連載
「キネマ51」:第15回上映作品は「トランス」
グラスホッパー・マニファクチュアの須田剛一氏が支配人を務める架空の映画館,「キネマ51」。この劇場では,新作映画を中心としたさまざまな映像作品が上映される。
第15回の上映作品は,先のロンドン五輪の開会式を演出したことで世界的に有名になった,ダニー・ボイル監督の「トランス」だ。
「トランス」公式サイト
もう2か月ほど前の話ですが,2020年の東京オリンピックが決まりましたね。
関根:
そうですねぇ……。
須田:
どうしたの,部長。あんまり嬉しそうじゃないけど。
関根:
支配人,僕は心配なんですよ。
須田:
何がですか。これからどんどん盛り上がっていくでしょう,東京は。
関根:
いやぁ,僕達はまだまだ弱小映画館じゃないですか。もしかしたら,「ここ,選手村にするからどいてちょうだい」なんて言われかねないんじゃないかと。
須田:
あー,そんな心配をしてるんですか。というか,その前になぜ愛之助さん風の演技なのか分かりませんけど。でも,大丈夫ですよ。
関根:
その根拠の無い自信,どこから来るんですか。
須田:
いやいや,根拠はありますよ。だってこの映画館,本当はどこにも○○しないんですから!
関根:
ひゃー。やめてー! 本当のことなんか聞きたくなかったー!!
4Gamer:
あのー,そろそろ茶番はやめて,進めていただけませんか。
須田:
わ,失礼しました。
ということで部長,東京オリンピックのオープニングセレモニー,誰がやると思いますか?
関根:
あ,なるほど,そういう話だったんですね。そうですねぇ,なかなか思いつかない……。
須田:
ちまたでは,宮崎 駿監督だ,なんて言われてるじゃないですか。
関根:
宮藤官九郎さんが名乗りを上げたなんて噂もありますよね。
須田:
まあ,今日取り上げる作品の監督は,2012年のロンドンオリンピックでオープニングを演出したわけですが。
関根:
ダニー・ボイル監督に匹敵するような日本の映画監督って誰か思い浮かびますか?
須田:
是枝裕和監督とか?
関根:
淡々と,ただ淡々と。縁側でずっと人々が日本の原風景を見ているだけとか。
うーん,クロージングだったらいいかもしれませんが……。
須田:
BGMは,アコギだけとかね。あ,でもそうなるとエレカシは出てきますよ,きっと[1]。そこは嬉しいところですけどね。
関根:
日本代表がエレカシかぁ。
須田:
いや待てよ……EXILEが出るっていうのも,ありそうな気がしないでもないですね。
関根:
それは確かにありそうな。EXILEな人達がいっぱい踊ってるんだけど,なんか間違い探しみたいにサラリーマンの人も混じってて。
4Gamer:
よくよく見たら須藤元気だったりして。
須田:
さらによく見たら,パパイヤ鈴木とおやじダンサーズが混じっていたりしてね。
そこまでやってくれたら素晴らしいですけどね。
で,いろいろと考えたんですけど,僕の思ったことはですね,ここはいっそのこと,海外の監督に任せるっていうのは,どうかなと。
須田:
サッカー日本代表じゃないんだから!
関根:
海外の人が喜ぶ日本って,ちょっとゆがんだ日本像じゃないですか。そういう演出ができるのは,やはり海外の人なんじゃないかと思うんです。そして正しくゆがませてもらいたいな,と。
須田:
ほほう,なるほど。
関根:
さまざまな国の演出家が,日本をテーマにオープニングを演出したら,きっと僕らも楽しいじゃないですか。
須田:
確かに楽しそうですね。
でも部長,実は僕の中ではもう決まっているんですよ,オープニングの演出。
関根:
決めてるって,それは支配人が演出する“俺の東京五輪”ってことですね。
須田:
そうです。僕はやっぱり,オープニングはビートたけしさんのタップダンスしかないな,と。
幕が開いたら,タタタ・タタタってたけしさんが一人でタップ踏んでて,そこから100人単位のタップダンサーが入ってきて。
関根:
たけし版「座頭市」じゃないですか,それ。
須田:
そこからスタートして,最後のシメはタモリさんが出てきて,「オリンピック,始めていいかな」って。で,全員で「いいともー!」。
関根:
あ,それ最高じゃないですか。
須田:
6年ぶりの「いいともー!」に会場大興奮ですよ。これ,完璧でしょう。
関根:
完璧……ではないですよ。
そもそも,オープニングとシメしか決まってないじゃないですか。
4Gamer:
あ,じゃあ途中で,さんまさんの車を競技場の真ん中に持ってきて,砲丸投げとか円盤投げの選手が,その車に向かって投げ始める。[1]
須田:
そうそう,どんどん壊されていくのを見ながらさんまさんが「やめろー」って言ってね。でも,ほっとく。
関根:
最後に,日本の格闘家が出てきて,その車を殴りながら完璧に壊すっていうボーナスステージもあって。
須田:
しっかり日本のビデオゲーム文化も伝えて。これには世界が驚きますよ。ロンドンオリンピックを演出したダニー・ボイルにだって勝てるんじゃないですか。
関根:
そうですね。そう考えるとダニー・ボイルってすごいですよね。「トレインスポッティング」というドラッグムービーで一世を風靡した人が,後にオリンピックの演出をすることになるんですから。
須田:
「スラムドッグ・ミリオネア」では,アカデミー賞で8部門も受賞していますしね。
関根:
今回紹介する「トランス」も面白かったですよね。
須田:
それではそろそろ「トランス」の話,いきますか。
いきなりのネタバレ?
今日は,なんだかネタバレOKらしいんで,最初からネタバレしちゃいます。
関根:
えー,そうなんですか。そもそもネタバレOKって,誰からのOKなんですか。
須田:
あ,じゃあやっぱり,やめておきます。
関根:
いつも思うんですけど,こういったくだり,いりますか?
須田:
わははは。
関根:
出た。最近そのごまかしかた増えてきてる。
須田:
しかし,面白かったですね。
関根:
いやいや,本当に面白かったですよ。
須田:
どう面白かったって,もうとことん,映画って面白いんだなってことを思い知らされましたね。
まず映像が,美しいんです。シナリオも魅力的だったんですけど,それに映像がすさまじく力を与えているんですよ。なんていうのかな,ネタバレではないと思うけど,一つの出来事が,ずっと二軸で進んでいくじゃないですか。でも,ストーリーが分からなくなるわけじゃないんですよ。
4Gamer:
ほう……?
須田:
たまに混乱するときもあるんですけど,それが映像美で全部,フィルター化されるとでも言うんでしょうか。優しいオブラートに包まれている感じなんですよね。それがずーっと最後まで謎のまま残っていて,ポンと押すとシャボン玉みたいにパッと割れて,あー,なるほど! みたいな。
もうねぇ,憎い,憎たらしい。っていうぐらい面白かったんです。
関根:
きっとこちらが混乱するところも含めて演出しているんですよね。わざと分からなくさせてますよ。
須田:
そうそう。
関根:
失敗じゃないんですよね。
須田:
最初のくだり,オークション会場からゴヤの傑作「魔女たちの飛翔」が盗まれるという事件が発生するんですけども,その際にジェームズ・マカヴォイ扮する主人公,競売人のサイモンがとる行動が,観てる側にも分かるらい不可思議なんですよね。
しかもストーリーが進むにしたがって,なんであんな行動を取ったんだろう? っていうクエスチョンがますます膨らんでくる。
関根:
普通だったらストーリーを追うごとに理解できるようになるはずなのに,どんどんつじつまが合わなくなってくるんですよね。
須田:
そしてラストでびっくりするほどの回収解決のうまさ。本当に素敵だなと思いました。ここはネタバレですが,(サイモンが記憶喪失)という設定もよくできていて,つじつまが合わない行動をした自分自身の不可解さを,その本人と観客が同じように体験できるんですよね。
関根:
確かにそうでしたね。
須田:
さらに映像とストーリーが二重構造からもっとオーバーラップしていって,途中でいくつもの映像が重なるエフェクトがあるじゃないですか,フワーって。それと同じように,現実がどれなのか分からなくなる。あの気持ち良さはここ数年,映画で感じたことのない感覚でした。
複雑に交錯する人間模様と不可解なストーリーをきちんとエンターテイメントに仕上げるなんて,本当に,ダニボはすごい監督さんだなと思いました。
支配人の興奮は続く
須田:
あとねぇ,役者がうまい。完璧ですよ。もう,キャスティングっていうのはこういうことなんだと。
関根:
シリアスとコミカルのバランスがちょうど良いんですよね。
サイモンの記憶を戻すために悪者達が協力し合っている様も,何だか一生懸命で。
須田:
そういうシーンが,とても人間臭い。
関根:
いわゆるクールじゃないんですよ。センスの無い監督だったら,もっと狂気的なところを強く出しちゃったりとか,過剰に表現することで格好良く見せようとすると思うんです。あるいは,コミカルの部分をすごく多くしちゃったりとか。
でも,もう,ヴァンサン・カッセルの表情だけで。
須田:
そう。十分でした。あの表情,完璧でした。彼,いい役者でした。「オーシャンズ」シリーズの演技もすごかったですよね。嬉しいですよね。役者がうまい映画は。
関根:
あと,音楽ですよ。
須田:
そう。音楽はね,いいとか悪いとかじゃなくて,安心ですね。ダニボの映画ということは,音は完璧であるということですから。
関根:
「トレインスポッティング」は,いわゆるコンピレーションサントラブームの火付け役みたいな作品[3]だったわけですけど,音楽に関しては,全て出し切っちゃったんじゃないかって思うくらい名曲ぞろいだったじゃないですか。
でも,まだ,こんなに振り幅と豊富なライブラリーがあったんだなと。
須田:
ですよね。格好いい。そういえば部長は,ダニボだと「ザ・ビーチ」が好きなんですよね。
関根:
そんなこと言ったことありましたっけ(笑)。まあ,好きですけども。今作のように,登場人物の人間像が最初と最後で全然違っていたりとか,徐々にゆがんでいく人物描写が面白い作品ですよ。人の本性が出たときに物語がどんどん複雑になっていく,そういう感じですかね。
須田:
キャスティング自体にもトリックというか,ひねりが入ってますよね。この役者さんは普通こういう使われ方だから,きっとこんな人に違いないと見始めたら,え? ……なんて感じで。
関根:
役者の演技力によるところもあると思いますが,あれを思い出したんですよ,普通のスナップ写真としてみれば何も感じないんだけど,容疑者とか,指名手配なんていう肩書きがついた瞬間に,とても悪い人に見えてきちゃう感じ。あれを体験できるかなと。
須田:
なるほど,確かに。ダニー・ボイルっていう人は,常に人の本質を描くことを追求している人なんでしょうね。いやぁ,とにかく面白かった,ぜひ映画館で観てほしいですね。オススメですよ。
関根:
今日は,支配人大絶賛でしたね。
須田:
ともかく最高でした!
「トランス」を観た後は
須田:
でね,部長。トランスを観た後に……。
関根:
今日は積極的ですね。いつもこうだと嬉しいのですが。
須田:
あれ,いつもは違ったかな?
でね,どんなゲームがオススメというと……あれですよ。
関根:
何ですか,何ですか?
須田:
あれですよ。
関根:
……もしかして考えてないんじゃないですか?
須田:
いや,あの,これねぇ……難しいですよ。
関根:
それは分かります。なので,ここはあえてツッコミません。
須田:
難しいんですよ。トランス,トランス……。
4Gamer:
「トランスフォーマー」はなしですよ。
須田:
わははははは。言われちゃいましたね。
4Gamer:
やっぱり(笑)。
須田:
うーん,トランスって,トランス・ミュージックっていうのもありますからね。あのー「トランス・ランス・レボリューション」とかね。
関根:
あー,あれですね,あの,足でドッドッドッドッってリズムを打つゲーム。
4Gamer:
トランスフォーマーより苦しいですね。
須田:
は,はい。ええと,なかなか難しいですが,あれですね,この作品は最初から言ってますけど,久々に映画を味わったという気がしたんですね。この“映画”というものに挑戦しているゲームってなあに?
関根:
なあに? って,何で「ポンキッキ」みたいなしゃべり方になってるんですか。
須田:
まぁ,ちょっとベタな気がするんでねー。
言うのに照れるというか。
関根:
お,なんというゲームなんですか?
須田:
「HEAVY RAIN -心の軋むとき-」というゲームを作ったデヴィッド・ケージ氏の最新作で,「BEYOND: Two Souls」という作品です。
「JUNO/ジュノ」「X-MEN: ファイナル・ディシジョン」のエレン・ペイジが主役で,ウィレム・デフォー[1]も登場するんですよ。実際に役者さんが出演されているんです,「龍が如く」みたいに。
4Gamer:
より実写っぽく。
須田:
そのデヴィッド・ケージというディレクターは,映画的なアプローチを身上とするクリエイターなんです。
HEAVY RAINは,主人公の息子が誘拐されて,家族がばらばらになってしまうという事件から始まる物語なんですよ。その前の作品は「Fahrenheit」っていう,これも映画的なアプローチなゲームという印象でした。
今,ビデオゲームの世界で映画的なものに一番強く影響を受けていて,近付こうとしているのがデヴィッド・ケージの作品だと思うので,今回はこれをオススメしてみようかなと思います。
関根:
なるほど。今回あらためて思ったことは,支配人は良質な作品に出会うと,とても真面目にお話いただけるということでした。これからもよろしくお願いします!
須田:
今の,褒められているんだよねぇ。
関根:
もちろんそうに決まってるじゃないですかー。
須田:
なんか棒読みなんだよなぁ。
関根:
ありがとうございましたー!
「トランス」公式サイト
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