テストレポート
「Batman:Arkham Asylum」に見るPhysX(後編)〜ベンチマークテストで理想的なPhysX環境を探る
前編では,ムービーによる比較を中心に,GPU PhysXの効果を見てきたが,今回は,「GPU PhysXによる物理効果が,ゲームのパフォーマンスにどういった影響を及ぼすか」を軸にベンチマークテストを行い,その結果から,理想的なPhysX環境を探ってみようと思う。
なお本稿は,前編を読み終えていることを前提に話を進めていくので,まだ読んでいないという人は,そちらを読み終えてから,あらためて戻ってきてもらえれば幸いだ。
→「Batman:Arkham Asylum」に見るPhysX(前編)〜プレイムービーとスクリーンショットで“PhysXの現在”を確認
ゲームタイトル発売直後のハイエンド構成で検証
インゲームのテストも実施
前編で予告したとおり,今回は掲載するグラフの量が多いので,前置きはそこそこにして,さっそくテストのセットアップに入ろう。
用意したシステムは表のとおり。2009年9月中旬から事前検証をスタートし,その後(本稿で掲載しないものも含め)大量のデータを取得していった関係で,ドライバのバージョンがテスト開始時点のものになっており,最新版でないことは,あらかじめお断りしておきたい。
ELSA GLADIAC GTX 275 896MB リファレンス仕様のGTX 275カード メーカー:エルザジャパン 問い合わせ先:エルザジャパン サポートセンター TEL 03-5765-7615 実勢価格:2万7000〜3万2000円(※2009年11月21日現在) |
ELSA GLADIAC 998 GT SS 512MB 低消費電力版9800 GT搭載&オリジナルクーラー搭載が特徴 メーカー:エルザジャパン 問い合わせ先:エルザジャパン サポートセンター TEL 03-5765-7615 実勢価格:1万2500〜1万5000円(※2009年11月21日現在) |
比較対象として,「GeForce GTX 295」(以下,GTX 295)デュアルGPUソリューションを用意したのは,NVIDIA SLI(以下,SLI)構成におけるGPU PhysXの傾向を見るため。できればもう1枚GTX 275搭載カードを用意したかったのだが,機材調達の都合により,今回は筆者手持ちのGTX 295を使うことにした次第だ。
また,「ATI Radeon HD 4890」(以下,HD 4890)を用意したのは,GTX 275とほぼ同等の3D性能を持つという理由による。
さてテストは,以下に挙げる三つのシーンで行うことにした。テスト条件は基本的に,GPU PhysX無効,GPU PhysX(NORMAL)有効,GPU PhysX(HIGH)有効の3パターンだ。
- 「BENCHMARK」:ゲームに標準で用意されているベンチマークモード
- 「WAYNE MANOR」:実際のゲームプレイ,その1。前編で「風(1)−不気味な通路」として紹介した通路。内容は前回掲載のムービーと同じ
- 「BOILER ROOM」:実際のゲームプレイ,その2。Jokerによって改造され,屈強な肉体を持つ「Bane」と戦うシーン
BENCHMARKとBOILER ROOMのプレイシーンは下にムービーで示したような感じになる。前者は三つのテスト条件すべて,後者は無効とHIGHを代表して掲載したい(※繰り返しになるが,WAYNE MANORは,前編を参照のこと)。
●BENCHMARK
ベンチマークモードは,いわゆるFlyby的なシークエンスだ。GPU PhysX有効時におけるNORMALとHIGHの差は,旗の有無や,物理法則に従って動くオブジェクトの数などに表れている。
●BOILER ROOM
ボスキャラであるBaneだけでなく,大量のザコキャラも登場する関係で,ゲーム全体を通じても屈指の“重い”シーン。フレームレートの上下動を最も大きく感じられると述べても過言ではない。
GPU PhysX有効時におけるNORMALとHIGHでは,飛び散る破片の量くらいしか違いはなく,負荷もあまり変わらないため,今回は無効時と,有効時(HIGH)のみで比較する。ムービーはいずれも,途中でゲーム内メニューを開いているが,ベンチマークテストはその直後から行った。
なお,ボス戦なのでやむを得ないが,ムービーを見るとBaneの倒し方が分かってしまう。ネタバレを回避したい人は見ないほうがいいかも。
また,Batman: Arkham Asylumは,ベンチマークモードこそ自動的にVsyncがオフになるものの,実際のゲーム内はいわゆるフレームキャップが標準で設定されており,このままだとベンチマークテストに使えない。そこで今回は,以下のとおり設定ファイルを書き換えることにした。なお,ファイルの書き換えは自己責任になるので,この点はご注意を。
●フレームキャップ回避方法
「C:\Program Files(x86)\Eidos\Batman Arkham Asylum\BmGame\Config\DefaultEngine.ini」(※標準インストール時。32bit版OSでは「(x86)」表記はない)の読み取り専用属性を外したうえで,テキストエディタから開き,下に挙げるブロックの赤く示した部分を書き換える。
[Engine.GameEngine]
bSmoothFrameRate=TRUE
MinSmoothedFrameRate=24
MaxSmoothedFrameRate=62
MaxDeltaTime=0.0416666
「MaxSmoothedFrameRate」は最大フレームレートキャップを指定する項目。今回はここを「500」に変更した。500の根拠はとくになく,「『999』だとゲーム中にエラーが多発し,半分に落としたところ安定したので,そのまま採用した」というのが正直なところである。
最小フレームレートキャップを指定する「MinSmoothedFrameRate」の変更は,すっかり忘れており,すべてのテストが終わってから担当編集に指摘されるというポカミスを演じてしまったのだが,フレームキャップがあっても,落ちるべきスコアは落ちていた(※だからうっかり忘れたのだけど)。また,最後に,得られたスコアの低かったベンチマークテストについて,値を「0」にしてテストをやり直したところ,スコアに違いは見られなかったので,今回は結果オーライということにさせてもらえれば幸いだ。
なお,「C:\Users\[ユーザー名]\Documents\Eidos\Batman Arkham Asylum\BmGame\Config\BmEngine.ini」にも同様の項目があるが,こちらを変更する必要はない。
GPU構成による比較
〜SLI PhysXのほうが通常のSLIよりも有利か
グラフ1は,BENCHMARKのスコアをまとめたものだ。GPU PhysX無効時に,GTX 275とHD 4890は,解像度にかかわらず,ほぼ同じレベルのフレームレートを示しているが,ゲーム側からPhysXのハードウェアアクセラレーションを有効にすると,GPU PhysX非対応のHD 4890が大きくスコアを落とすのが目立つ。もっともよく見ると,GTX 275のGPU PhysX有効時も,無効時と比べるとフレームレートは半分以下に落ちているのだが。
一方,GTX 275と同じようにフレームレートが下がっているGTX 295を,GTX 275+9800 GTのSLI PhysX構成が(わずかながら,だが)上回っている点には注目しておきたい。
グラフ1におけるGPU PhysX無効/有効(HIGH)の2パターンについて,解像度1920×1200ドット設定時のフレームレート推移を比較したものが,グラフ2になる。GPUアクセラレーションの効かないHD 4890はさておき,GTX 275シングルカード構成でPhysXを有効にしたときの落ち込みはやや目立つ。
実際のゲームシーンではどうか。WAYNE MANORの平均フレームレートをまとめたものがグラフ3だ。以下,レスポンスが悪すぎて,GPU PhysXを有効にするとゲームにならなかったHD 4890のスコアを省略するが,とくに敵キャラも出てこないWAYNE MANORだと,GTX 275でもフレームレート的には十分なスコアを示している。
PhysX有効時におけるGTX 275+9800 GTとGTX 295の関係は,BENCHMARKと同等だ。
先ほどと同じように,1920×1200ドット時におけるGPU PhysX無効/有効(HIGH)のフレームレート推移を抽出したのがグラフ4となる。GPU PhysX有効時(HIGH)に注目すると,GTX 275で30fps前後まで落ちることはまれで,これなら十分といえるかもしれない。
一方,非常に負荷の高いBOILER ROOMでGPU PhysXを有効にすると,GTX 275シングルカードでは少々荷が重くなってくる(グラフ5)。NORMAL設定はまだしも,HIGHだと,解像度が上がれば上がるほど低いスコアになった。これと比べると,GTX 275+9800 GTやGTX 295のスコアは比較的よく堪えている印象だ。
グラフ6は,グラフ5,解像度1920×1200ドット時におけるGPU PhysX無効と有効(HIGH)のフレームレート推移を抜き出してみたが,GTX 275シングルカードだと,フレームレートはほぼ30fps貼り付き。ムービーで示したように,戦闘シーンではスローモーションエフェクトが多発するのだが,それにフレームレートによるカクつきが加わると,想像以上にプレイしにくくなる。
GTX 295だと,ほぼ60fps程度。GTX 275+9800 GTも同じくらいだが,フレームレートはより安定している。
OSによる比較
〜Win7とVistaの間に劇的な違いはない
GPUの組み合わせによる比較に続いて,OSによる違いをチェックしてみたいと思う。今回は同じ64bit版で,Windows 7とWindows Vistaとを比較することにし,GPU PhysX無効時はGTX 295とGTX 275の2パターン,有効時(HIGH)はGTX 275+9800 GTとGTX 295,GTX 275の3パターンで,それぞれパフォーマンスの計測を試みる。
というわけでグラフ7,8は,BENCHMARKの平均フレームレートをまとめた結果だ。GPU PhysX無効有効を問わず,Windows 7環境のほうがWindows Vista環境よりもスコアは若干高めだ。
前段と同様,解像度1920×1200ドットで,GPU PhysX無効時と有効時(HIGH)のスコアを抜き出したものがグラフ9になる。細かい部分ではいろいろと違いもあるのだが,同じシークエンスを再生するベンチマークモードでは,Windows 7環境のほうが各所で少しずつフレームレートが高く,それが総合的に平均フレームレートを押し上げている印象だ。
実際のプレイ感覚はどうか。グラフ10〜12は,WAYNE MANORのスコアを,BENCHMARKと同じようにまとめたものだ。
序盤で述べたように,WAYNE MANORでは,毎回プレイし直しているので,フレームレート推移はベンチマークモードほどキレイに重なったりしないが,それを加味しても,全体的な傾向はBENCHMARKと変わらず。特定のテスト条件で極端な下ぶれがあったりもしていない。
Baneとの対戦シーンにおけるスコアはグラフ13〜15に示したが,描画負荷の高い条件でも,傾向は変わらない。あえていえば,SLI構成のGTX 295やSLI PhysX構成のGTX 275+9800 GTで,GPU PhysX有効時(HIGH)のスコアに,やや大きめの違いが生じる場合がある,といったところだろうか。
全体的に大きな違いが生じない理由については,「そもそもWindows 7とWindows Vistaの間にそれほど大きな違いはない」というのももちろんあるはずだが,それ以外にも,「処理が重くなりそうな局面では,ゲーム側で意図的にスローモーションをかける」という,ゲーム側の対策も少なからず影響していそうだ。
重要なアクションが行われるたび,当たり前のようにスローモーションがかかるので,少しくらいのパフォーマンス差は,吸収されて気にならなくなる。さまざまなハードウェア環境で安定したプレイ感覚を提供するアプローチとして,このアイデアは悪くないように思う。
“禁断の”Radeon+GeForceを試す
〜条件はシビアだが,動けば快適
※注意
本段落で紹介する内容は,NVIDIAのサポート外です。4Gamerでは,あくまで一つの情報として提供する立場であり,本段落の内容に従って試した結果,うまくいかなかったり,システムが修復不可能なダメージを負ったとしても,試した人の自己責任となります。NVIDIAは言うに及ばず,4Gamerも,一切責任を負わないほか,質問にも回答しませんので,この点はくれぐれも注意してください。
ここまで,SLI PhysXの安定感が目を引いてきたが,構成は「プライマリGeForce+PhysX専用セカンダリGeForce」。メインのグラフィックスカードにATI RadeonファミリーのGPUを搭載した製品を使っている人だと,手元にある余剰の(GeForce 8以降のGPUを搭載した)グラフィックスカードと組み合わせて「プライマリATI Radeon+PhysX専用セカンダリGeForce」という構成をとろうと考えるかもしれないが,実のところ,この構成はサポートされていない。試してみると分かるのだが,システムにATI Radeonが含まれるPCでは,GeForceのPhysXアクセラレーションを有効化できないのだ。
つまり,「動かなくてもノーサポート」という条件を飲めるのであれば,ATI Radeon+GeForceという構成で,“CrossFireX PhysX”(※SLI PhysXに対応するコトバとして適当に考えた造語。語呂悪し)を利用できるかもしれないというわけである。
試してみる方法やパッチについては,PhysXInfo.comで公開されているほか,NGOHQのユーザーフォーラムで活発な議論が続いていたりもするので,興味のある人はぜひチェックしてほしい。
念のため不親切な説明をしておくと,だいたい以下のような感じで手続きを進めると,パッチを適用できる(はずだ)。
- ATI Radeon搭載グラフィックスカードをプライマリ,GPU PhysXに対応したGeForce搭載グラフィックスカードをセカンダリのPCI Express x16スロットに差す
- ATI Radeon用グラフィックスドライバ「ATI Catalyst」(※今回は「ATI Catalyst 9.9」で試した)をインストール
- GeForce用グラフィックスドライバ「GeForce Driver」(※今回は「GeForce Driver 191.03で試した)をインストール
- PhysXInfo.comで公開されているPhysX Modをダウンロード(※今回は「PhysX-mod-x64-1.01.exe」を入手した)
- PCをセーフモードで起動し,PhysX Modを実行。[cake]ボタンを押すとパッチの適用がなされるので,再起動する
一つだけアドバイスする点があるとすると,それは,セカンダリのGeForceも,ディスプレイと接続しておかねばならないこと。通常のSLI PhysXならもちろんそんなことはないのだが,プライマリGPUとしてATI Radeonを組み合わせるときには,セカンダリGPUのGeForceをディスプレイに接続しておかないと,GPU PhysXを有効化できないのである。
……で,これでうまくいったのかというと,今回のテスト条件ではうまくいった。平均フレームレートはグラフ16にまとめたとおりだが,今回試したHD 4890+9800 GTという構成は,GTX 275+9800 GTに対して,ほぼ遜色ないスコアを出せている。解像度が上がっていくと,HD 4890+9800 GTのスコアはやや落ち気味だが,目くじらを立てるほどのものでもないだろう。
三つのシーンについて,解像度1920×1200ドットにおけるフレームレート推移を抽出した結果がグラフ17〜19になるが,ここでも違和感のあるスコアにはなっていない。SLI PhysXと何ら変わらないプレイ感覚だ。余談だが,同じGPU PhysX対応タイトル「Cryostasis: Sleep of Reason」をプレイしても,違和感はまったくなかった。
パッチの立ち位置が立ち位置なので,「最近,GeForceからATI RadeonへとメインのGPUを乗り換えた人は試してみよう」と軽々しく言えないのは確かだが,こういうアイデアがあるということは,憶えておいても損はないと思われる。
GPU PhysXのマイルストーンといえる
Batman: Arkham Asylum。さらなる普及には何が必要か
前編の繰り返しになるが,Batman: Arkham AsylumにおけるGPU PhysXのメリットは,非常に大きい。普通にプレイしていたら,あまりにも自然すぎて気づかないようなところから,露骨に見た目の変わるダイナミックな物理効果まで,「GPU PhysXの完成度」は,明らかに上がっている。
GPUに関していうと,GTX 295よりも,GTX 275+9800 GTによるSLI PhysXのほうが高いスコアを示した点に注目したい。「PhysX専用のセカンダリGeForce」が普及するかどうかは,今後のGPU PhysX対応タイトル普及状況次第というか,これを現実的な選択肢として勧めるには,あまりにも対応タイトルの数が少なすぎるのが残念なところだが,将来に向けて,ちょっと興味深いデータは取れたような気がしている。
「メインのグラフィックスカードが何であっても,一線を退くなどして余った旧世代のGeForce搭載カードを差せばGPU PhysXを利用できる」ようにしたほうが,GPU PhysXの普及は進むのではないだろうか。
いずれにせよ,GPU PhysXが浸透するかどうかのカギを握るのは,やはり依然として魅力的なタイトルの存在である。本当に面白いゲームタイトルのサポートを得たのは幸いだが,年に数本,出るか出ないかでは,本格的な普及は夢のまた夢である。
GPU PhsyXがPCゲーマーにとって価値のある機能であることに疑いの余地はない。NVIDIAとゲームデベロッパには,一般化に向けた,さらなる努力をお願いしたいところだ。
- 関連タイトル:
PhysX
- 関連タイトル:
Batman: Arkham Asylum
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