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現役医師が開発した,新生児医療を学べるシリアスゲームとは。日本デジタルゲーム学会「ゲーミファイ・ネットワーク 第17回勉強会」レポート
このセミナーでは,信州大学 医学部 小児医学教室 三代澤幸秀氏が,「現役医師が制作した『ゲームで学ぼう新生児医療』の試み」と題した講演を行った。
三代澤氏は,新生児集中治療室(NICU)に勤務する医師だが,17年間にわたり新生児医療に携わってきた中で,2つの気になる問題が出てきたという。
1つめは「社会的ハイリスク妊婦」──つまり経済的要因,家庭的要因などにより,子育てが困難になると予想される妊婦で,妊娠期から産褥期,育児期という長期的かつ社会的な支援が必要となる。
なぜそうした支援が必要かというと,子育てが困難な状況にある妊婦の増加と,平成2年から令和3年に至るまで,児童相談所における児童虐待の相談対応の件数が一貫して増加していることが,少なからず関連があると考えられたからだ。
2つめは「医療的ケア児」だ。こちらはNICUに長期間入院したのち,引き続き人工呼吸器や胃ろうなどを使用した痰の吸引や経管栄養などを必要とする子どもたちのことである。そうした医療的ケア児もまた一貫して増加している。
三代澤氏は,これらの問題に対応するためには「多職種連携」が重要だと語る。実際,社会的ハイリスク妊婦,または医療的ケア児の支援に関わる支援機関は多岐におよぶ。しかしそうした多くの職種が連携することは,一般的になかなかイメージするのが難しいというのが実情だ。
そこで三代澤氏が考えたのが,「映像・演劇による多職種連携の推進」である。最初の試みは,自身も参加している長野・松本地域の多職種による妊産婦支援団体・こどもかんふぁのシンポジウムで行った,映像を交えた演劇だったという。具体的には妊婦が今どんな状況に置かれているかをイメージさせる映像をいくつか用意し,それらの合間に演劇を入れるという構成だったそうだ。
演劇のエンディングは,乳児院の職員が「大変だったけど,よく頑張った」と妊産婦をいたわり,そのバックでシンディ・ローパーの「トゥルー・カラーズ」が流れるというもの。出番が終わって舞台袖から見ていた三代澤氏は,「いい雰囲気だな。泣く人もいるんじゃないかな」と思って客席を見たところ,半分以上の観客が泣いており,中には大号泣している人もいて,「この手法はすごく伝わる」と感じたそうだ。
2019年には「日本周産期新生児医学会学術集会」にて,「アドバンス・ケア・プランニング」を題材に同じ試みをすることにした。アドバンス・ケア・プランニングとは,主に治療が難しい進行性の病気などの患者が,これから人生をどのように過ごして,どのような医療や介護を受けて最期を迎えるかをあらかじめ決めておく取り組みだ。家族や近しい人,医療やケアの担当者に,自身の考えを打ち明けておくのだ。重いテーマではあるが,こちらも好評だったという。
続いて三代澤氏が行ったのは「メンタルヘルス・ファーストエイド」を題材にした試みだ。メンタルヘルス・ファーストエイドは,メンタルヘルスの問題を有する人に対して適切な初期支援を行うためプログラムだが,三代澤氏は産後うつや妊娠中のうつ病による妊産婦の自殺を予防しようと考えたという。
このときは,映像と演劇だけではなく,グループワークを導入し,参加者に「あなたなら妊婦にどんな声をかけるか」と問いかけて,グループごとに回答を求め,それらをもとにディスカッションを行ったとのことで,こちらも好評に終わったそうだ。
三代澤氏は以上の試みがいずれも好評だったことから,「次々に研修会を開催し,多職種連携を体験してもらえばいいのでは」と考えたという。しかしコロナ禍により,講習会を開ける状況ではなくなってしまった。そんなとき,三代澤氏が目を付けたのが,シリアスゲームだったのだ。
三代澤氏が最初に取り組んだシリアスゲーム「Circle of Support」は,「社会的ハイリスク妊婦の把握と切れ目のない支援のための保健・医療連携システム構築に関する研究」と題された文献をゲーム化したものだ。ゲームを通じて周産期の多職種連携を学べるという内容で,社会的ハイリスク妊婦の支援につながる。
ただ,内容があまりに専門的になってしまったため,現在は関係者向けの限定公開にしているそうだ。
2作めの「はじめてのNICU」は,新生児医療を体験するという内容だ。主に医療系の学生や中高生を対象に,NICUの医療技術や退院支援を知ってもらうことを目的としている。こちらは前作の反省から,登場キャラクターをアニメ調にしたり,音声合成ソフトを活用してフルボイスにしたりと一般公開できる内容を目指し,プレイ時間も1時間程度に収めたとのこと。
「はじめてのNICU」をプレイした人へのアンケートの結果(回答数109)も示された。プレイヤーの職種はさまざまだったが,小中高生が多かったのがうれしい誤算だったという。また「知識の習得に役立ったか」「シリアスゲームは学習手段として有効と思うか」という項目に,ポジティブな意見が多いのも見て取れた。
今後取り上げてほしいテーマとしては,「医療的ケア児の在宅支援」がもっとも多かったが,三代澤氏は「まさに今から取り組もうと考えている」と話していた。
さらにアンケートの自由記載欄には,コロナ禍で実習ができなかった学生が本作によってNICUの理解を深められたエピソードや,NICUの当事者からの感謝の言葉などが寄せられたそうだ。
現在,三代澤氏は「はじめての感染対策」「はじめての児童発達支援(仮)」という2本のシリアスゲームの開発に取り組んでいる。
「はじめての感染対策」のターゲットは医療者・医療系学生で,病院での感染対策教育を目的としており,リリースは2023年春を予定している。こちらは三代澤氏がシリアスゲーム開発に携わっていることを知った病院から,病院の職員向けに感染対策を学べるゲームを作ってほしいという依頼を受けたものだ。現在は,病院から資金面の援助とアドバイスを受けながら開発を進めているという。
並行して開発している「はじめての児童発達支援(仮)」のターゲットは,小児科関係者・療育関係者で,目的は児童発達支援施設での療育活動を体験することだ。長野市にある児童発達支援施設を舞台とした,バトルのない見下ろし型のRPGにチャレンジするという。リリースは2024年春を予定している。
講演では,三代澤氏がシリアスゲームを開発した過程も示された。三代澤氏はもともとアドベンチャーゲームやノベルゲームが好きで,なんとなく完成像をイメージできたという。そこでノベルゲーム開発に特化したツール「ティラノビルダー」を活用して,1人でゲーム開発を始めた。ティラノビルダーは,プログラミングをビジュアル化しており,プログラミングの知識がない三代澤氏でも使えたが,やはり1人での作業は大変だったという。
1人での作業に限界を感じていた三代澤氏だったが,ある日,学生実習に来ていたプログラミングが趣味の医学生が関心を示したことが転機となった。その学生が映像編集のできる知人を連れてきてくれ,後に1作目のゲームをプレイして興味を持ったセミプロのイラストレーターを連れてきてくれたそうで,そこからゲーム開発が一気に進んだという。三代澤氏は「やっぱり仲間は大事。1人では無理だということがよく分かった」と話していた。
またイラストレーター以外の開発スタッフは全員医学生ということで,一連のシリアスゲーム開発を経験することで,より医学に興味を持つようになったという。
実際の開発の流れは,まずシナリオを手がける三代澤氏が,市役所や児童発達支援施設,乳児院など現地に取材に行き,撮影や録音をする。それらを編集し,ティラノビルダーである程度ゲームの形になったら取材先に赴き,監修をしてもらう。そして監修から出た意見やリクエストを踏まえて修正し,また監修してもらう……というサイクルを繰り返して完成を目指すそうだ。
またそれぞれの取材先は,三代澤氏と同じ問題意識を持っているため,「一緒に社会の役に立つものを作ろう」という気持ちを感じるとのこと。三代澤氏は「その意味でも多職種連携が深まっている」と話していた。
セミナーの終盤は,「現在の状況と目指すところ」という話題に。まず活動を始めてよかった点について,「多くの社会的な反響があったこと」と三代澤氏は語る。また小林製薬青い鳥財団からの支援など,複数の助成金を獲得できたことも挙げられた。
また,「はじめてのNICU」のダウンロード数は,現時点ではiOS版が1500前後,Android版がPCでのプレイも合わせて2000前後になっており,開発チームの人数も,今や10人前後となり規模が拡大しているという。
一方課題としては,継続性に欠けることを挙げた。まず資金が助成金頼みであり,そのほとんどが1年契約なので,資金を前借りしてゲームを受託生産しているようなイメージになっているという。さらにスタッフの大半は学生であるため,試験があれば勉強するために休むこととなる。プロがいないため,何かに行き詰まると解決に時間がかかることも課題であると三代澤氏は述べていた。
また,「ゲームをどうやって宣伝していくか」という課題もある。たとえばAAAタイトルの場合は,開発費以上に宣伝費を使うケースも多いが,助成金頼みの予算では当然そんなことはできない。そうなると,メディアで取り上げてもらうくらいしか宣伝手段がないとのこと。実際,「はじめてのNICU」のダウンロード数は,メディアで取り上げられたタイミングで伸びているそうだ。
そして目指すところは,三代澤氏が代表を務めるグループ「Mテラス」の公式サイト(リンク)を,医療的ケア児や,その家族および支援者が集まって情報交換できる場にすることだという。ゲームも引き続き作っていくが,開発に時間がかかるため,現在はYouTubeの公式チャンネル(リンク)で情報発信も行っている。
現在は長野県と連携しているが,さらなる発展のためには企業とも連携して産学官連携を実現することも考えているという。たとえば「はじめてのNICU」には医療機器が出てくるシーンもかなりあるので,医療機器メーカーにとっては宣伝の機会になり得る。実際,興味を示してくれた医療機器メーカーもあるのだそうだ。
最後に三代澤氏が,あらためて「医療の分野においてシリアスゲームは一定の教育効果を示すことができた」「医学生とともに制作することで次世代の周産期医療従事者育成につながる可能性がある」「さらなる発展のためには,産官学の連携が必要と考えている」とセミナーの内容を振り返り,まとめていた。
「Mテラス」公式サイト
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