インタビュー
ドコモがアップルになれなかった理由とは――iモード開発の舞台裏が語られる「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第14回は,絵文字の生みの親・バンダイナムコゲームスの栗田穣崇氏がゲスト
なぜiモードはiPhoneのようになれなかったのか
4Gamer:
しかし,市場の流れって意味でいうと,ドコモの公式コンテンツから勝手サイトに移っていったという歴史があるじゃないですか。その転換点って一体なんだったんですか?
栗田氏:
ひとつは,着メロの無料サービスだったと思いますね。あれはかなり大きかったと思う。
川上氏:
あの無料サイトの大半って,JASRACにはたぶん正直にはお金払ってなかったですよね。だから無料にできたんだろうなって。
はい。あとは,やっぱりモバゲー(旧・モバゲータウン)とGREEの存在。結局ドコモって,無料のエンタメコンテンツを認めなかったんですよ。すでにお客さんが付いてる市場に無料のものを提供してしまうと,マーケット的には破壊しか生み出しませんからね。頑なに無料を認めなかったドコモに対して,一方で「無料です」を売りにしたモバゲーとGREEがうまく立ち上がってしまって,SNS要素と組み合わさって,それが一気にブレイクしてしまったんです。
4Gamer:
うーむ。でも,その辺はやっぱり難しいですよね。
栗田氏:
ええ。着メロにしろゲームにしろ,ドコモが自分たちのマーケットを破壊してまで「無料でやる」っていう判断は,やっぱりできなかったんです。なまじそれで大きくなってしまったがゆえに,身動きが取れなくなってしまった。
川上氏:
でもさ,あの時のドコモは,コンテンツのマーケットを守ろうとしていましたよね。僕はあれ自体,正しいアクションだったと思ってるんですよ。だって一度無料にしてしまったら,後には“荒れた大地”しか残らなくなるもん。
栗田氏:
だから,さっきの話に戻るんですけれど,今のスマートフォンのコンテンツ市場って,どちらかというと,ちょっとPCインターネット寄りの文化が色濃くて,なおかつGoogleとAppleが30%の所場代を持って行ってしまう世界じゃないですか。そこに,本当にコンテンツ会社にとってバラ色の未来があるのかっていうのは,もっとちゃんと考えていかないと駄目だと思うんです。
川上氏:
一時期は,まだ「ブラウザ」っていう逃げ道もあったけれど,最近は「ネイティブアプリだ」って流れになっていますからね。
4Gamer:
ブラウザは課金プラットフォームとしてはオープンだけど,アプリはある種の独占された市場ですからねぇ。
川上氏:
うん。だから今のGoogleとAppleっていうのは,実はコンテンツプラットフォームとしてのブラウザを潰そうとしている勢力なんですよ。そっちの方が自分たちには都合がいいですから。
栗田氏:
最近は,Google(Android)ですらFlashが動かなくなってきちゃったりって流れがありますからね。ただ,もし完全にアプリに集約されてしまうと,「これはどうやって脱出できるんだろう」って,最近よく考えるんですけど。
4Gamer:
現時点では表面化していませんし,コンテンツがタダで手に入る/安く手に入るって部分だけを享受できていますけど,3手先,5手先くらいを考えると,ちょっと怖いですよね。コンテンツ会社側が儲からなければ,結局コンテンツって作られないわけですから。
川上氏:
そうなんだよねぇ……。
4Gamer:
しかし,話をiモードに戻すと,iPhoneなんかはiモードを研究したうえで作ってきているって言われているじゃないですか。なぜ日本からiPhoneが生まれなかったのか,あるいは,なぜiモードはiPhoneのようになれなかったんでしょうか。
栗田氏:
一つは,やっぱり「キャリアとしての限界」があったかなとは思います。やっぱりドコモという会社は,自分たちはインフラ/キャリアの会社だっていう思いが強い組織だったので,サービス提供会社としての視点や,ネットの会社という視点が持てないまま,市場だけが大きくなってしまいました。
4Gamer:
キャリアとしての限界,ですか。
栗田氏:
それに,最初の方でもお話しましたけど,そうしたドコモという組織にあって,iモードの部隊というのは,やっぱり“異端”であり“亜流”だったんです。だからこそ,ドコモの中にありがらも「インフラじゃなくてサービスの視点」を持てていたと思うんですけれど,その視点を一番強く持っていた夏野さんが辞めてしまって。サービス提供会社の視点/方向性が閉ざされてしまったのは,大きな転換点の一つだったんじゃないかなとは思います。
川上氏:
亜流と本流って意味でいうとさ。GoogleやAppleでは,やっぱり本流が本気でiPhoneだったり,その周辺のサービスを作っているわけじゃないですか。両社には,コンピュータ・サイエンスの博士号を持っているような人がゴロゴロいて,そういう人達が日夜研鑽してサービス開発に従事している。
かたや日本では,千葉のドコモ支店の,唯一パソコンを使ったことがある人間が端末の仕様を決めて,方眼紙にドット絵を描いていたということですよね。
栗田氏:
ですよねぇ……(苦笑)。
川上氏:
でも,戦いって意味でいうと,それってやっぱり厳しいですよね。むしろ大健闘した。
栗田氏:
それは絶対そうだと思います。いや,最初の立ち上がりはベンチャー的なノリで良かったと思うんです。だけど,たぶんどこかで,ちゃんと本流と合流する,あるいは“切り替える”必要があったんだろうなって思うんですよ。だからふり返ってみると,それが出来なかったのも敗因の一つなのかなって感じますよね。
“調整型のプラットフォーム”は駄目
川上氏:
まぁ話をまとめると,ちゃんと事業をエスカレーションできなかったってことですよね。
4Gamer:
あとはやっぱり,いろいろな部署が絡んでくると,柔軟性がなくなってしまうのはありますよね。
栗田氏:
そうですね。その意味で顕著だったのは,iモードの事業が落ち着いた頃,僕は外の会社との仕事の方に回ってちょっと離れるんですけれど,2008年くらいに戻ってきたときに,もの凄く組織が硬直化していて驚いたことがあったんですよね。例えば,サービスのメニューリストとかいじろうとすると止められて,「ルールですから」とか言われる。いや,そのルール作ったのそもそも俺なんだけど……みたいな(笑)。
川上氏:
ありがちだよね。
栗田氏:
もうなんか,そういう風にね。ルールを変えられなくなっていた。ある意味で真面目というか,あまりにもルールを守ることを目的化しすぎてる人達が多くなってしまうと,やっぱりなかなか辛いですよね。そのあたりは大きな会社の難しいところで。
川上氏:
うん,だからさ。本当は,組織が大きくなっていっても,決定権は集約したままの方がいいんだよね。
4Gamer:
その意味でいうと,大きな成功を収めたプラットフォームって,オーナーだったりトップの決定権がもの凄く強いところが多いってイメージがあるんですよね。ゲーム業界で言えば,任天堂の山内 溥氏や,ソニーの久夛良木 健氏がそうでしたし,海外の企業でいえば,Microsoftのビル・ゲイツ氏,Appleのスティーブ・ジョブズ氏,ちょっと業界が違うけど,Amazonのジェフ・ベゾス氏とか。いずれもワンマンというか,強力なリーダーシップがある経営者(かつ強力な決裁者)ですよね
栗田氏:
結局プラットフォームっていうのは,どこかに「割を食う人」が出てきちゃうものなので,そこの意見を聞いたりとか,無理に調整してやってたら無理なんでしょうね。うまくいくにしろ駄目になるにしろ,突っ走らないと先に進めない。
“調整型のプラットフォーム”は駄目ってことですよね。みんなの意見で作るのは駄目で,どこかで割り切ってやる必要がある。だいたい,どんなプラットフォームでも全員が参加するのは絶対無理ですから。だとすれば,どういう順番で参加してもらうか,そして参加してくれた人達をどういう扱いにするのかっていうのが,一番重要になる。そこでサービスの成否が決まりますよね。
栗田氏:
ああ。そのへんで言うと,iモード立ち上げ時の夏野さんって,やっぱりもの凄い冴えわたっていて。何かをするにあたって,「口説く順番」を決めるのがめちゃくちゃうまいんですよ。
例えば,まず銀行を口説きにいって,次に新聞社。そこを押さえると,他の会社はだいたい乗ってくる……みたいな。しかも,最初の銀行にしても,大手だと積極的に動こうとはしないから,やっぱり2〜3番手で,自分たちが逆転するためのネタを探しているようなところに話を持っていくんです。
川上氏:
それ,重要ですよね。
栗田氏:
川上さんが以前おっしゃっていた「エネルギー遷移図」の話じゃないですけど,まずそうやって,参入の障壁を下げるんですよ。最初に銀行を口説くのは確かにもの凄く大変なんだけど,そこさえクリアしてしまえば,他の会社は乗りやすくなるんですね。
当時で言えば,確かさくら銀行(現・三井住友銀行)がまさに2〜3番手のポジションにいる銀行で,そこから口説いていって。一方で,東京三菱(UFJ銀行)とかの扱いは下げたんですね。メニューとかも,オンライン対応をしていなかった東京三菱を一番下にして。
4Gamer:
なるほど。
栗田氏:
そうすると,東京三菱は「なんで俺たちが一番下なんだ!」って怒るんだけど,同時に焦りもするわけですよ。夏野さんは,その辺の駆け引きや各社のコントールがさすがだなと思って当時見ていました。
川上氏:
トップ営業がいかに重要かってことですね。トップ営業はたしかに大変なんだけど,そこさえクリアしてしまえばってところがありますから。
亜流だったからこそ,チャンスに出会えた
栗田氏:
まぁでも,僕が仕事で影響を受けた,勉強になったって意味で言うと,やっぱり夏野さんと川上さんなんですよね。だから,その二人が揃ってるドワンゴって,僕からすると「なんなんだ?」って感じではあるんですけど。
川上氏:
ありがとうございます。二人ともあんまり会社にいませんけど(笑)。
栗田氏:
それにね。川上さんは「ゲーマーだから信用できる」みたいな。そういうところもあって(笑)。
一同:
(爆笑)。
川上氏:
ゲーマーは律儀なんですよ。
栗田氏:
だから,僕がドコモに居たときも,仕事でいろいろやりとりをしていたわけだけど,「ここは大丈夫だろう」みたいな,妙な信頼感はなぜかありました。
いや,ゲーマーってさ。やっぱりゲームの理屈の中で動いているというか。例えば,相手を完全に叩き潰すとか,嫌な思いをさせて勝ち逃げするって,基本的にはやらないと思うんですよ。なんでかっていったら,ゲーマーにとって一番重要なのは,ゲーム友達の確保だから(笑)。
栗田氏:
そうそう。あまりに一方的だったり,ズルいことをしちゃうと,次に遊んでもらえなくなるんですよね。だから,今回は俺やられてるけど,次はまたやり返すぜとか。今度はこっちがやるからね,みたいな感覚で。
川上氏:
ゲーマー同士だと,相手のルールも大体わかるしね。
4Gamer:
まぁ,おっしゃりたいことはなんとなく分かりますけど……(苦笑)。
川上氏:
それに例えば,相手がうまいことやるじゃん。その時にゲーマーって,あまり悔しいと思わないというか。いや,同じゲームのプレイヤー(競争相手)としては悔しいんだけど,どちらかというと,「なるほど,そういう手があったのか!」みたいなね。
4Gamer:
ああ。
栗田氏:
まあ,なんか,自分がそこに気づけなかった反省の方が大きいみたいな。
川上氏:
そう。ゲーマーってそういう人種だから,なんかそこはお互い信用できるなってところはありましたよね。
4Gamer:
ともあれ。今日のまとめとしては,どういう結論になるんだろう?
川上氏:
んー,やっぱり,ドコモの千葉支店で唯一パソコンを使えたっていうだけでは,世界と戦っていくのは難しいと。そういう教訓なんじゃないかと。
栗田氏:
あはは。でも一方では,「亜流だったからこそ,チャンスに出会えた」というか。僕的にはそういう感覚もありますよ。iモードの部隊に転属できた話もそうなんですけど,僕がなまじエースだったら,絵文字を作ったり,端末の仕様を決めたりする機会は巡って来なかったと思いますから。
4Gamer:
そうかもしれません。
栗田氏:
本流じゃなくても,端っこの方でも「いいことがあるよ」っていうか。ちょっとポジションを外したくらいの場所の方が,結果的には,自分の希少性を生み出しやすい。僕がiモードの仕事でなんとなく学んだのは,そういう部分でしたね。
川上氏:
本流で勝ち抜くのは大変ですからね。本流は,基本的に過当競争の世界ですし。
栗田氏:
はい。例えば,僕はゲームが大好きだったけど,僕がゲームメーカーに入ったとしても,きっと周りは僕以上にゲームが好きで詳しい人ばかりだろうから,僕なんかが活躍する場はないわけで。だけど,ドコモだからこそ,僕がコンテンツ方面の仕事を一手に任せてもらえたんだろうと思います。
川上氏:
そうですよねぇ。だから,やっぱりね。今の我々があるのは,ファミコンを買ってもらえなかったからこそってことですよ。だからこそ,希少な経験をして中途半端な立ち位置に偶然にハマりこんで,そしてチャンスを掴んだ。
4Gamer:
ファミコンという“本流”に乗れなかったから……。
川上氏:
そう。すべてはファミコンを買ってもらえなかったばっかりに!
栗田氏:
って,結局オチはそこですか(笑)!
(つづく)
川上量生(かわかみのぶお):
ドワンゴ代表取締役会長。1968年,愛媛県生まれ。京都大学工学部卒業後,ソフトウエア専門の商社勤務を経て,1997年に株式会社ドワンゴを設立。携帯電話向けサービス「いろメロミックス」などをヒットさせ,同社を東証一部上場企業へと成長させた。近年では,ニコニコ動画を成功に導くなど,独特の考え方をする実業家として知られる。2011年1月に突如としてスタジオジブリに入社し,プロデューサー見習いとして,鈴木敏夫氏に師事している。なお,本連載をまとめた川上氏の初の単著「ルールを変える思考法」も発売中。
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