企画記事
肝臓のこともっと考えよ? “肝炎を自分ゴト化”する人生系ボードゲーム「肝炎すごろく」でたどった,常飲者と健康者の末路
肝炎は,肝臓が炎症を起こした状態を指します。最も多い原因は“ウイルス性肝炎”であり,「B型肝炎」「C型肝炎」の名で知られます。日本では急性・慢性のB型/C型肝炎の感染者が200万人以上いると推計されています。
ウイルス性肝炎は“感染初期は症状があまり出ない”ことが多く,何十年もの間に肝臓が傷んでいき,結果として肝臓病の終末像である「肝硬変」「肝臓がん」を引き起こします。
つまり,知らないうちに病状が悪化し,気付くと命に関わる状態になっている。そのため“無自覚な人”をできるだけ減らすのが,肝炎医療の最大のポイントです。
――「肝炎すごろく」企画者
国立国際医療研究センター 肝炎・免疫研究センター
研究センター長の考藤達哉氏よりいただいた説明
ゲーム業界には,朝起きて,お腹あたりの内臓が痛む人が少なくない。理由はもちろん“アルコール”だ。そこに医学的根拠はなくとも,当人らは根拠なき自信を持って断言する。それだけ飲むからだ。
私が知るだけでも数人はいる。「それ似たもの同士で仲良しってだけでは?」と言われれば反論はしないさ。ほら,なぶれよ。
だが,読者でも親近感を覚える人はゼロじゃないだろう。仮に,普段はゲームを遊ばない人でも,ゲーム業界外の人でもだ。
我々は,この忙しない世の中から「いけ」という青信号の見方しか教わっちゃいない,孤独なランナーズなのだから。
でも,このままじゃいけない。もっと己の体を知り,肝臓をいたわらなければならない。しかし我々は,お医者さんや健康診断の手厳しい指摘を鼻歌交じりで流す吟遊詩人だから,手段が必要だ。
なればこそ“ゲームで怖さを自分ゴト化する”としよう。
「肝炎すごろく」。これは遊びながら肝臓によい行動や知識を学べる,つまるところ“肝臓が主題の人生系ボードゲーム”だ。
制作はNCGM(※1)肝炎情報センターとYCU-CDC(※2)との手によるもので,まさにゲーミフィケーション(※3)のそれである。
※1:国立研究開発法人 国立国際医療研究センター 肝炎・免疫研究センター
※2:横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター
※3:(ゲーム外の)さまざまな事柄にゲーム要素を加える概念・手段
なお,本プロダクトは一般販売されておらず,Amazonでポチッとすれば手に入るとはいかない。現状は肝炎情報センターへの問い合わせか,そこから配布された全国各地の専門病院でのみお目にかかれる。
その使い道も“肝炎医療コーディネーター”から患者家族への説明用途や,学校訪問・動画作成などの啓発活動目的といったものだ。
そんな本作のコンセプトは,以下のとおり。
「肝炎医療コーディネーターを周知してもらう機会としつつ,肝炎を自分ゴト化しにくい若年層などへの波及を意識した」
「ウイルス性肝炎(B型/C型),アルコール性肝障害,非アルコール性脂肪性肝疾患の対策として“コストと感じる行為”がゲーム終盤で反映される」
・B型肝炎とは?
・C型肝炎とは?
・アルコール性肝障害とは?
・非アルコール性脂肪性肝疾患とは?
ここまで読み進めるよりも「俺ならこの間に350ml缶を飲みきれたよ」と自負できるスピードマンは,この先も絶対に読もう。
毎年の健康診断で「はぁ? 肝機能がDなだけで,全体判定もDっておかしくなーい?」などと無意味なイチャモンをつけがちな人もだ。
おそらく実際にやってみないと伝わらないし,本稿でも「まるで実際に遊んだみたいな読み応えだ!」と喜ばせることはできないが,一言だけ。リアルで遊ぶと,冷や汗かくくらいおびえるぞ――。
お願い。ヤッベ。頼む。助けて……
まずは簡単にルールの説明から。
■プレイの概要
参加者:常飲者A vs.健康者B
ルール:サイコロ代わりの1〜4のカードを引き,出た数だけマスを進む。マスごとのイベントをこなしつつ,ゴールを目指す。一応,勝敗をつけられる要素はあるが,肝機能の話題で盛り上がるようになる中高年者らにとっては「最近ヤベえの。ガッハッハ」と自嘲しながらも内心ビビってるセンシティブなゾーンのため,今回の勝ち負けは己の判断とした。
■セット内容(付属品)
すごろく用紙:盤面
レバーコイン:資産。0枚でもゲームは続く
スタートカード:ゲーム開始時に引く
ナンバーカード:サイコロ代わり
脂肪・アルコール:増減ありの負債
肝炎ウイルスリスク:引かないように生きたい
肝炎クイズ:正答でレバーコイン獲得
そのほかカード:ときどき使う
ゲーム開始時,まずは「スタートカード」を引く。これはゲームによくある生まれや身分的なもので,全3種類。焦点はワクチンの有無だ。
(1)2016年以降生まれで「B型肝炎ワクチン接種済み」
(2)2016年以前生まれで母子感染などがあり「B型ワクチン接種済み」
(3)2016年以前生まれで「ワクチン未接種」
ゲーム的には(3)だけが分かりやすくデメリットを抱えるが,スタート時に「1回休み」を選ぶと,B型ワクチン接種済みになれる。
そして,常飲者Aと健康者Bがカードを引いたところ。
「みせっしゅ……」
「やった。接種済み」
Aがワクチン未接種。Bがワクチン接種済みとなった。Aはこの後のリスクにおびえたが,比較検証のプロ意識のためにと未接種を貫いた。なお,そういう傾向のポリシーの持ち主というわけではない。
ゲームの進め方は簡単だ。サイコロもといナンバーカードを引き,書いてある数だけコマを進める。盤面は“序盤は若者,終盤は中高年”と年齢の変遷を感じられる作りで,序盤は浅はかなリスクが多い。
「ファストフードで脂肪+1。月見の代償なら安い」
「あっ,知らない人の血液触っちゃった」
健康者Bが怖いマスを踏み,肝炎ウイルスリスクカードを引くことに。
大丈夫だった。ワクチンを接種済みの場合,防御力が高まるシステムらしい。その反面,未接種だと踏みたくない恐怖が加速する。ついでにこの時点では“肝炎になったらどうなるのか”も分かっていない。
その後,健康者Bがクイズマスを踏む。ここでは「肝炎クイズカード」を引き,正答できればレバーコイン(以下,レバコ)を獲得できる。レバコはゲーム開始時に5枚配られるが,通貨というより“HP”に近い。多いほどプレイ中の精神が安定するという意味では,MPでもある。
肝炎クイズの問題は専門領域の話ではなく,中高生でも答えられそうな一般的な衛生観念を問うてくるものが大半だ。ゆえに大人は,確証を得られずとも正答できないと恥ずかしい思いをしかねない。
序盤から中盤にかけて,常飲者Aはやたらアルコールのマスに止まり,健康者Bはときどき不摂生がありつつも崩れない。不思議なことに,それぞれのリアルな生態を反映しているかのような流れだった。
「行きつけのバーできた。アル+1」
「またお酒。まんまだね」
途中,ワクチンを摂取できる強制停止マスもあったが,比較のためにと無視した。このゲームではリスクマスにさえ止まらなければロスがないから,運だけで駆け抜ければいけるだろうとの判断でもある。
現実の体調不良も,そういう気概でスルーする人は多いだろう。
ただ,仕事用の割り切りプレイとはいえ,ワクチンを未接種であることにほのかに気後れしてしまうのは,不思議な体験でもある。
途中で「肝炎医療コーディネーター」のマスに止まった。結論から言うと,本作は同アドバイザーの同席のもとプレイすることで,一つ一つの事象を解説してもらえたり,肝炎体操なる予防運動を教えてもらえたりするのだという。いなくても遊べたが,いたほうが学びは深まる。
ただゲームとして見ると,このマスと専用カードはメリットを得るハードル高かったため(初版では)空気だった。保険をかけてレバコを支払うくらいなら貯蓄したい。そういうゲーム攻略的な観点でいて,現実でも同じように考えがちな人間性が透けてくる。
「毎日飲んでる酒がやめられない。アル+2」
「もはや生き写しだね」
「ハ? 無糖レモンサワーは無糖だから健康なんだが?」
「こいつぅ」
中盤になると,大きな分岐点「肝炎検査チャンス」が待ち受けていた。ここでのフローは“肝炎ウイルスリスクカードを持っていて,捨てたいならレバコと引き換えに治療”といったものだ。
また現実の実態を反映し,「検査で陽性でも,その後の受診をしない」というルートまである。この場の者たちにとってはただの分岐路だが,制作側がわざわざ用意するほどに,現場が“そう”なのだろう。
とはいえ,常飲者Aもここまでリスクカードを引くことなく運だけで進んでこられたため,検査は無視した。健康者Bは一応受けには行ったが,「病院に行きたいけど仕事が忙しくてうーん結局……」といった低確率イベントをサイコロの出目がやらかし,受診ルートから外れた。
「お酒を飲まないと寝られない+2……」
「踏むねぇ」
「そっちばっか健康でズルくない?」
「なにが?」
終盤になると,これまでためてきたレバコを大放出させる「脂肪肝発症ピンチ」「ウイルス性肝炎発症ピンチ」「肝硬変発症ピンチ」「肝がん発症ピンチ」といった,名称からして危険なマスが連続する。
ときどきある「肝臓の定期健診」マスを踏むと,歩みを遅延させる代わりに先の肝炎検査マスまで戻ることができる。ゴール付近は手持ちの肝炎ウイルスリスク&脂肪・アルコールの枚数により,レバコが大量に流出しかねないため,プレイヤーは最大の選択を迫られる。
これが本作のキモにして,リアルでも適用される二択だろう。
・代価と遅延が生じても,安全な選択でリスクを減らして歩み直す
・運だけで駆け抜けても,運がよければ問題ないことだってある
このあたりからごく自然と,プレイヤーの視点はゲーム的な利益ではなく,自分が安心したい選択を考えるようになっていく。こうした人生ゲーム系によくある「道に100万円が落ちてた」「プロ野球選手になった」なども,遊んでいる最中はうれしいが,実態は荒唐無稽な話だ。
しかし,いたって地味な題材の,だからこそメンタルに迫ってくる病気は,ここにきて「助けて。お願い……」と真に迫ってくる。
そして――――。
結果は。
■常飲者A(大量のアルコール)
■健康者B(健康だがC型肝炎の恐れ)
こうなった。両者ともに波乱の肝炎ウイルスリスクカードを多くは引かなかったため,いろいろなリスクを抜本的に避けられていた。もし引いていたなら,プレイ後の表情はだいぶ違っただろう。
また,勝ち負けも“レバコの枚数”でつけようと思えばつけられるが,人それぞれヤバいと思う焦点が違うことから,今回は「肝ってのはよ,勝ち負けじゃねェんだワ」という尊いスピリッツで収めた。
さまざまな病気も,それ自体に勝ち負けなどないのだから。
ただ,今回は“作り”もなしに完全に運で進めただけだったが,両者ともに驚くほどパーソナルを再現するような結末ではあった。
体のためにと,ノンアルコールビール(サントリー「からだを想うオールフリー」定期便)でお腹を膨らませてからお酒を飲みはじめている健康志向なのに,肝臓の神はなぜこのような仕打ちをいたすのか。
「飲みすぎだからでは」
「はい」
1年分の意見を適用した“改訂版”
ゲームの大まかな流れはここまでとして。実は上記で遊んでいた「肝炎すごろく」は“2022年3月に配布された初版”である。
そして初版は約1年の月日で寄せられたフィードバックをもとに,現在は“改訂版”に刷新された。こちらも商用ではないため(※)詳細については省くものの,変更点は以下のとおり。
・全体的に遊びやすくなった
・カード類の資材がサイズアップ
・サイコロがカードから立方体に
・脂肪とアルコールを清算しやすくなった
・ドキドキが増えて減ってのバランス調整
※ざっくり言うと,「肝炎すごろく」は国の補助金で作られている。これらの関係性については,また“別のお話”としよう
実のところ,初版のほうは初体験だったということを加味しても,ゲーム進行において「これどういう意味?」「ここ進むの? 止まるの?」といったつっかかりがけっこうあった。
それらは体験を損なうほどではなかったが,ルールを知らずにカードゲームを遊ぶときのように,正しくプレイできているのか確証が持てない遊びではあった。実際,振り返るとわりと間違っていたはず。
一方,改訂版のほうはそのあたりの難点が解消されていて,初版のプレイ直後に遊んだとはいえ,とてもスムーズな進行となった。
肝炎医療的な視点はズラさないまま,過去の体験者たちに意見されたであろうことを生かし,リデザインされたのが見て取れる。
惜しむらくは,初版は最終盤に「生活改善で脂肪・アルコール全捨て」という身も蓋もない救世マスがあったが,改訂版では「BMIで脂肪認定。レバコ1枚失う」という無情なマスに変わっていたことだ。
ここは肝炎すごろくをとおして伝えるべき“恐れ”を損ないかねない,一発逆転がすぎるドンデン返しであったための差し替えだろうが,ゲームプレイ的なドキドキワクワクが減ってしまったのは残念。
逆説的にも,そのマスを踏んだときにまるでリアルの自分のことかのように喜び,それで救われた気分になれる人はもう自覚症状の一歩前なのでさあ病院へ,といった踏み絵のギミックとしても機能したはず。
とはいえ,このゲームは“肝炎に関心のない若年層”がターゲットであるというので,アルコール漬けヒューマンはそんなことで喜んでいないでさっさと生活改善するか病院へ,とするほうが誠実か。
一応,改訂版も遊んだところ,常飲者Aは不思議なくらい流れが変わらなかったが,健康者Bは前回とは打って変わって不健康な感じに。波瀾万丈だった。プレイごとの偶発性もちゃんと機能している。
けれど,改訂版では脂肪・アルコールを(サイコロの出目次第で)清算しやすくなっており,最終的にはどちらも健康体でゴールした。
「ハイ健康。ハイ健康診断AAAクラス。っぱ似るよねこーゆーの」
「だったら毎日のお酒やめたら」
「はい」
といったところが,アナログゲーム界の変わり種「肝炎すごろく」である。プレイも入手も気軽にとはいかないが,もし遊ぶべきときがきたのなら……いや,自覚症状が出なくて,自分ゴト化できないことが肝炎の最大の問題らしいから,必要になってからでは遅いか。
目的は遊びでも予防でもいいとして“平然と笑っていられるうちにワンプレイさせる”。これが目指すところだろうから,例えば。
・ボードゲームイベントの主催・参加側の担当者
・ボードゲームカフェなどでの変わり種施策
・ゲームジャンル問わずのレクリエーション用
・身近に必要性を感じる人がいるとき
など,健康問題の一助を担える人は「国立国際医療研究センター 肝炎情報センター」に問い合わせてみるといいかもしれない。
今回はゲーム紹介に終始して,肝炎自体にはあまり触れなかった。ついでに「肝炎医療コーディネーターとはなんぞや?」なままだろう。これらの医学的見解を素人判断で提示するのは危ないと考えたためだ。
ゆえに,それらの解消のため“肝炎すごろくを作った人たちへのインタビュー”も後日掲載する。肝炎が気になる人はもちろん,今この瞬間「気にならない」と思った人こそ,絶対に覚えておいてほしい。
“沈黙”と名高い肝臓も,我慢強いわけではないのだと。
「だから飲むのやめなよ」
「はい……」
肝炎は“ならないことを知る時代”に。人生系ボードゲーム「肝炎すごろく」を生み出した医療前線のトップランナーたち
“肝を自分ゴト化”する人生系ボードゲーム「肝炎すごろく」のプレイ企画後に,これを作った肝炎・免疫研究センターと横浜市立大学の関係者らにインタビューしてきた。今は,肝炎に“ならない時代”の周知が求められている。
- キーワード:
- ANALOG
- 教育
- 健康
- プレイ人数:1〜4人
- 編集部:楽器
- カメラマン:永山 亘
- 企画記事
- インタビュー
「肝炎すごろく」資料(PDFが開きます)
「肝炎すごろく」YCU-CDC紹介ページ
「肝炎情報センター」公式サイト
- この記事のURL:
キーワード