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[CEDEC 2017]コントローラ,メッセージ,メニュー。ゲームの“お約束”を捨てた「ヘディング工場」の秘密はさまざまな制約にあり
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印刷2017/08/31 16:27

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[CEDEC 2017]コントローラ,メッセージ,メニュー。ゲームの“お約束”を捨てた「ヘディング工場」の秘密はさまざまな制約にあり

画像集 No.001のサムネイル画像 / [CEDEC 2017]コントローラ,メッセージ,メニュー。ゲームの“お約束”を捨てた「ヘディング工場」の秘密はさまざまな制約にあり
 飛んでくるボールをヘディングし,謎めいた世界を進むVRゲーム「ヘディング工場」は,コントローラ不要で,ゲーム中にメッセージやメニューが一切出てこないというユニークなシステムが特徴。言ってみればゲームの“お約束”にとらわれないタイトルだ。

 CEDEC 2017の初日である2017年8月30日に開催された「過去のお約束を捨てることがVRの始まり 〜PlayStation VR ヘディング工場のゲームデザインと演出」というセッションでは,同作を手がけたジェムドロップの代表取締役 スタジオディレクターである北尾雄一郎氏と,アートディレクターの増田幸紀氏が登壇し,開発秘話を語った。本稿でその模様をレポートしよう。

ジェムドロップ 代表取締役 スタジオディレクター 北尾雄一郎氏(左),アートディレクター 増田幸紀氏(右)
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さまざまな制限から「ヘディング工場」が生まれる


 「ヘディング工場」は,2月17日にPlayStation VR(以下,PS VR)専用タイトルとしてリリースされた。プレイヤーはヘッドマウントディスプレイをかぶった頭を振って,ナビゲーターの「砲台くん」が投げてくるボールをヘディングし,周囲の建物を壊しながら先へと進んでいく。
 コントローラは使わず,ゲーム中はウィンドウやメニューといったゲーム的インタフェースやテキストも表示されないなど,没入感にこだわった作りが話題となった。




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 そんな「ヘディング工場」は,ジェムドロップ初のVRコンテンツとして,PS VRの発売前に開発がスタートした。
 「誰でも遊べるVRゲーム」「今までのゲームのお約束を全て捨てる」「一番台数が出ているHMD向けにまずはリリースする」(つまり最初はPS VR向けではなかった)というコンセプトが立てられたものの,同時に制限や障害も生まれた。

 具体的には「VR経験のない自分たちが無理をしない範囲で開発しなければならない」「自社パブリッシュのため,とにかく短期間で仕上げる必要がある」「スペックが不定のハードウェアに開発するのは不安」といった感じだ。つまりはお金も時間もマンパワーもかけられない中で,不安を抱えつつVRコンテンツに初挑戦しなければならなかったわけだ。

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 こうした事情から「コントローラや文字などを使わず,視線誘導を重視」「身体を使ったVRでしかできないゲーム性」「テーマパークにあるライド型アトラクションのような形」「VR酔いさせないシステム」「現実より非現実の世界を描く」「スペックが統一されたPS VRでリリースする」「短期間で作るためにUnityを使う」という方針が固まった。制限がコンテンツの外枠を形づくったと言ってもいいだろう。

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 「ヘディング工場」の開発期間は約1年で,Oculus Rift DK2用とPS VR用の試作に半年,本制作に残る半年を使ったとのこと。初めてのVRコンテンツにしてはなかなかのハイペースと言えそうだ。
 試作中には2度のゲームショウ出展もこなし(「チャーリーとヘディング工場」という仮題を覚えている人もいるかもしれない),ここで好評が得られたことが励みにもなったという。

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 前述の事情もあり,スタッフ構成は10人+ヘルプというコンパクトさ。ディレクター,プログラマー,ゲームデザイナーが各1名。アーティストは7名で,その内訳はキャラクター1名,モーション・エフェクト・カットシーンに1名,マップアセットとレイアウトに4名,アート・環境・ライティングに1名となる。
 予算の関係からQA(Quality Assuranceの略で,品質保証業務。分かりやすく言えばデバッグなどの作業)も自社内でやらなければならなかったのだが,プログラマーが3D酔いしやすい体質だったことが逆に役立ったという。つまり,自分自身が快適に遊べるよう調整することが,3D酔いを防ぐことでもあったというわけだ。

ジェムドロップ社内でのチェックの様子
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VRコンテンツ特有の違和感を,アーティストの視点から解決


 こうして開発が進められたのだが,VRコンテンツ特有の違和感・気持ち悪さが表面化した。「仮想空間内にゲーム的UIが出ると違和感」「演出でカメラを無理矢理動かすと違和感」「3D酔いの気持ち悪さ」「リアルに作り込まれた仮想世界で現実のようなアクションができない(目の前の品物を取れないなど)と違和感」……といった問題が山積みになったという。
 では,こうした点を「ヘディング工場」ではいかに解決していったのだろうか。まずは増田氏がアーティストの立場から「世界レイアウト」「カメラ」「負荷」「立体感」を解説した。

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●世界レイアウト
 「ヘディング工場」の舞台は,空中に浮かんでいるようにも見える不思議な建物群だ。普通ならゲーム画面の下半分は地面で占められるのだが,本作では地面がないため,ぐるりと見渡すことができる。これは「VRで現実を再現するのではなく,非現実的な光景とすることでVR的な体感をアップさせたい」というコンセプトによるものだという。
 地面をなくして幻想的な光景にすることで,プレイヤーの注意を惹いた上にアセットを削減する(地面を作らなくてもよいし,下方に広がる建物は使い回しで済む)ことにも成功している。

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●カメラ
 「ヘディング工場」は,自由に移動できるのではなく,定められた一本道をゆっくりと移動していくゲームだ。この形式は3D酔いを防止するのに有効だが,それでもプログラマーが酔いを訴えたため,移動速度をゆっくりにしたうえ,曲がる角度も緩くすることで対処している。

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 現代の3Dゲームでは,「一時的にカメラの制御をプレイヤーから奪い,クリエイターが意図したように動かすことを演出とする」手法が一般的だが,同じ事をVRコンテンツでやってしまうと,3D酔いの原因となる。
 「ヘディング工場」では,強制的にカメラを動かすことを止め,プレイヤーに見てほしい場所に砲台くんを配することで視線を誘導している。3D酔いは自分の意志で視点を動かすぶんには発生しにくいため,有効な対策になるのだ。

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●負荷
 VRコンテンツは,フレームレートが下がったり,画像にジャギーがあったりすると3D酔いしやすくなる。「ヘディング工場」を開発するうえでは,ジャギーをなくすべくMSAAをかけると,その負荷でFPSが下がってしまう……という「あちらを立てればこちらが立たず」という状態になったため,どうにかして描画の負荷を下げる必要が生じた。

 この問題の特効薬はなかったようで,建物のポリゴン数を減らすなどしたうえで,カリング処理(プレイヤーから見えないオブジェクトは描写しない)を導入し,負荷を下げたという。

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●立体感
 VRコンテンツは立体視であるため,出現するオブジェクトの立体感はいつにも増して気を使う必要がある。例えば,シャボン玉が舞うようなシーンは,通常の3Dゲームならビルボード(1枚板)で大丈夫だが,VRコンテンツだとこれが違和感の原因になる。結局,立体的なシャボン玉を作ることになったという。

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プレイヤーが“仮想現実という名の現実”にいることを意識する


 続いては北尾氏が,VRコンテンツ特有の違和感・気持ち悪さを減らすため,ゲームデザインの立場から行ったアプローチを説明した。
 違和感をなくすには,プレイヤーにVR体験を満喫してもらうことが第一。そのために,ゲームのお約束を排して没入感を増すというアプローチを行っている。コントローラを使わず,メッセージも表示せず,ゲーム的なメニュー類すら出てこないのは前述した通りだ。

 とはいえ,当初はスタッフから「やはりオプションメニューがいるのではないか」「ステージセレクト的なメニューが欲しい」といった声も出たという。しかし,「たとえ1か所でもメニュー的なものを出してしまうと,VR体験が壊れて現実へ引き戻されてしまう」という考えのもと,こうした提案を却下したというから徹底している。
 テキストメッセージやメニューといったゲーム的なお約束を排除し,ストーリーすら言葉では説明しない。こうした取り組みの結果,物語の神秘性が高まり,エンディングを見た人それぞれが異なった解釈をするようになったというから,やり切ったかいがあったというものだ。

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文字や言葉がないゲームだけに,キャラクターにも工夫が求められた。プレイヤーの相棒である砲台くんにはさまざまな機能が集約されており,とりあえず彼さえ見ていればゲームは進むようになっている
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 VRのメリットを最大限に活かすためには,「プレイヤーが『仮想世界という名の現実』にいること」を作り手が意識し,「現実世界ではありえないことを体験させない」「現実世界ではありえない体験をさせる」ことが重要になるという。それには「ゲームだから当たり前」「ゲームのお約束はこうだから」といった旧来の常識を捨て去ることが求められるとのことだ。

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 「現実世界でありえないこと」とは,「現実に起こり得ない,違和感のある体験」「プレイヤーの意志を阻害する体験」と言い換えられる。「ポーズやメニュー画面が出現して時間の流れが中断する」「空中にウィンドウが浮かび,首をどちらに巡らせてもついてくる」「演出で視点が強制的に動いてしまう」「目の前にある物にアプローチできない(アプローチしてもリアクションがない)」といったケースはこうした体験の一例。いずれも「ゲームのお約束」として無意識に看過されているが,VRコンテンツになると一気に臨場感を損なうというから恐ろしい。

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 「現実世界ではありえない体験」は,ヘディング工場でいうなら「ヘディングでボールを飛ばし,建物を破壊する」「空に浮かんだ世界を旅する」「巨大なプレス機で潰される」といったことになる。「違和感なく,現実的にありえない体験ができること」「世界が返してくるリアクションが現実の延長線上にありつつ,現実世界では実現できないこと,かつ仮想世界への没入を妨げない体験」ではないかとも考えられる。

 初期の「ヘディング工場」の建物は現在ほど派手に破壊できなかったそうだが,増田氏の「いろいろと壊れたほうがいいんじゃないか」という提案が受け入れられたという。
 物が当たったら建物が壊れるのは,通常の物理法則の延長線上にある現象だが,これをヘディングしたボールで起こすのは現実世界では不可能だ。これによって「ヘディング工場」はより魅力的なVRコンテンツになったというわけである。

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 最後に北尾氏は,「ヘディング工場」のプロジェクトを「予算・人員・スケジュールに大きな制限があったことにより,1つのアイデアで複数の問題を解決するという意識が生まれ,さらにゲーム的なお約束を捨てることでオーバーヘッド的な負荷がカットできた」と振り返る。その一方,「スケジュールを守れずPS VRのローンチを逃してしまったし,開発の人員がプロモーションも兼任していることも今後の課題として残っています」と反省点も挙げた。
 そして「VRなら新たなゲーム体験を発明できる余地があります。キーになるのはチーム全員がVRを理解して取り組むことで,MRやARも含めて開発を行い,得られた知見を共有するのがよいのではないでしょうか」と聴講者に呼びかけた。

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