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[CEDEC 2016]作品の価値を摩耗させないためにーー「チェンクロ」の事例を交えて“運用で摩耗しない”基礎設計手法が紹介されたセッションをレポート
セッションの冒頭で松永氏は,現在のスマートフォンゲームはかつてのソーシャルゲームの域を脱し,端末のスペックを活かしたクオリティの高いタイトルが増加していると述べた。今やグラフィックス面でPS Vitaのゲームを超えているものは珍しくないし,端末のタッチパネルディスプレイも,アーケードゲームで使われているものより高性能になっている。
一方,運営・開発の現場では,スマホゲームに関して「ゲーム性が逆に面倒」「物語は添え物」「キャラクターはお金を生む商品」といった風潮はいまだに根強いのだという。
これらの風潮を「ゲームを遊ぶのが面倒だと長続きしない」「物語を作り込んでもすぐに消費される」「キャラクターでお金を生まないとタイトル自体が死ぬ」と松永氏は言い換え,これらは毎日の運営が必要なスマホゲームだからこそ起きる,宿命的な問題だと自身の見解を述べた。
松永氏は,リリースしたタイミングでは,ゲームも物語もキャラクターも「作品としての輝き」を持っているが,長期の運営によってビジネス色が濃くなっていくことで,その価値が摩耗していくのだと説明した。
松永氏曰く,「キャラクター性能やレアリティのインフレ」「誤って破格の性能を持ったスキルを追加」「あとから複雑なルールが追加」といったことで,ゲーム性は容易に崩壊してしまうとのこと。
それを防ぐためには,ゲームの設計段階で「ゲームのコアデザイン」と「ゲームの拡張要素」をきちんと分解することが重要だという。
松永氏は,「ゲームの基本ルール」「あとから絶対に変更しない要素」「プレイヤーが初めに楽しむ要素」の3つをコアデザインとして挙げた。これらをどれだけ“複雑”に設計しておくかが大きなポイントとなると述べ,チェンクロの事例を用いて解説を行った。
一般的には,根幹となる部分はシンプルにすべきだとも思えるが,なぜ複雑にすべきだと松永氏は主張するのだろうか。
実際のところはポジショニングフリーに近く,キャラクターが固有の行動を取ったり立ち止まったりする地点は,フィールド上に何億も用意されているわけだ。このおかげで,チェンクロのバトルではいろいろ“複雑な状況”が発生したり,あとからさまざまな拡張を施したりできる形になっているのだ。
ただし,コアデザインを複雑にするとは言っても,プレイヤーに「ゲーム性が複雑だ」と感じさせてしまったら負けである。松永氏は,「複雑な設計のゲームだが,プレイヤーからは簡単に見えるようにすることが重要」だとまとめた。
続いて「物語の価値」を守るための手法が紹介された。
松永氏によれば,ゲームの物語における主な問題点は,「開発中にストーリーは不要と判断されカットされる」「運営中に物語を作りきれなくなりボリュームダウンする」「運営中に物語が乱造されクオリティが落ちる」の3つに集約されるという。 とくにスマホゲームの場合は,ストーリーパートが不要と判断されカットされることが多いそうだ。
しかし松永氏は,コスト感とクオリティが伴っていれば,物語は「最高の消耗品」だと述べる。
というのも,スマホゲームでは,現行の運営が行き詰まったときに,キャラクターの追加,運営サイクルやイベントフォーマットの変更,ゲーム性を拡張するアップデートといった施策が行われることはよくある。しかし,それらには大きなリスクが伴ったり,許容量の限界が存在したりする。
この短所を克服して開発効率を上げるためには,「書き手が早く,かつ良い物語を作れるようになる」ことや「物語を効果的に配置する」ことが重要になるのだという。前者についてはマネジメント論や精神論,個人の資質の範疇に入る話なので割愛され,会場では主に後者について説明がなされた。
物語は基本的に,終盤に近づくほど盛り上がるよう構成していくものだが,スマホゲームはその構造上,進行するに従って離脱するプレイヤーが増えていく。そのため,力を入れたストーリーを多くの人の目に触れる序盤部分に配置するほうが“効率”がいいというわけだ。
チェンクロの場合,レアリティの低いキャラクター「ナックル」の専用シナリオに力を入れ,非常に面白いと思えるクオリティまで調整を行ったとのこと。バトルキャラとしては無価値に近いが,ゲーム序盤に誰もが入手するであろうキャラクターであることを考慮して,このような施策を行ったそうだ。
キャラクターを育てながら進めていくメインストーリーでは,主人公を中心とした骨太の物語が展開されるが,それ以外のキャラクターは顔を出す程度。キャラクター達のレベルが上がると「絆シナリオ」がアンロックされるが,キャラ同士の絡みは薄く,それぞれの人格を掘り下げる物語になっている。そのほか,イベントシナリオはさまざまなキャラクターが共演するお祭り的な内容だが,ドラマ性は薄めだ。
このようにチェンクロでは,物語の緩急がゲームのプレイサイクルに埋め込まれた形になっているのだという。
チェンクロで言うと,ガチャで新しいキャラクターを手に入れたときの達成感は大きい。そのため,キャラを引いた直後に自己紹介的な短いストーリーを導入したそうだ。この仕組みによって,キャラクターを単なるカードから“仲間”に昇華させる効果が生まれたとのことで,コストに対して極めて効率が良かったと松永氏は述べていた。
そのほか松永氏からは,キャラクターの価値を守る手法も紹介された。
松永氏は,ゲーム性と同じく拡張によってキャラクターは摩耗していくものだとし,その原因は「新キャラクターがかぶる」「既存キャラクターがブレる」の2点に集約されると指摘した。これを避けるためには,すべてのキャラクターに唯一無二の特徴を持たせることと,キャラクターの特徴をたくさん出しやすい世界観をあらかじめ作っておくことの2つしかないという。
また,各国には「戦士ギルド」や「レンジャーギルド」など細分化した組織とその設定が用意されている。そのため,国や所属それぞれに対応したキャラクターを出すことで,自然と差別化されやすくなり,かぶりやブレが発生しにくくなるわけだ。
松永氏は,あらかじめ量産しやすい世界観を作っておけば,キャラクターを量産していく中でその価値をキープできるとまとめた。
セッションの最後に松永氏は,ゲームはずっと遊んでいるといずれ飽きるものであり,運営者はやれることがなくなったら作品性を摩耗せざるを得ないとコメント。そのため,ゲーム性,物語,キャラクターのいずれにおいても,「初期段階で合理的に設計されているかどうか」がもっとも重要であると述べ,セッションを締めくくった。
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