連載
【西川善司】Unite 2015で,馬に乗り,東京を空中散歩して,白猫や美女と戯れてきた話
西川善司 / グラフィックス技術と大画面と赤い車を愛するジャーナリスト
(善)後不覚 |
今回は,数あるブースの中から,仮想現実(VR)に注目し,面白VR体験ができる出展をピックアップして,その内容や体験記をお届けしたいと思います。
VRで乗馬体験「Hashilus」
もう,ネーミングと機材の見た目だけでその内容が想像できますよね。
そう,VR対応型ヘッドマウントディスプレイ(以下,HMD)をかぶり,電動乗馬フィットネス器具に乗って馬を走らせる体験……ということで「馬を走らせる」→「ウマヲハシラス」→「Hashilus」というわけです。
被験者は,VR対応型HMDの代名詞ともいえるOculus VRのRift試作機,いわゆるDK2(Development Kit 2)を装着し,電動乗馬フィットネス器具にまたがります。足を鐙(あぶみ。足を掛ける場所)に乗せ,手綱に相当する器具を手で持って体験準備完了です。
Hashilusが一般的なVR体験デモと違うのは,「熱いゲーム性」と「複数人同時体験のソーシャル性」が与えられているところです。Hashilusでは一度に二人が体験できるようになっており,ブース出展者の「スタート!」のかけ声とともに,併走者と競走を行うことになるのです。
樹脂製の手綱部は器具に備え付けのものですが,前後に反復動作させるとボタン入力が行われるようにスイッチが付け加えられていて,要は早押しすればするほど(手綱を速く前後移動させればするほど)馬の速度が速くなるわけです。
なお,乗っている馬の左右移動の操作は不要です。いわゆるコースが決め打ちとなっているジェットコースター型アトラクションなわけですが,前述の手綱操作による連打の加速状況に応じて二頭の馬は抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げていきます。
ボクも実際に体験してみたのですが(下動画),恐ろしいほどリアルでした。
確かにゲーム展開としては「馬の運転操作不要」「コースは決め打ち」ではあるのですが,被験者は「上下にうねる谷や山」「左右に曲がりくねる急カーブ」を体験することになり,そのコースの起伏やカーブに連動した動きが電動乗馬フィットネス器具で再現されていました。とくにジャンプ時の浮遊感,着地の落下感,左右の横G(※錯覚と思われる)まで,見事に再現されてたのです。なお,自分の横や後ろにいるライバルの馬の様子も,乗馬状体のまま横や後ろを向けば確認できます。
体験する前は,「連打だけ」と聞いて「もっと複雑な操作系のほうがいいのでは」と思っていたのですが,体験後に「それは誤りだ」と感じました。VR体験として横G,縦Gを感じまくり,しかも映像世界への没入感が凄いので,いわゆる普通のゲーム操作まで要求されたら多くの人が「難しく過ぎる」とパニックになってしまうはずです。
VR体験がリッチだと「1ボタン連打でもゲームになる」というのは,VR黎明期の今では,一般来場者までが公平に楽しめるVRゲームの「ちょうどよい落としどころ」という気がしましたね。
このHashilusは,別々に本業を持つエンジニア達やアーティスト達がオフタイムに制作した,いわゆるインディーズゲーム的な成り立ちで制作されたものだそうです。
ソフトウェア開発は,フォージビジョンVR事業部の長谷川晴久氏が担当。ゲームエンジンは言うまでもないですがUnityです。そしてグラフィックスはVRイベント「OcuFes」などを手がけるクリエイターの高橋建滋氏が担当しています。そしてVR体験コンテンツとしての全体プロデュースは,プロのマジシャンでありながら最新VR技術にも明るい藤山晃太郎氏が参加されたとのこと。
このHashilusのVR体験のキモともいえる,「電動乗馬フィットネス器具」はパナソニックの「ジョーバ」そのものなのですが,このジョーバのモーションをホストPCから制御したり,手綱をコントローラとして入力デバイスにしたりする改造はエンジニアの村上修一氏が担当したそうです。プロデューサーを務めた藤山氏のサイトには,Hashilusの開発日記が詳細に書かれているので,興味のある人はそちらを参照してください。
体験後,プロデューサーの藤山氏に話を聞くことができたのですが,同氏からはVRがまだ黎明期なのにもかかわらず,明確かつ独自のビジョンを持っている印象を受けました。
彼が手がけるVR体験では「体験中の様子を見て思わずやりたくなってしまうような魅力の提示」を実現することにこだわっているそうです。そのためには,未体験の人に「これでなにが体験できるのか」をネタバレしない程度に見せていくことも重要だとのことでした。
Hashilusでは,ジョーバの挙動が,コースレイアウトと巧みにマッチしているように感じられたのですが,あれは何かシミュレーション的なことをしているのかと尋ねたところ,あらかじめプログラムされた動きを再生しているだけとのこと。
藤山氏はマジシャンということもあって,人の意識がどこに向くのかを予測することに長けており,また同時に人の意識を特定の方向に向かせることにも経験が豊富なため,そうしたノウハウをもとに,緊張感と興奮を盛り込んだ動きになっているとのことでした。
このHashilusは,もともとはいわば同人プロジェクトだったわけですが,アミューズメント業界に大きな影響を及ぼしたそうで,現在は,複数のバックオーダーを抱えているほど注文がきているとのこと。商業アミューズメント施設では,ハウステンボスの「ゲームミュージアム」に常設アトラクションとして採用されたというから凄いものです(関連URL)。興味と機会がある方はぜひ一度体験してみてください。なお,そこに設置されている「鳥獣ライド」も藤山氏プロデュースの作品だそうです。
超高層ビル群を駆け抜けるVR体験「Unity Coaster 2」
会場にはHashilusの藤山氏が手がけた作品がもう一作展示されていました。「ある日,突然閃いて作り上げました。まだ,アナログというか手動の部分もあるんですが(笑),Hasilusに優るとも劣らぬ大迫力を感じてもらえると思います。ぜひ,体験してみてください」と強く勧められて,実際に体験させてもらいました。コンテンツ名は,「Unity Coaster 2」です。
内容としては,現実にはありえないほどのダイナミックな高低差ライドが楽しめるバーチャルジェットコースター体験デモになっています。Hashilusとは違ってゲーム要素はなく,基本的には「乗って見る」だけの「受け身」の体験となるわけですが,そこはそれ,藤山氏がプロデュースした作品なので,一手間,いや二手間以上が加えられています。
さらにコースの上下起伏,左右カーブに応じてスタッフがブランコを揺らしにかかります。このリアル側のブランコの揺れを被験者はVR体験のコース起伏とシンクロして味わうことになり,体験としてのリアリティはさらにアップすることになるわけです。
また,「現実にはありえないVRコースターならでは体験」ということで,コース終盤ではレールがなくなって空中に吹っ飛ばされる演出が入ります。VR空間で放り出された被験者は,危機一髪,着地地点付近に復活したコースレールに着地するわけですが,そのときに,これまたスタッフの手によってリアル側のブランコの綱が一段,ガクンと瞬間的に下げられるのです。被験者は長く続く,リアルブランコの上下左右の揺れには慣れてきているわけですが,突然の「ガクン」には「ぎゃあ」とビックリするわけです。
この「リアルブランコに座らせる」という演出や「ブランコを揺らしたり落としたりする」工夫は,体験中の被験者を見ているだけでも楽しめますし,藤山氏ならではのアイデアといったところですね。
もちろんボクも実際に体験してみたのですが,想像以上の爽快感が得られました。
また,VRらしいコース取りとして,狭い窓からオフィスビル屋内に飛び込んでそのまま駆け抜けていくような演出もあって笑わせてくれます。Hashilus同様,このVR体験でもサーキュレータから風を当てられるのですが,この風も心地よかったですね。
体験前に,スタッフの方がほかの体験者が乗るブランコを揺らしたり,ブランコを落とす様子は見ていたのですが,HMD越しに見る高低差と湾曲度激しいVRシーンと一緒に体験すると,とんでもなく振り回されているような疑似体験になります。この「スタッフの手で(手動で)動かされている」部分を機械化できたら,Hashilusと同じく,アミューズメント施設への導入もあるかもしれませんね
このUnity Coaster 2は,Hashilusとは別のエンジニア,iWorksの田所広行氏の手によって開発されており,実は,後ろでブランコを揺らしていた人物こそが田所氏でした。
ちょうど,ブランコ揺らしから解放された休憩時間(笑)に田所氏に話を伺えたのですが,このUnity Coaster 2,なんとグラフィックスからサウンドも含めてすべて田所氏一人で開発されたのだそうです。本作は「2」ということで,すでに「1」もあり,「1」はDK1用に開発された作品(後にDK2にも対応)だったそうです。「2」は,DK2用に新規開発された作品とのことでした。
余談ですが,田所氏は,シャープのパソコンであるX68000ユーザーで,ボク自身も長年執筆をしていたシャープ系パソコン専門誌「Oh!X」にプログラム投稿採用経験がおありとのこと。しかも,その某大手電機メーカーとやら(笑)も,自分の前職場だったりしたので――在籍中,お互いの面識はありませんでしたが――つい懐かしくて昔話を話し込んでしまいましたよ。
ちなみに,Unity Coaster 2も,ニコニコ超会議2015にも出展されるほか,秋葉原のマウスコンピューター直営店「秋葉原G-Tune Garage」でも体験できるので,一度試してみることをお奨めします。
大人向けで有名なILLUSIONの男のロマン系VR体験デモ
ILLUSIONといえば,「大人向け」のゲーム開発スタジオとして有名です。ただ,Uniteというイベントでは,そちら系のコンテンツは展示できないため,ブースで展示されていたUnityエンジンベースのILLUSION製のVR体験デモ達はどれもマイルドな内容になっていました。
ボクが体験できたILLUSION製VRデモは二つ。
一つは,Samsung Electronics(以下,Samsung)製のスマートフォンである,Galaxyを合体させることでVR対応型HMDとなる「Gear VR」を活用した縄跳び「Gearなわとび」でした。
回転する縄跳びにつまずかないように,ボタンを押してタイミングよくキャラクターをジャンプさせるだけの内容で,「それ,どこが面白いんだよ」と言われてしまいそうですが,ジャンプさせるキャラクターが,水着姿のセクシー女優「上原亜衣さん」ということになれば,話は変わってきます(笑)。
登場する上原亜衣さんのモデリングデータは,ご本人をデジタル3Dスキャンして制作されたものだそうです。ちなみに,この3Dモデルは,イリュージョンが販売する,実在セクシーモデルといろいろな体験が楽しめちゃうそちら系のゲーム「PLAY GIRLS」用のものとのこと。
ボクも実際に縄跳びに挑戦してみました。うまく縄跳びを続けていると,上原のいいろんな部分が揺れまくります。しかし,縄跳びの綱が引っかかると,上原さんがあられもない姿で倒れてしまい,もっとムフフな光景が広がるのです。縄跳びに失敗したほうが報酬効果が高いので,プレイしているうちに,縄跳びを成功させればいいんだか,失敗すればいいんだか,分からなくなってくる不思議なゲームでした(笑)。
二つめはDK2を使った一人称型シューティングゲーム(FPS)でした。「え? ILLUSIONがFPS?」と思った人もいるかもしれませんが,大丈夫です。期待を裏切ったりはしません。
プレイヤーが持つのは水鉄砲で舞台は南国ビーチ。狙う相手は逃げ回る水着美女です。水鉄砲の水を当てればスケスケになるかと思ったら……なりません。Unite出展にあたって表現自粛がなされたようです(笑)。
こちらも実際に体験してみました。
頭部の動きで視点操作,持たされたゲームコントローラで移動や射撃をする……という,FPSをオーソドックスにVR対応化した作りですが,内容や設定はともかく,普通にゲーム性が高くて熱くなれます。えっと「内面」がですよ(笑)。
両デモとも,確かにセクシー度は骨抜きにされていましたが,「男のロマン」のようなものは十分に再現されていたように思います。そちら系のVRゲームには今後も期待大ですね。
早くも「Gear VR Inovator Edition for S6」を体験
Unite 2015で,Oculus VRは別室にてブース出典をしており,ここではGear VRと,予約制でRiftの第3試作機「Crescent Bay」の体験ができるようになっていました。Crescent Bayについては,ボクはGDC 2015などですでに体験済みなので(関連記事),別にいいかなと思っていたのですが,発表されたばかりのSamsungのGalaxy S6およびGalaxy S6 edge対応版「Gear VR」である「Gear VR Innovator Edition for S6」は予約なしで体験できるとのことだったので,こちらのほうを体験してみました。
白猫プロジェクトは,日本におけるUnityベースのゲーム開発成功事例の代名詞的存在の一つとなっていますが,2015年1月には,そのRift対応版「白猫VRプロジェクト」が無料公開されました。今回,ブースで体験できたのはそのGearVR版になります。
この日の朝に行われたOculus VR日本支部のPartner Engineering Specialistである井口建治氏によるセッション「VRコンテンツ開発の勘所」にて,ちょうどGearVR版白猫VRプロジェクトの移植ポイントが解説されていたのでグッドタイミングの体験となりました。
Rift版では,主人公キャラクターの後方上方に設置されたカメラがキャラクターの動きについてくるという視点制御でしたが,GearVR版では,主人公キャラクターからさらに離れた位置にカメラを配置し,主人公キャラクターの位置が画面中心領域から外れるとカメラが遅れて追従する制御にしたとのことです。このほうが,3DゲームやVRに慣れていない人でも酔いにくいのだとか。
ボクは3Dゲームで酔った経験がないので,「酔いにくい,酔いやすい」の差はよく分からなかったのですが,なんとなく,GeaVR版はリアルタイムストラテジーゲームをプレイしている気分に近いと感じました。GearVR版は,カメラがかなり後方の高いところに浮いている関係上,被験者は頭部を正面に静止させた状態でも主人公キャラクターの周辺を広い範囲に見渡せてしまいますから,頭部をほとんど動かさずにプレイすることになります。「これをよし」とするかは判断の分かれるところでしょう。
ほとんどこの姿勢で静止したままプレイできる。ただ,VRの楽しさである没入感という意味では大画面でプレイしているのと変わらない印象 |
一応,こんな感じで後ろを振り向けば,そっちの情景も見られるが,殺伐とした背景が見られるだけで,あまり意味がない |
ブース内にはサムスンのGalaxy S6の実機展示コーナーも。「Gear VR Innovator Edition for S6」は4月23日から購入受付が始まるとのこと |
まぁ,現実的には「酔いやすい人は俯瞰視点で」「没入感を楽しみたい人は後方視点で」という選択式にするか,レースゲームの視点切り替えみたいに,プレイ中,リアルタイムに切り換えられるようにするのが理想なのかもしれません。
というわけで,Unite 2015は,VRの最新動向を追いかけている自分にとって,とても大きな収穫のあったカンファレンスでした。来年の開催も楽しみです。
■■西川善司■■ テクニカルジャーナリスト。最近「The Order 1886」をプレイしてクリアした模様。世間の評判は芳しくないようだが,かなり楽しめたそうだ。とくにグラフィックスは秀逸で,物理ベースレンダリングのベンチマーク的存在になっているといえそうとのこと。ただ,予想していたよりも半獣が出てこなかったのが残念と言えば残念だったとぼやいていた。 |