業界動向
Access Accepted第496回:VRゲーム市場は立ち上がるか?
Oculus VRの「Rift」とHTCの「Vive」が続けて市場に投入され,ついにVRゲーム市場が本格的に幕を開けようとしている。とはいえ,これまで一般的とは呼べなかった市場でもあるだけに,ハードウェアメーカーもソフトウェア開発者達も,右も左も分からないといった状況のようだ。潜在的な市場の規模はどれくらいなのか? 1日の使用時間はどの程度が望ましいのか? そしてなにより,ゲームソフトの価格はどれくらいが適正なのか? こうした試行錯誤は,今後もしばらく続きそうだ。
VRゲームの注目作が,早くも値下げを断行
北米時間の2016年3月28日,Oculus VRのVR対応ヘッドマウントディスプレイ「Rift」が,そして同4月5日には,HTCのSteamVR対応ヘッドマウントディスプレイ「Vive」が正式に発売され,いよいよ新たなVRゲーム市場の幕が上がった。モバイルゲームやブラウザゲームなど,この10年間で新たに誕生したゲーム市場は少なくないが,ここでまた,「VRゲーム」という新しい市場が始まったことになる。
そんな,真新しい市場に投入されたゲームの中でも,現在,欧米のゲーマーに大きく注目されているのがテキサス州オースティンに本拠を置くOwlchemy Labsの「Job Simulator」だ。高度にロボット技術が発達し,人間が働く必要のなくなった社会。万が一に備えて,「労働とは何か」を知っておくため,人間がロボットに働き方を教えてもらうという,いわゆる,おバカ系物理シミュレーションゲームだ。
オフィスワーカーや自動車修理工,シェフなどとして簡単なシミュレーションをこなしていくわけだが,いずれもいらだつ操作を繰り返すばかりで,そのうちしっちゃかめっちゃかにしたくなり,結局はそれを楽しむような展開になる。RiftとVive向けにリリースされているが,いずれはPlayStation VR版も発売される予定とのこと。Viveではバンドルソフトに選ばれているほどで,VR初期の作品として,ゲームそのものの評価はともかく,長らく記憶されることになりそうだ。
その「Job Simulator」を開発したOwlchemy Labsは北米時間の4月19日,「Steam」にニュースレターを掲載したが,それによると,39.99ドルで発売された「Job Simulator」の販売価格を,25%下げて29.99ドルにするという。
ゲームの価格が下がること自体は,そう珍しい話ではない。年頭にリリースされたタイトルが,同じ年のSteamのウィンターセールで50%引き,とうのはよくあることだし,最近では,リリースを盛り上げるため,10%オフで発売を開始するというケースもしばしば見られる。Steamを始めとしたオンラインゲーム配信サイトは頻繁にセールを行い,少しぐらい古くてもまだ遊べるタイトルを驚くほど安く売っていたりする。
しかし,今回の「Job Simulator」の価格引き下げは,一時的なセールではなく,恒久的なもの。さらに,リリースされてからわずか2週間での決定となり,その理由はよく分からないが,筆者と同じように「あまり売れてないのかなあ」と考える人も少なくないはずだ。海外メディアの多くが,VR対応機器の高い値段などを元に,ゲーム市場に浸透するスピードはかなり遅いと予想していたが,それは間違っていないのかも知れない。
VRゲーム市場は未踏の荒野
では,VRゲームの価格はどれくらいが適正なのだろうか? 今の時点では,ハードウェアメーカーやソフトウェア開発者達も分からないようだ。Owlchemy LabsはSteamに掲載したニュースレターで,もともとの39.99ドルという価格は,「15人のメンバーが,1年半かけて開発した」開発コストから試算したと述べている。インディーズ開発者であるOwlchemy Labsのメンバーが,生活水準を落とすことなく開発コストを回収できる,そのギリギリの価格だったという。
現段階でOculus VRとHTC(とValve)のいずれもが実績を公表していないため,RiftとViveがどれだけの人々の手に渡ったのかさえ分からないのだが,VR機器だけで約10万円,それを動かすためのPCへの投資が必要になる人も多いことを想定すると,VRゲーム市場の立ち上がりはゆっくりで,39.99ドルと,値段が高いほうに属した「Job Simulator」の販売実績も芳しくなかったのだろう。
モバイルゲームやブラウザゲームに比べて,VRゲームの開発コストは高くなると筆者は思っている。バーチャルリアリティである以上,3Dグラフィックスは必須で,それにふさわしいサウンドを用意したり,ミドルウェアにライセンス料を払ったりなど,普通のPC/コンシューマ機向けタイトルと同じくらいのコストが必要になるはずだ。ここに,「どうすればプレイヤーがVR酔いしないか」「インタフェースはどう作るべきか」といったイテレーション(反復作業)が加わる。
こうした状況で,なおかつVR対応デバイスの販売実績が不明である以上,適正な価格を判断するのは,かなり難しい作業になるだろう。
Electronic ArtsやActivision,Take-Two InteractiveやWarner Bros. Interactive Entertainmentなどの大手ゲームメーカーがVRゲーム市場に参入していないのも,こうした理由によるところが大きいのだろう。新しモノ好きのUbisoft Entertainmentが,かろうじて「Eagle Flight」を制作しているくらいで,要するにVRゲームはまだ実験の段階であり,「未踏の荒野が続く大西部」であるようだ。
誰も足を踏み入れていないだけに,FacebookのZyngaやモバイルゲームのRovio Entertainmentに続くことを夢見てVRゲームの開発を進めるインディーズ開発者は少なくない。一方で,開発コストが回収できるようになるまで様子見という大手の動向もまた選択の1つである。
筆者自身はVRゲームやVRデバイスがゲーマーに浸透して大手ゲームメーカーが次々に参入し,安価で面白いゲームがプレイできる日を心待ちにしている。しかし,そうなるまでにはいましばらくの時間がかかるのかもしれない。去る3月,GDC 2016でSony Interactive Entertainmentの吉田修平氏が述べた,「VRの未来を信じてコンテンツ制作に真っ先に取り組んでくれている方々が,次に続けられるようにしていかないと,市場にとって良くない状況に陥ってしまいます」という言葉を思い返しつつ,VRゲームの明るい未来に思いをはせたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
次週の「奥谷海人のAccess Accepted」は,著者取材につき休載します。次回掲載は,5月6日を予定しています。