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日本デジタルゲーム学会「2023年夏季研究発表大会」レポート。心理学の分野から見たゲーミフィケーションとその考察
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印刷2023/09/15 08:00

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日本デジタルゲーム学会「2023年夏季研究発表大会」レポート。心理学の分野から見たゲーミフィケーションとその考察

 日本デジタルゲーム学会は2023年9月2日,成城大学にて,2023年夏季研究発表大会を開催した。
 本稿では,企画セッションとして開催された「ゲーミフィケーションをヒューマン・モチベーションの理論から考察する」の模様をレポートする。

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■登壇者
日本ゲーミフィケーション協会 代表:岸本好弘氏
同志社大学心理学部 教授:田中あゆみ氏
株式会社ゲームフォーイット 代表取締役:後藤 誠氏

 ゲーミフィケーションと心理学は関連性の高い研究分野であるにもかかわらず,その交流は余り行われてこなかったという。3月に開催された産業・組織心理学会 第148回部門別研究会(組織行動部門)では「ゲーミフィケーションはモチベーションを生み出すか?」というテーマで,岸本氏と後藤氏が発表を行い,田中氏らと討論をしたとのこと。今回のセッションはヒューマン・モチベーションの観点などからも,さらにゲーミフィケーションに切り込むという趣旨だ。


ゲーミフィケーションと心理学


 冒頭,岸本氏から「ゲーミフィケーションを実際に活用していますか」という質問が投げかけられた。聴講者の約3割が実際に活用しており,約7割は「知っている」という結果だった。このセッションの参加者であれば,ゲーミフィケーションを「知っている」のは当然としても,活用している人は少ない。一般の認知度,活用度はもっと低い割合になるはずだ。
 そうした,日本ではまだゲーミフィケーションという概念が浸透しているとは言いがたい現状を踏まえつつ,セッションは始まった。

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 岸本氏はまず「世界を神ゲーにする。」という,日本ゲーミフィケーション協会のスローガンを紹介した。
 現実の世界は,ゲームより面白くなる。だが,そのやり方に気づかない人は多くいる。同協会はそれを伝えるべく,世の中にある「ゲーミフィケーション理論」を集め,事例を紹介するといった活動を行っている。

 そもそも「ゲーミフィケーション」とは何か。岸本氏は,日本ゲーミフィケーション協会が提唱するゲーミフィケーションをデザインする6要素を解説し,対応するサービスや商品の事例を紹介した。

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 日本ゲーミフィケーション協会としては,心理学の既存の理論と6要素の関係や整合性をより深く検討し,対応するサービスや商品が対象者の行動や態度にどのような影響を与えるかを実験的に検証するなど,心理学とのつながりをさらに深めていきたいと考えているそうだ。


ゲームとゲーミフィケーションの違いは「欲求」の有無


 後藤氏は「ゲーミフィケーションとゲームの違い」の解説を行った。ゲーム業界のエンジニアとして30年以上の経験がある後藤氏は現在,念願であったシリアスゲーム制作会社を立ち上げ,運営している。

※シリアスゲーム:教育や医療など,社会問題を解決する目的を持つゲームのこと。アメリカが発祥。国連世界食糧計画(WFP)の「FOOD FORCE」,IBMの「PowerUp」など,多数のシリアスゲームが開発されている

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 ゲームとゲーミフィケーションは,何が違うのか。
 後藤氏がシリアスゲーム,ゲーミフィケーションを導入したサービスを制作するとき,「何が一番面白いのか」という要素を中心に置き,肉付けしていくそうだ。

 ゲームを作る際には,例えば「音楽を上手に奏でたい」という欲求に,「簡単に楽しめる仕組みのゲーム性」「バリエーション」「競争(ランキングなど)」といった要素を加えて,ゲームとしてのコンテンツを作り上げていく。
 だが,ゲーミフィケーションとなると事情が変わってくる。その中心にあるのは面白さを求める欲求ではなく,元となるサービスなどだからだ。ゲームの要素を使って,そこに付加価値を追加していくというのが,ゲーミフィケーションの考え方となる。

 後藤氏は,ゲーミフィケーションがうまく機能している例として,既存のライブ配信サービスを挙げた。配信者と応援するユーザーのランクづけ,毎月開催されるイベント,獲得できる報酬などのシステムにより,配信者とユーザーが一緒になってサービスを盛り上げる仕組みができているというわけだ。

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 面白いゲームはコンテンツを消費していく。どんなに面白い映画やマンガも,いずれは飽きが来る。一方,ゲーミフィケーションは,何かを「継続するため」の力としてコンテンツが使われている。
 ここで重要なのは「欲求の有無」であり,それをうまく絡ませて機能させることができるかどうかが,ゲーミフィケーション導入の難しさであり,注意が必要な点であるとまとめていた。


目指すべきは「内発的モチベーション」。ゲーミフィケーションはそれをどう取り入れる?


 田中氏はまず,3〜5歳の保育園児を対象に行われた実験を紹介した。お絵描きをすることに対して3種類の働きかけをし,その後,園児のモチベーションはどう変化したかを調査したものだ。

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 モチベーションとは「動機づけ」「やる気」「意欲」のことだが,私たちの行動の理由を総称する便利な用語であると同時に,曖昧な概念でもある。

 田中氏によると,モチベーションは2つのタイプに分類されるそうだ。
 1つは環境の中にあるインセンティブや結果から行動が生じる「外発的モチベーション」,もう1つは興味があることを追い求めて行動が生じる「内発的モチベーション」。前者は活動の外に目的があり,後者は活動そのものが目的という違いがある。

 これまでの研究からはっきりとしていることは,「内発的モチベーションを持つことは良いこと」というメッセージであり,教育界では主体的な学びを進めることが今やポリシーとなっている。
 具体的な良い点は,失敗や困難があっても持続できること。その行動自体が目的であるため,その過程も目的のために楽しめるからである。また,記憶を高めるという効果もある。自分にとって面白いことは,よく覚えられるものだ。
 さらにゲームにも関係することとして,心からやりたいと願い楽しんでいるときは,オリジナリティやクリエイティビティが発揮されやすく,誰かからやらされたり,他のことに向かっていたりするときより,質の高い成果をもたらしやすい。
 反対に外発的モチベーションは,失敗や困難があるとすぐやめてしまうし,得た情報はその場しのぎで浅く,記憶がすぐになくなってしまう。

 内発的モチベーションは,3つの基本的心理的欲求が満たされることで生じるという理論がある。その3つとは「有能感」「関係性」「自律性」であり,人間が健康に成長し,幸せになるための要素だという。

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 なお,前述の保育園児を対象に行われた実験の結果は,ご褒美をもらえると言われた園児のお絵描きで遊ぶ時間が,以前と比べて減る傾向にあった。とくに金銭的インセンティブは自律性の感覚を低下させ,内発的モチベーションを低くすることがある(これはアンダーマイニング効果と呼ばれる)。ご褒美は嬉しいものだが,内発的モチベーションを高めるものではないというのが,ここまでの研究の成果だそうだ。

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 続いて,「ビデオゲームの構成要素がどのように基本的心理的欲求を満たすか」について解説が行われた。田中氏は学術書「Handbook of gamebased learning」を参照し,ビデオゲームの構成要素は有能感,関係性,自律性の欲求を強く満たすものであると述べた。

 目標設定が近くて,はっきりして,フィードバックがあり,それが成長を図ることで有能感を高めるというのは,以前から知られている。近年のソーシャルゲームやオンラインゲームは,ほかのプレイヤーと簡単につながり,協力したり,チームを組んだりできる。また,ゲームの紹介や実況配信などで知識を共有することは,関係性の欲求を中心に強く充足する。
 そして自律性の欲求の充足も,ゲームの楽しさを生む重要な要素だ。「自分の物語を作る」という経験により自律性の欲求が満たされるが,日常生活では簡単に得られるものではない。こうした経験を得られるからこそ,人はゲームに熱中するのだ。

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 最後に,田中氏は課題と展望を語った。
 自己決定理論の学会は1000人程度の規模があり,ワークモチベーションやスポーツ,芸術,教育などでモチベーションの仕組みが利用されているが,AIや脳科学,ゲーミフィケーションなどの分野ではないがしろにされていると感じるという。それらの分野では,行動の強化学習理論をもとに,「どう報酬を与えると,脳の報酬系回路が活性化するか」という話が主になっていて,「3つの基本的心理的欲求が大事なのでは?」という主張はあまり取り入れられていないのが現状だ。
 世の中にあるコンテンツに関しても,何でもいいからご褒美を与えて,「それがゲームだ」と主張しているものが多いと感じており,それでは内発的モチベーションには逆効果となり,長期的な効果はない。ある教育ゲームでは「勉強を進めたことに対して与えられる報酬の有無で,学習結果は変わらない」という実験結果が出ていることもあり,タスクの構造化を確立できさえすれば,自身の発達や向上を自分で発見し,興味を継続することができるのではないかと述べた。

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 登壇者全員の発表が終わり,その内容を受ける形で岸本氏はゲームとゲーミフィケーションの違いに言及した。
 岸本氏は「ゲーム自体,ヒューマン・モチベーションの塊である」と表現し,その理論をどのようにゲーミフィケーションに取り入れていくのかということは考えなくはならないところだと語る。なぜなら,「消費されるものである」ゲームはそれを前提に作られているが,何かを継続するために作られたゲーミフィケーションのシステムにコンテンツを追加するには,かなりのコストを要するためだ。「(目標に対して)自分が主体にまわっていくのが,ゲーミフィケーションのゴールだと考えると,そうした意味でもゲームとは違う概念である」とまとめた。

 セッションの後半には質疑応答の時間が設けられ,「ゲーミフィケーションや内発的動機づけは,他分野とどのように連携を進めればいいか」「ゲーミフィケーションを上手く取り入れる手法」などのテーマに基づくディスカッションが盛り上がっていた。
 ゲーミフィケーションをどう捉え,どう扱っていき,その先にどういった未来を描いていくのか。今後,さまざまな分野の研究を参考にしながら,議論を進めていく必要がありそうだ。
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