プレイレポート
TRPG「ダブルクロス」の新サプリ「クロウリングケイオス」インプレッション。異能バトルとクトゥルフ神話による夢のクロスオーバー
本作は,人気の現代アクションテーブルトークRPGであるDX3を拡張し,新たな“ステージ”を提供するサプリメントだ。なおステージとは,ゲームの舞台となる時代や場所などを意味するDX3用語のこと。ほかのテーブルトークRPGでいうところのセッティングにあたる。
今回の「クロウリングケイオス」では,いわゆるクトゥルフ神話(表記は本書内の記述に準拠)をモチーフとし,従来のDX3とは異なるパラレルワールドでの物語が描かれる。クトゥルフ神話がテーマのテーブルトークRPGには,知名度の高い「新クトゥルフ神話TRPG」(以下,CoC)をはじめさまざまなタイトルがあるが,本作ではいったいどんな神話が描かれるのか。筆者のホームグラウンドである「新クトゥルフ神話TRPG」との対比も交えつつ,紹介していこう。
「ダブルクロス The 3rd Edition」公式サイト
「ダブルクロス The 3rd Edition データ&ルールブック クロウリングケイオス」製品ページ
「ダブルクロス The 3rd Edition」とは?
本題に入る前に,基本となるDX3について触れておこう。といっても,筆者自身はこのシリーズにそれほど詳しいわけではないので,あくまで簡単な紹介にとどめる。「ダブルクロス」シリーズは,数々のタイトルを手がけてきたクリエイター集団・F.E.A.R.が2001年に発表した“現代異能バトルアクション”テーブルトークRPGだ。
本作の標準的な舞台となるのは,近未来の日本。世界に蔓延した“レネゲイドウィルス”によって一部の人間は不思議の力に目覚め,そうした人々は異能力者“オーヴァード”と呼ばれるようになった。プレイヤーはそうしたオーヴァードの一人となって,迫り来る脅威やほかのオーヴァード達と戦いを繰り広げることとなる。
……といったいわゆる厨二病な世界観とモダンなゲームシステムで人気を博し,数度の版上げを経て登場した第3版(3rd Edition)は,発売となった2009年以来,このジャンルのデファクトスタンダードと呼べる地位を築いている。
さて,そんなDX3にはシステム面でもさまざまな特徴があるが,筆者がとくに推したいのは「侵蝕率」と「ロイス」だ。
侵蝕率とは,前述のレネゲイドウィルスの活性化の度合いを表した数値であり,これが高いキャラクターは大きな力が使える半面,100%を超えると(正確には超えた状態でシナリオを終えると)暴走し,悪の心に飲み込まれてしまう(これを“ジャーム化”という)。こうなってしまったキャラクターはプレイヤーの手を離れ,敵役のNPCとして再登場することになるのである。
一方で,ロイスはこの侵蝕を抑えるための要素となる。これはキャラクターにとって「かけがえのない人物」との絆を意味している。その形は,例えば“親友だったり,家族であったり,ライバルや仇であったりとさまざまだが,シナリオ終了直前の“クライマックスフェイズ”において,残ったロイスの数だけダイスを振って,その出目の合計値だけ侵蝕率を下げられるのである。面白いのは,ロイスごとにポジティブとネガティブの二つの感情を設定することだ。
例えば女子高校生のキャラクターを作ったとしよう。そしてロイスを獲得すべく,NPCの幼なじみについてダイスを振ってみると,以下のような結果となった。
「対象は同性の幼なじみで,高校の親友だ。普段は気弱な彼女を守ってあげたいと思っている(庇護)が,実はたまに彼女に対して敵になりたいと感じていることがある(敵愾心)」
……なんというか,すごくエモい。とくに裏に隠している敵愾心の部分にうずうずしてしまう。何か小さなきっかけですぐにひっくり返ってしまいそうなところがたまらない。ロールプレイが大変捗りそうだ。
このように,レネゲイドウィルスによる異能の力と日常との“かすがい”であるロイスの間で葛藤するのが,「ダブルクロス」のテーマといえる。大切な人達を守るためには代償を支払って大きな力を得る必要があり,しかしその果てには日常との別離が待っている。なんとも“しんどい”システムだ。
ダブルクロスの新たなステージ「クロウリングケイオス」
ここまではDX3そのものの説明だったが,冒頭にも説明したように,本作にはさまざまなステージ――セッティングが用意されている。これまでも平安時代やMMORPG風,アキハバラが舞台のものなど18ものステージがリリースされてきたが,そこに新たに加わったのが,クトゥルフ神話がテーマの本作,「クロウリングケイオス」だ。
表紙を開いてすぐ目に飛び込んでくる「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ……」 |
「私たちは邪神因子保持者(オーヴァード),神話生物よ」 「クロウリングケイオス」の全てが,彼女のこの一言に集約されている |
このステージにおけるオーヴァードは,邪神や神話生物に力を注がれた人間という設定に変更されている。例えば邪神の血を受け継いだ者であったり,魔術的儀式に巻き込まれた者であったりと経緯はさまざまだが,レネゲイドウィルスが“邪神因子”に置き換えられている。ゆえに基本ルールブックに記載される基本ワールドとは,異なる歴史を辿ったパラレルな世界と考えるのが良さそうだ。
このため,作成できるキャラクターも変化しており,世界観に沿った追加データが多数収録されている。また追加ルールとして恐怖判定も登場。ここではその一部をざっと紹介してみたい。
追加ワークス
“ワークス”は本作におけるキャラクターの本質を表わしたもので,おおむね職業だと考えればそう遠くない。「クロウリングケイオス」には,オカルティストや超心理学者,古物研究家など19種の追加ワークスが収録されている。CoCのプレイヤーからすると馴染みがあるものばかりなので,すんなり受け入れられるのではないだろうか。ちなみに超心理学者は,超能力などを研究するワークスのことだ。そのためか〈知識:クトゥルフ〉技能を持つ。
魔導書と魔術
ネクロノミコンやエイボンの書などの有名どころをはじめとした,35種の魔導書のデータが収録されている。また魔導書から修得できる魔術も72種あり,もちろんプレイヤーキャラクターも使用可能となっている。ただし魔術は強力だが代償も大きく,使用すると侵蝕率が増大し,さらには“魔術の暴走”を招く危険がある。魔術の誘惑は,狂気へ至る道なのだ。
ライフパス
ライフパスを決定する経験表も,本作独自のものが用意されている。これにより,かの狂気山脈に登った過去や,ミ=ゴやイス人などに身体を乗っ取られた経歴,時間の番人たるティンダロスの猟犬に追われた経験を持つ(かつ今も追われている)キャラクターが作成できる。なお,その場合ティンダロスの猟犬ともロイスが結べる(むしろ推奨とのこと)。
シンドローム
DX3のクラスにあたる“シンドローム”では,本ステージ限定でアザトースが選択できる。使用できる能力である“エフェクト”が44種,“イージーエフェクト”が8種用意されており,その中身も「存在の剥奪」など,かなり強烈なものが揃っている。
クトゥルフ神話を背景に,舞台を彩るNPC陣
さて,そんな名状しがたい冒険が楽しめる「クロウリングケイオス」だが,中でも筆者がとくに推したいのが,パラレルワールドになったことで大きく変化した世界設定,そしてNPC達との関係性だ。
DX3にはプレイヤーキャラクター達が所属する,いわゆる正義側の組織として「ユニバーサル・ガーディアン・ネットワーク」(通称UGN)があるのだが,「クロウリングケイオス」の世界では,とある裏切りによりほぼ壊滅状態に陥っている。それどころか邪神の下僕と捉えられている始末で,かなり辛い状況だ。そして,そんなUGNに関連するNPC達もとても傷ついている。
例えばUGN日本支部長であるNPC・”リヴァイアサン”こと霧谷雄吾は,基本ステージでは圧倒的なカリスマと冷静な判断力を兼ね備えた,プレイヤーキャラクター達にとって理想の上司として描かれていた。しかもしゃべるときは敬語。正直,めちゃくちゃカッコいい。
それが「クロウリングケイオス」では……見てくださいよこの変わり様。ヒゲが生えてるし……疲労感の中に,何か思い詰めた影があって……ああ,やっぱりカッコいい。なんだろう,ロイスでいうなら基本ステージの霧谷は「感服/劣等感」で,クロウリングケイオスの霧谷は「庇護/嫉妬」といったところか。
支部長であるにも関わらず,キャラクター達とともに現場に立ち続けた彼が,堪えがたい状況で雌伏を強いられているこのシチュエーション。なんだかシナリオを書きたい意欲がみるみる湧いてくる。というか,ファンアートとかすごく描きたいです。
ちなみにUGNが壊滅するに至った裏切りを主導したのは,DX3における敵役NPCの都筑京香(クロウリングケイオスでは京香・T・アーミテイジ博士)ということになっている。それがクロウリングケイオスではUGN側の大幹部になっており,そのうえ彼女は邪神・ニャルラトホテプの化身なのであった。さもありなんだが,これによって世界は決定的に分岐してしまう。
ところで,元々彼女には霧谷と“因縁浅からぬ仲”という設定があって……霧谷はその事件のときどうしたのだろうか,などとここでも想像がかき立てられる。
思わず萌え語りになってしまったが,こうした名物NPCとの絡みというのは,CoCの界隈ではあまり見かけないように思う。名物NPCがいないことはないのだが,少なくとも筆者の観測範囲ではあまり見かけないのだ。その分,こうした名物NPCとの関係性によってシナリオが前に進む感覚は,とくに新鮮に感じられた。
同じキャラクターでセッションを重ねれば,NPCとの絆もどんどん増え,ロールプレイの幅も広がっていく。さらにはクロウリングケイオスがそうであるように,ステージが変化すればNPCとの関係性・ロールプレイへのアプローチもまた変わる。これまでほかのステージで彼らと接してきたプレイヤーも,本作で彼らの新たな一面が垣間見られるのではないだろうか。
UGN側の名物キャラクターの一人・黒須左京。クロウリングケイオスでは,彼のコードネームも“オーディンの槍(グングニル)”から“ノーデンスの槍”へと変化している |
クトゥルフ神話に欠かせない人物であるランドルフ・カーターも,新キャラクターとしてクロウリングケイオスに登場 |
ダブルクロスとクトゥルフ神話による,夢のクロスオーバー
以上が普段CoCをメインに遊んでいる筆者が,本作クロウリングケイオスを手に取って感じた所感だ。まだ実プレイにまで至っていないものの,その魅力の一端を感じてもらえたならこれに勝ることはない。
ホラーものであるCoCにおいて,神格とは決して挑み立ち向かうものではなく,ただ自分達が矮小な存在であることを思い知らされるだけの存在だった。もちろん,CoCでも“立ち向かう”系のシナリオは存在しうるし,原典にしたって無力に怯えるだけの物語ばかりではないのだが,CoCのメインテーマである“宇宙的恐怖”とは,まさにこうした絶望感を指すものと筆者は考えている。
しかしクロウリングケイオスの世界では,そうではない。もちろん神話生物は恐ろしい存在だが,キャラクター達は守るべきもののために残酷な代償を支払いながらも,そうした超越した存在,あるいは自身の内側に宿す邪神因子と戦いを繰り広げる。それは本作でしか味わえない,新しいクトゥルフ神話の楽しみ方なのではないだろうか。
もし,あなたが神話的な背景に恐れおののき,矮小な人間として逃げ惑う様に楽しみを見出したいなら,それはCoCをプレイするのが適切だろう。だがクトゥルフ神話を背景に,魅力的な名物NPC達とのやりとりを楽しみ,そして熱い展開に胸躍らせてカタルシスを感じたい向きには,クロウリングケイオスは間違いなくオススメできる。
そういう意味で,クトゥルフ神話ものとダブルクロスファン,双方にとって理想的なクロスオーバーになっているのではないかと思う。普段とはまた一味違うクトゥルフものに挑戦してみたい読者は,ぜひ本作を手にとってみてほしい。筆者もさっそく卓を立てて,塵になっても霧谷さんを支えたい所存である。
「ダブルクロス The 3rd Edition」公式サイト
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