レビュー
ゲーム制作現場の光と影を描いた,百合百合“お仕事”アドベンチャーゲーム
夢現Re:Master
今回紹介するタイトル「夢現Re:Master」(PC / PS4 / PS Vita / Switch)は,ゲームが好きというわけでもなく,詳しいわけでもない主人公・大鳥あいが,ゲーム会社「ユリイカソフト」に入社するところから始まるアドベンチャーゲームだ。
とある事情から知り合いがいない土地へ引っ越し,変わり者揃いのゲーム会社に勤めることになったのだが,主人公はゲーム制作に役に立ちそうな技能を何一つ持っておらず,まったく得意分野ではない仕事にぶっつけで挑むこととなる。まるで武器を持たずに戦場に向かうようなものであり,その不安は画面を通してプレイヤーにも伝わってくる。
そして筆者もまた,未知の場所へ足を踏み入れる恐怖と警戒心を感じていた。このゲームは百合ゲーなのだ……。
「夢現Re:Master」公式サイト
これ百合っていうか,女しかいないんだ!
改めて,本作の概要を紹介しておこう。本作は工画堂スタジオから2019年6月13日に発売されたアドベンチャーゲーム,いわゆるノベルゲームと呼ばれるジャンルのタイトルだ。開発を手がけたのは,「白衣性恋愛症候群」(PC / PS Vita / PSP / Switch)や「白衣性愛情依存症」(PC / PS Vita / Switch)などで知られる,開発チーム“しまりすさんちーむ”。ガールズラブ作品――いわゆる百合ゲーに定評のあるチームの新作ということで,ファンの期待も高いタイトルといえるだろう。
なお「夢現Re:Master」というタイトルから誤解しがちかもしれないが,本作は過去作のリマスター作品ではない。ゲーム内世界でかつて同人ソフトとして発売された「ニエと魔女と世界の焉わり」というゲームを,商業ベースにリマスターする過程を描いた物語なので,“Re:Master”はそれを意味している(たぶん)。ちなみに,公式の略称は“ゆリマスター”だそうで,そっちの方も狙ったタイトルなのだろう。
ただ正直なところ,筆者は百合というジャンルに造詣が深いわけでなかったりする。実際プレイ開始してしばらくは「自分はこのゲームのターゲット層ではないのでは」と悩んだものだ。あるいはこの記事を読んでいる人の中にも,「百合は嫌いではないけど,食いつくほどでは……」とおよび腰になっている人がいるのではないだろうか。
しかし,まあ待ってほしい。一般的に百合というのは男性と女性がいる中で,あえて女性が女性を選ぶことを指しているはずだ。だが,本作「夢現Re:Master」は違う。そもそも,この世界には女性しか存在せず,女性同士で子供が作れるのだ。
そんな世界なのだから,女性同士で恋愛感情が生まれるのは当然だ。あるシーンで「夫婦」とあるべきテキストが「婦婦」となっていて,「あ,誤字だー」と思っていたのだが,後になって気付く。ち,違うッ……これは誤字じゃない……! この世界では「婦婦」と書いて“ふうふ”なんだ!
つまり,この作品における百合は決してマイノリティなんかではない。「え,百合……? ちょっと何言ってるか分からないですね」という世界なのだ。なので百合初心者は,本作の事を「異世界ものの一種」と捉えるほうがいいかもしれない。実際,地名が東京ではなく「帝都」になっていたり,ギシリアという聞き慣れない国名が出てきたりと,現代によく似たパラレルワールドのような世界なので,間違ってはいない。
ゲーム内でこうした特殊な世界設定に関する説明が一切ないのがちょっと気になったが,あえてそれが当たり前かのように進むことで「あれ……? 俺がおかしいのかな? そっか,そうだよね,これが普通だよね」と思わせ,結果的に百合に抵抗がある人のハードルを下げる効果になっていた,ような気がした。
つまり,男というストレスなんか存在しない世界で,可愛い女の子達とキャッキャウフフを楽しむゲームなんだね! ……と思っていたら,ルート分岐によっては急転直下の展開を見せることもある。男が存在しないだけで,人間関係のもつれやゲーム制作の過酷さなどはそのまま。
ネタバレになるので詳細は語れないが,筆者の迎えた初回エンドは,急にここだけシナリオライターが変わったのかと思うほどにダークなエンドだった。「こ,このエンドはアカンやろ……」と狼狽するものだったため,このままでは終われず「クッソ,絶対に幸せになってやる!」などと言いながら再プレイ。しかし本作はかなりボリュームがあり,選択肢から次の選択肢までの間が結構空くシーンもあるため,文章のスキップ機能を使っても大変だ。「しまった……要所でセーブ残してなかったな,どうしよう」と焦ったが,筆者がプレイしたPC版には次の選択肢までスキップする機能があったので,別キャラクター攻略ルートの模索もサクサクと進められた。
百合百合な世界の奥に潜む,リアルな“ゲーム制作物語”
本作のメインストーリーは,主人公とは子供の頃から仲が良かった妹「こころ」が,ある時期から急に主人公を避けるようになった,という「謎」にまつわる物語として展開する。こころもユリイカソフトに在籍しており,ユリイカソフトの社長が「こころを助けてやってほしい」と直々に主人公をスカウトしに来た……というのが事の発端なのだが,主人公のあいにとっては,そもそも避けられている理由がさっぱり分からない状態なのだ。
そんなあいと同様に,プレイヤーもその理由が気になってしまう。しかし,こころは若くしてディレクターを任されている立場で,経験不足から来る焦りもあり,毎日をピリピリしながら忙しく過ごしている。そういった事情に加えて謎の嫌われ理由もあり,主人公は妹に話しかけるたびに睨まれる始末。その度に「あうう……」と怯んでしまい,なかなか詳しい話を聞き出せない。
百合世界に似つかわしくないオッサンである筆者としては,「事情は分かるけど,そこはなんとしても初日に聞けよ!」と眉を八の字にしてモニタに向かって吼えたいところだが,ゲーム相手にそんなこと言っても始まらないので,外堀から埋めていくわけである。
主人公がユリイカソフトで最初に出会うのは,美人でメイド服で声優もしているバイト事務員の「なな」。事あるごとに胸を揉ませようとしてくるのだが,主人公は恥ずかしがって断る。筆者は毎回「揉まんかい!」と心の中でツッコミを入れていた。
そして今回の仕事で新たに原画家を探す必要に迫られ,主人公がネットにアップされていた絵を元に連絡をとり,原画担当となったのが,ギシリア国出身の軍人,「マリー・マーラー」だ。
「美少女軍人が趣味で萌え絵をアップしていたら声がかかった」という設定もスゴいが,ゲーム制作という本筋の傍ら,軍人としての側面も垣間見える異色のキャラ&ストーリーとなっている。
ひったくりをハイキックで一蹴! よく見るとひったくりも女性で,世界観の徹底にちょっと笑ってしまう |
ちょっと隠し事をしていただけなのに,この分析力。怖っ |
最後に,ユリイカソフトが抱えるシナリオライター「さき」。身長から何からミニサイズだが,年齢は社長を除くと最年長だったりする。
以上の,なな,マリー,さき,それにこころを加えた計4名が攻略対象。これが普通のギャルゲーなら,「さあ,君は誰から攻略する!?」という感じなのだが,ただタイプの違うヒロインを配置しただけではなく,この4名はゲーム開発の過程における重要なパート――「声」「絵」「シナリオ」「ディレクター業」をそれぞれ担っている。つまり彼女達を攻略する過程で,ゲーム制作における各パートの苦労も見えてくる……という仕掛けになっているわけだ。
いかにもゲーム開発で起きそうなアクシデントが盛り込まれている……というか,スタッフの実体験なのでは……と思われるものも多く,ディレクターや原画家の苦悩がリアルに伝わってくるシナリオ。この辺りは,百合ゲーということを忘れて,話にのめり込んでしまった。
と同時に,この題材であれば,「これは百合ゲーで正解だ」とも感じた。登場人物が美少女に置き換わるだけで,なんと雰囲気が和らぐことか。
意見の相違から衝突し,一方が平手打ちを見舞う事態にもなったりするのだが,その後,両者が和解するとき,叩いたほうが「すまなかった,自分も叩いてくれ」と言ったりする。言われた方も「よし,目を瞑れ」と構え,「百合にしては男らしい和解の仕方だな……」と思っていると,放たれたのは平手打ちではなく,キス。「そんな……出川哲朗さんと上島竜兵さんみたいな和解の仕方,ある?」と,イスからズリ落ちそうになったものだが,確かにこんなのは百合以外ではできない。
似たような修羅場は実際にもあるのだろうが,何かとキツいであろうゲーム開発の現場において,「ああ,こんな環境だったらなぁ……」という,スタッフの妄想を形にしてみたという側面もあるのではないかなぁ……とも思ったり。
とくに力が入っているなと感じられたのは,「シナリオ」にまつわる台詞の数々だ。もちろん,ゲームのストーリーを書くシナリオライターがシナリオの制作過程について書いているわけだから,まさに我が事とも言えるパートに熱が入るのも当然だろう。
それを取り巻くほかのパートの担当者とのやり取りも,一つ一つが妙に心に残っている。うまく言えないのだが,このゲームのために作られたストーリーというよりは,実体験を基にした経験談が濃縮されているようなリアリティを感じさせられる。
成功体験を元にした話は何かと多いが,失敗談を元にしたと思われるケースがあるのも印象的だった。こころは新人ディレクターとしてうまくやろうと必死に立ち回るが,経験不足と余裕のなさから,各パートの担当者とギクシャクしてしまう。
主人公のあい=プレイヤーはそれを客観的に見る立場であり,両者の言い分を聞きながら解決策を模索することになるのだが,この辺りは,これから社会人として世に出る若者や,今まさに周囲とうまくやっていけなくて困っている人への,同じようなことを経験した先輩からのアドバイスにも聞こえた。
なお,こころのルートは,ほかの3人を攻略した後でないと進めないようになっている。このルートでは,ずっと気になっていた「なぜ主人公を嫌うようになってしまったのか」という謎についても明かされ,推理小説が好きな筆者としては,自分なりに理由を考えながら進めていたのだが……予想は豪快にハズレた。真相は,ぜひ自分の目で確かめてほしい(攻略本風)。
記事の冒頭で,筆者は「自分はこのゲームのターゲット層ではないのでは……」という不安を述べたが,ゲームを進めていくと,その考えは徐々に変わっていった。
「その固さって,超人硬度でどのレベルよ?」「ここを曲げるくらいなら,会社を辞めるかもしれないレベルに見えます。そういう意味ではダイヤモンドパワー……いや,それ以上……」「ふむう……ロンズデーライトか」といった,最近の「キ○肉マン」を読んでいない人にとっては何のことか分からないのでは……と心配してしまうような小ネタや,「ディレクター職は,あまねく“無想転生”を使えねばならん」と,相手に怒りをぶつけるのではなく,そこには哀しみがなければダメだ……といった小ネタも挟んでくる。これらがいちいち話の流れに沿っているので,思わず「うまいこと言うな……」と感心してしまったり,「百合ゲーって意外とフリーダムなんだな……」と驚かされたりと,いい意味で固定観念を壊してくれる。
つまり何が言いたいかというと,筆者はターゲット層ではないどころか,バリバリのターゲットだったのでは? ということだ。何事も,やってみなければ分からないものである。
百合を入口に,ゲーム制作の喜怒哀楽が体験できる“お仕事モノ”の良作
男女の会話の違いとして,「男性は問題の解決を目的に会話するが,女性は共感を目的とする」──という俗説がある。一般論として,男女のすれ違いや軋轢といったものは,こうした違いから発生するのだ,と納得するためのものなのだろう。
これが正しいかどうかはともかくとして,自分が百合ゲーに持っていた警戒心というのは,これに近いものだったように思う。男性には理解できない思考で恋愛に発展されると,まったく感情移入できないのでは……という危惧である。
本作における百合要素は,思ったほど恋愛に傾いた内容ではなく,モノ作りの現場におけるやり取りがメインという,ある意味普遍的なものが中心だったので,その点では幸運だったのかもしれない。いや,恋愛に傾いていないと言っても,各キャラクターのグッドエンドではクッソラブラブになるんですけどね。
とくにシナリオライター・さきのストーリーは,常日頃締切に追われる文章の仕事をしている人間にとって,なんとも身につまされる内容でもあった。
さきは締切を守れず,スケジュールを遅らせ,結果的に大きな問題を招くキッカケとなってしまう。それはサボッていたからではなく,クオリティを重視して何度も書き直しをしているからなのだが,「締切を守った上でクオリティを保つのがプロ」と言いつつ,「中途半端な物を世に出すのは死んでも許せん,可能な限り締切を遅らせろ!」とも言う,一見矛盾したメンタリティを持った,職人気質なキャラクターとして描かれている。
さきだけではなく,登場人物の全員が「ニエと魔女と世界の焉わり」というゲームに強いこだわりを持っており,絶対に妥協など許されないという共通の想いがある。誰も妥協するつもりなどないのに衝突は起き,誰の言い分にも一定の理がある。
それを真正面から泥臭く描き切りつつ,ちょっと汗臭さが漂ってきたあたりで百合要素を混ぜて中和。まるでアメとムチみたいな展開に,百合初心者も何が何だかよく分からないうちに読み進めてしまう,魔性のノベルとなっていた。少なくとも筆者は,初めての百合ゲーがこれで良かった……と感じた次第だ。
下の画像は,さきが見た悪夢(?)の一幕だ。
このシーンでの魔女様の語りは,締切に追われる仕事をする者にとって「ブ……ブラボー!」とスタンディングオベーションしたくなるものだが,それを管理する側にとっては,たまったものではない。
「夢現 Re:Master」は思った以上に文章にボリュームがある作品でもあり,ドライアイに悩まされる筆者は何日かに分けてチビチビと進めていたのだが,あまりにチビチビしすぎていたのか,気付けば発売から2週間近くが経過してしまった。この原稿も,編集さんから催促される始末である。
というわけで,我も考えるの……。あえて締切を破ってこそ,初めて到達できる境地があるのではないか……と! そう信じたい今日このごろ……と!
なんてことを言って,仕事がなくなリマスターなんてことにならないよう,なんとかギリギリ間に合わせつつ,作中のさきのように熱くクオリティを求めていきたい今日このごろ……と!
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