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まさに目から鱗。職人の思考プロセスが垣間見える「ゲームデザイン脳 桝田省治の発想とワザ」を読んだ
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印刷2010/04/03 10:00

業界動向

まさに目から鱗。職人の思考プロセスが垣間見える「ゲームデザイン脳 桝田省治の発想とワザ」を読んだ

画像集#002のサムネイル/まさに目から鱗。職人の思考プロセスが垣間見える「ゲームデザイン脳 桝田省治の発想とワザ」を読んだ
 世界中からゲーム開発者が集まる業界の一大イベント「Game Developers Conference」。毎年,ゲーム産業のホット・トピックスが議論されるこのGDC,今回もっとも注目を集めていたのが,いわゆる“ソーシャルゲーム”をテーマにしたセッションであった。
 ソーシャルゲーム大手Zynga社のマーク・スカッグス氏が「時代は変わった」といったかと思えば,ゲーム業界古参のアーネスト・W・アダムス氏は,基本無料のソーシャルゲームを指して「ギャングと同じやり口だ!」と捲し立てる。

 時代の変化に呼応するように,ゲームを取り巻く環境も大きく変化したし,昔ながらの制作手法やビジネスモデルでは,ゲーム制作が立ち行かなくなっていることは確かだ。ことゲームデザイン(≒制作手法)に限っても,新しいゲームには新しいなりの作り方がある――それはまったくその通りだろう。
 しかし一方で,昔ながらのゲームデザイナー達の手法が,本当に必要ない/通用しない過去のものなの?という疑問が拭えなかったのも,今回のGDCでどうにもすっきりしなかったことの一つであった。


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 前置きが長くなった。
 そんなことを考えながら日本へ帰国してみると,会社の机の上に一冊の本が届いていた。その名も「ゲームデザイン脳 桝田省治の発想とワザ」。題名からも分かるように,「俺の屍を越えてゆけ」や「リンダキューブ」など個性的な作品のゲームデザイナーとして知られる,桝田省治氏によるゲーム制作本である。桝田氏といえば,最近では,Twitter上で「俺屍2の企画書をSCEに出します」と発言し,話題を集めたことでも記憶に新しい。

 ゲーム制作本というと,語弊があるかもしれない。なぜならこの本は,いわゆる「ハウツー」ものではない。あくまでも桝田氏がこれまでに作ってきた作品を例に,その思考プロセスや仕様の意図を説明することを主な内容としているからである。それだけにある意味“実践的”……だとも言えるのだが,この本に限っては,どうも毛色が違う。一言で言うならば,とても“不思議な”ゲームデザイン本なのである。
 著書の中で桝田氏は「僕は心構え的なことは言いたくない」と語り,挙句の果てには「これが他の人の参考になるとは思えない」と言い切る。お金を払って買ったお客さんにそれはないんじゃないの……と,(献本してもらった身であれ)その瞬間には思うわけだが,読み終えてみると,妙な満足感と共にいろいろなことが頭をよぎってしまうのだから,やはりこれは“不思議な本”なのだと思う。
 具体的なゲームデザインの話をしたかと思えば,日常生活やサーカスを見た時の例を持ち出し,桝田氏が実践している“面白さの分析のプロセス”が語られていく。

 「リンダキューブ」や「メタルマックス」など,氏の代表作を例に挙げた数々のトピックの中でも,とくに興味を惹かれたのは,やはり俺屍に関するエピソードである。曰く,

ゲームというメディアでは,テーマをシナリオで語るのではなく,目に見えないシステムやバランスをコントロールすることで,プレイヤーの体験を通して伝えることができる


桝田省治(ますだしょうじ):ゲーム業界きっての個性派ゲームデザイナーとして知られ,代表作の「俺の屍を越えてゆけ」は,今なお根強い人気を誇る。近年は小説家としても活動しており,2010年3月には「ジョン&マリー ふたりは賞金稼ぎ」(ハヤカワJA文庫)を発表。活躍の幅を広げている。※写真は2009年のインタビューより
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という話で,俺屍でいうなら,「世代交代――子/孫の顔を見て感動してみたい!」というテーマを,どのようにゲームとして成立させていったのかという話である。
 それを実践するための戦闘システムの意図や成長システムの意図,そして世界観やシナリオも含めた商品としての落としどころなど,桝田氏の思考プロセスが,本書では懇切丁寧に解説されているのだ。

 例えば。世代交代の感動……,言い換えれば「力を受け継いだ子孫が立派に成長した!」とプレイヤーが“実感”するために,俺屍では,キャラクターの成長曲線を意図的にいびつにしているらしい。それによってプレイヤーは“子の成長”をはっきりと認識しやすくなり,その結果,「親の仇を子が討つ」といったドラマを表現しているのだという。

 誤解を恐れずに言わせてもらえば,この「ゲームデザイン脳」で書かれている内容は,アカデミックな論調の「RPGとは」「ゲームとは」というような話ではない。繰り返しになるが,あくまでも桝田氏の,あるいはそのタイトルを作るにあたっての試行錯誤の過程を,ひたすらストレートにまとめたという内容である。
 上に挙げた成長システムの話にしても,すべてのRPGで成長曲線をいびつにすることが良いわけではないはずだし,そもそも「システムでテーマを語る」という考え方は,いわばゲーム制作の古典であり原点だ。最近のゲームでいえば,バイオハザードシリーズにおける「弾薬の自動調整システム(※)」などは,システムでテーマを表現した好例の一つだろう。

※弾薬をできるだけ“ぎりぎり足りる”出現量に調整することで,“切羽詰った状況”を演出している

桝田氏の代表作といえば,やはり「俺の屍を越えてゆけ」。果たして“俺屍2”の可能性はあるのだろうか? (C)1999 Sony Computer Entertainment Inc.
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 本書を読み終えて改めて考えさせられたのは,いまさらながらに「ゲームとはなにか」ということである。ゲーム産業が世界的な規模へと成長した今。莫大な資金を元に作られる,昔では考えられないような“凄いゲーム”を,プレイヤーは当たり前のように遊べるようになった。オンラインゲームやソーシャルゲームのように,ネットならではの楽しさを味わえる作品も出現した。
 そして作品の規模の大小もさることながら,プラットフォームが広がり,ビジネスモデルの選択肢も増えていくなかで,以前と同じ手法で作品を作っていればなんとかなる,という時代ではなくなってきたことは,少なくとも一つの側面としては否定できないだろう。

 ――しかし,桝田氏に限らず,宮本茂氏堀井雄二氏など,黎明期から活躍するゲームデザイナー達の手法/言葉が,今なお色褪せては見えないのも確かだ。

ジョン&マリー ふたりは賞金稼ぎ」は,貧乏貴族の三男で騎士の卵・ジョンと大富豪の娘の占い師・マリーが,結婚資金を貯めるために冒険を繰り広げるという,異色の冒険ファンタジー
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 考えてみれば,ゲームデザイナーとして名を成した人のほとんどは,ゲームに新しい価値を送り込んだ,あるいはゲームを使った新しい遊び/楽しさを発明した人である。ウィル・ライト氏然りシド・マイヤー氏然り,ちょっとした日常の,あるいは自然や社会,歴史といったものの面白さを,ゲームという媒体で表現してみせた人たちだ。
 昨今の宮本茂氏にしても,「健康になるのは面白い!」という身近なテーマを,「Wii Fit」という作品として表現し,世界的な大ヒットを記録した。

 著者の桝田氏自身がいうように,具体的な事例のみが綴られる本書には,確かに“一般性”はないかもしれない。例えば「Wii Fit」を一般論としてのゲーム制作から捉えることがままならないように。
 しかし,本書に桝田氏が綴る考え方や姿勢には,何かを生み出すうえでの“普遍性”があるのではないかと思える。

 ここまで読んでくれた方なら想像が付くかもしれないが,本書はその性格上,筋の通った一本の主張がある,そういう類の本ではない。であるならば,本書を通じて桝田氏が伝えたい事とはなんなのだろうか。読み進めていくうちに端々からうかがえるのは,「結局のところ,新しい価値/面白さを生み出すには,物事を今まで以上に深く掘り下げて考えながら,試行錯誤を繰り返していくしかない」という,見ようによっては地味にさえ思える,信念である。氏の言わんとするところは,どうもそのあたりのような気がする。

 “桝田ゲー”のファンには問答無用でお勧めできる「ゲームデザイン脳 桝田省治の発想とワザ」だが,ゲーム業界の今後を考えるうえでも,ぜひ参考にしたい一冊だ。

関連書籍:
ゲームデザイン脳 桝田省治の発想とワザ(技術評論社)
ジョン&マリー ふたりは賞金稼ぎ(ハヤカワJA文庫)

桝田氏のTwitterアカウント:
http://twitter.com/ShojiMasuda

「ゲームとは問いかけるメディア」――「天外魔境」や「俺屍」の桝田省治氏に“ゲームとはなにか”を聞いてみた


 
  • 関連タイトル:

    勇者死す。ディレクターズカット

  • 関連タイトル:

    俺の屍を越えてゆけ

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