業界動向
Access Accepted第613回:米中貿易戦争とゲーム産業
アメリカと中国の間では「トレードウォー」とも呼ばれる貿易摩擦が激化しており,電子機器やソフトウェアといった分野にもその影響がおよぶことが懸念されている。2019年末から2020年にかけて次世代コンシューマ機が登場するのではないかという観測から,例年以上の盛り上がりを見せる北米ゲーム市場なのだが,それに水を差すような事態はあり得るのだろうか。
ゲームハードにも25%の追加関税が
日米首脳会談や宮中晩餐会,拉致被害者家族との面談,さらにはゴルフや大相撲観戦など,忙しいスケジュールをこなしたドナルド・トランプ大統領が2019年5月28日午後,3泊4日の訪問を終えて帰国した。訪問前には貿易交渉について強気の姿勢を見せていたトランプ大統領だったが,表面的にはそれほど無茶な話もなく訪日の日程が終了,大きなトラブルもなく,ほっとしている関係者も多いだろう。
その一方,「米中貿易戦争」(China‐United States trade war)とまで呼ばれるアメリカと中国の貿易摩擦問題は終息の兆しもなく,各国株式の相場にも影響を与えるほどのレベルに入りつつある。
訪日に先立つ5月17日,大統領府内に設けられた通商交渉のための直属機関,通商代表部(United States Trade Representative)は,「技術移転,知的財産とイノベーションについての中国の法律と政策,その実践について」という公聴会向けのレポートを提出し,中国からの輸入製品に関する追加関税を徴収する方針を発表した。
コンピュータハードウェアの分野はすでに関税の対象になっており,北米メーカーが中国で製造している半導体やグラフィックスカードには現時点で10%の関税が掛けられている。追加関税措置が実施されれば,台湾の電子機器受託生産大手のフォックスコン・テクノロジー・グループが中国に所有する拠点での生産も行われているソニー・インタラクティブエンタテインメントのPlayStation 4や任天堂のNintendo Switch,MicrosoftのXbox Oneなどに影響がおよぶかもしれない。
2019年末から2020年にかけて,次世代PlayStationや次世代Xboxが登場すると推測されており,発売直後は赤字覚悟でハードウェアの価格を抑え,ソフト販売によってビジネスを持続的なものにしていくというビジネスモデルが一般的になった現在,追加関税措置の発動は,タイミングとしてもかなり悪いほうに働くだろう。
米中貿易摩擦のあおりを受けるゲーム業界
Microsoftは,Xbox 360時代からメキシコやハンガリーでの生産に投資を行っているので,中国で生産されるXbox Oneは全体の10%ほどだという。PlayStation 4は日本と中国の2つの生産拠点が知られており,筆者のPlayStation 4 ProにはMade in Chinaの文字が刻まれている。
現行機種については,まだ在庫があるからいいだろうが,次世代機の生産ではフォックスコンほどの大規模な生産ラインを持つメーカーはほかになく,場合によってはプラットフォームホルダーに大きな出費を強いることになる。
試しに計算してみると,例えばハードウェアが3万円なら25%の関税で3万7500円に,5万円なら6万2500円になる。本当に単純計算しただけだが,これはなかなか厳しい。
あくまで,これはアメリカと中国の間の貿易についての関税措置であり,日本の消費者には現状関係はない。アメリカで関税分を上乗せした値段で新型ハードウェアが発売されたからといって,日本やヨーロッパ向けに販売することはないはずだし,そうだと信じたい。
モバイルゲーム産業で急成長した中国に市場1位の座を奪われたとはいえ,アメリカは現在,ヨーロッパや中東,アフリカを合わせたよりも大きい市場規模を誇り,とくにコンシューマ機では最も大きなマーケットであることに変わりはない。ゲームハードに対する関税措置がとられた場合,アメリカのゲーマー達が追加関税による値上がり分を支払う形になるため,プラットフォームホルダーが新製品を発売するときには難しい判断を迫られそうだ。アメリカと中国の「ゲーム産業」という括りで考えた場合,今回の貿易戦争は一方が勝つのではなく,ルーズ=ルーズの関係になると思われる。
間の悪いことに,政府へロビー活動を行う北米のゲーム業界団体ESA(Entertainment Software Association)は,長らくCEOが空席状態になっていた。2019年5月に入り,ようやくスタンリー・ピエール=ルイ(Stanley Pierre-Louis)氏が選任されたが,最近の貿易摩擦について言うなら,北米ゲーム業界はほぼ無策なのだ。もちろん,農産物からアパレルにまで負担がかかる状況なので,エンターテイメント産業が多少ゴネたところでトランプ政権が方針展開を図るわけではないが,今のところESAの対応は,「ビデオゲーム業界はアメリカ経済に貿易黒字をもたらす産業であり,関税は国家や産業,消費者にとって好ましくない」というコメントを出すに留まっている。
中国で成長しつつあるゲーム開発にも影響が
5月20日に掲載した本連載でもお伝えしたように,中国のテンセントは北米のEpic Gamesの最大株主であり,また,Activisionを離れたBungieはNetEase(網易)から1億ドルの出資を受けている(関連記事)。ひと頃,ハリウッドに中国から投資が集まっていたが,それと同じことがゲーム産業にも起きているのだ。
もっとも,中国政府は2018年のほとんどの期間,海外タイトルの新作リリースを許可してこなかったため,こうした巨額投資による「アメリカ買い」が,中国国内にどのような形でフィードバックされるのかは不明だ。現在に限れば,ESAが主張するように,中国からアメリカに向かってお金が流れている状況ではある。
メディアの関心は5G通信技術のファーウェイや,テンセントのような巨大企業ばかりに集まっているが,中国国内で成長しつつあるゲーム開発現場にも貿易戦争の影響がおよぶだろう。
Game Developers Conferenceなどのイベントでは,海外市場をターゲットにしてゲーム作りに励む中国のインディーズ開発者の姿をよく見かけるようになった。筆者の知る限り,彼らの多くはさまざまなコードを公開しているプログラマー向けのプラットフォームGithubを利用している。
しかし,2018年にGithubはMicrosoftに買収され,利用規約に新たに「海外の利用者にもアメリカの法律が適用される」という趣旨の文言が追加されている。Googleがファーウェイに新規ライセンスを提供しないと発表したように,Microsoftが政府の判断を理由に中国からのアクセスを禁止した場合,彼らのゲーム制作には大きな制約がかかる。
アメリカの立場で考えれば,貿易不均衡の是正や知的財産の流出問題を解消する取り組みは理解できる。中国政府には成長鈍化を避けたいという思惑があるため,両国が着地点を見つけるのは難しそうだ。その一方で,現在のゲームは非常にグローバルな産業に成長しているため,このような経済大国同士の貿易摩擦はゲームハードやソフトへ大きな影響を与えてしまう。6月に開催されるE3 2019では,ゲーム業界の新たな対応の一端を見ることになるかもしれない。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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