業界動向
Access Accepted第519回:最強のAIが「StarCraft」に挑戦状を叩きつける
当分は無理だと思われていながら,ついにプロ棋士を破って大きな話題になった囲碁AI「AlphaGo」。それを開発したGoogle傘下のDeepMindが,続いてターゲットにしたのは,なんとコンピュータゲームだった。発表によれば,DeepMindはBlizzard Entertainmentと提携して,「StarCraft II」の対戦を想定したAIの開発を進めていくという。リアルタイムの対応が求められるRTSで果たしてAIは勝てるのか。DeepMindの創業者が実はゲーム業界と深く関係ある人物であることも交えて,その話題を紹介してみたい。
ストラテジーゲームの寵児がプロ棋士を破るAIを開発
少し前の話になるが,2016年10月3日〜4日,カリフォルニア州アナハイムで開催されたファンイベント「BlizzCon 2016」において,Blizzard EntertainmentがGoogle傘下のAI開発会社Google DeepMind(以下,DeepMind)との提携を発表した。DeepMindといえば,彼らの開発した囲碁解析プログラム「AlphaGo」(アルファ碁)を以て韓国棋院に勝負を挑み,イ・セドル九段との5番勝負で4勝1敗の成績を残したことでよく知られている。
AIが初めて人間の棋士を破ったことが世界的な話題になり,しかもソフトウェアでありながら「名誉九段」という称号をもらったところも面白いが,そんなDeepMindが次の目標に定めたのが「StarCraft II」だったのだ。
DeepMindは,2010年にロンドンで設立されたDeepMind Technologiesを前身とし,2014年にGoogleに買収されて現在の名称に変更した。「AlphaGo」は,ディープラーニング(畳み込みニューラルネットワーク上での深層学習)とQ学習(モデルフリーの強化学習)を併用し,人間の差し手を模倣することでプレイを学び,自分自身と対戦することで能力を強化していくAIだった。将来的には,人の脳の記憶の仕組みを真似る,機械学習の有望な技術であると期待されている。
詳しくは専門書などに譲るが,我々ゲーマーにとって興味深いのは,DeepMindの創設者で現CEOがデミス・ハサビス(Demis Hassabis)博士という人物であることだ。この名前にピンと来た,という人は,おそらくベテランのゲーマーだろう。“天才ゲーム開発者”として昔の4Gamerには何度も登場している。
13歳のとき,グランドマスターに次ぐ世界第2位のチェスプレイヤーになったハサビス氏は,高校過程を16歳で終了,大学に入る前に暇を持てあまし,ピーター・モリニュー(Peter Molyneux)氏率いるBullfrog Productionsに入社した。「シンジケート」(1993年)のマップデザインを経て,テストとして作成したゲームのプロトタイプがモリニュー氏の目にとまり,17歳のときに遊園地経営シム「テーマパーク」(1994年)のリードプログラマーとして活躍,ゲームデザインの補佐も行った。ご存じのように,「テーマパーク」は世界中で大ヒットを記録したゲームだ。
しかし,当時はゲームの需要が一時的な減少を見せていた時期でもあり,ハサビス氏は複数のゲームメーカーに自分の開発したAIプログラムを売却したのち,2005年に会社をたたみ,再び大学へ戻ってAI研究に没頭した。2009年には,コグニティブ・ニューロサイエンス(認知神経科学)の博士号(Ph.D)を取得している。
こうした時期を経て,ハサビス氏が仲間と起業したDeepMind Technologiesは,設立当初から優れたAI技術を持つ会社として,多くのIT企業の注目を集める存在だった。
そして2014年,上記のように,Facebookとの買収合戦を制したGoogleの持ち株会社Alphabetが欧州史上最高の買収額を提示し,同社はGoogleの傘下に入った。買収額は,4億ユーロとも5億ユーロとも言われている。短期的な収益は見込めないにもかかわらず,ロンドンを出ることなくそれなりの独立性を保っていることからも,Googleでかなり優遇されている部門であるのは間違いない。
人工知能は「StarCraft II」のチャンピオンを倒せるのか?
AIとゲームの関わりとして有名なのは,1997年にチェスのグランドマスターを打ち負かしたIBMの「DeepBlue」だ。デミス・ハサビス氏によれば,チェスの場合,次の一手として20パターンほどを考えればいいが,それに対して囲碁の場合,200パターンに増えるという。チェスでAIが勝利を収めて以来,「AlphaGo」までに19年もかかってしまったのには,そういう理由もあるだろう。
新たな目標となった「StarCraft II」は,リアルタイムでユニットを操作するという,チェスや囲碁とはまったく異なるゲームだ。ゲームスタート時,プレイヤーは3つのプレイアブル勢力から好きなものを選び,それぞれ異なる能力を持つユニットを駆使して,独自のアプローチでゲームを進めていく。プレイヤーの行動は資源から得られるゲーム経済によって左右され,施設間の距離や生産ユニットの数などによっても進行は大きく異なる。未踏エリアの偵察を行い,状況を判断して長期的な戦略を立てつつ,新たな展開に合わせて選択と判断を重ねる。これがAIにとっていかに難しい問題か,専門家でなくとも分かる。
本社のGoogle Brainというチームから移籍して,このプロジェクトに参加しているオリオル・ヴィンヤルス(Oriol Vinyals)氏は,「BlizzCon 2016」における提携発表の際に壇上に立ち,シリーズ第1作の「StarCraft」(1998年)以来のファンだと自己紹介した。そして,Blizzard Entertainmentの協力によって「StarCraft II」にイメージベースのインタフェースを実装すると続けた。
具体的なイメージは公開された下のトレイラーを見てほしいが,ユニットや施設のタイプ,ヘルス状況を画像データとして,AIの目が“見る”ものを疑似的に表現しているわけだ。
「StarCraft II」のチャンピオンともなると,200〜300APM(Action Per Minute=指が動く速度の平均レート)を記録するという。APMと言われても,あまりピンとこないが,彼らの指さばきを収めたムービーを見ると,普通の人には何が起きているのか分からないほどのスピードで動いていることに驚くはずだ。コンピュータの演算スピードはそれでも解決が容易な問題だろうが,さまざまな戦い方を仕掛けてくる(そしてときに,不合理な行動もとる)人間は,AIにとって強敵になるだろう。
むろんDeepMindeも,それなりの将来像を抱いてBlizzard Entertainmentに話を持っていったはずだが,果たしてDeepMindの最新AIが,練習を重ねて「StarCraft II」のプロゲーマーを倒し,BlizzConのトーナメントでチャンピオンに輝く日が来るのか? そしてそれは来年のことなのか,あるいは20年後のことなのか? 筆者にはとても分からないが,続報を楽しみにしたい。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
- 関連タイトル:
StarCraft II: Wings of Liberty
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