インタビュー
「Fate/Grand Order」が目指す,スマホ時代の新しい物語とは。奈須きのこ×武内 崇×庄司顕仁の3名に聞く,その狙いと手応え
「Fateらしさ」とは何か
「Fateらしさ」とはなんなのかという問いは,ファンの側としても興味深いお話ですね。ちなみに「Fate」の場合は,誰に向けて作るべきなんですか?
奈須氏:
二次元のキャラクターを愛せる人で,かつ何かしら信念を持っている人。知識欲が割と強くて……そういった感じの人が安心して遊べるゲームを目指すべきだろうって。そこを軸にターゲット層を固めていきました。
武内氏:
「Fateがどういう作品なのか」とか「Fateを好きなのはどういう人なのか」という,もともと皆がボンヤリと持っていたイメージを,話し合いを通じて形にしていったんです。いつまで続くんだこれと思っていたけど,あれは楽しかった。
奈須氏:
庄司さんが「Fate」に対してもの凄く勉強熱心で,すごく助かりました。庄司さんはこの企画が始まってから「Fate」をプレイしてくれたのですが,形式的にじゃなく,本気でここまで勉強してくれるんだって,正直驚かされました。だからこそ,僕らが経験則としてしか理解していなかった感覚を,理詰めで分析していけるんだと思います。
武内氏:
TYPE-MOONは同人ゲームサークルから始まって,法人化してからも好きなことをやり続けてきた組織じゃないですか。だからファン層がどういう人達なのかって,自明だと思っていたんですよ。だけど新しいことに挑戦するにあたり,そこを改めて整理してもらえたのは,ものすごくありがたかった。
奈須氏:
ターゲットのことを考えると同時に,これまで自分達が作ってきたキャラクターの分析もやってみたんですけど,本来これって相当に辛い作業なんですよ。例えば好きな女の子がいたとして,何故その子が好きなのかを徹底的に分析していったら,なんか冷めちゃうじゃないですか。だけど庄司さんは,やるならとことん分析しましょうという感じで踏み込んでくる。「もうこれ以上はやめてー!」ってくらいに(笑)。
武内氏:
期間の長いプロジェクトだと,どうしても途中で方向性に迷いが生じてくることってあるんです。だからこそ,常に立ち返るべきポイントを最初に設定しておくのが大事ってことを,今回思い知らされました。
庄司氏:
こういったことをやっていく過程で,僕自身も「Fate」と「Fate」ファンに対する理解を深めることができました。その上で,まだこの物語を体験されていない,潜在的なファンがたくさんいるはずだと確信を持ったんです。
4Gamer:
「Fate」シリーズには,まだまだ広がっていく余地があると?
庄司氏:
もちろん。僕も相当なゲーマーではありますし,それなりにゲーム業界にも長く関わってきましたので,「Fate」の名前はもちろん知っていましたが,このプロジェクトに携わらせていただくまで,実際にプレイしたことはありませんでした。
今回実際に「stay night」やほかの関連作品をプレイさせていただいたり,読んだり,観たり,聴いたりして,これだけ素晴らしい作品は,もっと多くの人に届けなければならないと考えたんです。
4Gamer:
ちなみに,最終的に「Fateらしさ」というのは,どういうものとして定義されたんですか。
庄司氏:
曖昧な表現を排除しながら,TYPE-MOONの皆さんと掘り下げていったのですが,最初はかなり色々な意見が出ました。キャラクターの見た目なのか,シナリオなのか,世界観や設定なのか,伝奇であることなのか,女性キャラの魅力なのか……などなど,本当にさまざまな要素がありました。
4Gamer:
確かに,いずれも「Fate」にとって欠かせない要素だと思えます。
庄司氏:
でも不思議なんですよ。例えばPSPの「フェイト/エクストラ CCC」(以下,CCC)はファンの間でも「Fate」らしい作品と言われていて,僕も実際にプレイしてそう感じました。でも「CCC」は電脳世界を舞台とした話ですし,設定で言えば「stay night」とは全然違う。でも明らかに「Fate」らしい作品です。一方で,「stay night」のキャラクターをただ単にカード化して並べてみても,必ずしも「Fateらしさ」が生まれるわけでもない。つまり設定を超えた何かが,「Fate」の根幹にある。
武内氏:
そこで改めて,「Fate」の中心には「奈須きのこ」の示す方向性が必要なんだなと再確認しました。
奈須氏:
いや,困ったコトに。「FGO」の場合,ゲームシステムとビジネススキームがメインになると思ってたんですよ。なので,僕は「俺は監修するだけで極力関わらないからね!」くらいの勢いでいたんです。でも,「Fate」という作品をいくつものパーツに分解していく中で,それらをつなぎあわせる鎖は奈須きのこでしかないということに気付いてしまった。……そうしたら,あとはもう全力で新しい世界に取り組むしかないじゃないですか。
武内氏:
当初は奈須にあまり負担をかけない形で企画を進めようとも考えていたんです。だけど,「Fate」らしさを残してソーシャルゲームを作るという時に,その魂の部分に奈須きのこが入っていないと,やっぱり始まらないんです。僕らは肉づけをしていくことはできるけど,魂そのものを用意することはできないんで。
4Gamer:
なるほど。ちなみに,ここでいう「奈須きのこ」らしさというのは,「TYPE-MOONらしさ」とはまた別なんですか?
奈須氏:
「TYPE-MOONらしさ」はまた違うんです。あれはもっと……ノスタルジーが混じったようなものなんです。それこそ1980年代からゲームをやっていたような,あるいは学生時代にやっと携帯電話が登場してきたような,僕らの世代に響くものが「TYPE-MOONらしさ」だと思います。今回の「Fate」が目指すのは,やっぱりそれとは別の,もっと“今”に最適化されたものだと思っています。
これからの「Fate」,これからのTYPE-MOON
4Gamer:
ここからは「FGO」から少し離れて,Fate Project,そしてTYPE-MOONそのものの展望についてお聞きしたいと思っています。まず先日7月27日に行われた「Fate Project最新情報発表会」ですが,大変な盛り上がりでしたね。
あの発表会は,人数を500人に限定することで,コアなファンに絶対喜んでもらえるものにしようという狙いがあったんですが……まさかあそこまで盛り上がるとは。
武内氏:
あの会場の盛り上がりを見て,ドラマっていうのはこういう風に起こるんだって思いましたね。こちらでちょっと仕込みを入れた程度じゃ,あの興奮は決して作れません。
奈須氏:
これまでずっと間桐 桜を演じてこられた下屋則子さんが,あの狂騒の中で感極まってしまった。桜ルートである「Heaven's Feel」が,あれだけ皆から支持されているのを目にして,感謝の気持ちが溢れてしまったみたいです。そういったことも含めて,素晴らしい発表会になったと思っています。
4Gamer:
本作の発表と,「Heaven's Feel」の劇場化に加え,成田良悟さんによる「Fate/strange fake」の単行本化も発表されました。そしてこのインタビューが掲載となる頃には,遠坂 凛ルートである「Unlimited Blade Works」のテレビアニメもスタートします。シリーズ10年目となった「Fate」シリーズですが,まだまだファンの期待は大きいようです。
奈須氏:
これだけ長く続いているだけで素晴らしいことなんですが,TYPE-MOONとしては,この盛り上がりを使い切りで終わらせたくないという想いが,今は強いですね。むしろ,どこまで大きく育つのか見てみたい。なので関連作品を作る時には,常に全力投球です。2年くらい前までは,セイバーもそろそろ休ませてあげてもいいのでは,なんて考えたりしましたが,今はそれは違うんじゃないかと思っていて。過去の焼き直しではなく,その時々の新しい「Fate」があるべきなんです。
4Gamer:
その鏑矢が新しいアニメシリーズであり,「FGO」であると。
奈須氏:
ええ。「またFateか!」ではなく,「もう次のFateか!」と喜んでもらえるように。今はコアなゲームを一つ作るために,同時にマスに向けてアピールするゲームも作らなければならない時代です。ならば,「Fate」にマスに向けたアピール役を担当してもらって,並行してコア向きのタイトルも然るべき層に届けていく。今のTYPE-MOONにとって,それがひとつの理想だと思っています。
4Gamer:
マス向けに作られたタイトルとは言え,公開されたトレイラーはしっかりとコアなファンにも届いていると思いますよ。トレイラーが公開されただけで,ネットではものすごい量の考察が行われているみたいですから。
奈須氏:
いやあ,そうなって欲しいと思って,ちょっと日記で煽ってみたんですけど……正直ファンを舐めてました。狙いどおりで嬉しい気持ちが半分,「キミたち,ちょっと落ち着け!」という気持ちが半分(笑)。でもあれだけ少ない情報で盛り上がってくれるコアなファンがいて,それが今の自分達を支えてくれているんだと実感しましたね。
庄司氏:
でもあのトレイラーも,実はプロモーションのセオリーを完全に無視した作りなんですよね。ゲームのプロモーションなのに,ゲーム画面が1枚も出てこないという。
奈須氏:
プロモーションなら,分かりやすいゲーム画面や有名なイラストレイターさんの描いたキャラクターを見せるのが正しいでしょうね。でもうちのファンに響かせたいなら,きっとあの形で良いんだと思います。ある種の分かりやすさを優先して中途半端にビジュアルを出すよりも,どんな世界観であるかを伝えることに比重を置くのが「Fateらしさ」です。
4Gamer:
そういえば,これはお聞きするのを忘れていたのですが,タイトルの「Grand Order」とはどういう意味なんでしょうか。
奈須氏:
色々な意味を込めていて,まだその全てを明かすことはできないんですが,一つには「人間として皆が守るべき尊厳」という意味があります。過去から現代に至るまでの人類のルールであり,同時に人類にとって一番大きな使命ともなるようなものをイメージしての「Grand Order」です。今はこれしか言えませんが,本当に伝えたかったメッセージはプレイしていく中で分かっていってもらえると思います。
4Gamer:
トレイラーにも出てきた,「人理」というキーワードともつながっていそうな設定ですね。気になります。……ところで,先ほどおっしゃっていた,「然るべき層に届けるコア向けタイトル」って,「月姫リメイク」(以下,月姫)と「魔法使いの夜」のことですよね。これはその……どうなっちゃったんですか。
奈須氏:
おっと,じゃあそれは社長の方から(笑)。
武内氏:
がんばってつくってます!
奈須氏:
小学生か!
武内氏:
真面目な話をすると,PCゲームでしっかりと作品を作り込んでいくことと,新しいデバイスで作品を作っていくこと,この2つに両方取り組んでいかねばならないことは,TYPE-MOONのこれからを考えると明白なんです。伝統の味を維持しつつ,それだけに固執するようなことはないように。最近は鈍くなりつつありますが,それでも小回りの効く少人数のチームだからこその良さは最大限に活かして行きたいと思っています。……ええと長くなりましたが,要するに「FGO」と「月姫」は同時進行しています。
4Gamer:
「月姫」が先なんですよね。
武内氏:
そうですね。「魔法使いの夜」についてはまだ何も言えないですが……「月姫」はがんばってます。
4Gamer:
であれば,ファンとして嬉しい限りです。ただ,これはずっと疑問だったのですが……「月姫」って全年齢向けになるのでしょうか?
武内氏:
うーん,暴力描写で18禁になるかもしれないですね。血が出ないとか,肉体の切断面が出せないとか,それだと「月姫」ではなくなってしまいますから。ある程度の毒素は,しっかりと取り込んでいきたいと思っています。
4Gamer:
なるほど。ちなみに,先ほどビジュアルノベルがかつてはオタクの最先端だったという話がありましたが,TYPE-MOONさんとしては,今の最先端はどこにあると見ているのでしょうか。
武内氏:
考えれば考えるほど難しいですよね。「東方Project」「初音ミク」「艦これ」と,最近の流れを見ている限り,“二次創作の遊び場として機能するかどうか”が,以前よりも遙かに重要になってきているのは間違いないと思います。自分達が手を加える余地があるかどうか,というような。
奈須氏:
昔は,作品は作り手が100%制御するものでしたけど,今は余白の部分に自分の理想や妄想を書き込めるものが好まれる。そういう意味では,例えば一人のヒロインの内面を徹底して描くような僕らの作り方は,今や時代に合ってないかもしれない。
武内氏:
なので,「FGO」がそうした今風の作品として受け入れてもらえるなら,僕らとしては嬉しいです。細かな物語を積み重ねる作りになっているので,自分の物語を書き込む余白は,十分に残されていると思います。
まあでも,TYPE-MOONとしてはただ最先端だから追いかけるんじゃなくて,どうせだったら事件性のあるものを追いかけたいですね。例えば今のTYPE-MOONが,もう一度本気でエロをやったらどうなるのって言ったら,それは……(ゴクリ)。
4Gamer:
それは大事件です!
奈須氏:
もう一度やってみたら,やっぱこの文化おもしろいよねって,なるかもしれない。お天道様には顔向けできなくなるけれど,元々はそういう闇の部分も含めてTYPE-MOONなんだから(笑)。
4Gamer:
ファンの一人として,それはぜひ見てみたいです。ただ4Gamerとしては,全年齢向けじゃないと取材にうかがえないのが困りものですが(苦笑)。では最後に,この「FGO」という作品に込めた想いについて,締めの言葉をいただけますか。
庄司氏:
今回「Fate」という素晴らしい作品に関われることになったので,おこがましい言い方かもしれませんが,この縁があればこそと皆さんに言ってもらえるようなものに,「FGO」を育てたいと思っています。TYPE-MOONとディライトワークスの出会いそのものを喜んでいただければ,こんなに幸せなことはありません。
武内氏:
繰り返しになってしまいますが,今この瞬間に,TYPE-MOONとして取り組める最高の仕事に挑戦したいという気持ちがあります。全体のクオリティの高さはもちろんですが,何より「Fate」が好きな人の期待に応えるものにしていきますので,楽しみにしていてください。
奈須氏:
いろいろなご縁があって,スマホでRPGを出すことになりました。今までで一番大きな舞台を使った,現時点での「Fate」の総決算になると思います。多くのプレイヤーの心に残る作品となるよう頑張りますので,スマホゲームを敬遠している人達にもぜひプレイしてもらいたいですね。僕自身,「FGO」には手応えを感じているので,楽しんでもらえれば嬉しいです。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
インタビュー中でも触れたとおり,ufotableの制作による「Fate/stay night」の遠坂 凛ルート「Unlimited Blade Works」のテレビアニメも放映開始となり,さらに間桐 桜ルートである「Heaven's Feel」の劇場版が制作されることも明らかとなっている。
だが「Fate」の動きはアニメだけに留まらない。その最も大きなうねりの一つが,今回語られた「Fate/Grand Order」なのだ。「ゲームがどのような形で遊ばれるか」が常に変化している以上,ゲームとしての「Fate」もまた,新たな形をとることとなるだろう。
我々はプレイヤーとして,「Fate」の次なる地平を見る機会に立ち会おうとしている。TYPE-MOONとディライトワークスが目指したという,時代の変化に対応しながらも,それでも「Fateらしさ」を色濃く残すというスマホゲーム。筆者もTYPE-MOONファンの一人として,今冬のリリースを楽しみに待ちたい。
「Fate/Grand Order」公式サイト
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