レビュー
飛び交う本格的な専門用語に,緊迫感あふれる医療現場……こいつはただの百合ゲーじゃない
白衣性恋愛症候群
発売をサイバーフロント,制作を工画堂スタジオ・しまりすさんちーむが担当したPSP用ソフト「白衣性恋愛症候群」。「ガールズラブ看護師アドベンチャー」と銘打たれた本作は,かの「ソルフェージュ」のスタッフによる新作であり,百合愛好家の諸兄姉としては見逃すことのできないタイトルのはず。発売から少し時間が経ってしまったが,さっそく紹介していこう。
「白衣性恋愛症候群」公式サイト
物語の舞台となるのは,都会から少し離れた田舎町の小さな総合病院だ。主人公の沢井かおりは,看護学校を卒業したばかりの21歳。新米ナースとして「百合ヶ浜総合病院」に着任,内科病棟勤務となる。
幼いころ,トラックにはねられるという大事故に遭ったかおりは,瀕死の重傷を負ったものの,多くの人々の必死の治療のおかげで,どうにか一命をとりとめる。事故のショックで前後の記憶を失ってしまうが,それでも「医療」への感謝の想いはかおりの胸に深く刻みつけられた。いつか,自分を救ってくれた「医療」に恩返しをしたい……それが,かおりが看護の道を志したきっかけだった。
それから10年。ついに子供のころからの夢をかなえて喜ぶかおりだが,それはただスタートラインに立ったに過ぎなかった。毎日の業務の中で,多くの失敗や挫折が,未熟な看護師であるかおりへ容赦なく襲い掛かることになる。だが,かおりは持ち前の明るさと健気さで,真っ向からそれらに立ち向かっていく。
同僚や入院患者との触れ合いの中で,看護師として,また1人の人間として成長していくかおり。生と死が隣り合う「病院」という職場で働く彼女が,やがて絆を感じるようになる相手とは――。
オーソドックスなシステムの本格アドベンチャー
フラグ立ては結構シビアだ
システム的には,途中の選択肢によって物語の展開が変化していく,実にオーソドックスなノベルゲームだ。「ソルフェージュ」などにあったようなアクション要素はない。
Karte.1からKarte.6までの6章は共通ルート。ここである条件を満たせば,個別ルートへと進むことができる。個別ルートには,高校時代からの先輩・藤沢なぎさ,気難しい難病患者・堺さゆり,クールで厳格な病棟主任・大塚はつみの3人分が用意されており,共通ルートで立てたフラグによって分岐する。
選択肢による変化が見えづらく,狙ったルートに入るのはなかなか難しい。かなり前半に出てくる選択肢もルート分岐に影響してくるため,セーブとスキップ機能を駆使しつつ何度もプレイする必要がある。とくに,すべての謎が明かされる“はつみルート”のグッドエンドは,なぎさ・さゆりの両エンディングを確認したあと,もう一度最初から始めなくてはならないので注意だ。
個別ルートには,それぞれ複数のエンディングが用意されている。スタッフロールの後にエピローグが流れるのが各人のグッドエンドなので,それがなかった場合はロードして違う選択肢を試すなどしてみよう。一度個別ルートに入ってしまえば,個別ルート内だけの選択肢でエンディング調整は可能である。
データインストール機能を利用すれば,プレイはかなり快適になるので,容量に余裕のあるメモリースティックPROデュオを用意しておきたい。ちなみにゲーム本体のインストールだけで568MBの空き容量が必要だ。
看護師の仕事の“本当の大変さ”を「これでもか」というほど体験
ゲームをプレイしてまず驚いたのが,看護師の日常描写のリアルさだ。幸い,筆者の家族に医療関係者がいるため検証が可能であったのだが。
患者の生命を預かる看護師は,常にギリギリの緊張感にさらされている。患者の状態を正確に把握し,患者の病状が悪化しないように気をつけ,状態の悪化を見逃さないように注意する。もし問題が発生したら,即座に優先順位を判断し,適切な対処法を見つけ出す。患者のメンタルにも留意し,不安を与えないよう心がける。交替制とはいえ,1年365日24時間体制で,これを続けなくてはならないわけだ。さらに緊急事態が発生したら,ギアをもう1段階アップし,最優先でこれにあたる必要がある。「白衣の天使」と言えば聞こえはいいが,もうとんでもなく大変な仕事なのだ。
知識,技術,観察力,判断力,決断力,集中力,そして体力。看護にはあらゆる能力が必要になり,何か1つでも欠けてはいけない。それだけ患者の生命を危険にさらすことになるからだ。看護師である以上,ベテランでも新人でも,必要条件が変わることはない。
医療は日々進歩し,科目はどんどん細かく分かれていくが,看護師はすべての病気に精通し,すべての患者に対応し,すべての医者のサポートをしなくてはならない。極端な話,自分の専門に特化している医者よりも,看護師達にはより超人的な働きを要求される一面があるといえる。
この作品では,そういった看護師の事情が克明に描かれている。看護師として働くということの過酷さ,緊張感,矛盾,そして喜び。それらをここまでしっかり描いたゲームを,筆者はほかに知らない。
さらには病名や治療法,業界用語(というか符丁)などの専門用語もバリバリ登場し,それについての解説も実に詳細。個人的にはものすごく興味深く楽しませてもらったのだが,果たしてこれはニーズに対してどうなのだろうか,と余計な心配をしたりもした。だってもう,看護学生の教育に使ってもいいんじゃないかってくらい深い内容だったもので。
専門用語が出てくると,メッセージウィンドウの右上にマークが出現。ここで△ボタンを押すと…… |
「カルテ機能」。専門用語の詳しい解説が読める。これがまたわかりやすくて面白い |
こんな物語を書いたのはいったいどんな人なのだろうと,公式サイトを確認してみたところ,本作のシナリオを担当した円まどか・佐倉さくら両氏は,どちらもライター兼現役看護師なのだとか。なるほど,たいへん納得しました。
まあそんなわけで,新米ナースのかおりさんは,看護師としていろんなものが不足しているため,日々トラブルを巻き起こし,そのたびに主任に怒られたり患者に嫌味を言われたりする。主人公に感情移入しちゃうタイプのプレイヤーにとっては,物語前半はかなり精神的にキツい展開が続く。
しかし共通ルートも中盤を過ぎると,だんだんデレデレな展開が増えてくる。かおりが少しずつ成長してきて,厳しい主任や,キツい性格の患者がふと優しい表情を見せてくれると,ついつい口元がにやけてしまう。王道ではあるが,ギャップ萌えというのはやはり破壊力が高い。舞台が社会だけあって,キャラクターの年齢層が高めに設定されているのも,ギャップを生み出す重要なポイントだ。
個別ルートに入れば,あとは余裕を持って対象キャラとの交流を楽しめるので(なぎさ先輩は多少例外だが),それを心の支えに頑張ってほしい。もっとも,油断すると消化不良のまま終わったり,悲劇的なエンディング(それはそれで雰囲気はあるのだが)に辿り着いてしまったりもするので,こまめなセーブは必要だ。雑念なしでイチャイチャできるグッドエンドを目指せ!
実は「ソルフェージュ」と繋がっていた本作の世界観
だから女性同士の恋愛や結婚は全然アリ
一つ,プレイしていて驚いた点を。序盤はあまり明確になっていなかったファンタジー的要素が,中盤を過ぎてから,物語にちょっとずつ紛れ込んでくる。
端的に言うと,本作は「ソルフェージュ」の世界と繋がっている。「桜立舎学苑」の名前や魔導楽器「フォルテール」が登場したり,女性同士の恋愛や結婚が社会的にも認められていたりと,そういう世界観なのである。
とくに後者については,怒涛のような看護業界のリアリティに圧倒されているところに,あまりにサラッとそういう描写が挟まれるものだから,読み間違いか誤植かと,ちょっと戸惑ってしまった。かおりの「癒しの手」設定や,謎の少女の正体なども含め,いくらかの超自然的要素が世界観に含まれているということは,あらかじめ頭に入れておいたほうがいいかもしれない。
最初から最後まで,たっぷり楽しませてもらえた作品だったが,あえて不満点を挙げるとすれば,やはり攻略対象キャラの少なさに当たってしまう。
主人公を除く主要キャラ5人中,3人が攻略できるのならば,やはり残りの2人も攻略したくなるのが人情というもの。というわけで,山之内さんルート,あみちゃんルートを追加した強化版(?)を,ぜひ見てみたいと思っている。
「白衣性恋愛症候群」公式サイト
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