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実車での走行を「GT5」内で再現。トヨタ,デンソー,ポリフォニー・デジタルのコラボから生まれた「CAN-Gateway ECU」発表会レポート
一見,ゲームとは関係なさそうな機器だが,実は,このプロジェクトにはレーシングゲーム「グランツーリスモ5」(以下,GT5)の開発元であるポリフォニー・デジタルが関わっており,CAN-Gateway ECUによって得られたデータから実車の走行をGT5内で再現する,ということが可能になっているのだ。
今回,CAN-Gateway ECUの発表会が静岡県の富士スピードウェイで開催されたので,この機器の概要を解説すると共に,同時に行われた体験試乗会の模様をレポートしよう。
CAN-Gateway ECUはまず86周辺機器として登場
そもそも86ってなに!?
今回発表されたCAN-Gateway ECUは,トヨタ自動車が今春発売したコンパクトFR(後輪駆動)スポーツカー「TOYOTA 86」の専用周辺機器としてリリースされる。
実はこのTOYOTA 86がCAN-Gateway ECU開発のきっかけにもなっているので,まずはこのクルマの紹介から始めたい。
まず,「86」という数字から,4Gamer読者の中には「x86のこと?」「x64はないの?」という感じで受け止める人もいるかもしれないが,これは1980年代にヒットした小型FRスポーツカー「カローラレビン」「スプリンタートレノ」というモデルの形式名「AE86」に関係がある。
AE86型は排気量1600ccの比較的安価なスポーツカーで,いわゆる走り屋層には絶大な支持を得た。その後も,走り屋を題材にした人気漫画「頭文字D」の主役車両となるなどして「ハチロク」の愛称が広く知られるようになり,今なお根強い人気を誇っている。
今年発売されたTOYOTA 86は,スバルと共同開発されたものであり,AE86の流れを汲むモデルというわけではないのだが,「誰にでも楽しめる小型FRスポーツカー」というコンセプトが合致するため,敬愛を込めて,この車両名が付けられているのだ。
トヨタは,近年取りざたされている「若者の自動車離れ」を危惧しているが,ただ「楽しいスポーツカーを作りました」というだけでは,筆者のようなオッサンにしか響かず,根本解決に至らない。そこでトヨタは「車の面白さを21世紀らしく提案する」ためのプロジェクトを模索している。その第1弾というべきものが今回のCAN-Gateway ECUなのだ。
現実世界の走行とグランツーリスモ5のクロスオーバー体験が可能に
今回の発表会で解説を担当した「ミスターハチロク」こと多田哲哉氏(TOYOTA 86のチーフエンジニア)。現在,自動車メディアから引っ張りだことなっている話題の人だ |
CAN-Gateway ECUは,車両に搭載されたECUからのCAN情報を本体内メモリに記録し,これをリアルタイムにBluetoothに出力したり,USBフラッシュメモリに書き出したりすることができる。
CAN-Gateway ECUでは「ITRON OS」が動作しており,ここでローレベルソフトウェア(ドライバソフト的なモノ)が走って,そのままでは扱いづらいCANデータを,意味づけを行った数値データにコンバートしてくれる。
現在,どんなパラメータを出力できるようにするかは最終決定されていないとのことだが,ステアリング舵角,アクセル開度,ブレーキ踏度,3軸加速度値,車速などのほか,油温,水温,エンジン回転数,シートベルト脱着状態に至るまで,ありとあらゆる情報を提供できるように設計が進められているとのことだ。
CAN-Gateway ECUのシステム概略図 |
また,CAN-Gateway ECUには高精度GPSレシーバ・プロセッサが内蔵されており,数Hz(最終仕様は未定)単位での位置測定が行えるようになっている。地球上のどこを走行しているかを,高い精度で時刻情報と共に取得できるわけだ。
ここまでの解説をまとめると,CAN-Gateway ECUを用いることで,TOYOTA 86の地球上における位置と,走行状態のあらゆる情報を時刻データと共にUSBメモリに記録したり,リアルタイムでBluetoothで飛ばしたりできるということになる。
重要なのは「そのデータをどう活用するか」なのだが,そこで登場するのがGT5だ。
CAN-Gateway ECU対応バージョンにアップデートされたGT5で,CAN-Gateway ECUからUSBフラッシュメモリに出力されたデータを読み込めば,現実世界のサーキットで実際に自分がTOYOTA 86を走らせた状態を,GT5のリプレイ画面で確認できるのだ。早送りやカメラアングルの変更といったことも可能になっている。
CAN-Gateway ECUからUSBメモリに書き出したデータを,GT5上でリプレイしているところ |
GT5のリプレイモードは,自分の走行を客観的に観察したり,ライバルプレイヤーの走行やベストラップ時のゴーストと比較したりして,自分の走りを磨くという使い方ができるものだ。
CAN-Gateway ECUを使えば,ゲームで学んだ経験を実際の走りに生かしたり,現実世界でのドライビングテクニックをゲーム内に持ち込んだりと,それぞれのよいところを反映し合うといった効果が期待できる。
ちなみに,GT5以外での利用法としては,CAN-Gateway ECUからデータをBluetoothでスマートフォンに出力し,エンジン回転数を表示させるというデモが行われた。
PCをドライブ・ロガーとして活用するのもいいだろうし,スマートフォンやタブレットをダッシュボード前方に設置し,車両情報のリアルタイムモニターとして活用するというのも面白そうだ。
CAN-Gateway ECUからのエンジン回転数データをBluetooth経由で飛ばしてスマートフォン上のメーターアプリで表示するというデモ |
発売は2013年末。他車種や他メーカーへの展開にも期待
発表会で披露されたCAN-Gateway ECUのハードウェアはあくまでプロトタイプだとのこと。発売は2013年末を予定しており,価格は未定となっている。現在,設計チームで議論されているのは,CAN-Gateway ECU側に何らかのUIを搭載するかどうか,という部分だそうだ。
現在はLED内蔵ボタンが唯一のインジケータとなっている。LEDの点滅リズムでCAN-Gateway ECUの挙動や状態を理解し,その受け応えとしてボタンを押す,という操作系だが,これは正直分かりづらく,いかにも「前時代的な車載機」という印象だ。一般ユーザーに受けいれられるとは思えないので,強く改良を求めたい部分である。
Bluetooth経由でスマートフォン側にUI画面を設けるというアイデアもあるが,CAN-Gateway ECUのBluetoothはUSBアダプタで提供されるため,それがUSB端子を占有し,USBメモリ書き出し機能が利用できなくなってしまう。私見だが,USB端子のデュアル化,ないしはBluetoothの内蔵化が必須となるだろう。
CAN-Gateway ECUのプロトタイプ。右のボックスが本体で,助手席側のダッシュボードに内蔵される。写真内の中央がUSB端子。左上がGPSアンテナ。その間にあるのがECU接続ポート。ボックス部にかかって見えているのがLED付きボタンだ |
TOYOTA 86のチーフエンジニアである多田哲哉氏によれば,CAN-Gateway ECUは発売当初,TOYOTA 86対応周辺機器として提供されるが,将来的には,トヨタのスポーツモデルにおける共通オプションのような形での展開も考えているとのことだ。
近年,トヨタは「G's」や「GRMN」といったスポーツブランドのコンプリートカーを市販化しており,それこそエコカーのイメージが強いプリウスのG'sバージョンも販売中だ。
未だ見ぬ新スポーツ車種はもちろん,そうした現行モデルのスポーツバージョンでもCAN-Gateway ECUが利用できる可能性があるということになる。
さらに,CAN-Gateway ECUが出力するデータ仕様については,自動車業界全体に公開していく計画だそうで,さまざまなアプリケーションの登場が期待される。
Googleのストリートビューなどは,それこそ対応してくれたら面白そうなアプリケーションの筆頭だ。誰もがサーキットで走行できるわけではないし,日々のドライビングにおいてもバーチャルとリアルのクロスオーバーの楽しさはあるはずだ。ただ,峠攻めや公道レースにも拍車を掛けてしまいそうな気はするが。
また,出力データフォーマットを公開するということは,CAN-Gateway ECUのコンセプトが他メーカーにも波及していく可能性があるということでもある。
そもそもデンソーは,今回のCAN-Gateway ECUのみならず,ほとんどの国内自動車メーカーの自動車ECUを設計しているため,これは決して非現実的なことではない。実現すれば,トヨタのグループ企業であるスバル,ダイハツはもちろん,日産,ホンダ,スズキ等のスポーツ車種に対して,CAN-Gateway ECUと同等の製品が登場し,GT5に代表されるCAN-Gateway ECU対応アプリを共通的に利用できることになるだろう。
試乗会では誰一人としてラップを計測できず!?
実際にステアリングを握って富士スピードウェイを全開走行できたのだが… |
ただ,今回の試乗会では,運営側の不手際で,コントロールラインを2回通過しないでピットロードに戻ってきてしまうという走行コース指示がされてしまったため,参加者が1人もラップタイムを計測できないという事態になってしまっていた。
筆者は,この取材日の前日,GT5上でTOYOTA 86に乗り,富士スピードウェイを走ってみた。平均ラップ2分13秒前後,ベストラップでは2分11秒台くらいが出ていたので,どれだけタイムがリアルとバーチャルで違うのかを今回の記事で示そうと意気込んでいたのだが,残念ながらそれは叶わなかった。
ポリフォニー・デジタルのスタッフも,ラップタイムが計測できなかったのを残念がっていたので,機会があればもう一度チャレンジしたいところだ。
CAN-Gateway ECU試乗会の会場には,ポリフォニー・デジタル代表の山内一典氏はもちろんのこと,グランツーリスモシリーズの開発メンバー達が姿を見せたので,CAN-Gateway ECUについてざっくばらんな質問をぶつけてみた。
以下は,山内氏,そしてそのほかのポリフォニー・デジタルの開発メンバー達との間で行われた質疑の要約になる。
――GT5への対応は素晴らしいものでしたが,サーキットに毎回,PlayStation 3をクルマに積んで持ってくるわけにもいきません。かといって帰宅してからGT5を起動していたのではライブ感に欠けると思いますが。
ポリフォニー・デジタル:
私達もそのとおりだと思っていて,さまざまなアイデアを模索しているところです。
――PSPシリーズではPSP goがBluetoothに対応しています。PSP版のグランツーリスモがCAN-Gateway ECUに対応する計画はあるのでしょうか。
それは難しいかもしれません。Bluetoothではなく,USBならば全PSPが持っているのでUSBメモリから読み出すという対応は技術的には可能ですが,それはTRC(Technical Requirement Checklist,意訳するとSCEの方針としてやることが許される/許されないチェック項目のこと)上許されていません。
――PS VitaはBluetoothに対応しているので,PS Vita版のグランツーリスモがあればすべて問題は解決すると思いますが。
ポリフォニー・デジタル:
ノーコメント(笑)。ただ,一つ言わせてもらえれば「CAN-Gateway ECUデータをグランツーリスモクオリティで再生したい。ドライビングを解析したい」という用途だけなら,CAN-Gateway ECU対応アプリが「ゲーム」である必要はないです。
――ならばAndroidベースのPlayStation Mobileプラットフォームで「グランツーリスモCAN-Gateway ECUビューア」というのはどうでしょうか? サクッと作れてかなり売れそうですが。
ポリフォニー・デジタル:
面白いと思います。我々は「ゲームでない」というくくりであればPlayStationプラットフォーム以外,たとえばiPhoneアプリでそういったものを提供することだってできます。CAN-Gateway ECUの出力データが多様で魅力的なのは事実で,さまざまな側面からドライビングを解析できる究極のツールを作り出せる。となると,やはりハンディで解像度の高い,ある程度の大きさの画面で見くなるので,スマートフォンよりもiPadをはじめとするタブレットのような機器のほうがいいかもしれません。
ポリフォニー・デジタルのスタッフはCAN-Gateway ECUのコンセプトに確かな手応えを感じているようだ。
筆者の私見だが,もし「欲しいもの」が「CAN-Gateway ECUからの出力データを元にしたグランツーリスモクオリティのリプレイ映像」だけなのであれば,GPUサーバー側でレンダリングしてリプレイムービーを返すというクラウドサービスでもいいだろう。そうすれば,ヘビーで大容量なアプリをスマートフォンやタブレットにインストールする必要すら不要になる。
トヨタ,デンソー,そしてポリフォニー・デジタルの三位一体のコラボレーションの行方を見守りたい。
「グランツーリスモ5」公式サイト
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グランツーリスモ5
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