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[CEDEC 2022]「ELDEN RING」の絵画的な空と雲の表現を可能にした技術と,活用事例を紹介したセッションレポート
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このセッションでは,「ELDEN RING」(PC / PS5 / Xbox Series X / PS4 / Xbox One)を開発したフロム・ソフトウェアの3Dグラフィックセクション チーフの佐藤秀憲氏と,グラフィックシステムセクション シニアの二ノ宮絵理華氏が,「ELDEN RING」における絵画的な大気表現を実現するために用意された機能の説明と,アーティストによる制作事例を紹介した。
「ELDEN RING」のビジュアルコンセプト
セッションの冒頭では,「ELDEN RING」のビジュアルコンセプトについて説明が行われた。最初に指摘されたのは,「ELDEN RING」のゲーム画面ではカメラやアングル次第ではあるものの,多くの場合,空の占める面積が広いこと, またフォグ(霧や雲)は,画面全体の色やグラデーション情報に影響を与えていることだった。つまり,空とフォグ次第で本作のビジュアルは大きく変化するため,ビジュアルコンセプトに合わせて調整する必要があったというわけだ。
「ELDEN RING」のビジュアルコンセプトとは何か。セッションでは,現実の風景を参考にして画作りをしたという開発初期のアートワークが示された。彩度が低く落ち着いた色味になっており,自然な雰囲気だったがスタッフの評判はあまりよくなかったという。
どこがよくないのかについて問題点の洗い出しを行ったところ,まず「特徴のない風景」であるとの指摘が挙がったという。つまり,よくあるファンタジー風の見た目にとどまっており,「ELDEN RING」独自のビジュアルを確立できていなかったということだ。
加えて,色の情報が少ないことも指摘された。彩度の低い絵作りを基本としていたため,それが表現の幅の狭さとバリエーションの少なさにつながり,すべてのエリアが似たような雰囲気で差別化ができていないという結果に陥ったのだ。このままでは,プレイヤーが新しいエリアに到達しても映像的な変化が少ないために新鮮さがなく,ゲームに飽きやすくなってしまう。
天候についても見た目のバリエーションが豊富ではなく,天候に合わせて空は変化するものの,雲の量が変わる程度の違いしかなかった。これでは,プレイヤーの印象には残らない。
以上の問題を改善するため,2つのコンセプトを決めたという。1つは「絵画的な映像にする」ことで,地球の風景としてはあり得ないような色を設定したり,印象の強い絵作りにしたりすることで,独自のビジュアルを目指したという。もう1つは「多彩な見た目にする」ことで,ゲームプレイ中に飽きにくくすることを目的とした。
具体的には,各地域やダンジョンに特徴を決めたり,天候による変化を大きくしたりしていった。そして,これらを実現するべく,「スカイボックス」や「フォグ機能」をブラッシュアップしていったそうだ。
2つのコンセプトに沿って新たに完成したビジュアルも紹介された。「ELDEN RING」のオープンフィールドで最初に冒険をするエリア,リムグレイブは緑と黄色を基調とした絵作りをしている。
オープンフィールドの別の地域となるケイリッドは,彩度の高い赤を基準の色にした。
魔術学院レアルカリアは基調となる色をシアンとし,空中に魔法のエフェクトを配置することで,特徴を出した。
崩れゆくファルム・アズラは彩度が低めで,「DARK SOULS」シリーズの画作りと似ている。彩度の高いエリアばかりでは単調になってしまうため,このようなエリアを混ぜることでメリハリを出したという。
地下のフィールドは,紫をベースに宇宙や星空をイメージしたビジュアルになった。現実世界には存在しない,ファンタジーらしい要素を特徴として前面に出したとのこと。
天候の変化は,最大で8種類ほどだ。天候の数と見た目はダンジョンやオープンフィールドのエリアによって変化するそうで,ビジュアルはそれぞれのエリアのコンセプトから大きく外れないように注意しつながら,なるべく多彩な見た目になるように心がけたという。
スカイボックスの解説
スカイボックスは,半球状のメッシュや板ポリゴンに大気の色や星,太陽,月,雲を描画する機能で,「ELDEN RING」の大気表現にも活用されている。用いたテクスチャの制作には,3DCGソフト「Terragen」で作成した画像や写真素材を使用した。
スカイボックスは,時刻によってさまざまなパラメータを変更することもできる。とはいえ,すべての時刻でユニークなパラメータを設定するのは手間がかかるため,「ELDEN RING」は1日を4つに区切っている。なお,例外として7つに区切られている場合もあるそうだ。
そのほか,ノイズテクチャを使ったUVの変形や,フローマップによるアニメーションとUVの操作も利用可能だ。
それらの基本機能を使って「ELDEN RING」のビジュアルを作っていったわけだが,とくに重要だった要素として,色のコントロール機能が挙げられた。この機能は,太陽の方角とその逆方向に対して独自の色を設定でき,かつ 任意の方角に別の色をブレンドできる。加えて明るさとコントラストも,フォグと大気の描画で個別に調整できる。
さらに,彩度のコントロール機能も用意したが,ゲームでは使用しなかったそうだ。これらを導入したのは,絵画的な空を作成するうえで色を自由に操作したかったことが理由だという。
色のコントロール機能を適用した画像も紹介された。スライド下の画像は特定の方向に青やオレンジを加えているが,かなり極端な例で,製品ではもっと控えめに調整された。機能としてはきわめてシンプルだが,画面に直接色を乗せていく感覚で操作できたため,絵画的なビジュアルを作るうえで役立ったとのこと。
画面の端を暗くするビネット効果を,スカイボックスの描画部分限定で適用した画像も紹介された。ビネット効果は,カメラの向きによって情報量が不足することがあったため,スクリーン基準のグラデーションを追加するために使ったという。また画面全体に適用するビネット効果も,ポストエフェクトとして設定可能だ。
シェーダでフォグの色を取得し,任意の割合でシーンにブレンドする例も紹介された。これは,主にスカイボックスの手前に配置するフォグや,エフェクトの書き割りに使用された。機能OFFの状態では山にかかっているフォグが周囲から浮いて見えるが,ONにすることで白さが緩和され,周囲になじんでいることが分かる。
この機能は,「ELDEN RING」のフォグが天候や時刻によって色が大きく変化するため,すべてのパターンに対して書き割りを最適な色に調整することが難しいという課題を解決するために導入されたという。
グローフィルターは,特定のマテリアルを発光させるものだ。マテリアル側で光の強さや色を指定でき,主に光のエフェクトや月,炎,雷などの表現で使用した。この機能は高輝度部分が自動的に光るブルームとは異なり,アーティスティックなコントロールが行いやすいことがメリットで,幻想的な絵作りに役立ったそうだ。
また,グローフィルターはスカイボックス限定ではないので,黄金樹やキャラクターなどのデータにも活用されている。
露出逆補正は,特定のマテリアルが露出の値に影響されず,常に同じ明るさで画面に表示できるという機能だ。エフェクトでよく使われるものと同じだそうで,「ELDEN RING」では黄金樹やその周辺の光のエフェクトなどで使用された。
物理的には正しくないが,どのような環境だったとしてもビジュアルの印象を固定化したいオブジェクトがいくつかあったので,導入したそうだ。
空に絵画的な表現を用いたことにより生じたデメリットにも言及された。絵画的な見た目にする際に彩度の高い色を使うことがあるが,それらの色が環境マップに反映されてしまうのだ。
つまり,彩度の高い光でマップがライティングされるわけで,仕様上はそれで正しいのだが,アートとしては必ずしも良くなかった。例えば,リムグレイブは黄色い空なので,昼でも夕方のようなライティングになってしまう。そこで,この問題を解決するため,環境マップをキャプチャする際,彩度の低い空に変更される仕様に変更したとのこと。
「ELDEN RING」のスカイボックス関連のシェーダ作成は,アーティストが担当したという。シェーダ作成には内製ツールであるノードベースのエディタを使用し,アーティストが自由にさまざまな表現や機能を実装していったという。ただし,各ノードの機能はグラフィックスプログラマーが作成したので,アーティストが完全にゼロから作ったわけではないそうだ。
この体制のメリットは,ディレクターの要望を短時間で実装できることと,ユニークな表現の制作に適しているという点にある。「ELDEN RING」の場合,量産期には,週1回程度のペースで新規ビジュアルを提案したり,ディレクターからのフィードバックに対応したりする必要があったため,プログラマーに発注して新機能作成という流れでは,このサイクルに間に合わなかった。大まかな設定画を伝えれられ,それに基づいてビジュアルを提案するというフローは,アーティストが試行錯誤しやすく,かつユニークな表現を作りやすかったという。
その一方,アーティストが担当したシェーダは,グラフィックスプログラマーが作成したものより品質が低いとか,GPU負荷の最適化が甘くなりやすいといったデメリットもあったという。これらはアーティストのシェーダ作成のスキルに起因するが,「ELDEN RING」ではある程度,妥協することにしたと述べられた。
ボリューメトリックフォグの解説
大気散乱とは,空気を構成する粒子に光が当たってその経路が変化する現象だ。光が大気を通過しようとするとき,吸収されて減衰したり,経路がずれたりする。したがって,下のスライドの左側に示されたカメラに到達する光は,大気を通り抜ける際にどれだけ吸収されたか,どのように経路が変化したか,外部から影響を与えるものがあったかなどの要素で決定する。
これらを考慮して霧やモヤ,雲などの表現を行うのがボリューメトリックフォグだ。
大気散乱をシミュレートするにあたっては,複数の散乱挙動──反射した先でまた反射するといった多重散乱を考慮する必要があるのだが,計算負荷の観点から無視せざるを得ず,もっぱら,光の減衰と散乱を近似するにとどめたとのこと。
以上を踏まえて大気散乱の表現に使われているのが,レイマーチング(Ray Marching)と呼ばれる手法だ。レイマーチングはレイトレーシングの1種で,カメラに到達する光(レイ)を追跡(トレース)し,結果を得る。トレース時はレイの経路を少しずつ伸ばし(マーチング),そのつど影響を加味していくため,複雑なシチュエーションにも対応できるという。カメラを始点として経路を遡っていくため,カメラに到達する光のみを考慮できるという点は,レイトレーシングと同じだ。
ただ,すべての範囲をレイマーチングでカバーすることは負荷的に難しい。そのため,遠距離では負荷の低い解析的手法によるフォグに切り替え,広範囲のボリューメトリックフォグに対応しているとのこと。
こうした,ボリューメトリックフォグで表現可能となった効果のうち,アーティストに好評だった2つの機能が紹介された。1つめは,日向と日陰で異なるライトの色を設定できることだ。
パラメータで変更可能なライトは,大きく分けて,本来光が当たらない日陰にも影響を与えるスカイライトと,日向に対してのみ影響を与えるディレクショナルライトの2種類がある。これらのライトのカラー設定により,日向と日陰で異なる色のフォグを表現できたとのこと。ディレクショナルライトは,太陽と逆の方向にカメラが向いたときのカラーも設定できるという。
レイマーチングを行う際,シーンの視点と太陽の方向を考慮したうえで,寄与するライトのカラーを決定することで,スライドに示された画像のように,太陽との位置関係に応じたグラデーションを表現できたとのこと。
また,スカイライトとディレクショナルライトは,それぞれが影響し始めるカメラ距離を設定できるため,奥行き方向のグラデーションも操作ができる。
2つめは,画面に斜めの光,ライトシャフト(ゴッドレイとも)を入れることができるようになったことで,上記の好評ポイントと併せて,アーティストが絵作りをするうえで重要な効果になったそうだ。
このボリューメトリックフォグは当初,シーン全体の表現であるグローバルフォグのみに対応していた。しかし,シチュエーションによって物足りないケースもあり, アーティストがより自由に配置できるローカルなフォグ機能として,配置式フォグボリュームを導入した。これらを組み合わせることで,シーンごとにフォグに変化を持たせることができたという。
配置式フォグボリュームは,グローバルフォグと協調動作するように実装された機能で,下のスライド左側のようにカメラを始点にフォグボリュームに向けてレイマーチングを行い,それぞれのフォグを表現する。右側の画像はデフォルトの配置式フォグボリュームで,グローバルフォクとは異なり,ノイズやパラメータを元にフォグの形状をある程度操作できるとのこと。
配置式フォグボリュームの形状操作は,パーリンノイズと呼ばれる技法を用いて作成した3Dテクスチャに,周波数や振幅が異なるノイズを合成して行う。これにより,自然な隆起を持ったフォグが得られるという。
パーリンノイズは,ディテールのスケール感が一定のため制御しやすいという特徴を持つ。実際の処理では,スライドに示された図のように3つのノイズを作成し,それらを合成して形状を求めるそうだ。図の左側に示されたノイズテクスチャは,プログラムが用意したプリセットを使い回しており,アーティストはおおまかな疎密やパフォーマンス関連のパラメータを操作することで最終的な形状を決定できる。
配置式フォグボリューム固有の機能も2つ紹介された。1つは各ボリュームごとに固有の色を設定できることで,明示的に指定しなければグローバルフォグの設定と同期し,自動的に色がなじむようになっている。色だけでなく濃度や疎密も調整できるので,実際にはスライドに示された画像よりもなじんだ外観になるそうだ。
2つめは,アーティストが用意したハイトマップへの対応だ。これは,地形の高低差などに沿ってフォグを配置したいというアーティストのリクエストに応えて実装したもので,セッションでは,ハイトマップを無効にした例と有効にした例が示された。
配置式フォグボリュームは,アーティストが自由に外観を操作できる機能だが,品質と負荷はトレードオフの関係になっており,アーティストがシーンの重要度に応じて調整する必要があったという。
また,運用していくうちに複数のボリュームを組み合わせて使用するケースが増え,負荷がネックになっていった。よりよい絵作りのため,配置数を制限するようなことはしたくなかったが,やがてボリューム単位のチューニングでは負荷対策が間に合わないケースもでてきた。そこでボリューム単位ではなく,シーン一律の負荷対策を導入することになった。
具体的には,レイマーチングの解像度を落とし,そのあとフル解像度にアップスケールする手法が採用されている。レイマーチングはピクセル単位で行われるため,低解像度処理にすることの負荷抑制効果は大きい。最終的に,単純計算で16分の1に負荷が抑えられたそうだ。
その一方,アップスケールで情報量が不足し,オブジェクトのエッジ部分,本来ならフォグが描かれる部分に穴が開いてしまう「アーティファクト」が目立つようになった。草木などは風に揺られて常に動いているためチラつきがひどく,そのままでは導入できなかった。
そこでアップスケール時,エッジ部分にあって,かつ穴の開く可能性のあるピクセルを検出し,可能性が高いと判断されたピクセルにのみ,アップスケール後の解像度で改めてレイマーチングを行い,穴を埋めていったという。
アーティストによる活用事例
セッション終盤には,これまで紹介されたスカイボックスやボリューメトリックフォグの活用事例が披露された。最初は,「ELDEN RING」の絵作りの基準となったリムグレイブで,スカイボックスやフォグ機能のほぼすべてが活用されたという。このエリアを制作して得られたノウハウが,ほかのエリアにも応用された。
まずスカイボックスについては,フォグを配置し,色を方角ごとに異なるように調整。これは画面の左右で色が変化することにより,情報量を増やすことが主な目的だ。
また大気の色を緑色に調整し,地球とは異なるユニークな雰囲気を出したが,スカイボックスの色はエリアの印象を決定する重要な要素だったため,ディレクターと打ち合わせながら慎重に決定したという。
次に大気とフォグにビネット効果を適用した。こちらは放射状のグラデーションを追加することで,情報量を増やすことが目的だ。この対応はリムグレイブ限定ではなく,すべてのエリアで同じ設定にしている。
さらに指定した方角の色を調整する機能を使って,黄金樹の方角が暗くなるようにした。これは空の色が黄色だと黄金樹が空になじみ,ランドマークとしての役割が低下してしまうことから,このような対応となった。
ボリューメトリックフォグのライトは,スカイボックス同様,方角によって異なる色を設定した。微妙な変化だが,画面の左右で色のグラデーションが発生しており,情報量アップの効果があるという。なお色の変化が大きいと悪目立ちしてしまうので,基本的には控えめの変化に抑えているとのこと。
また日向と日陰の明度の差を大きくして,ライトシャフトを強調している。明度の差が小さいと,ライトシャフトのディテールが分かりにくくなるという。またライトシャフトは斜め方向の情報を自動的に追加できるので,崖など,単調な面の印象を緩和できるという点でも大きな効果があったという。
加えて,カメラからの距離によってフォグに当たるライトの強度を調整した。太陽の方角と太陽と逆の方角のライトは,150メートル以内の強度をゼロにしたとのこと。これは画面の奥行き方向のグラデーションを変更し,コントラストを調整することが目的だ。強度調整後は遠い場所のフォグは濃く,空気感のあるビジュアルのまま,近距離だけが高コントラストになっている。この調整は,アートの品質だけでなく画面の見やすさを改善させる効果もあったので,重要だと捉えているそうだ。
セッションの最後には,今後の大気表現における3つの目標が示された。
1つめは「タイトルの方針に合わせた絵作り」で,このセッションで紹介した手法は「ELDEN RING」に最適化されたものであり,すべてのタイトルに適用可能とは限らない。それぞれのタイトルの方針に合わせた表現の提案をしていきたいという。
2つめの目標は「アーティストが手動で調整していた要素が多いので改善したい」というものだ。「ELDEN RING」では,手動調整が多かったことを反省しているそうで,答えがある程度決まっている部分については極力,自動化を目指すという。
最後の目標は,「フォグを,より自由にカスタマイズできるようにしたい」だ。3Dテクスチャの作成や高度なアニメーションの制御をアーティストが行えるようにし,より自由にフォグをカスタマイズしたいという意気込みが語られて,セッションは終了した。
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