業界動向
Access Accepted第542回:「不気味の谷」の向こう側が見えてきた?
改めて言うまでもなく,ゲームのグラフィックスは日々向上しており,自分が見ているのがCGで作られたキャラクターであることを意識しなくなる日が近づいているように思える。先月開催されたE3 2017でも,そうしたタイトルが次々に登場していたが,筆者はその1つである「Injustice 2」をプレイしていて,不思議な感覚に襲われた。そこで今週は,キャラクター表現の技術について,パフォーマンスキャプチャーを中心に考えてみたい。
最新技術が見せる,「不気味の谷」の向こう側
1970年代に日本のロボット工学者である森 政弘博士が唱えた,「不気味の谷」(Uncanny Valley)。この現象とゲームグラフィックスの関係については,10年前の2007年5月に掲載した本連載の第127回「不気味の谷越えに挑戦するキャラ達」で紹介したとおりだ。当時は,「Half-Life 2」のイーライ博士が,プレイヤーがどこに移動しようとずっと顔をこちらに向け続けることや,「Mass Effect」の宇宙人女性が妙にセクシーに見えることなどを取り上げた。Quantic Dreamsの「HEAVY RAIN -心の軋むとき-」の技術デモが公開され,ゲームキャラクターのリアルさや,反対にリアルでないことがゲーマーの話題になっていた頃だ。
「不気味の谷」とは,ロボットの姿形や動きが人間に近づくにつれ,首の振り方や瞬きのスピード,顔の筋肉の動きなど,些細な違いがより鮮明になり,そのために嫌悪感を抱くようになる現象だ。それを過ぎて人間と見分けがつかなくなると再び親近感を覚えるため,見分けがつかなくなる直前まで,不気味さが増していくことになる。
この現象はあくまで仮説で,反論や批判もあるのだが,人を模して作られたロボットをテレビで見て「ちょっと気持ち悪い」と感じた読者もいるだろう。
不気味の谷の記事を掲載してから10年。高性能なコンシューマ機のPlayStation 4とXbox Oneが登場し,さらに,4K解像度に対応したゲームがプレイできるようになった。テクスチャの解像度は向上し,画面内の情報量は劇的に増え,キャラクターの描画については,モーションキャプチャーの発展型となる「パフォーマンスキャプチャー」が一般化して,大手パブリッシャのタイトルではごく普通に使われるようになっている。
パフォーマンスキャプチャーとは,2002年の映画「ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔」でも採用された技術で,それ以前のモーションキャプチャーと異なり,アクターの動きだけでなく,顔の前面に取り付けた小型カメラを使って,表情とセリフを同時に取り込む手法だ。ゲームでは,Ninja Theoryが2007年にリリースした「Heavenly Sword〜ヘブンリーソード〜」が最初とされており,ゲームへの応用としては10年の歴史を持つことになる。
ワンダーウーマンと一緒に不気味の谷を越えた
10年の歴史を持つゲームのパフォーマンスキャプチャーも,当然ながら大きく進化しているように感じられる。E3 2017が開催される直前のことだが,「Injustice 2」のストーリーモードをプレイした筆者は,とくにマスクを着けていないスーパーマンやハーレイ・クイン,ワンダーウーマンなどが見せる豊かな表情に驚かされた。
E3 2017直前に,リリース日が8月8日に決定したことが発表されたNinja Theoryの「Hellblade: Senua's Sacrifice」は,さすがにパフォーマンスキャプチャーのパイオニアらしく,かなり高度なキャラクター表現を見せる。6月23日に掲載した記事で紹介したとおり,セヌア役のメリナ・ユーゲンス(Melina Juergens)さんの演技が忠実に再現されており,こうしたことから,いずれプレイヤーが役者でゲームを選ぶ時代が来るかもしれない,という気持ちにもなってくる。
上記のNinja Theoryは2016年7月に開催された「SIGGRAPH 2016」で,「リアルタイム・シネマトグラフィ」と題するデモを公開したことがある。これは,Cubic Motionや3Lateralといったアニメ制作会社とタッグを組んだもので,ユーゲンスさんの動きをがリアルタイムでゲームキャラクターに反映されて,集まった人々を驚かせた。この,「リアルタイム・シネマトグラフィ」は,その年のBest Real-Time Graphics and Interactivity賞を受けている。
E3 2017で公開された作品の中では,Electronic ArtsとDICEの新作「STAR WARS バトルフロント II」の主人公アイデン役に,女優のジャニーナ・ガヴァンカー(Janina Gavankar)さんが起用されている(関連記事)。また,Warner Bros. Interactive Entertainmentの「シャドウ・オブ・ウォー」のタリオン役には,前作「シャドウ・オブ・モルドール」に引き続いてトロイ・ベーカー(Troy Baker)さんが起用されているが,彼は「アンチャーテッド 海賊王と最後の秘宝」の経験を活かし,「シャドウ・オブ・ウォー」を開発するMonolith Productionsでパフォーマンスキャプチャーの演技ディレクターにも就任している。
ソニー・インタラクティブエンタテインメントの期待作「GOD OF WAR」では,シリーズ従来作でクレイトス役を務めた人気声優トレンス・C・カーソン(Torrence C. Carson)さんに代えて,テレビドラマ「スターゲート SG-1」のティルクとしてSFファンに知られるクリストファー・ジャッジ(Christopher Judge)さんが抜擢された。これは,カーソンさんが非常に細身であるため,声や表情はともかく,クレイトスらしい動きをキャプチャーをすることが困難だったからだと,E3 2017の取材でSanta Monica Studiosのコリー・バーログ(Cory Burlog)氏が話していた。パフォーマンスキャプチャーの時代では,これまでのように声優だけでなく,ハリウッドで仕事をしている芝居のできる人材が求められているわけだ。
「Detroit: Become Human」では,不気味の谷を意図的に作っている?
「不気味の谷」現象を語るうえで忘れてならないのが,10年前に「HEAVY RAIN -心の軋むとき-」で話題になったQuantic Dreamの新作,「Detroit: Become Human」だろう。ところで読者の皆さんは,E3で公開されたトレイラーを見てどう感じただろうか? 筆者は,「ワンダーウーマンと一緒に飛び越えたはずの谷間にまた叩き落された」と思ってしまったのだ。
キャラクターは信じられないほどリアルだが,違和感もかなりある。2015年に公開された技術デモ「Kara」(関連記事)の頃から,Quantic Dreamのキャラクター技術は業界の最先端を走っているのは間違いないが,しかし,この違和感は? と考えたとき,「不気味の谷」現象そのものが,本作の大きなテーマになっていることが理解できたのだ。
「Detroit: Become Human」は,未来の社会で奴隷のように使われているアンドロイドが意識を持ち,人間社会に反旗を翻すという物語だ。アンドロイドでありながら意思を持って生まれてしまったカラ,刑事として同じアンドロイドを取り締まるコナー,そして今回のE3 2017で発表されたアンドロイドによる暴動を扇動するマーカスなど,複数存在するキャラクター達は人間のようでいて,中身はアンドロイドだ。
プレイヤーがキャラクターに覚える違和感と,それに由来する居心地の悪さを,Quantic Dreamsの開発陣はゲームで積極的に使おうとしているのだろう。こういう方向性もあるのかと,感心せざるを得ない。
前回の記事から10年で,以上のようにキャラクター表現は大きく進化した。10年後,同じテーマで記事を書くとしたらゲームはどうなっているのか,これからも目を離せない。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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