連載
【Jerry Chu】ミニマルなゲームを
Jerry Chu / 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー
Jerry Chu「ゲームを知る掘る語る」Twitter:@akemi_cyan |
ミニマルなゲームを
上田文人氏の作品は,海外で「ミニマリズム」(最小限主義),「ミニマリスト」(最小限主義的,最小限主義者)と称されることが多い。
上田氏と言えば,ディレクターとして「ICO」と「ワンダと巨像」を手がけ,今や日本を代表するゲームクリエイターの一人だ。イギリスのThe Guardianは氏の作品を「epic minimalism」(壮大なミニマリズム)と賞賛し,アメリカのWiredはゲームデザインを「minimalist」(ミニマリスト)と表現した。カナダのThe Huffington Postも上田氏の最新作「人喰いの大鷲トリコ」を「minimalist masterpiece」(ミニマリストの傑作)と讃えている。
上田氏の関連記事には,必ずと言っていいほどに「ミニマリズム」「ミニマリスト」というキーワードが使われる。
ミニマリズムとは「無駄と装飾を削ぎ落として,物事を必要最小限までに切り詰める」という考え方だ。アートやデザインの分野では「シンプルな外見を持つもの」を指すことが多い。例えば,虚飾を抑え,質朴な素材で築かれた日本庭園や寺には,特有の美しさが感じられる。
そして,物欲を捨てて質素な生活を送ろうとする人やライフスタイルはミニマリストと呼ばれる。
贅沢な装飾を省くのがミニマリズムであるが,上田氏の作品は贅沢な装飾に満ちている。「人喰いの大鷲トリコ」では,「アンチャーテッド 海賊王と最後の秘宝」に匹敵するリアルなグラフィックスに瞠目した。大鷲トリコの毛並みや爪は精細に描かれており,風になびく羽根は圧巻だ。さらに豊富なアニメーションにより,まるで本物の動物のように動く。
2005年に発売された「ワンダと巨像」は,森や砂漠,遺跡など多彩な顔を持つ広大な世界が舞台だ。巨像との戦いは質素どころか,「God of War」シリーズを彷彿とさせる迫力はある。
上田氏の作品は海外のAAAタイトルに引けを取らないグラフィックスとスケール感を誇り,豪華や贅沢という表現が当てはまる。それなのに,なぜ氏の作品はミニマリズムと呼ばれるのか。
リアリズムのためのミニマリズム
上田氏は自分の作品が「ミニマリスト」と呼ばれることを自覚しているようだ。2013年にイギリスのEDGE(#261)が掲載したインタビューにおいて,「真実味を追求するために,不自然に見えるものを除外しなくてはならなかった。だからミニマリストに見える」と自らの作品を評している。
2004年のGame Developers Conferenceでは,「ICO」のゲームデザイン手法が明かされている。「Game Design Methods of ICO」と題した講演によると,「ICO」の開発チームは「ほかのゲームとの差別化」と「アートのようなグラフィックス」,そして「リアリティ」という3つのコンセプトを掲げたそうだ。
それらを実現するためにゲームの内容をシンプルにして,細部の作り込みに専念することで,ほかのゲームよりも密度が高く,よりリアルな世界を構築した。
ゲームに不自然なものが一つでもあれば,苦労して積み上げてきたリアリティが台無しになってしまう。だからこそ,不自然に見えるものと没入感を損なう要素は一切排除された。「ゲームのボリュームを減らすことでクオリティを高める」という「ICO」の手法を,上田氏らは「Subtracting Design」(減算的デザイン)と呼んだそうだ。
つまり,上田氏のミニマリズムは外見をシンプルにするものではなく,リアルな世界の描写に注力するために,ゲームプレイと物語の演出をミニマルにするという思想である。
ご存じのとおり,「ICO」のゲーム画面にはゲージやスコアといったものが表示されない。主人公とヒロイン,敵以外のキャラクターはステージに登場せず,カットシーンとセリフ,音楽も最小限に留められている。ゲームの世界への没入感を妨げる要素を極力排して,リアリティの構築に注力されている。
「減算的デザイン」という手法は,「ワンダと巨像」と「人喰い大鷲トリコ」にも受け継がれている。
「ワンダと巨像」は広大なオープンワールドを舞台にしているが,16体の巨像以外には敵が一切登場せず,野生動物も極めて少ない。Wiredのインタビューによると,その理由は「開発チームの全力を巨像の制作に注ぎたかった」(上田氏)からだそうだ。
また,2009年のGame Developers Conferenceでは,上田氏の作品に台詞がほとんどないことについて「キャラクター同士の会話を多くすると繰り返しの台詞が増え,現実とかけ離れてしまうことを不満に感じていた」と,上田氏は明かしている(関連記事)。
「減算的デザイン」は決して斬新な思想ではない
没入感を高めるために不自然な部分を削ぎ落とす。これが上田氏のゲームデザインの骨幹だが,思想自体は当時でも決して斬新なものではない。
1991年に発売されたアドベンチャーゲーム「Another World」(邦題「アウターワールド」)は,「ICO」と同じくゲージやスコアといった“ゲームらしい要素”が少ない※。本作のクリエイターであるEric Chahi氏は「スコアはアーケードゲームの名残りであり,当時のゲームでは一般的だった。だが,スコアは没入感を妨げる。世界観に合わないし,プレイヤーの気を散らすので,あえて型を破った」と振り返っている(書籍「Shadow of the Colossus(Boss Fight Books Book 10)」より)。
※「ゲームの流儀」(太田出版)において,上田氏は「しかも当時,アミーガで『フラッシュバック』とか『アウターワールド』みたいなゲームー僕は,今でも名作だと思ってるんですけど」と語っている。
1994年に発売された「System Shock」は,暴走した人工知能によって乗務員が全滅した宇宙ステーションを舞台にしたアクションRPGだ。本作のプロデューサーであるWarren Spector氏は,当時のRPGで使われる会話システムは嘘くさいと感じていたが,改善策を見出せなかった。そのため,宇宙ステーションの乗務員を全員死なせることで,人間のNPCと会話するシーンを無くしたという。
Warren Spector氏は「本物の人間と会話しているとプレイヤーに信じ込んてもらえないなら,いっそゲームから会話を排除したかった」と語っている(出典元)。
「Another World」と「System Shock」は,没入感を高めるためにスコアや会話といった不自然に見える要素を排した。この点において,「Another World」と「System Shock」,そして上田氏の作品はミニマリズムの系譜に連なると言える。
PS2だったからこそ,ミニマリストに見える
2008年以降,インディーズゲームズの台頭と共に「ミリマニストなゲーム」も隆盛を迎えた。インディーズゲームは少人数で制作されるものが多く,ゲームの規模には限度がある。
2013年のヒット作「Gone Home」は,「System Shock」と同じく人間のキャラクターと会話をするシーンが存在しない。これについてクリエイターのSteve Gaynor氏は,開発チームにキャラクターアーティストがおらず,外注する余裕もなかったから,NPCを作れなかったと,その理由を明かしている(出典元)。コストが限られたインディーズゲームのクリエイターは,ミリマニスト的手法を取らざるを得ない。
「ICO」と「ワンダと巨像」に着想を得たインディーズゲームも多数存在する。
Phil Fish氏は「Fez」の制作において,上田氏の減算的デザインを活用して,「ICO」のノスタルジックで孤独な雰囲気を再現したかったという(出典元)。また,Jenova Chen氏は「Journey」(邦題「風ノ旅ビト」)の雰囲気は,「ICO」と「ワンダと巨像」を踏襲していると明かした(Jenova Chen氏のTweet)。「Brothers: A Tale of Two Sons」のディレクター Josef Fares氏も,「ICO」からインスピレーションを受けたそうだ(出典元)。
そのほか,「Limbo」「Thomas was Alone」「Hundreds」といったゲームプレイとストーリーのみならず,ビジュアルでもミニマリズムを貫いたインディーズゲームも多い。
こうしたインディーズゲームを知る若い世代には,鮮やかなグラフィックスと複雑なAI,多彩なアニメーションを備えた上田氏の作品はとてもミニマリストに見えないだろう。「ICO」「ワンダと巨像」「人喰いの大鷲トリコ」よりも簡約なインディーズゲームは山ほどあるからだ(そこには上田氏の作品の影響が大きいが)。
となると,上田氏の作品にミニマリズムを見出せるのは,PlayStation 2世代を知るゲーマーなのかもしれない。PS2の登場により,当時のゲームクリエイターは高い計算能力を手に入れ,映画に負けじと派手な演出や膨大な規模を持つゲームを作り続けた。
「真・三国無双」シリーズは数百人ものNPCが同時に戦う合戦をアピールし,「メタルギアソリッド」シリーズには5分以上も続くカットシーンが珍しくなかった。アメリカの都会をリアルに再現した「Grand Theft Auto III」は賞賛を浴び,有名な俳優をキャストに迎えて映画のようなカットシーンを多用した作品も誕生した。
誰もが豪華絢爛に走った時代だったからこそ,「ICO」と「ワンダと巨像」はミニマリストに見えたのだろう。当時のPS2ゲームと比べて,カットシーンとNPCが少ない上田氏の作品は慎ましく異色な存在であり,「ほかのゲームとの差別化」を狙った開発コンセプトが功を奏したとも言えよう。
欧米のゲーム業界と比べると,物量が見劣りしがちな日本のゲーム業界にとって,上田氏のミニマリズムは参考すべき点があるはずだ。コストに限りがあるからこそ,無駄を省く。やみくもにボリュームを求めるより,不要な要素を極力排除して,そのコストでコアになる部分に磨きをかける。
こうして生み出された上田氏の作品は,世界中のファンに愛され,ゲームクリエイターにリスペクトされている。日本のゲームクリエイターにとっても,上田氏のミニマリズムは良き手本になると思う。
■■Jerry Chu■■ 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー。中学の頃は「真・三國無双」や「デビルメイクライ」などをやり込み,最近は主に洋ゲーをプレイしている。なるべく商業論を避け,文化的な視点からゲームを論じていきたい。 |
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