連載
呪われたクラスに紛れ込んだ“死者”は誰? 「放課後ライトノベル」第83回は『Another』で死の連鎖を食い止めろ
先日書店に行ったところ,「怪談えほん」というものを見かけた。よく見れば,ラブプラスの寧々さんが愛読していることでおなじみの「京極堂」シリーズの作者,京極夏彦が書いているではないか。
絵本コーナーで,いきなりいい歳した大人が「うひゃあ!」と叫んで,すごすごと帰ってはさすがに気まずいので,そのまま本をレジに持っていって誤魔化すことにしたのだが,買ったはいいものの,怖くてもう二度と本を開けられないし,夜中に一人でトイレにも行けませんよ……。
そんな不安を忘れるために,今回はいとうのいぢ先生の描く可愛い女の子が目印の作品を紹介しよう。この表紙の娘をprprしていいんですか? ……って,学校の生徒達がどんどん死んでいってるじゃないですか!
というわけで,今回の「放課後ライトノベル」で紹介するのは,現在TVアニメも絶賛放映中の,綾辻行人による学園ホラー『Another』だ!
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●呪われた学校への転入。そして謎の少女,見崎鳴との出会い
家庭の事情により,亡くなった母親の実家に移り住み,夜見山北中学に転校することになった,榊原恒一(さかきばらこういち)。しかし,初登校の前日に,彼は急病によって入院することになってしまう。退屈な入院生活の中,彼はたまたま乗り込んだエレベーターの中で,夜見山北の制服を着た少女に出会う。少女の名は見崎鳴(みさきめい)。左目に眼帯をつけた彼女は,恒一に対してそっけない態度を取ったまま地下2階へと消えていった。だが,その階にあるのは霊安室だけで……。
退院した恒一は中学で鳴と再会し,彼女と同じクラスであることが判明する。恒一は鳴の持つ怪しげな雰囲気に惹かれ,積極的に接触しようと試みるが,クラスメイトはそのような彼に対して忠告をする。
「いいか、サカキ。いないものの相手をするのはよせ。ヤバいんだよ、それ」
その語り口はイジメによる無視などというものではなく,もっと恐ろしい何かを警戒しているようであった。そして,恒一がようやく学校にも馴染み始めたところで,クラスメイトの一人が階段で足を滑らせて転落し,倒れた拍子に自分が持っていた傘で喉を突いて死亡するという事件が起こる。
日常を揺るがす陰惨な事件。だが,これはこのあと連続して起こる惨劇の幕開けに過ぎなかった……。
●生き残るためのルールを見つけ出せ
主人公の恒一が転入することになった夜見山北中学の三年三組は,26年前に起こったとある事件を発端に,「呪われている」とか,「死に近い」とか,いろいろな噂が飛び交うようになった危険なクラス。そんな三年三組で,一人の生徒の死をきっかけに,次々と生徒やその家族が死んでいく。躊躇なく登場人物を殺していく手腕は,さすがミステリー作家といったところ。
だが,ここまでだったら呪いを題材にした,よくあるホラーでしかない。本書の特徴は,その呪いが「厳密なルール」によって構成されている点だ。連続して起こる生徒の死。その原因は,クラスの中に本来いるはずがない〈死者〉が紛れ込んでいるからだという。では,その死者は一体誰なのか。
最初は原因不明だった生徒達が死んでいく“現象”に,論理だった考察が加えられ,さまざまな法則が見つかっていく過程が面白い。呪いというオカルトな現象を扱いながら,あくまでロジックを組み立てることでそれを解決していこうとする展開は実に魅力的だ。
また,次々と目の前に現れる謎も本作の大きな読みどころの一つである。見崎鳴は一体何者なのか? 26年前に起こった事件との関連性は? どうすればこの死の連鎖を止められるのか? 一つの謎が解けるたびに新たな謎が登場し,読者の興味を引っ張り続けるため,読むのを止めるタイミングを見つけるのが難しい。上下巻合わせて700ページを超えているので,次の日に学校や会社を控えている人は気をつけるべし。
●いとうのいぢのイラストの破壊力に戦慄せよ
そして,今回のスニーカー文庫版『Another』を手に取って気づかされたのは,イラストの偉大さ,そして破壊力である。もちろん,イラストがあろうがなかろうが,作品の内容には何の変わりもない。伏線の巧妙さや,設定の完成度の高さなど,今回再読したことでいろいろと気づかされたことも多い。だが,それ以上に本作を読んだ私の心に強く残ったのは,「鳴ちゃん超かわいい」という単純な感想である。
冒頭で紹介した京極夏彦の絵本もそうだが,優れた文章とイラストが見事にかみ合うと,互いが互いの魅力を引き出す相乗効果を発生させるのだ。ただ,イラストが描かれているのが表紙と口絵だけというのは,ちょっと残念。もっと,いろんな鳴ちゃんの姿を見たいという人は,いとうのいぢがキャラクターデザインを手がけた,TVアニメ版「Another」をぜひ見ていただきたい。原作にはない水着姿の鳴ちゃんが見られるし,原作で影の薄かったキャラにスポットライトが当てられていたりもするので,小説との違いに注目してみるとより楽しめるだろう。
……しかし,これまで映像化が難しく,さらに血生臭い内容の小説ばかりを手がけていた綾辻行人の作品が,このような可愛らしいパッケージングをされて売り出されるとは,ミステリー時代からのファンとしては,なかなか感慨深いものがあったりします。
■三年三組じゃなくても分かる,綾辻行人作品
綾辻行人は,1987年に『十角館の殺人』でデビュー。新人賞を取ったというわけではないが,大胆不敵なトリックが推理小説界の注目を大いに集め,「新本格派」と呼ばれるミステリーの一大ムーブメントを巻き起こした。代表作は,デビュー作でもある,『十角館の殺人』から連なる本格ミステリー「館」シリーズ。今年初めにはシリーズ最新作の『奇面館の殺人』が刊行された。
『どんどん橋、落ちた』(著者:綾辻行人/講談社文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
また,これ以外にもスプラッター色の強い「殺人鬼」シリーズや,幻想的な要素を前面に押し出した「囁き」シリーズ,幻想的な要素とミステリー要素を融合させた傑作『霧越邸殺人事件』など,多くの人気作品がある。
そんな綾辻行人の作品の最大の特徴と言うべきなのが,毎回のように読者の予想を盛大に裏切る,大どんでん返しだ。決して嘘をつかない「フェアプレイ」を信条に,巧みな文章で読者の思考を誘導し,毎回大きな驚きを与えてくれる。
そうした,ありとあらゆる手を使って読者を騙そうとする綾辻行人の“稚気”が最大限に発揮されているのが,短編集『どんどん橋、落ちた』。5作中,4作に読者への挑戦状が入っていながらも,真相を当てるのはまず不可能。そのあまりにも意外なトリックに,中には予想を裏切られたどころか,期待を裏切られたと激昂する読者まで現れる始末。しかし,こうした作品が読めるのも綾辻行人ならではの醍醐味であり,小説の持つ可能性を追い求める人は必見だ。
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