ニュース
GTC 2013,NVIDIA基調講演レポート〜4.5 TFLOPSのGPUで荒波を越えて,スキンヘッドオヤジで不気味の谷を渡る!?
初日となる18日は,初心者向けに基本事項を振り返るチュートリアルセッションが行われ,会期2日めの19日が本格始動の初日となる。
そして,その19日,最初のセッションとして行われたのが,NVIDIAのCEO,Jen-Hsun Huang(ジェンスン・フアン)氏による基調講演だった。
テーマ(1)「71億トランジスタで4.5 TFLOPS」が実現した先進グラフィックス技術
壇上に上がったHuang氏は,この基調講演で伝えたいことが5つあると述べた。うち3番めは,20日の記事でお伝えしている製品ロードマップなので,本稿では残る4つを紹介していきたい。
NVIDIAは2月19日に,GeForceブランドの最上位GPUとして「GeForce GTX TITAN」を発表している。
世界最速のスーパーコンピュータとして認定された米オークリッジ国立研究所の「TITAN」にちなんで名付けられたこのGPUは,71億トランジスタで構成され,2688基のCUDA Coreを内包して,4.5 TFLOPSの演算能力を有する。この4.5 TFLOPSという性能値は,先頃発表されたPlayStation 4に搭載されるGPUコアの,ちょうど2.5倍だ。
Huang氏は,「この超高性能GPUであるGeForce GTX TITANを用いて実現された,最新のリアルタイムグラフィックス技術を紹介したいと思う」と述べ,2つのリアルタイムデモを公開した。
1つは,リアルタイム海洋シミュレーションを実現する「Wave Works」だ。
シーンに描かれる中型船舶の挙動もリアルタイム波動シミュレーションを受けて決定されている。具体的には,船体に仮想的に付けられた2万個のプローブが海面上の波の力を受け止めて,船体の挙動を算出する仕組みだ。
風速を上げていくとだんだんと波が荒れてくる | |
ビューフォート風力階級最大レベルの12に設定すると(左),大嵐に(右)。雷の演出は遊び心だ |
海面上の波が船体に当たれば泡が発生し,海面上に吹く風が水の粘性に打ち勝つレベルであれば水しぶきが立つ。ジオメトリの凹凸だけでなく,リアルな海全体の表現が見どころというわけだ。
「海洋シミュレーションも困難なテーマだが,さらに難しいテーマに人間の顔の表現がある。GeForce GTX TITANでは,『不気味の谷』を越える顔面の表現をリアルタイムで表現できるようになった」。Huang氏は続けてこのように述べ,ロボティックス研究者である森 政弘氏が1970年に提唱した「不気味の谷」(uncanny valley)理論に話題を移した。
これは,人間に似せたものが人間らしく振る舞うと,人間は「あるレベル」までは親近感を持つが,その「あるレベル」を超えると,親近感から反転して嫌悪感を抱くようになり,非常に人間に近づくと再び親近感を抱くという,認知学的な理論だ。親近感から嫌悪感に反転する境界のことを森氏は不気味の谷と呼んでいるのだが,ゲームのグラフィックスはいまちょうど,「不気味の谷を越えるか,踏み留まるか」の選択を迫られているという状況だったりする。
要するに,「人間らしいもの」に留まるか,「人間そのもの」を表現するかが問われているということだ。
Huang氏は,「CG映画『ベオウルフ/呪われし勇者』に出演してCG化された女優Angelina Jolie(アンジェリーナ・ジョリー)は気持ち悪かった(笑)」と毒舌ジョークを打ってから,不気味の谷を越えるものだとして,自社開発という新しい技術デモ「Face Works」を披露した。
欧米圏の美的感覚でも,おそらくは美男子には分類されないであろうスキンヘッドの中年オヤジの生首が大画面に映し出されたときには,「別の意味で不気味じゃないか」と,会場には笑い声が上がったが,これもNVIDIA流,あるいはHuang氏流のジョークなのだろう。
このFace Worksは,南カリファルニア大学のPaul Debevec(ポール・デベヴェック)氏と共同開発されたもので,同氏が開発した,白色LEDライト付きのカメラを球体の内壁に合計256基搭載するパフォーマンスキャプチャシステム「Light Stage」を活用しているという。
Paul Debevec氏はCG界の著名人で,今日(こんにち)におけるHDRレンダリングの基礎技術を作り上げた人物としてよく知られる。最近では,顔面にドットマーカーなどを打ったりせず,ビデオ撮影された顔面の動きから,人間の顔面の演技モーションを抽出する技術,イメージベースド・パフォーマンスキャプチャ(Image-based Performance Capture)の研究に注力しているのだが,Light Stageは,まさにこの研究のなかで生まれたシステムだ。
今回のFace Worksでは,そんなLight Stageシステムを用い,サラウンド撮影された約30個の感情表現演技ビデオから,顔面モーションをライブラリ化し,ここからジオメトリモデル(=3Dモデル)や各種テクスチャ類,モーションデータを抽出して,ランタイム版(=リアルタイム版)を構成しているという。
Light Stage上で約32GB分に達するデータは,ランタイム版だと400MB程度にまで圧縮されているとのことだ。ジオメトリモデルはテッセレーションの制御点として簡略化されており,ランタイム版ではDirectX 11世代GPUが持つテッセレーションステージを活用することで曲面モデルを再現しているという。
人肌表現の解説はとくになかったが,NVIDIAは,かつて「GeForce 8800 GTX」の発表時に,映画「マトリックス」でも採用された,テクスチャ座標系で実践する皮下散乱シミュレーションのデモを公開したことがあるので,おそらく同種の技術が採用されているのだろう。
これは,スクウェア・エニックスの「Agni's Philosophy」デモなどでも採用された「画面座標系の皮下散乱シミュレーション」の原形・基礎になった技術だ。テクスチャ座標系で実行する皮下散乱は,画面座標系で実行するものと比べると高度な処理系になる分,負荷が高く,また冗長性も大きい。なのでゲームにおいては,画面座標系の手法のほうが本命視されている。
Huang氏は「このFace Worksで実行される命令数は1ピクセルあたり8000個。うち1命令あたり5 FLOPSが実行されているので,1ピクセルあたり4万FLOPSだ。いま画面に現れているのがフルHDの半分なので100万ピクセル。これが60fpsだから約2 TFLOPS(※筆者注:彼の言葉どおりなら正確には2.4 TFLOPS)だ。GeForce GTX TITANの性能を半分も使っていないことになる」と,誇らしげに語っていた。
スキンヘッドのオヤジは確かにハンサムではないが,ステージ上で公開された「微妙に呆れる表情」「怪訝そうな表情」などは,これまでのゲームキャラクター表現にはなかった人間らしい「曖昧さ」があり,確かにホンモノの人間に近いと思わせるだけの説得力はあった。
テーマ(2)GPGPUの現在と未来。「RadeonのアーキテクトがNVIDIAに合流」というサプライズも!
2つめのテーマとしてHuang氏が掲げたのは「GPUコンピューティング」で,端的に言えばGPGPUのことである。
Huang氏は「今や世界には,GPGPUベースのスーパーコンピュータが50台も存在する。これはスーパーコンピュータ総数の20%という割合だ。来年には何%になるか楽しみじゃないか!」と聴衆に呼びかけ,スーパーコンピュータの主流として,GPGPUに勢いがあることを強調していた。
一例として挙げられたのがTwitterだ。氏によれば,Twitterの「ツイート」(つぶやき)検索サービスにはGPGPUが使われているという。1日あたり,全世界で5億件ものツイートが投稿され,一般ユーザーは気になるキーワードで検索をかけるが,このとき,「莫大なデータ量から,任意のキーワードに合致するデータを掘り起こす」のにGPUベースのサーバーが使われているとのことだった。
Shazamは,鼻歌を吹き込んだり,街に流れている音楽を録音した“音素片”から楽曲検索が出来るサービスなのだが,「音楽の特徴データを生成し,これを膨大な楽曲データベースから検索する処理」がGPGPUベースになっているとのことである。
さらにHuang氏は,もう1つ,GPGPUを利用した新世代検索システムとして「曖昧イメージ検索」の実例を示した。
基調講演では,ハリウッド女優のKate Garry Hudson(ケイト・ハドソン)が写っている雑誌の1ページを撮影し,そこから彼女が着ている洋服の候補を示すというデモが示されたが,「eBayやAmazon.comのような通販サイトに応用できれば,より高度なサービスが提供できるはずだ」とHuang氏の鼻息も荒い。
ただ実のところ筆者はこのデモそのものよりも,デモを行ったのがMike Houston(マイク・ヒューストン)氏だったことに驚いてしまった。
Mike Houston氏といえば,AMDのGPUアーキテクトであり,PlayStaton 4にも採用された,Radeon HD 7900〜7700シリーズのアーキテクチャ「Graphics Core Next」の設計指揮を執った人物の一人である。すぐAMD関係者に裏を取ってみたところ,なんと,1か月前にAMDからNVIDIAに転職したのだそうだ。
AMDのGraphics Core Nextアーキテクチャを生んだ技術が,将来のGeForceに取り込まれていく……とまで予測するのは邪推が過ぎるとしても,GPU業界キーマンの静かなる電撃移籍はインパクトが大きい。
テーマ(4&5)高性能なグラフィックス性能を持つ仮想マシンを中小企業にも
冒頭でも述べたとおり,テーマ(3)のロードマップは別記事にまとまっているので,詳細はそちらをチェックしてほしい。
4つめのテーマとして提示されたのは「仮想マシンとリモートグラフィックス」であり,5つめが,その実例としての新製品だ。
現在,コンピュータを使った業務は,あらゆる業種で日常化しており,社員の多くはそれぞれ自分のコンピュータを所有し,あるいは与えられ,そのコンピュータ上で仕事をしている。
その生産物の制作に複数の社員が関わる場合は,データの同期やコピー,更新履歴管理に非常に高度な技術が要求され,さらにそこで何らかのトラブルが生じれば,業務全体がクリティカルなダメージを被ることになる。
そこで有効なのが,「業務成果物としてのデータの管理」をクラウド上に一元化し,業務に携わる社員は,そのクラウド上で稼働する仮想マシンを使うという業務スタイルだ。
そのとき,仮想マシン側には高いグラフィックス性能が求められるが,元来,仮想マシンを用いたクラウドソリューションは,そうした分野の業務には向かなかった。クラウドサーバー側に,高いグラフィックス性能を提供する仮想マシンのソリューションがなかったためだ。
しかし,NVIDIAが開発したKepler世代のGPUには,「NVIDIA VGX」と呼ばれるGPU仮想化技術が搭載されたことで,それが可能となってきた。なお,このNVIDIA VGXについては,2012年9月29日の記事が詳しいので,興味のある人はそちらも参照してほしいと思うが,今回の基調講演では,この「グラフィックス性能が強化された仮想マシンソリューションの実態報告」が行われたのだ。
1つはAudi(アウディ)のインタラクティブショールームである。
全世界の主要Audiディーラーに導入が予定されているというこのシステムは,NVIDIAのGPUサーバーをベースとした仮想マシン技術によって実現されている。
もう1つは,映画産業の実例だ。クラウドレンダリングサービスを提供している米OTOYは,GPUサーバー上で主要3DCG制作ソフトを動かして作業できる仮想マシンサービスを提供しており,実際に映画「トランスフォーマー」から,あるシーンの制作画面を出して,カメラ位置やライティング条件を変更しながら,インタラクティブレベルの反応速度で作業が行えるという実演を行った。
ただ,こうした高性能グラフィックス機能を持った仮想マシンは,大企業向けという印象が強い。
そこでNVIDIAは,今回,中小企業向けに高性能なグラフィックス機能付きの仮想マシンを構築できるグリッドコンピューティングユニット「NVIDIA GRID VCA」を発表してきた。
NVIDIA GRID VCAは,4Uの1ユニットあたり最大16ユーザー分の仮想マシンを提供できるとのこと。要求される仮想マシン性能に応じて上位モデルと下位モデルの2種類がラインナップされる。
上位モデルがKeplerコア世代のGPUを16基搭載し,IntelのXeonプロセッサを組み合わせることでCPUスレッドは32本,システムメモリ容量は384GBを実現するとのこと。下位モデルではいずれも半分のスペックとなる。仮想マシンの数は2製品で変わらないため,下位モデルでは2ユーザーが1基のGPUを共有することになるわけだ。
価格は,上位モデルが3万9900ドル(約380万円),下位モデルが2万4900ドル(約237万円)。そのほかに1年更新のソフトウェアライセンス使用料も必要になるとのことだった。
守備範囲が広がっていくNVIDIA
GPGPU関連の学術会議として始まったGPU Technology Conferenceだが,GTC 2013では,NVIDIAがずっと得意としてきたコンピュータグラフィックス系や,最近の同社が力を入れているモバイルSoCにGPU仮想化,GPUクラウド技術など,セッションテーマが広がっており,基調講演もその広がりを受けた格好になった。
ゲーマーからすると,NVIDIAが手がけるゲーム機型Android端末「Project SHIELD」や,「GeForce GRID」の話がなかったのは寂しいところだが,少なくとも前者は展示会場に実機が展示されているのを確認できた。そのあたりは別途フォローしたいと思うので,お楽しみに。
GPU Technology Conference 2013公式ページ
- 関連タイトル:
TITAN
- 関連タイトル:
NVIDIA RTX,Quadro,Tesla
- この記事のURL:
キーワード
Copyright(C)2013 NVIDIA Corporation
Copyright(C)2010 NVIDIA Corporation