インタビュー
[インタビュー]アニメ「カミエラビ」で,若い世代へバトンを渡すことができた。瀬下寛之氏とヨコオタロウ氏に,制作秘話と熱い制作現場について聞く
「NieR:Automata」のヨコオタロウ氏が原案,「カゲロウプロジェクト」のじん氏がシリーズ構成・脚本,「炎炎ノ消防隊」の大久保 篤氏がキャラクターデザイン,「シドニアの騎士」の瀬下寛之氏が監督を務める本作について,ヨコオ氏と瀬下氏に話を聞いた。
ヨコオタロウ氏 |
瀬下寛之氏 |
アニメ「カミエラビ」公式サイト
濃いクリエイター達が集う中
ヨコオタロウ氏が新しい世代へバトンを渡す
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。
まずは「カミエラビ」のプロジェクトがどのような形でスタートしたのか教えてください。
ヨコオタロウ氏(以下,ヨコオ氏):
突然,運命的に瀬下さんと出会って僕が殴りかかったのがきっかけです。殴り合いの末,「本当のクリエイティブで正しいことを俺達で見つけて,何か作ろうぜ!」と腕を組みあい,そこから「カミエラビ」が始まったんです。
……嘘です。今日はいろいろなメディアさんに同じようなことを言ってきたので,違うスタートにしたくて(笑)。アニメの企画やプロデュースを行っているスロウカーブさんという会社がありまして,そこの尾畑聡明さんから瀬下さんとお酒を入れて話し合える場を設けていただいたのがきっかけです。
瀬下寛之氏(以下,瀬下氏):
ヨコオさんがお忙しいということだったので,月一くらいで飲み会しながらアイデア出し合ったんです。僕としては,ヨコオさんやじんさんのような,本来なら「混ぜたら危険」な個性の強い人達が集まったのを面白がらせてもらいました。
4Gamer:
殴り合いという表現が出てきたあたり,制作上では比喩的な意味での“殴り合い=意見のぶつかり合い”も多かったのでは? と思いました。
ヨコオ氏:
最初期は瀬下さんと僕で1年ほど話し合いながらプロットを作っていました。そこに合流されたじんさんが,より良いものを作るためにプロットをどんどん変えていくという変革をもたらしてくれ,これがぶつかり合いだったと思っています。とはいえ,決して嫌なものではありませんでした。遠慮して変に縮こまるよりは,良いと思うほうに変えてもらいたかったし,僕が普段ゲームのお仕事をするうえで,こういうことはあまりなかったので刺激的でした。
4Gamer:
ヨコオさんの原案を,じんさんがブラッシュアップしていったということでしょうか。
ヨコオ氏:
「ブラッシュアップ」というと上から目線になってしまうので,そうではないです。じんさんのオリジナリティが破壊的に入ってきて,それがすごく良かったということですね。ヨコオの功績というよりは,じんさんの功績がかなり強く入っている。
瀬下氏:
ヨコオさんの面白いアイデアが源流としてあるからだと思います。じんさんは,ヨコオさんのことをものすごく尊敬していて,「ヨコオさんならこうするだろう」という“じんさんの強い思いで解釈したヨコオ節”が込められているのが,「カミエラビ」だと思うんです。じんさんによる変化をヨコオさんが許容してくれたことが,本作の実現には最重要でしたね。
ヨコオ氏:
しかも,じんさんはご自身が作ったものを「ヨコオならこれをブチ壊すだろう」と,さらに変化させていくんです。
瀬下氏:
そうそう(笑)自分自身がメッセージを込めたものを壊すというのは,本来なかなか難しいことなんですけれど,じんさんはこれをできてしまう。
ヨコオ氏:
自分のやりたいことを出しつつも,「やっぱりそれも違う」とばかりにブチ壊して変えていくところに痺れましたね。一度書いたものをやり直すって簡単なことではないから,できればやりたくないじゃないですか。それを平気でやるから,じんさんは情熱的だしすごい。僕はあんなに熱くクリエイティブに携わった記憶がないなと思って(笑)。
瀬下氏:
この過激なクリエイティブ(笑)はとても楽しかったし,刺激を受けました。
ヨコオ氏:
本当にすごい人なので,ゲームファンの人にも伝わればいいと思います。
瀬下氏:
稀代のクリエイターの一人だと思いますね。
ヨコオ氏:
じんさんはゲーム専業ではないので,4Gamerの読者さんの中にはじんさんのことをよく知らない方もいるかも知れません。「カゲロウプロジェクト」などの作品で名前は知っているけれど……という方も,このパッションの強いクリエイターが書いたものをぜひ見てほしいと思います。
4Gamer:
ヨコオさんの原案をじんさんが変えていったことについて,驚いたことはありましたか?
ヨコオ氏:
たくさんありすぎて一つひとつは覚えていないくらいですね。原案を変えていったことよりも,前回のミーティングと全然違う流れに変えたことには,ただただ驚愕しました。
瀬下氏:
思い返すたびに笑ってしまいますね。じんさん自身が作成した前バージョンの内容を変えてきたのを見て,ヨコオさんが「じんさん,これ変えちゃったら作業大変なんじゃないですか?」って心配してるんですよ(笑)。
4Gamer:
本来なら逆ですよね。
ヨコオ氏:
「カミエラビ」はCGアニメなので,キャラクターが増えると工数もアップして予算がかかります。そうならないよう,絵を画面に出さないようにしようと設計していたキャラクターがいたんです。でも,ある日じんさんが出してきた案を見ると,そのキャラクターが画面に出張っていて,「これ,お金かかりますけど大丈夫ですか,瀬下さん?」って(笑)。もう,じんさんはアクセル全開なんですよ。
瀬下氏:
広げた風呂敷を畳む段階では,じんさんは柔軟に対応してくださいましたから。感謝してます。
ヨコオ氏:
僕は会議でも生放送でもけっこうしゃべるんですが,瀬下さんもじんさんも同じくかなりしゃべります。スロウカーブさんの入る余地がないくらいで,場を回すというよりは,衝突してグルグルと回ってる感じでした。
瀬下氏:
ミーティングでも場が静まりかえったり,プロデューサーが進行に困るようなことは1回もなかったですかね。放っておいても皆喋るから(笑)
4Gamer:
ものすごくパワフルな現場という印象ですね。一人でもパワフルな皆さんが,お互いのクリエイティビティを尊重し合う度量の広さがあったからこそ,化学反応が連鎖していった?
ヨコオ氏:
それはきっと,僕やじんさんや大久保さんと一緒に作業して,きっちりまとめ上げた瀬下さんのスキルが高くて度量が広いということではないでしょうか。僕は瀬下さんの演出はすごく好きですし,これまでにもIPものを含めていろいろな作品を手がけてこられて調整能力も高いと知っています。そうやって苦労されてきた経験が,僕やじんさん,大久保さんといった濃いクリエイターをまとめるときに生きたんじゃないかと思います。
瀬下氏:
そう言っていただけると,コツコツと地味に頑張ってきた甲斐があります(笑)。
4Gamer:
「カミエラビ」のターゲットやテーマを教えていただけますか?
瀬下氏:
神様になりたいの?なって何をするの?結局何を選択するの?というようなモヤモヤとした感情や状況を描きます。
ヨコオ氏:
ただ,僕が普段作っているゲームと同様,お話はクリエイターが渡すものではなく,お客様が生み出すものだと思っています。「カミエラビ」では現代社会の病を反映したようなキャラクターが大勢出てくるので,彼らを見る中で何らかの答えを手にしていただけるといいなと思っています。
4Gamer:
主人公の小野護郎が望みも夢も持たない人物であったり,一見クラスの花に見える佐和穂花が複雑な家庭環境による二面性を持たりと,現代的な設定だと思います。
ヨコオ氏:
僕の作った原案から,じんさんがキャラクターを若く設定してくれたおかげで,老人達が描いたような部分が薄まり,若者の心情やディテールが深掘りされました。結果として,若い人に寄ったキャラクターになった感じがしたんです。
僕なんかは最近,ゲームを作っていて「もう人間はダメだ。争いも止められないし,欲望も止められない。お金は集めたがるし,もうひどいことばっかりで救われない」とずっと思っているんです。とはいえ,嘆いていてもしょうがないですから「救われない世の中で,僕はダメだったけど,見ている人はどう思いますか? 解決策はありますか?」という問いかけをしてきました。
そうした中「カミエラビ」の制作を通じ,「若い世代のじんさんが僕の希望なのかも知れないな」とうっすら思うようになったんです。例えば主人公の小野護郎なんかは確かに現代的ではあるんですけど,「本当にそれでいいの?」みたいなところを問いかけられたような気もして。
そういう意味では,いろんな物事に絶望しているクリエイターが,若い世代にバトンを渡せたのかなとも思っています。じんさんや,じんさんのことが大好きな若い世代に世界を変えてほしいという願望があったのかもしれません。
4Gamer:
じんさんとの創作で,若い世代が希望であるということに気付けた,ということでしょうか?
ヨコオ氏:
そうです。絶望している年寄り世代から,若いじんさんの世代へパスをできることに気付けたのはすごく良かったですね。そしてじんさんには,パスを受け取って答えを返そうとあがく能力がある。例えば僕が「年寄りが絶望した世界を描きます」と言ったら,そのままのものを書いてくる人が多いというのが現状です。上の人に従うというか,受け取るというよりは呑み込まされているのに近い状態なわけですね。そうした中でも,じんさんは打ち返す力を持っていたんです。
……このアングルでプロジェクトを俯瞰しなおすと,いろんなことが腑に落ちた感があります。じんさんが脚本を変えてきたこと,僕が若者に対して気になっていたことなど,全部納得がいった感じがするんです。
4Gamer:
しっかりと打ち返したものが,ヨコオさんと瀬下さんが納得するものであった。この人であればパスを出しても大丈夫と思うことができた,と。
ヨコオ氏:
絶望した老人世代が納得するかどうかじゃなくて,次の世代が納得できることが大事です。なんなら老人には分からないものになるくらい,刺激的なものであってほしいとすら思います。これ自体が老人の願望ではあるんですが。
瀬下氏:
ヨコオさんとじんさんが合流しなかったら,このストーリーにはならなかったでしょうね。
4Gamer:
この「カミエラビ」という物語をどういう人に届けたいでしょうか?
ヨコオ氏:
呼んできたクリエイターがクリエイターなので,「カミエラビ」はメジャーなラインからはズレた,ゆがんだ感じのする作品です。なので,毎期のアニメをすべてチェックされているような超アニメファンの方は,ちょっとターゲットから外れているかもしれません。個人的には,アニメをあまり見ないとか,「CGアニメって,そんなものがあるの?」という人に見ていただき,今のアニメやCGのクリエイターがこういうチャレンジをしていることを知っていただきたいです。
瀬下氏:
あの「NieR:Automata」のヨコオさんがオリジナルアニメを作ったらこんな風になっちゃうんだ,というところを楽しんでほしいですね。
ヨコオ氏:
僕が普段作るものだと,18歳くらいのイケメンと美女が物語を回すという構造からは脱却しておらず,キャラクターの見た目も頭身が高いものになっています。でも「カミエラビ」に出てくるちょっと異質感のあるキャラクターは僕にはない引き出しですし,一緒にやれて良かったと思いますね。
瀬下氏:
大久保さんにキャラクター原案を手がけていただき,独特のルックを手に入れられたのが幸いでしたね。
ヨコオ氏:
最初にラフを見たとき「どうやってCGにするんだろう」と思ったんですが,瀬下さんが見事にやってくださっていました。
4Gamer:
キャラクターデザインも,目力の強さや,むき出しになった肩の生々しさなど良い意味での異質感があって目を引きつけられます。
瀬下氏:
生々しい異質感を狙っています。髪の毛の裏側にキャラクターの固有色をつけることも,目の形も,あらゆるところで違和感が出るようにしています。
4Gamer:
濃いクリエイター達を集めたというお話がありましたが,その結果として「カミエラビ」という化学反応が起こった。この座組を作ったスロウカーブの尾畑さんとしては,最初からそれを狙っていたのでしょうか?
瀬下氏:
これほどキレイな化学反応が起こるとは多分予測していなかったでしょうね。尾畑さんのすごいところは,「もしかしたら爆発するかも知れない」と思いつつ集めたことにあると思います(笑)。
ヨコオ氏:
無理がある座組みがひずみながら完成していったような感じですね。そこをまとめてくださったのが瀬下さんですよ。
瀬下氏:
いえいえ。ヨコオさん,じんさん,大久保さんだったからですよ。皆さんが受け止めてくれたし。ひずみながらとはいいますが,僕らは普通に仲がいいです。早くヨコオさんとキャンプもしたいですよ(笑)。
ヨコオ氏:
お互いにスタッフが褒め合うインタビューって良くありますけど,「カミエラビ」については本当に思ったことを言っているだけです。一緒にお仕事していて本当に面白かったんですよ。
4Gamer:
じんさんという新しい世代のクリエイターがヨコオさんや瀬下さんをリスペクトし,自分が作ったものをどんどん変えていくパワフルなスタイルで化学反応を起こす。これをヨコオさんは「希望である」と表現されましたが,今後クリエイターになろうとする新しい世代に向けてエールをお願いできますか?
瀬下氏:
才能があるとかないとか,そんなことを一切気にしないで,この仕事が好きかどうかだけを意識して,粘り強く取り組んでほしいですね。
ヨコオ氏:
瀬下さんは努力の方で,才能もあってすごく勉強もされている方です。能力はあとから知識やテクニックで補っていけるという信念を持たれているからこそのエールですね。
僕としては,クリエイティブにはいろんな答えやルートがあるので,やってみたらいろいろ見つかると思うから,飛び込んでみてもらえればいいんじゃないでしょうか? ……というのがエールです。なんとかなることもならないこともあるけれど,死ぬことはないですしね。
4Gamer:
何はともあれ,まずはやってみること,ですね。
ありがとうございました。
アニメ「カミエラビ」公式サイト
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