見るとあちこちで「Kickstarter開始」の文字を見ますが,ドイツのボードゲーム市場においてKickstarterとはどのような位置付けにあるのでしょうか。また,なぜこれほどまでに人気なのでしょうか。クラウドファウンディングというだけであれば,ほかにもサービスはありますよね。
Metzger氏:
ドイツにおいては,Kickstarterそのものが新作ボードゲームの情報を伝えてくれるニュースソースとして機能している,という側面があります。大手パブリッシャが発表するゲーム以外で新しくどんなゲームが発売されようとしているかを知るにあたって,もっとも効率が良いのがKickstarterなんです。
つまり,Kickstarterは投資を集めるのも大事ですが,宣伝広告の手段ともなっているというのが現状ですね。なので「Kickstarterでキャンペーンを開始したけれど,成立しなかった」というのは宣伝効果として著しいマイナスになりますし,それだけに投資してくれる固定ファンをどれくらい獲得しているかというのは重要な要素となります。
4Gamer:
King Racoon Gamesは,固定ファンの獲得という点において,とてもうまくやれているように思えます。Kickstarterでのキャンペーンも順調ですし,「Tsukuyumi」は大きな成功を収めています。その秘訣はどこにあるとお考えですか。
Metzger氏:
いろいろありますが,一番大きいのはFelixの人柄だなと感じますね。彼は本当に人間ができていて,その人の良さがファンはもちろんブースを訪れた人にも伝わっているのを感じます。そしてそうやってコツコツと積み上げていった個人的なコネクションの先に,今のKing Racoon Gamesがあるというのが実感です。
それからFelixはプレゼンも非常に上手です。突飛なアイデアや仕様に思えるゲームであっても,彼のプレゼンを聞くと「なるほど」と納得できるんです。あの説得力もまた,重要な要素でしょうね。
そのうえで一般的な話をすれば,「自分に自信を持つ」のはとても大事だと感じています。自分のゲームは良いゲームなんだという自信がなければ,ゲーマーであれ投資家であれ,説得するのは不可能です。
4Gamer:
これだけ大量のゲームが出ているいま,プレゼンで「つまらないゲームですが」的な態度が漏れてしまったら,そこで話が終わってしまいますものね。
Metzger氏:
ええ。とはいえドイツでの話をすれば,自分のゲームに対して自信を持っている人がほとんどです。
ですのでむしろ「その自信を過剰に発揮しない」ほうが重要かもしれません。「俺のゲームは世界一のゲームで,ゲーム市場を根底から変える力を持っている! このゲームの良さが分からないパブリッシャばっかりで話にならない!」みたいな態度を取る人が時折いるんですが,それで話を聞いてくれるパブリッシャは,まずいないと思いますね。
4Gamer:
若いうちはやらかしがちだと思います(笑)。
Metzger氏:
あと,パブリッシャ数社と話をして,「うちでは駄目ですね」ということになっても,そこで諦めてしまってはおしまいです。
これはPCゲームでも同じだと思いますが,パブリッシャも企業であり,企業ごとの個性やブランドを持っています。例えばDevolver Degitalがパブリッシュするゲームといえば,だいたいこんなゲームなんじゃないか? という想像ができるじゃないですか。
4Gamer:
確かに。Devolver Degitalは,とくにそのあたりのブランディングに熱心ですからね。
Metzger氏:
なので,ひとつのパブリッシャに断られても,それは「あなたのゲームは,私の会社向けのゲームではない」というだけのことである可能性があるんです。諦めずに粘り強くいろんな会社と交渉するのは,とても大事だと思いますよ。
4Gamer:
最後に,今後の製品スケジュールについて簡単に教えてください。
Metzger氏:
Path of Darknessはほとんど完成していて,今はグラフィックスの改善と修正を行っている最中です。TDOの方はまだまだ開発中で,Felixが先週になって「このゲームシステムのままじゃ駄目だと思うんだよ」とか言い出しましたから,まだまだ先は長いなというのが実感ですね。
どちらにしても,両作品ともまだ時間が必要です。準備が整ったらKickstarterでキャンペーンを開始します。またこれらとは別に,「Tsukuyumi」のミニチュアが来年の4月にリリースされます。日本の「Tsukuyumi」プレイヤーは,是非チェックしてみてください。
4Gamer:
どうもありがとうございました。
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