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Access Accepted第740回:アメリカ以外の国でSteamのゲーム販売価格が上がっている理由
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印刷2022/10/31 13:00

業界動向

Access Accepted第740回:アメリカ以外の国でSteamのゲーム販売価格が上がっている理由

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 ValveがSteamのゲームパブリッシャやデベロッパを支援するツールとして,同社が推奨する適正価格に簡単に変更できるという「Bulk Pricing Tool」をリリースしたことで,米ドルの独歩高状態が続く世界経済において,ほぼ全ての地域でゲームが値上がりした。中には約500%アップというアルゼンチンやトルコのような国もあるが,これによってValveやゲーム開発者たちを悩ませてきた“リージョン・ホッピング”は是正されるのだろうか?



リージョン・ホッピングを抑え込むために登場した価格設定ツール


 アメリカ現地時間の10月25日,Valveはオンライン配信サービス「Steam」でソフトウェアを販売する開発者向けに,製品の価格設定を容易に変更できる専用ツール「Bulk Pricing Tool」を公開し,その内容を公式サイト(外部リンク)にて紹介している。これに合わせて現在Steamでサポートされている39種の通貨での推奨価格のシステムも見直されており,開発者が個別の市場で1つ1つ適正価格を調整する労力を削減するためにアップデートしていくという。

 月間あたり1億3000万というアクティブユーザー数を誇り,2022年10月中には同時アクセス者数が初めて3000万を超えるなど,まだまだ成長を続けている巨大プラットフォーム Steamだが,これまでValveやゲーム開発者たちを悩ませてきたのが「リージョン・ホッピング」(Region Hopping)と呼ばれる行為だ。これは,一部通貨の為替変動や限定地域でのセールイベントの開催によって,特定の通貨地域での適正価格に大きな差が出ることを利用したユーザーが,VPNを使って何のゆかりもない第3国に自分の所在地を変更することで,安価にゲームを入手するという行為である。

「第653回:次世代コンシューマ機ソフトの価格はいくらに?」(関連記事)でも紹介したように,ゲームの単価は「PlayStation 3/Xbox 360」時代に,米ドル相場で10ドル上げられているが,現状の物価高を考えるとゲームパブリッシャは随分と頑張っているほうだ。ただ,為替の変動ともなると話は変わってくる
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 2020年の夏ごろまではユーザーが登録している支払い手段さえ認められていれば,違法性を咎められることもなくリージョン・ホッピングをすることができた。2021年6月には,リージョン変更を3か月に1回のみにするといった変更も加えるなど,ValveはSteamの購入システムの改良を進めてきており,今回の価格設定ツールの導入も,リージョン・ホッピングに対抗する手段のひとつと思われる。
 リージョン・ホッピングを防ぐための対策に残されていた課題は,Valveが設定する為替レートなどに応じた推奨換算価格の調整頻度が低かったことだ。そのため,ここ数年の為替変動や物価上昇などに対応できておらず,推奨換算価格が現状にそぐわないことが多くなっていた。これまで調整する頻度が低く自動化されていなかったために,そうした不適正な価格に気づかないまま,作品を放置してしまっている開発者が多かったようだ。

 実際,2015年に「Over 9000 Zombies!」というトップダウン型2Dアクションゲームをリリースしている個人ゲーム開発者のローレン・レムケ(Loren Lemcke)氏が,2021年8月時点で同作の95%のセールスがアルゼンチンからであることを発見。しかもアルゼンチン国内に住むゲーマーではなく,他地域のユーザーが同国の通貨安に目を付けてリージョン・ホッピングした結果であることを突き止めた。
 また,同じく2015年に2Dシューティングアクション「Game Type」をリリースしているMommy's Best Gamesのネイサン・フォウツ(Nathan Fouts)氏も,Steamが自動的に価格変更してくれていると思っていたために,上記の「Bulk Pricing Tool」でチェックするまでアルゼンチンやトルコでは本来の適正価格の5分の1ほどの価格で販売され続けてきたことを見つけ,その顛末をツイートしている。

ローレン・レムケ氏(外部リンク)及びMommy's Best Games(外部リンク)の公式ツイッターをキャプチャしたもの。メジャーな通貨ならともかく,Steamがサポートする39種もの通貨を,為替レートを見て適正に判断できるデベロッパなど,ほとんどいないだろう
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判断が難しいゲームの“適正”価格


 以前のようにゲームのパッケージ販売が主流だった時代には,現地での流通や販売網を持つローカルパブリッシャが「1万本で○○ドル」というような契約を行ったり,現地オフィスを設置したりすることにより,適正価格が付けられてローカルユーザーの手元に届けられてきた。日本の場合,それに丁寧なローカライズやパッケージングのコストが上乗せされ,海外産のゲームは高額になることが多かった。それが今ではSteamのようなデジタル販売によるビジネスモデルが開拓されたことで,ゲーム開発者は現地のパートナーに頼る必要なく,直接ユーザーに自分の作品を届けられるようになっている。

 しかし,デジタル販売の大きな落とし穴となったのが,「価格のローカライズが困難」であるということだ。中小インディーズのクリエイターに全世界のゲーム事情や経済情勢に詳しい人などほとんどいないだろうし,アルゼンチン・ペソやトルコ・リラの為替レートを頻繁にチェックするゲーム開発者も稀だろう。
 だからこそ,為替変動の高い地域を頻繁にチェックして居住地を変更して,特定の地域でのみ行われるイベントに合わせたセールなどを利用するような消費者も少なからず存在していた。アルゼンチン国内のゲーマーにしても,単に手軽な価格帯のエンターテイメントを享受するだけでなく,安価な海外産のインディゲームを狙って購入し,そこで得たカードをSteam Marketplaceで転売することによって利益を得るような者もおり,「Reddit」の書き込み(外部リンク)でそのことが大っぴらにシェアされていたような状態だった。

Valveがソフトウェア開発者向けに公開した「Bulk Pricing Tool」。インディー系ゲーム開発者の負担を軽減するとともに,これまで不公平な市場を作り出していたリージョン・ホッピングの撲滅に王手をかけられるか
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 問題なのは,それぞれの地域での適正価格を判断するのは非常に難しいということだ。例えば,Steamで販売される59.99米ドルのタイトルを適時為替の変動に合わせて価格を変動させていくという手法は難しくないと思われるが,そもそも所得や経済状況,物価の異なる地域で,為替レートだけをベースに価格設定すると,市場の適正価格とは乖離してしまう。

 一方で,新たに導入されたBulk Pricing Toolで,59.99米ドルのゲームはトルコ・リラでは+454%,アルゼンチン・ペソでは+485%も価格が上がっており,現地のSteamユーザーからしてみれば純粋な値上げ以外の何物でもなく「秋から冬に続くSteamのセールで何のゲームも買えなくなった」という不満も上がっている様子だ。
 しかし,ローレン・レムケ氏やMommy's Best Gamesの例からもわかるように,そもそもアルゼンチンやトルコでの売上のほとんどは,第3国からリージョン・ホッピングした人たちによるものだ。裏を返せば,こうした国々では「現地での販売実績はほとんど存在しない」のであり,開発者にとってのダメージはそれほど大きくないという見方もできるだろう。
 いずれにせよ,Valveの「Bulk Pricing Tool」の導入によって設定された“各地域の適正価格”が,ゲーム市場に少なくない影響を与えることになりそうだ。

「SteamDB」(外部リンク)が公開している現在の奨励価格帯から抜粋。Steamで販売されるほぼすべての通貨地域でゲームは値上がりとなっており,アルゼンチンやトルコでは500%近くも上がっている。価格帯によって3〜19%ほどの値上がりとなる日本は,他の国と比べればマシなほうだ
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著者紹介:奥谷海人
 4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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