インタビュー
「最近目指しているのは,洗練された美しいドット絵,ですね」――FF誕生以前から,アルバム「FINAL FANTASY TRIBUTE 〜THANKS〜」までを,スクウェア・エニックスのデザイナー・渋谷員子氏に振り返ってもらった
天野喜孝氏や野村哲也氏らによる美麗なアートワーク,植松伸夫氏らが生み出した名曲の数々,魅力的なキャラクター達が織りなすドラマチックな物語,変化をいとわない革新的なゲームシステム,時代の最先端をゆく映像表現――これらと並んで,戦闘画面で横向きに並んだ「あの」ドット絵を最初に思い浮かべる人も多いのではないだろうか。
また,時代に応じてさまざまな変化を経てきたFFシリーズだが,ほとんどの作品に「お約束」として残っている部分もある。例えば,勝利のファンファーレ。チョコボ。魔法やアイテムのネーミング。そして,紺色のウインドウに指のカーソルが浮かぶ「あの」メニュー画面。
シリーズには数多くの名場面があるが,たとえば第1作「ファイナルファンタジー」(以下,FFI)を遊んだことのある人ならば,最初のボス戦を終えたあと,思いもよらぬ場面で「あの」オープニングに突入したときのことを鮮烈に覚えているはずだ。
PCゲームメーカーであったスクウェア(当時)がファミコンへ参入する1986年に入社した渋谷氏は,FFはもちろんのこと,「ロマンシング サ・ガ」や「聖剣伝説」といった,今なお多くの熱狂的なファンを抱えるRPGに携わってきた。
そんな渋谷氏は,現在もスクウェア・エニックス モバイル事業部でアートディレクターとして活躍中で,2012年12月には,スクウェア・エニックスから発売されたコンピレーションアルバム「FINAL FANTASY TRIBUTE 〜THANKS〜」(関連記事)のジャケットで,歴代FFシリーズのキャラクターをドット絵で新たに描きおろしている。
ちなみにこのアルバムは,FFシリーズの25周年を記念して,さまざまなミュージシャンが数々の名曲をカバーしたもの。渋谷氏はここで,実際には関わらなかったFFシリーズのキャラクター――というか,そもそもドット絵として描かれることのなかったキャラクターまでを,新たに描いている。つまり,セルフカバーとカバーの両方に挑んでいるというわけだ。
今回4Gamerでは,そんな渋谷氏に,魅力的なキャラクターを生み出してきた「ドットの匠」としてはもちろんのこと,あまり語られることのなかった,UIや背景のデザイナーとしての一面も含めて,約2時間半にわたってたっぷりとお話を伺ってきた。
FFやロマサガなどのスクウェア作品のファンならば,懐かしいエピソードが満載のはず。また,クリエイターを志望している人であれば,渋谷氏の発言から,何かのヒントを得られることだろう。
「FINAL FANTASY TRIBUTE 〜THANKS〜」特設サイト
アニメーターを志すも……
4Gamer:
本日はよろしくお願いいたします。4Gamerとしてお会いするのは初めてですね。そこで渋谷さんの来歴から伺いたいと思います。
渋谷さんはスクウェアに入社される前,アニメーターを目指されていたそうですね。
渋谷氏:
ええ。私は中学生の頃,「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道999」にハマっていて,当時から自分でセル画や動画を描いて遊んでいたんです。高校生になって進路を考えるようになり,アニメーターになろうと心に決めて,専門学校へ進学しました。そして,勉強も兼ねて現場でアルバイトをしていたんです。
4Gamer:
ちなみに,当時はどんな作品に参加されていたんですか?
渋谷氏:
「オバケのQ太郎」とか,「エリア88」とか,「トランスフォーマー」とか……。
4Gamer:
おお,今でも知られている作品ばかりですね。
渋谷氏:
ただ,アニメーターの仕事はあんまり楽しくなかったんです(笑)。
4Gamer:
アニメの制作はきっちりと分業されていますよね。
一口に「アニメーター」といっても,原画と動画ではやれることが大きく違いますし。
渋谷氏:
そうなんです。しばらく実作業をしているうちに,何か違うなと。それで専門学校の先生に,「私,アニメーターはもう諦めるので……」と相談したら,ちょうどスクウェアからの求人が来ていて,今に至るんです。
4Gamer:
1986年に入社されたわけですね。当時は,PCゲームメーカーだったスクウェアがファミコンへ参入する直前ですよね。
スクウェアという会社のことをご存じでしたか?
渋谷氏:
……全然(笑)。
4Gamer:
では,どういう会社のどういう仕事かまったく分からないまま就職を……?
渋谷氏:
ゲーム会社で絵を描く仕事ということしか理解していなかったんですけど,「よかった,絵の仕事ができる!」と思ったんです。だから,どんな業種なのかは,あまり気にしてなかった。「ファミコンって,うちにあるアレかな?」と思ったくらい。
ただ,スクウェアとしては,ファミコン参入にあたり「アニメーションのできる人がいるといいんじゃない?」と思っていたらしいです。
4Gamer:
まさに,渋谷さんはうってつけの人材だったわけですね。
ご自宅にあるファミコンでは,遊んでいなかったんですか?
渋谷氏:
そうなんですよねぇ。今もゲームは全然遊ばないですし(笑)。
4Gamer:
では,スクウェアに入社されて最初のお仕事は,どんなものでしたか?
渋谷氏:
「アルファ」(※)の取扱説明書のイラストです。この辺の記憶はもう,ちょっとあいまいですけどね(笑)。
※アルファ:スクウェアが1986年に発売したPC向けアドベンチャーゲーム。
4Gamer:
その後,FFIまでの間にもいろいろな作品に関わられているんですよね。
渋谷氏:
人数も少なかったので,「誰がこれをやる」というよりも,手が空いたらどんどん手伝っていました。「キングスナイト」(※)や「水晶の龍」(※)でも何枚か描いています。
※キングスナイト:スクウェアが1986年に発売したファミコン/MSX用フォーメーションRPG。強制縦スクロールでプレイヤーキャラクターが弾を撃って戦うが,シューティングゲームではない。
※水晶の龍:スクウェア(DOG)が1986年に発売したファミコン ディスクシステム用アドベンチャーゲーム。
スクウェアに入った頃,社内にデザイナーは1人だけ
4Gamer:
その頃,社内にデザイナーさんは何人くらいいらっしゃったんですか。
渋谷氏:
私が入ったときは,先輩が1人だけでした。後々,2〜3人くらい増えましたね。
4Gamer:
そんな少人数で,当時,数多くのタイトルを世に送り出していたんですねぇ。
渋谷氏:
ナーシャ・ジベリ(※)と一緒に「とびだせ大作戦」(※)や「ハイウェイスター」(※)を作ったりもしましたよ。
※ナーシャ・ジベリ:イラン出身のプログラマー。スクウェアにてFFI〜III,「聖剣伝説2」などのプログラムを担当した。「FFIIIの開発中,電話越しにプログラムのバグの修正点を指示した」などの逸話で有名。
※とびだせ大作戦:スクウェア(DOG)が1987年に発売したファミコン ディスクシステム用3Dアクションゲーム。とびだせめがね(赤と青の3Dメガネ)による立体視に対応していた。
※ハイウェイスター:スクウェアが1987年に発売したファミコン用3Dレースゲーム。ファミコン3Dシステムやとびだせめがねによる立体視に対応。
4Gamer:
あの伝説のナーシャ・ジベリさんですか!
ハイウェイスターの道路は,1枚のグラフィックスがあるわけじゃなくて,線をいっぱい描いてプログラムで動かしているんですよ。ナーシャが週に2,3回くらい来るので,その時はナーシャの隣に付きっきりで「ここはグレーで何ドット,赤で何ドット」と指示されるままに道路のパーツを描いていました。彼の頭の中ではそのドット一つ一つが,一本の道路になって動いていたんでしょうね。
4Gamer:
ハイウェイスターのスピード感は驚異的でしたが,そんな作り方だったんですねぇ。それにしても,ナーシャさんはスクウェアに毎日出社されていたわけではなかったんですね。
渋谷氏:
ええ。ナーシャが来た日は一緒に夕飯を食べるので,週に3回は飲み会になってましたね(笑)。
大体,私と坂口(※)と田中(※)でナーシャを連れて食事に行くんですよ。
※坂口博信氏:ミストウォーカー代表。FFの生みの親として知られており,スクウェア退社後は「ブルードラゴン」「ラストストーリー」などを手がける。
※田中弘道氏:ガンホー・オンライン・エンターテイメント顧問。坂口氏とともに初期のスクウェアでFFI〜IIIなどのタイトルに携わり,近年はFFXIやFFXIVのプロデューサーを務めていた。
4Gamer:
それはまた,そうそうたる顔ぶれですね……。
1987年3月にとびだせ大作戦が出て,8月にはハイウェイスターが発売。そして,1987年12月にはいよいよ「ファイナルファンタジー」(以下,FFI)が世に出ます。
渋谷氏:
FFはやっぱり,その前に出た「ドラゴンクエスト」の衝撃がきっかけで作られたんだと思いますね。
4Gamer:
1986年5月に「ドラゴンクエスト」,翌1987年1月には「ドラゴンクエストII 悪霊の神々」が発売されていますね。当時,現場でもドラクエは衝撃的だったんですか?
渋谷氏:
衝撃がありましたね。誰かがソフトを買ってきて,みんなでそれを見たときの光景をすごく覚えています。
4Gamer:
渋谷さんにとって,ドラクエのどこが印象的でした?
渋谷氏:
……カニ歩き(笑)。
4Gamer:
1作目では,主人公がずっと正面を向いたまま冒険していましたもんね(笑)。
渋谷氏:
私はゲームをよく知らないから,「え,カニ歩き……?」と衝撃でしたけど(笑),坂口や田中は「ウルティマ」や「ウィザードリィ」を遊んできた人達なので,やはりドラクエには衝撃を受けていたみたいです。
“天野タッチ”を習得してモンスターをデザイン
FFIで渋谷さんが担当された中でもとくに有名なのは,今回のアルバムのブックレットにも掲載されているオープニングシーンのグラフィックスですよね。
当時,「ゲームでこういう演出ができるのか」と驚いた人も多いと思います。ちなみに,この演出はどなたが発案されたんでしょうか。
渋谷氏:
坂口か田中のどちらかだったと思います。「橋を渡ったら1枚絵を出したい」と言われたんですが,グラフィックスに使えるメモリ容量が足りないので,「どうやって1枚の絵で画面を埋めよう?」と悩んだのを覚えています。
だから,ものすごく容量を節約しているんですよ。上のほうはベタで塗りつぶしているし,丘や海の表現も使い回しだらけですよ。
4Gamer:
使い回し,ですか?
渋谷氏:
とりあえずパーツを1個描いて,それをわーっと並べるんです。ちょっとアクセントが欲しいな,というところは反転してみたり(笑)。
それに,手前は真っ黒にしちゃえば,丘とキャラクターが立っているだけで表現が済むわけです。
4Gamer:
でも,このシルエットがかえってカッコいいんですよね。マントがはためいていたり,ローブの裾が見えたり。
渋谷氏:
誰が立っているのか,いま見ても分かりますよね。節約して描いたのが結果的に良かったと(笑)。これを描いたのは,確か20歳くらいのことです。
すごい……。
FFIでは,キャラクターのドット絵なども渋谷さんが担当されているんですよね。
渋谷氏:
はい。元々のデザインを起こしたのは石井(※)ですけどね。
※石井浩一氏:グレッゾ代表。スクウェア在籍中に,FFI〜IIIや,聖剣伝説シリーズを手がける。チョコボの生みの親としても有名。
4Gamer:
順序としては,まず最初に天野喜孝さんのイメージイラストがあって,それを元に石井さんがゲームに近いデザイン画を描き,そして渋谷さんがゲーム内のドット絵を打つ……といった流れだったんでしょうか。
渋谷氏:
いや,天野さんの絵はあくまでイメージイラストなんです。
なのでゲーム内で使用するキャラクターは,こちら側で先行して進めていました。ただ,モンスターのデザインは天野さんに描いてもらっています。白黒でしたけど(笑)。
4Gamer:
では,元の絵を忠実に再現しつつも,色は渋谷さんの判断で塗られていたということですか?
渋谷氏:
判断とはいっても,ファミコンは使える色の数が決まっているので,おのずと組み合わせは決まってきます(笑)。それと,私も含めた何人かのデザイナーで,天野さんに描いていただいてない分のモンスターもたくさん描きました。
4Gamer:
渋谷さんがモンスターのデザインもされていたんですか!
渋谷氏:
ええ。“天野タッチ”でラフから描いてます。天野さんの絵をすごく勉強した時期かもしれない。
4Gamer:
天野タッチを習得するところから始まるわけですね。
ちなみに,FFIの開発で印象に残っている出来事はありますか?
渋谷氏:
FFIのときは人数も少なかったし,開発に1年もかかっていないので,あっという間に終わっちゃった感じがします。
ただ,天野さんの絵が初めてオフィスに届いたときの感動は大きかったですね。巨人が手を伸ばしているイラストを見て,みんなで「わーっ!」となったのを覚えています。
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